14話 「スレイブ・ギアス〈主従の制約〉」


「ところで先生、ふと気になったんですが、奥さんの首にあった宝石って…もしかして術式がかかってます?」


「おっ、よく気がついたな。そうだ。あれが【スレイブ・ギアス〈主従の制約〉】だ」



 アンシュラオンが少女を見た時、最初に目に入ったのが緑色の小さな宝石であった。


 なぜ気になったかといえば、明らかに術式とわかる波動が出ていたからだ。


 術士の因子がある者は術式を感知できる。因子レベルによって感知できるものは異なるが、アンシュラオンの術士因子は5だ。術はまだ使えずとも、たいていの術式ならば看破することが可能である。


 なんとなく精神術式の一種だとはわかっていたが、それが何のものかまではわからなかった。それが男の説明ですべてを理解できた。



「あの精神術式で、逆らえないようにしているのですね!?」


「そうだな。契約に逸脱するような行為や、犯罪行為ができないようになっているんだ。便利だろう?」


「人権侵害じゃないんですか!?」


「そこにこだわるね、お前さんは」


「いえ、そこが解決できれば、あとはもう情欲の赴くままにウハウハの予定なんで!」


「正直すぎる! 少しはオブラートに包んでくれ」


「正直者であることが取り柄なんで! それで、続きは?」


「すごい昔の話らしいが、スレイブ階級の人間が反乱とか大きな事件を起こしてね。それから安全装置として付けられるようになった、っていう話だったかな」



 単に契約に違反してしまった、という話ならばよかったのだが、最初から契約を破るつもりで入り込み、中からクーデターを起こした。


 それ以来は契約遵守のために、こうしたものが認められるようになった。当然、自らの意思でつけるので人権侵害ではない。



(見た感じ、かなり粗雑なんだよな。あれで制限できるとすれば、反抗意識を持たせにくくするっていう程度かな)



 精神術式にも多様な種類と強弱のレベルが存在する。


 アンシュラオンが見る限り、ロリコン妻にかかっている術式はあまり強いものではない。


 せいぜいが「~しようと思わない」程度の軽いものだろう。完全なる強制力を持つ凶悪な精神術式とは異なる。



(たぶんオレにはまったく通じないだろうけど、一般人ならばあの程度で十分ってことか。そういや姉ちゃんは竜を簡単に支配していたけど、あれを人間にかけたら精神が壊れそうだな。そういう意味合いもあって軽いものになっているのかもしれないな。そのあたりは専門外だし、おいおい調べていこう)



 それより、である。



「先生、ラブスレイブとは!? やはり、アレですか!? ラブですか!? ラブなんですか!?」


「まあ、そうだな。そういう目的のためのものだ」


「何でもしていいんですか!?」


「それも相手によるというか、どういった条件で売りに出されているかが重要だ。ちゃんと確認しないとあとで台無しになることもある」


「ふむふむ、メモメモ!」



 左腕に火気を使って「ラブスレイブ」と大きな焼き文字を入れていく。


 その異様な執念にロリコンは戦慄した。


 絶対に忘れないという気概が見えたからだ。この小さな身体のどこに、これだけの情念が宿っているのだろうか。恐ろしい少年だ、と。



「なるほど、なるほど、だいたいわかりました!」


「そうか。納得してくれてよかったよ」


「先生、スレイブはオレでも買えますか!?」


「え? あ、ああ。もちろん買えると思うが…。年齢制限は特に無いな。それと場所によって、いろいろと条件があることもある。たとえば市民権が必要な都市もあるから、そこは確認したほうがいい。辺境に行けばいくほど緩和されるが、それだけヤバイ代物もあるってことだから注意しろよ。スレイブは奥が深いぞ」


「ためになります!」


「顔が近い! やる気がありすぎる!?」


「従順な女の子なんですよね!? それって逆らわないんですよね!? 逆らっちゃ駄目なんですよね!?」


「契約でそうなっていれば、だけどな」


「エッチなこともしていいんですよね!?」


「ラブスレイブだったらな。普通のスレイブでも、そういった条項がある者もいるから、そういうのならば…」


「買います! どこで買うんですか! いくらですか!? 女の子は何円なんですか!?」



(これだ! オレが求めていたものは、これだったんだ!!)



