12話 「そいつ、ロリコンです!」
隣の解体施設に向かう。
そこには一人の男性がいた。
歳は二十代後半くらいだろうか。作業着を着た普通の人間だ。特に違和感もプレッシャーも感じない。
「ねえ、おっさん。素材売りたいんだけど」
「おお、そうか。じゃあ、出してみな」
いきなりおっさん呼ばわりである。
少女に対する時と明らかに対応が違う。男と仲良くするつもりはないので、べつにいいのだ。
男のほうも、さして気にしていないようである。そういう子供にも慣れているのだろう。
(逃げるのに必死だったけど、ちょこっとは集めていたんだよね。金になるといいけど)
火怨山の麓から逃げていた時、邪魔な魔獣を狩って手に入れた素材がある。
ただし量は少ない。剥ぎ取れたのは最低限である。
あまり狩りすぎても、それを目印に姉が追ってくる可能性があったので、わざと殺してから別のルートに行ったりと偽装工作もしていたのである。その中で目に付いたものだけ残しておいた感じだ。
(うーん、どれがいいかな?)
アンシュラオンは白い革袋に手を入れる。この革袋も逃げながら作ったものだ。
寝ていた白サイのような魔獣から硬い乾燥した皮膚を拝借し、偶然通りがかった巨大なネズミからは、すれ違いざまにヒゲを頂戴した。
その手腕は、もはや天才スリ師に近い。相手が気づく前に必要なものだけを奪い取るのだ。
奪った皮とヒゲを命気で洗ってから、そこらの丈夫そうな植物のツルを使って縫い合わせれば革袋の完成である。
ごそごそと探していると、硬質的な感触があった。
「これはどう? けっこうなものだと思うけど」
アンシュラオンが持っていたのは、透き通った青い石。掌よりも少し大きいサイズだ。
ここに来る前に殺した雷が帯電していた美しい狼のものである。
「これは…ん? 何の塊だ?」
「魔獣の中にはさ、心臓が鉱物のやつもいるんだよね」
「魔獣の心臓? これがか? 魔獣の心臓が鉱物になるなんて聞いたこともないが…」
「え? そうなの。けっこう見かけるけどなぁ」
「うーん、おかしいな。捌いた魔獣の中でそんなことは起きなかったぞ。普通に臓器だったしな」
「それで、どう? 値段は?」
「本当に魔獣のものなんだよな?」
「絶対に間違いないよ。狼みたいなやつだった」
「狼? ああいうやつか?」
男は近くに置いてあった獣の死骸を指差す。そこには中型犬くらいの大きさの狼がいた。ガルドッグという種類で『第六級の駆除級魔獣』だ。
放っておくと家畜などが襲われるので駆除対象になっている魔獣である。
戦闘力は、さほど高くはない。相手が群れでなければ、そこらのクワでも使えば大人でもなんとかなるだろう。
だが、アンシュラオンが倒したのは、それとは違う。
「もっと大きかったよ。あれの三倍以上はあったかな?」
「三倍? 本当か!?」
「雰囲気は少し似ているけど、青かったし毛が帯電してたから、たぶん違う種類かな」
「それこそ聞いたことないが…本当に本当か? 嘘じゃないよな?」
「嘘だと思うなら連れてこようか? ここから五百キロくらい先の森の中に何匹かいたから、一匹くらいは簡単に連れてこられるよ」
「い、いや、遠慮しておこう…本当だったら嫌だし」
「だから、本当だって。疑り深いなぁ」
男は難色を示す。
だが、それも当然のことだ。普通の人間が遭遇する魔獣は、せいぜい第八級から第四級までの比較的弱い魔獣たちである。
ここで魔獣のランクを紹介しよう。
強い順に―――
・第0級 天災級魔獣:国すら滅ぼす獣
・第一級 撃滅級魔獣:都市すら簡単に破壊する獣
・第二級 殲滅級魔獣:軍隊でさえ討伐が難しい獣
・第三級 討滅級魔獣:通常の人間では対応できない獣
・第四級 根絶級魔獣:街に近寄った場合、根絶すべき危険な獣
・第五級 抹殺級魔獣:抹殺対象にすべき獣
・第六級 駆除級魔獣:駆除対象の獣
・第七級 益外級魔獣:益にならない獣、害獣
・第八級 無害級魔獣:無害なもの、家畜化可能種
となっている。
火怨山は、頂上に近づけば近づくほど魔獣が強くなっていく。
アンシュラオンが住んでいた頂上付近では、第一級の撃滅級魔獣がそこらに普通にいる世界である。
その次に撃滅級魔獣の餌にされる第二級の殲滅級魔獣、たまに第三級の討滅級魔獣の中でもレア種で強い個体も見かけるといった具合だ。
むしろ普通の討滅級魔獣以下は滅多に見かけない。おそらく上位の魔獣にびびってテリトリーには近寄らないのだろう。
