第7話
聖都『ナーガルジュナ』───はるか昔、真竜の城が羅刹王の居城となる前までは、この王城の地は、敬意と敬愛を込めてそう呼ばれていた。
現在では城と同じく、羅刹族の故郷の島『ランカー』と同じ名で称され、全ての恐怖の根源の地と化していたのだが。
そしてその城下には今も、美しい緑が豊かに繁る森と、真竜王の住まう王宮とがあった。
「飛竜様、ここにおいででしたか」
少年が声に振り返ると、テラスの入口に見知った顔が立っていた。
「なんだ…娑加羅か。どうかしたのか?」
「ご命令のデータをお持ちしました」
「ああ。あれか。ご苦労だったね、娑加羅」
敬愛する王に促されて、娑加羅は自らの手を飛竜の手に重ね合わせた。
人界のように紙の書類や、コンピュータなどによるデータ交換手段を持たない神霊界───中でも、真竜族は特殊であったが───では、データの交換はこうして主に直接触れて行われるのだ。さらに言うと、飛竜王の玉体にこうして直接触れる行為は、この娑加羅だけに許された特権である。
娑加羅は『八大竜王』と呼ばれる、真竜族最強の八戦士の一人であり、真竜軍全軍を指揮する最高位の司令官でもあった。外見はおっとりとした、大人しい学者タイプの青年にしか見えないが、実年齢は七千歳を越えている。
そもそもこの神霊界に住む人々はすべて、不死ともいえるほど長い寿命を持っていた。致命的な怪我を負ったり、不治の病にかかったりさえしなければ、皆、平気で何千年も生きる。しかも神霊力の強い者なら、自らの力で身体の代謝機能を操作し、己が望んだ年齢を死ぬまで維持できるのだ。
中でも、前世の記憶をすべて持って転生する飛竜は、もはや不老不死と同じであった。たとえどれほど長く生きられたとしても、後世まで記憶を持っていける者は彼の他にいない。
しかし───
どれだけ人間にない力を持ち、人類の夢、不老不死に近い寿命を持っていたとしても。
彼らもまた、自然の摂理には勝てなかったのである。誰にもそうと気付かせない内に、絶対的な『滅亡』への危機は訪れた。
全人種における、出産能力の退化。
つまりこの神霊界では、次世代を担うべき子供が、極端なほど生まれ難くなっていたのである。
世界のありとあらゆる生物には、それぞれバランスを保つための『定数』があり、彼らは定められた定数に従って増減し、繁殖する。そしてそれは、人もまた、例外ではない。
何か一つの種が限界を越えて増殖すれば、異常増殖したその種を支える生態系───植物だったり、補食される小動物だったり───のバランスが壊れてしまうのだ。そして生態系のバランスが崩れた時、世界を支える食物連鎖の輪もまた崩壊する。
人も世界を構成する、自然の一つに過ぎないのだ。
それなのに、異常と言っていいほど長い寿命のせいで、人々は死に難くなっていた。このままではそう遠くない未来、世界に人だけが溢れてしまうだろう。
それは、生命の危機であった。
人だけでなく、世界全体の。
───結果。神霊界における人という種は、自然の調和を乱す前に、自らの体を子孫を増やせぬよう、『作り変えて』しまったのである。
超常的とも呼べる生存本能が、人に自らをそう変化させた。それを進化と呼ぶのか、退化と呼ぶのか。とにかくいったん体がそうなってしまった以上、簡単には元に戻れない。進化にしろ、退化にしろ、一度進んだ変化の道は、二度と後戻りできないのだから。
特に体組織が複雑であればあるほど、元に戻るのは難しい…というより不可能に近くなる。
人としての本能が例え『人が沢山死んだ、だから体を元に戻して子供を増やそう』などと思ったとしても、そのためには数百、数千年にも及ぶ、長い長い時間が必要なのだ。
つまり、そう。この世界の『人』という種は、すでに滅びへの道を歩み始めていたのだ。
「ずいぶんと減ったものだ」
「昔日の羅刹との戦いで、十億万の人が死に、三十種族が絶滅しました。それなのに新しい生命は…明日の世界を生きる子供達は、この六千年の間に、全世界でわずか一万数千人が増えたのみです」
娑加羅からのデータを受け取り終わると、さすがの飛竜も少し悲痛な表情になる。考えていたよりずっと少なくなっていた。それなのに今、この時にも人は減り続けている。
四聖獣との戦いと、羅刹王の血の制裁で。
「戦いによる被害は今の我々には止めようがありません。それよりもむしろ出産率の低下の問題の方が」
「螺旋の音楽って知ってる?」
「……は?」
唐突に言葉を遮られた娑加羅は、質問の意味を掴み兼ねてきょとんとする。だが、飛竜はそれへは一切構わず、独り言のように喋り続けた。
「遺伝子…DNAは、不思議に調和のとれた並び方をしていてね。それはそのまま音楽になるほどなんだそうだ」