 この時、アンシュラオンは気が付いてしまった。


 自分の目的は、姉とは違う従順な女の子とイチャラブしたい、というもの。



―――「なら、スレイブでいいんじゃね? 逆らわないし、何でも言うこと聞くし。金で済むのならば、こんな素晴らしいものはない!!」



 と。


 最低の発想である。人間としてどうかと思う。


 だが、そういう仕組みがあるのならば利用しない手はないだろう。もし嫌ならやめてしまえばいいのだから、まずは気軽に利用してみればいいだろう。


 何事も試してみなければわからない。それが人生経験であり、社会勉強というものだろう。


 何が悪いというのだ。うん、悪くない。むしろ素晴らしい!!



「ビバっ!! 素晴らしい!」


「どわっ、びっくりした!? まだ答えてないぞ!?」


「あっ、そうだった。どこですか!? どこでぇえええええ!」


「ぐえっ! だから首を…絞めないでくれ。大きな街とか、スレイブ商がいる場所ならどこでも…」


「どこだ! 近隣なら、どこにいる!?」


「そこらの集落にもいるかもしれんが……最初なら大きい店がいい。大きい店は信用もあるから、初めての客にも親切だ。そうだな、南東にグラス・ギースっていう大きな街がある。そこなら多くのスレイブがいるはずだ。もともと俺もそこで働いていたからな」


「グラス・ギースですね! メモメモ! じゅうう」



 また焼き付ける。


 それにロリコンは再び戦慄した。



「先生! ありがとうございます!!」


「う、うむ。感謝したいのはこちらのほうだ。あんな凄いものを六十万で売ってくれるのだから…」


「スレイブって、いくらですか?」


「ピンキリだな。三級にもなれば百万以上は…」


「やっぱり違うところで売ります!」


「心変わりが早すぎる!? 売ってくれ!! 教えたじゃないか!!」


「ええい、放せ! オレにはスレイブが必要なんだ! こんなはした金で売れるか! このロリコンが!」


「わかった。わかった! あそこの雑貨でいいなら、いくつかやるから! それでどうだ! 俺とあんたの仲じゃないか!」


「…ちっ、しけてやがるな。全部渡すとか言えよ」


「どうせ持てないだろうに。どさくさで嫁さんまで持っていかれたら困る」


「信用ないな。オレは他人のものには興味ないんだけどな…。まあいいや、それで手を打つよ」



 これで交渉成立。


 よくよく考えれば、もともといらないものだし、歩いている時に拾った程度のものなので、この値段で売れるのならばボロ儲けである。




 金を受け取り、日用雑貨テントにいる女の子の場所に戻る。



「楽しそうでしたね」


「あんなロリコンと一緒にされたくないけどね」


「はは…。あの人も久々に楽しそうでした」


「いくつか好きなものを持っていっていいって言われたけど…大丈夫?」


「はい、大丈夫です。お好きなものをどうぞ」



 少女の旦那をロリコン呼ばわりしつつ、いくつか品物を物色する。


 あのロリコンに対しては遠慮しないが、この子の生活もかかっているだろうから必要最低限のものだけを選ぶ。


 当然、最初に選ぶのは地図。それから野菜や芋などの食材とフライパン、それとあの良さげな包丁を一本もらっていくことにした。



「それじゃ、このリュックもどうぞ。一緒に入れておきますね」


「ありがとう。助かるよ。…で、あのロリコン、夜は激しいの?」


「えっ? その…それは…あはは」


「サイズは大丈夫? 入るの? それともロリコンのが小さいの? ねぇねぇ、何分でイクの? あいつ、早漏でしょ? ねえねえ、どうなの? 満足してるの?」


「えっと、その…あの……それは……」



 セクハラである。特に理由はない。



「おい、俺の嫁にちょっかい出すなよ!」



 遠くからロリコンの抗議の声が飛ぶが、無視である。



「変態的行為を強要されたら、これを使うんだよ」



 そう言って、包丁を指差す。


 男など、いざというときはそれで切ってしまえば、おとなしくなるものだ。その時はニューハーフ協会を紹介してやろうと思うのであった。


 ただ、一つだけ訊いてみたいことがあった。



「なんでスレイブになったの?」


「私の家、子沢山で。口減らしのために自分からなったんです。このあたりは、そんなに豊かではないですしね」


「そうなんだ…ごめん」


「いいんですよ。今は幸せですから」


「そっか。じゃあ、またいつかどこかで。ロリコンにもよろしくね」


「はい。またお会いしましょう」



 スレイブでも幸せになれる。


 それを知って、少しだけ安堵した。




「よっしゃ! 絶対にスレイブ(従順で可愛い女の子)を手に入れるぞおおおおおおおお!!」




 新たな目標を得て、アンシュラオンは旅立った。


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