「…そのような説は、初めて聞きました。ですが?」
飛竜が何を言いたいのか、娑加羅にはまだ解らなかった。そんな彼に視線を戻した飛竜は、寂しげな微笑みを浮かべながら、歌うような口調で再度問いかけた。
「二重螺旋の奏でる音楽か…。娑加羅、今の神霊界人の遺伝子は、どんな音楽を奏でているんだろうね?」
「……っ!」
ようやく飛竜の真意を察した娑加羅が、はっとしたように視線をあげる。
「いや…もしかしたら、もう、それはすでに音楽ですらなく…ただの…」
「飛竜様…」
絶望的な飛竜の呟きは、だんだん小さく、細くなり、そして最後の言葉は口の中へと消えていった。その『言葉』を口に出す事は、飛竜にはできなかった。娑加羅もまた、消えた言葉の先を理解して黙り込む。
二人の間に、短い沈黙が訪れた。
「娑加羅。八大竜王は、何名生き残っていたっけ?」
「私を含め、和脩吉、摩那斯、憂鉢羅、難陀の五名です。我が主よ」
主の唐突な問い掛けに、それでも娑加羅は欠片もうろたえる事なくそう答える。そんな彼の声や表情や態度の端々には、この美しき王に対する敬愛や、崇拝の心などが隠しようもなく滲み出ていた。
彼は自らの君主たる飛竜を、まるで神を崇拝するように愛していたのである。そしてそれは、真竜一族すべての想いと同じであった。
「宮の警護は任せる。僕は少し行って、挨拶をしてこよう」
「挨拶?とは?…ど、どこへ?護衛を…今」
意表を突かれて動転する娑加羅に、飛竜はこぼれるような笑顔を浮かべて見せた。小さないたずらっ子のような、可愛い笑顔だった。
「僕にはあまり『時間』がない。今、行っておかないと、もう彼らと話ができそうにないからね…。あ、それから護衛はいらないよ。じゃあね」
外見の年齢に見合った幼い言葉遣いでそう言うと、飛竜はテラスの床を軽く蹴った。小さな彼の体が、風に乗って大空へと舞い上がる。
「飛竜様!!」
娑加羅が駆け寄って、慌てて空を見上げた時。すでに飛竜の姿はどこにも見えなくなっていた。
神霊界極北の地。
人界である『地球』と違って、氷に閉ざされた極寒の大地はなく、代わりにごつごつとした赤い岩の連なる、大渓谷が果てしなく広がっている。
人も獣も忌避する涸れた地。わずかな植物と小さな生物のみが住まう、この不毛な大地に、四人の目指す『玄武門』があるのだ。
「うえ~~。ぺっ、ぺっ。気色悪い」
「お風呂入りたいよ…」
そして目的地である門の前に、四人はすでに立っていた。しかし、そんな彼らの周辺の岩場には、ごろごろと死体が散らばっている。生々しい、戦いの痕。そう。実はつい今し方、羅刹軍との戦闘が終了したばかりなのだ。
「こいつら見覚えあるぜ。人食い『ブート』族だ」
戦闘中に右腕を噛まれた聖は、死体を見ておぞけだちながらそう言った。
「やっぱり~」
「そうね。私も前に見たことあるわ」
聖の指摘に促されて、大輔と冴月も事実を確認する。
それにつけても、立ち並ぶ彼らの姿は凄まじいくらい無惨だ。ブート族は口から黄色い消化液を出して、人を食べやすく溶解してしまうのだが、四人はうまく避けて、手や足や顔などへの直撃を受けなかった。
だが、さすがの混戦中に全部は避け切れずに、マントや服に黄色の染みを作ってしまったのだ。
彼らの身に着けた衣服や装備品は、天界で作られた特殊な物なので、溶けたり破れたりする心配は無用だが、人間の生身である肉体はそうもいかない。少しでも液体を浴びていれば、そこからドロドロに溶かされていた事だろう。
「頑丈な服で良かったぜ…」
しかし、そんな天界の聖なる布地でも、黄色く染みになってしまうのは避けられず、おまけにブートの血は赤く返り血し、さらにその上から宙に舞い上がった砂埃がトッピングされたのである。
戦闘がすべて終わってみると、四人は以上のような惨憺たる有様と化していたのだ。
「どこか水浴びできるとこ、ないかしら??」
唯一の女の子である冴月が、いかにもそれらしい台詞を呟いた。しかし他の三人も気持ちは同じで、今、目前に水溜まりでもあれば、直ぐにでも飛び込みたいくらいだった。
汚いから、というのもその理由の一つだが、
「鼻が曲がりそう…」
「…同感」
何より、とてつもなく臭いのだ。
「やはり…玄武門にも亀裂が入っているな」
鼻をつまんで騒ぐ三人をよそに、一人、門の様子をひたすら観察していた透が、検分の結果を冷静に口にする。
封印は四つの門の均等な神霊力のバランスで、幾千年の年月、破られる事なく存続してきた。なのに、修復したとはいえいったんは青龍門が破られ、四つの門の均衡は崩されたのである。
「やはり…破られた門のみを修復し、封印し直せば良いというような、そんな簡単なことでは済まなかったな」
透の言葉通り、事態は思ったより悪化していた。結界を完全に元に戻すには、四つの門をすべて封印し直すしかない。それも───神霊界側から。
「人間界は無事かなあ…まさか、俺が帰った時には、人間がいない~~!なんて事になってんじゃないだろうな」
玄武門を修復した後、急に心配そうな顔になりながら大輔が言った。全部の封印を終えたら人界へ帰るつもりでいる彼にとって、確かにそれは重大かつ深刻な問題であろう。
「青龍門を直しても、出ちまった羅刹は、そのまんまだからなあ…。向こうとは時間の流れも違うし。ひょっとしたら帰る頃には人類全滅って事も…あいてぇっ!」
わざと不安がらせようとする聖の足に、大輔の怒りのキックが炸裂した。
「冗談でも許さねーぞ!聖!!」
「痛えな!!くそう、ただの冗談にマジになりやがって!さてはてめぇ、向こうに誰か好きな人間でもいやがるな?!」
からかい半分で口走っただけなのに、どうやらそれは図星を突いてしまったらしい。聖の反撃に大輔は、まだ子供っぽい顔を己の髪にも負けないくらい真っ赤に染め上げた。
「た…単純な奴」
聖は、そんな大輔の様子を、青い目を丸くして見下ろす。
「悪かった。冗談だよ、冗談。人間がそう簡単に絶滅する訳ねえだろ。なあ?透」
大輔のあまりにもしょげた姿に、聖は急に罪悪感を覚えたのだろう。唐突に明るい声で彼を励まし始めた。
「そうだな。青龍門を封じた時点で、幻震の夢からは覚めたはずだ。人に意識さえあれば、そうやすやすと羅刹にやられはすまい」
あくまで無表情な透の顔を見ると、大輔はいくらかほっとした顔になった。彼は…いや、仲間達は皆、知っていたのだ。透が慰めや励ましのためだけに、嘘をついたり、虚言を弄したりしない事を。
透は常に、可能性の高い事実のみを選んで口にする。時にそれは、冷たいとも、情が薄いとも取られてしまいがちだ。でも、だからこそ、こんな時の彼の言葉には真実味があり、またそれ故に信用も置けるのである。
「そーだよな!そんな簡単に人間が滅ぶ訳ないか」
いつもの笑顔を取り戻した大輔。しかし、そんな彼の足元を、ずるり、と、不気味な蛇のような生物が這っていた。
「…いてっ!?」
「…大輔?」
突然、大輔は鋭い痛みを覚え、刺すような痛みに悲鳴を上げた。彼は反射的に右足首を押さえると、背中を丸めて地面へ倒れこんでしまう。驚いた仲間達が見ると、そこには細長い体に七対のヒレを持つ神霊界の毒蛇『ナーガ』が、猛毒の牙を深々と食い込ませていた。
「きゃああああっ!大輔!!」
「動くな!毒が回る!」
足首を掴んだまま激痛に転げ回り、早くも毒が回ってきたものか、大輔の顔は蒼白になっていた。素早い処置で手当はしたものの、ナーガの毒は特殊な上に強力である。
「この毒には神霊力による治療が効かないわ。三日後の日没までに薬草を飲ませなければ、確実に大輔は…」
「薬ったって!こんな岩場のどこに!!」
絶望的な表情で、聖が叫んだ。普段は悪口ばかり言い合う二人だが、内心では結構お互いを気に入っているのである。最も、こんな時でなければ、表面に出したりはしないが。
「落ち着いて、聖。私が薬草を探してくるから!」
「俺も行こう。聖は大輔に付いてろ」
冴月と透は、言うが早いか、二手に分かれて薬草を探し始めた。大輔が噛まれたナーガの毒は、砂漠の…それも水辺に生える水草『ソマ』でなければ中和できない。
まずは砂漠へ戻って、水のある所を探すのが先決だった。
「水は…どこに」
冴月と透は、自らの持つ感知能力をフルに使って水の気配を探査した。もともと玄武も、そして真竜の民である青龍も『水際』に生きる生命種であり、水と関わり深い能力と性質とを持つ。だから、どんな乾いた土地でも、そこに水の気を探すのは得意であった。
「あった!五十キロ先!!」
小柄な冴月の体が、風を巻いて宙に浮かんだ。
「冴月…透!急げ、急いでくれっ!!」
「解っている。大輔を頼んだぞ、聖」
続いて透の体も、ふわりと宙へ浮かぶ。
「ごめ…皆、俺の…せいで…」
そんな二人の様子を目にした大輔は、苦悶に満ちた顔を、さらに引き釣らせながら己の失態を詫びた。
「阿呆、お前は黙って安静にしてろ!」
「でも…皆、俺のせいで…力を」
「うるせえ、黙っとけ!」
なおも謝罪しようとする大輔を、聖は神霊力を使って強制的に眠らせた。
「無茶をするな、聖。それに…」
「無用な力は使うな、だろ?!解ってるよ!でも、こーでもしなきゃ、黙らねえだろ、こいつ!」
主題を省いた、二人の会話。それには深い理由があった。
「いくら敵に見つからないためったって、今、力を使い惜しんでたりしたら、大輔が死んじまう!そうだろ?透っ!!」
実はここに至るまで四人は、なるべく隠密に行動する必要上、ずっと空中を飛んでの移動はせず、常に徒歩でのみ移動してきたのだ。回避できるのものなら、なるべく戦闘行動は避けたい。そのためには、敵にた易く察知される神霊力は、なるべく使わずにおきたかったのだ。
「…そうだな。すまん…何かあったら心話で呼べ。いいな、聖?」
「必ず探してくるわ!だから…」
しかし今は、そんな悠長な事を言っている場合ではない。聖の言う通り、大事な仲間の、大輔の命が、懸かっているのだから。
「大輔…待ってて!」
呪文のように呟いて、冴月は飛んだ。
雷光より速く、風を唸らせて。
雲のない空をしばらく飛んだ冴月の目に、小さなオアシスが見えてきた。水溜まり程度の大きさだが、周辺には緑の草も少しは生えている。
乾いた大地に宿る、幻のような、生命の水辺。こんな所に毒消しの薬草『ソマ』があるだろうか? しかし、そんな冴月の心配は、見事杞憂に終わった。
「あ、あった!!」
彼女の目は上空から、水辺に群生するソマを、確かに視認したのである。
「これで助かるわ。良かった…」
だがオアシスに降り立った冴月が、水草を取ろうとしゃがみ込んだ───その時!
「…っ!」
耳のすぐ側を、ひゅんっ、と鋭い音を立てて、一本の矢が掠めていったのだ。
幸いにも冴月は、事前に気配を察知して避けたので、頬の皮を薄く切っただけで済んだ。頬を押さえる彼女の目前で、地面に突き立った矢はまだ小刻みに揺れている。
「誰っ?出てきなさい!」
少女の甲高いソプラノが、静かなオアシスの静寂を破る。
上空からオアシスを確認した時、冴月は念のため周辺の気を探査し、人の気配の無いことを確認していた。にも関わらず、その矢は飛んできた。誰かがいるのだ。彼女に殺意を抱く何者かが。
自然と冴月の手が、腰の小刀へと伸ばされる。そんな彼女の動きを、まるで待っていたかのように、再び風は鳴った。
「…そこよっ!!」
飛んできた矢を一閃し、空中で切り落とす。そして冴月は切り落とした矢が地面へ落ちるより速く、矢が射られた方角へ走り出していた。
だが、茂みに隠れていた襲撃者は、彼女が小刀を横なぎにするのを、おとなしく待ってなどいなかった。
「な…っ!」
「甘いよ!青龍!」
影は冴月の攻撃を、寸分の差でかわすのと同時に、彼女の顔めがけて蹴りを放ってきたのだ。第一撃の空振りからまだ体勢を整えられないでいた冴月は、まともに蹴りを食らってしまい、衝撃でオアシスの外れまで吹っ飛ばされてしまう。
「久しぶりだねえ。青龍?」
再会の挨拶を告げる影は、見知らぬ女の姿をしていた。癖のある長い紫の髪を、ふわりと揺らして女は笑う。
「……!?」
それは、冴月にとって…いや、青龍にとって、まるで見覚えのない笑顔だった。青龍の持つ、六千数余年の記憶の中に、彼女の姿と重なるものは何一つ無い。
ただ一ヶ所…記憶に甦る、その紫の髪を除いては。
「まさか…まさか、し、紫龍?あなたは紫龍なの?」
立ち上がった冴月の唇から、赤い血が糸を引いて流れていた。目前の女は身動ぎもせずに、そんな冴月を見下ろしている。暖かみのまるでない、氷より冷たい瞳で。
「思い出してくれたようね。でも…残念だけど、再会を喜んでいる暇はないの。だって…」
「紫龍、あなたのその姿は、いったい…」
「青龍…あなたはここで死ぬんだもの」
言うが早いか紫龍と呼ばれた女は、いまだ衝撃から立ち直れないでいる冴月に、凶暴な牙をむいて襲いかかってきた。
「ああっ!!」
紫龍は冴月を容赦なく攻めたてた。彼女の技は中国拳法に似た徒手空拳で、剣技を得意とする冴月は、なんとかそれをかわすだけで精一杯だ。反撃しようにも、紫龍の攻撃には隙がないし、何より彼女には戦う理由がなかったのである。
なぜ同じ真竜の一族である紫龍が自分を攻撃し、そしてなぜこうまで憎むのか───憎しみ。そう、紫龍の全身から発散される『気』は、明らかに青龍を憎んでいるがためのものだった。
「なぜ、どうして?!紫龍!!」
「うるさい!どうしてもあんたには死んでもらう!!」
紫龍の長い足が、冴月の横腹に強烈な飛び蹴りを決めた。再び横転する冴月。彼女は腹部を両腕で抱え込んで激痛を耐えたが、今度はさすがに立てそうにない。
「う…うう…っ」
背中を丸めて苦しむ冴月。そんな彼女を紫龍は、表情一つ変えることもなく見下ろしていた。宝石のような紫の瞳に、哀しみにも似た憎しみを湛えて。
「おしまいよ。…青龍」
足元に落ちた冴月の小刀『青嵐』を、紫龍の白い手が握り締める。彼女はそれを、倒れたまま自分を見上げる冴月の頭上に、ゆっくりと振り上げた。
「…紫龍っ…!」
冴月は叫んだ。彼女の声に弾かれたように、紫龍の手が小刀を降り下ろす。その、時!!
「なにっ!?」
ぎいんっ、という鋭い金属音をたてて、青嵐が紫龍の手から弾かれる。驚愕し身構える紫龍のすぐ横に、黒い刃をもつ長剣が、小刻みに揺れながら突き立っていた。
「ちっ!玄武か!」
痺れた手を抑えながら、舌打ち一つ残して紫龍は翔び去った。直後、倒れた冴月の元へ透が現れる。
「大丈夫か、冴月」
「透。ご、ごめんなさい」
うずくまる冴月を、透は手を貸して立ち上がらせた。ゆっくり休ませてやりたい所だが、今はそうもいかない。まだ近くに敵が潜んでいる可能性があるからだ。
「今のは…真竜の女じゃなかったのか?」
とっさに投げた自分の剣『黒曜』と、冴月の小刀とを回収しながら、透は彼女にそう問い掛ける。辛そうにうつむいた冴月の顔は、透の問を無言のままに肯定していた。
「…解らない…どうして?どうして紫龍は」
青い瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。元来、人を慰めたり元気づけたりする事の苦手な透は、傷付き泣きじゃくる冴月を持て余してしまう。しかし───
「……っ!?」
その時、どこからか放たれた力ある『気』が、透の背中を総毛立たせた。大気さえ震わす凄まじい力。それは、氷のように冷たい殺気に満ちていた。
「冴月っ!!」
「…えっ!」
透は、冴月を小脇に抱えて宙空へ脱出した。それは、まさに間一髪の出来事だった。次に二人が振り返った時、そこにオアシスの痕跡すら、残されていなかったのである。
「…ああっ…」
紫龍がやったのだ。確実に自分を殺すために。直感的に冴月はそう悟った。
「徹底しているな。恐ろしい奴だ」
ほんの一瞬遅ければ、二人とも殺られていたに違いない。そう思うと透は、自らの失態を認めずにはいられなかった。
敵の狙いは、こうして自分達を分断する事にあったのだ。なのに自分はそれに気付きもせず、うかうかと敵の仕掛けた罠に嵌まり、結果、仲間達を危険に晒してしまったのである。
「大輔が毒蛇に噛まれた事といい、水辺で待ち伏せされた事といい、どうやら我々は敵の策に嵌められたらしいな。でなければ、あまりにもタイミングが良すぎる」
「透…薬草は見つかった?」
我に返った冴月は、期待と不安をない混ぜにした表情でそう聞いた。しかし透の答は『否』である。彼の見つけた水源には、無情にも水草が生えていなかったのだ。
「めげている時間はない。他を探すぞ、冴月」
爆炎の薄らいだ地上に、もはや求める薬草は存在しない。透と冴月は別の水源を探すために、今度は二人一緒に東へと向かって飛んだ。濃紫の夕闇が、支配し始めた空を。
翌日の午後。
心身共に疲れ切った様子で、二人は大輔と聖の元へ帰ってきた。彼らは直径数千キロの円内をくまなく探し回ったが、ついに薬草ソマを見つけることが出来なかったのである。
「水辺に毒を盛った痕跡もあった。…やられたよ」
「そんな…それじゃ、大輔は」
毒のもたらす痛みと熱とで、もがき苦しむ大輔。そんな彼を一晩中見守り続けた聖は、まるで別人のようにやつれ果てていた。
「俺が、俺が探しに行ってくる!まだ…まだ、生きてるのに!このまま見殺しにできるかよ!」
「もう無理だ、聖。探しに行ってる間に大輔は…」
感情を押し殺した透の言葉を聞くと、とたんに聖は動けなくなった。荒い息。土気色の肌。死相の浮かんだ顔。そう、大輔の命は、もはやいつ消えてもおかしくない、まさに風前の灯火なのである。
「大輔…っ」
苦しみ続ける大輔を、それぞれの視線が見守っていた。誰もが迫り来る仲間の死に、どうしようもない無力さを感じていた。それぞれの瞳に、暗い影を落としながら。
そんな時───
「やだなあ。まるでお葬式みたいだよ?」
突然、『彼』は、四人の目の前へ現れたのだった。
「だ…誰だ、てめえ!?何しに来やがった?!」
太陽の光が差し掛かった小さな岩場に、声の持ち主は座っていた。聖ら3人からだと、その姿はちょうど逆光に隠れていて、はっきりとは見て取れない。だが、それが少年であると言うことだけは、声の質感と細く小さなシルエットとで判別できた。
解らないのは彼の正体と、ここへ現れたその目的である。
仲間の死を目前にした3人は、逆立った神経のまま少年の動向を警戒する。しかし、そんな緊迫した空気を知ってか知らずか、平然とした少年の様子に変化はない。
「何しに…って」
そして少年は、静かに自らの目的を告げた。まるで、そう親しい友達に会いに来た、無垢で無邪気な子供のように。
「挨拶に来たんだよ。君達に」
「はあ?あ…挨拶だと?」
「そうだよ。初対面…って事になるから、ちゃんと挨拶しとかないと、ね?」
一応、少年が現れた瞬間から剣を抜いて構えていた3人だったが、どこか拍子抜けする思いを禁じ得なかった。何故なら、剥き出しの戦意を発する彼らに対して、少年の声も、態度も、全体の雰囲気も、あまりに無防備に過ぎたのだ。
「君は、何者だ?」
「…こんな時に自己紹介?まあ、僕はそのために来たんだから、それでも良いんだけど…。でも、君達にとってはそんな事より、これの方が先なんじゃないかな?」
冷静に正体を見極めようとした透に、少年は小さく笑ってそう応え、ヒョイと手に持っていた小さな物を放り投げた。
「な…っ、何だ?」
一瞬、警戒して身構えた聖が、自らの足元近くに落ちた物を見る。それは小さな貝の形をした、何かの容器であった。
「……?」
用心深く『それ』を拾い上げた聖が、2枚の殻を持つ貝の口を開くと、そこには黄緑色の粘りある液状物が入っていた。
「な…なんだよ…こりゃ?」
「なにって、薬だよ。『ソマ』で作った解毒剤。そこの人、ナーガに噛まれたんだろう?」
「な…っ!?」
少年の意外な言葉が、聖の脳裏に希望の光を灯す。
「見せて!」
聖の手の中を覗き込んだ冴月が、薬を確認して信じられないといった表情で頷いた。それを見た聖の視線は、慌ただしく手の中の薬と、喘ぎ苦しむ大輔の顔との間を交互する。
助かるかも知れない。これさえあれば、大輔は死ななくて済むかも知れない。しかし、悪魔にでも縋るようなこの狂喜の想いから、聖は半瞬で立ち返った。
そう、ここはまだ、彼らにとっての『敵地』なのだ。
「…ざ、ざけんな!信用できるかよ!甘いこと言って、大輔をどうかする気だろ!?」
「放っておけば今夜にも死んじゃうのに?そんな無駄な事、僕ならしないけど。…ま、良いよ。信じたくないなら信じなくても」
遥かな地平に、ゆっくりと太陽が沈む。少年は、赤く燃える二つの夕日を追って、透ら四人に背中を向けた。
「かわいそうにね。その様子じゃ、月が昇る前に死んじゃうかな…」
「そしたら…貴様らを殺して、弔いしてやらあ」
地の底から轟くような声で、聖は少年に復讐の誓いを宣言する。銀の目に、滲んだ涙を拭いもせずに。
「絶対に…殺して…あの世で大輔に詫びさせ…っ」
だが、そんな彼の手の中には、諦め切れない希望と共に、今も小さな貝の容器がしっかり握り締められていた。
「…そう」
ぽつりと短く呟いた少年の声は、『寂しげ』とも取れる静かなものだった。そして彼はそれきり口を閉ざしてしまう。
自然、釣られるように透ら四人も押し黙り、場には不思議な沈黙が落ちた。
───しかし。
「……」
最初に剣を下ろしたのは透だった。彼は愛剣『黒曜』を鞘に収めると、震える肩で剣を構え、前を向いたまま動かない聖の背中に近付いた。そして両手で彼の握られた拳を解いてやると、薬の容器をそっと自らの手に受け取ったのだ。
「と、透…」
正体の知れない少年に背中を向け、毒のもたらす熱に浮かされる大輔の元へ歩いていく透に、聖はヨロヨロと操り人形のような足取りで付き従った。普段は軽くてナンパそうな、しかし充分二枚目で通るその顔は、流れた涙でくしゃくしゃになっている。
「全部飲ませて良いのか?」
太陽の沈みきった闇夜の中で、透は少年の気配のする方へ向けてそう質問する。
「…僕を、信用する気?それって危ないんじゃない?罠かも…知れないよ?」
ことさら不審を煽り立てるような言葉を、少年は自ら透に浴びせ掛けた。その、自分の心を試してでもいるかのような少年の言葉に、透はためらいもなく頷いてみせる。
「……半分で、大丈夫だよ」
戸惑うような少年の声に再び頷いた透は、半分に分けた黄緑の半液体を大輔の口中に含ませた。それから、冴月から手渡された水筒の水を、口移しで流し込んで薬を嚥下させる。
「……っ」
瞬間、彼らの胸を襲う、拭いようのない不安と、緊張。
だが。
「…大輔っ!」
薬の効果はすぐに現れた。土気色だった大輔の顔に、うっすらと赤味が差し、苦しげだった呼吸が次第次第に治まってきたのである。
「う…ん…」
さらに、顔の表面に浮かんでいた脂汗が引くと、ゆっくりと安らかな表情が戻ってきた。それは誰の目にも明らかな、奇跡のような回復ぶりであった。
「もう、大丈夫よ…良かった」
「良かったね、青龍。三日もすれば普通のように動けるよ。それまでは、あんまり無茶させない事だね」
「っ!…あんたは…いったい?」
薬の効果を目にした聖の態度には、すでに最初に見せたような敵愾心や険悪さはかけらもない。ただそこには、感謝と不審という相反する思いの同居した、なんとも言えぬ複雑な表情が残っているのみだった。
濃紫の空に、今夜は月がなかった。代わりに煌く星々が、満天を埋め尽くしている。冷たすぎる夜気は、マントを羽織った体にも伝わってきていた。
『紫龍を憎んではいけないよ。でないとお前は、自分自身を傷つけてしまう事になる』
少年はそれだけを言い残して、彼女の元から再び立ち去った。冴月は眠れない気持ちのまま、彼の言葉の意味するところを考え続けている。
「飛竜様…」
微かに開いた冴月の唇から、一つの名前が紡ぎ出された。それは彼女にとって、特別な存在、その形を現す言霊。『青龍』としてここにある現在、彼女の心の一番深い場所を占める、最も神聖な『神』にも等しい人の名前。
その名を持つ者が再び、彼女の前に現れたのだ。
六千年の時を超え、そして、以前とはまったく異なる姿で。
「飛竜様…何故ですか…?何故、貴方は」
───そう。
消え掛けた大輔の命を、瀬戸際で救い上げた少年。
それは冴月が今も心から敬愛する真竜の王、飛竜であったのだ。
「な…っ?!」
「嘘だろ?…」
最初、少年の姿を目の当たりにした時、激しい衝撃が四人の胸を貫いた。実はそれまで逆光や暗闇のおかげで、姿をはっきり視認できなかったのだ。
しかし、謎の少年の全容は、焚火の作る光の輪の中で、ようやく明らかとなったのである。
「…龍、二?」
透の口から、思わずこぼれた呟き。それを耳にしながら、聖も、大輔も…冴月ですら、驚きを隠し切れなかった。
「真竜の王、飛竜だ。よろしく」
黒い髪、黒い瞳、細い首に支えられた、小さな顔。
それは透が現世で失った弟、龍二の顔そのものだったのだ。
「眠れないのか?冴月」
いつの間にか、背後に透が立っていた。
「透…私、解らなくって」
「…真竜王の事か?」
「ええ。それに…紫龍の事…」
透の脳裏に、紫の髪の女の姿が浮かび上がった。真竜族でありながら、同族の冴月を容赦なく攻撃した、凍り付いた色の眼を持つ女。
「紫龍と私、六千年前までとても良い友達だった。なのに、何故…。それに…それに、飛竜様も以前とは姿が変わっていた。もしかしたら…あの時のせいで…」
「真竜の王とて永遠ではない。天命で一度死んで、それで転生しただけかも知れんだろう?あまり気に病むな。その方がたぶん、彼も喜ぶ」
六千年前、飛竜は神に敵対する立場でありながら、神の遣いである四聖獣に協力して封印を完成させた。冴月は結果的に自分の行動が大切な主君を危険に晒す事になったと考え、ずっとそれを気に病んできたのである。
「そう…よね。ごめんなさい…透」
無理に元気を装って、冴月は透に頷いてみせた。もちろんそれは単なる空元気に過ぎないのだが。しかし、この時、透にはそんな彼女を気遣ってやれるだけの心理的余裕に欠けていた。何故なら。
「しかし、真竜王…彼も今度ばかりは、味方になってくれないようだな」
透の心には今も、信じ難い想いが残っていた。
つい先刻この目にした飛竜の顔も、姿も、その声すらも、違った『別人』と信じるには、あまりにも龍二に似てい過ぎたのだ。
大きくて黒目がちな瞳、対称的に白くて透けそうな肌、声変わりしてない声と、何よりも美しい顔形。
明らかな違いと言えば、真竜族の特徴である先の尖った耳と、耳の後ろから生えている鹿のような二本の角、それと飛竜の方が龍二より外見的に見ても若干年上らしい事くらいだった。
この三つの点を除けば、龍二と飛竜は、少なくとも外見上では、何一つ違う所など存在しなかったのである。
愛する弟の死を、その生命が琴切れる瞬間を、この目と魂とで看取ったのでなければ、たぶん透は、自分自身をさえ信じられなくなっていたことだろう。
『今は敵ではないよ。次に会った時は…どうかな?』
謎の少年の正体が、四人に力を貸してくれた真竜の王だと解った時。透は内心の動揺を押し隠しつつ、今回の彼の立場について尋ねてみた。
つまりこの戦いにおいて彼、飛竜は、四人とっての『敵』なのか『味方』なのか、という事を。あいにくその答は、前述のように酷く曖昧なものとなってしまったのだが…。
「今は…とは?」
飛竜の言葉尻を捕らえて、透は再度問いを重ねた。
「それはつまり…今後、貴方は我々の敵にもなり得る、そうとって…良いのか?」
慎重に言葉を選びつつ、透は飛竜の真意を探ろうとする。
そんな彼の様子からも、実は、これが四人にとって、今後の旅路を占うに重要不可欠な問題である事が解る。
「う~ん…」
『飛竜が味方になる』それはつまり、四人がこの戦いにおいて、筆舌し難い力を持った強敵との戦いを回避し、同時に、これ以上無い強力な味方を得るというのと同じだった。
たった一人の意志が、世界の存亡を左右する。それほどに飛竜の持つ力は強大だったのである。
「そうだね、条件次第…かな?」
「条件、だと?」
飛竜の言葉が気に障ったのか、むっとした表情で、聖が会話に加わってきた。
「そう嫌な顔をしないで、白虎。…条件と言っても、簡単なことさ。悪い条件とは思わないけど…?」
「それは、どういうものなんだ?」
警戒しつつ透は話を続けた。
「つまりね、あまりこの世界で『人』を殺さないで欲しいんだ。いや…もっとはっきり言うなら、このままこの門から人界へ帰って欲しい。そうすれば僕は、再び封印に協力してもいい」
「…っ!」
透と冴月にとって、飛竜のこの申し出はかなり意外なものだった。彼ら二人の心の内には、飛竜は表面上敵であっても内心きっと羅刹の討伐に賛成なのだと、そう根拠のない確信があったからだ。
「けっ、冗談はよせっての!そんな都合の良い話が信じられっかよ!!」
心のどこかで飛竜を信じていた透らと違って、聖は最初から飛竜に対して懐疑的であった。確かに大輔を助けて貰った事で、一時はほだされかけたりもしたのだが、それだって考えようによっては、飛竜が自分らから信用を得るために仕掛けた罠だったのかも知れないのである。
そう考えた途端、聖はむしょうに腹がたってきた。
「やっぱ信じられねえ。それに…俺はお前のことが気に入らねえ!なんだってお前は、俺達の前に現れたんだ?!それも…そんな…っ」
「白虎」
凛とした声が、聖の取り乱した声を封じる。
「残念だが、それはできない。我々には人界を、羅刹の魔手から守るという使命がある」
「とお…玄武っ」
何かまだ言いたげな聖を制すると、透は揺るぎない意志を込めた声できっぱりと申し出を断った。
「人界へ出た羅刹を、貴方がなんとかできるというならまだしも…今の貴方にはそれすら意のままにはならぬのだろう?だから我々は、我々の力で羅刹を討って、再び人界に平和をもたらすのみだ。たとえそれで…神霊界を滅ぼす事になっても」
逃げる敵を追い詰めて、一人も残さず殲滅する。そんな気など、透とて毛頭もない。しかし敵は、最後の一人となっても逃げようとはしないのだ。どころか、逆に死に物狂いで斬り掛かってくる。
そう、彼らはたとえ命冥加に逃げ延びたとしても、どのみち怒り狂った羅刹の王の手によって惨殺されてしまう事を、すでに身を持って知ってしまっているのだ。
「君達が手を下さなくても、すでにこの世界は滅びている」
感情の欠落した、機械的な言葉。はっとして見た飛竜の顔には、驚くほど表情がなく、それによって彼の顔は、ひどく非人間的で冷酷なものと化していた。しかし、
「君達にひとつ考えてもらいたいんだけど…君達の言うその『使命』とは、いったい誰が与えたものなんだろうね?…いもしない『神』という名の存在?それとも、君達自身の心かな?」
そう言った彼は、つい一瞬前の表情がまるで夢だったかのような、優しく暖かい微笑みを浮かべて見せていた。
「玄武、青龍、白虎、朱雀、君達四人は、もっと色々な事を考えなくてはならないよ?世界のこと…自分のこと…そして…神とその存在、この事象すべての意味を」
そう告げて、彼は去っていった。透の心に、小さな痛みを残したまま。
夜明けが迫っていた。太陽の昇る南の空が、薄明るい紫色に染まる。
「紫龍と戦うわ。そしてすべてを…」
空の色にうっすらと浮かび上がる冴月の顔には、確固たる決意の表情があった。そうしてまた一日が始まる。これからさらに激しくなる戦いの、幕開けのように。
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