アンシュラオンが倒したのは、そうした上位魔獣から逃げ、山の麓の森一帯で暮らしている討滅級魔獣たちだ。革袋の素材の魔獣も、それに該当する。
アンシュラオンからすれば可愛い動物程度にしか見えないが、普通の人間ではまず太刀打ちできない存在である。
また、心臓が結晶化するのも第三級の討滅級以上が大半なので、男が知らないのも無理はなかった。
「すまん、ちょっと値段はわからない。悪いが、うちでは買い取れないな…」
「やっぱり、こんなもんじゃ値段はつかないの?」
「専門の業者じゃないからな。うちじゃ判断できないってことだ」
「そっか、残念。じゃあ、いらねーや。えーい!」
まるで小石を拾った気まぐれな子供のように投げ捨てる。
「おいっ! 捨てるなよ!!」
「だって、値段はつかないんでしょう?」
「いやいや、見た感じはジュエルの原石っぽいから、そういう店なら買い取るかもしれないぞ」
「そうなの? じゃあ、持っておこうかな。捨てるときは欲しがる人の前でやったほうが楽しいもんね。並ばせてから捨てれば、奪い合う姿を眺められるし」
「お前、案外性格悪いな」
「おっさんの姿に昔を思い出してね…」
(カードのキラキラでよくやったなぁ。懐かしい思い出だ)
小学生時代にカードが流行った時、大量のキラキラを持っていた。もう要らないからと言ったら同級生が欲しがったので、校庭に並ばせて三階からばら撒くという余興をやったことがある。
(結果は悲惨だったな。醜い奪い合いだった。あれで人というものを知った気がするな)
「宴会の余興にお勧めだよ。無礼講だと言いながら、部長とヒラの間に落として様子を見て楽しむんだ」
「どんな荒んだ宴会だよ。そんなの嫌すぎる!」
「それをツマミにして飲む酒は美味いよ」
「気まずすぎて酒が喉を通らないって。それより他にないのか?」
「あとは、これくらいかな」
革袋から「金の
樹木系の魔獣が頭から吊り下げていたので、なんとなく引きちぎったのだ。直後、魔獣は死んでしまったので、もしかしたら心臓のように大事なものだったのかもしれない。
「見た目は金色で高そうだけど、臭いが変なんだよね。臭いが移ったら嫌だし、おっさんに引き取ってもらおうかな」
「おい、本人の目の前で言うなよ。買いにくいだろうが」
「だって、本当に臭うんだよね。ほら」
「ん? どれどれ……ん? ん? これはまさか……おお、うおおおおっ!」
「ほら、やっぱり臭かったでしょう?」
「い、いや、臭いのは臭いが、そうじゃなくて…」
「どうしたの? おっさんも人生で嫌なことでもあったの? わかる。わかるよ。オレも姉ちゃんといろいろあってさ…。世の中、うまくいかないよなぁ」
「違う!! これはあれじゃねえのか!? 【
「何それ? 林檎の種類?」
「名称で少しは推測しろよ! 薬の原材料だ」
「どう見ても林檎じゃん」
「これを煎じるんだ。それが万能薬の元になるんだよ」
聖樹の万薬。
あらゆる病、特に伝染性の熱病や感染症に対して、ほぼ完璧に治癒させるという幻の妙薬である。
これは林檎に見えるが、中身は抗生物質の塊のようなもの。あらゆる侵入物に対して攻撃を仕掛けて中和させる力を持っている。
そこには彼らの生命力のすべてが詰まっているので、もぎ取ると死んでしまう。アンシュラオンがたまたま取ったものが、それであった。
樹海の奥深くにいるので、普通はなかなかお目にかかれない魔獣だ。
「ふーん。そうなんだ」
「反応薄いな!? これはすごいぞ! 普通に数百万はするぞ!」
「これが? 本当に?」
「単純にそのまま使ってもいいし、他の薬に混ぜることで効果を増幅させる効果もあるから、薬師にとっては重宝するんだ。最近、値が上がっていてな。なかなか手に入らないって話だ」
「じゃあ、買い取って。二百万でいいよ」
「お前、さっきいらないって…」
「この林檎、すごくいいと思っていたんだ。やっぱり金色っていいよね。品格があるっていうかさ」
「さっき、臭いって…」
「今にして思えば、あれが高貴な香りってやつだったんだね。高い酒だって、味がわからないやつには良い匂いじゃないもんね。だからほら、金よこせ。金を出せ。さっさと出せ」
「いきなり強気だな!?」
「ほら、欲しいんでしょ? どうせもっと高値で売るんだろうから、早く出しなよ」
「それは…そうだが…。ううむ、買い取りたいところだが…手持ちがな…」
「有り金全部でいいよ。財布ごと全部出せ。小銭も一円残らずな。お守りの五円玉も出せよ」
「それはそれで鬼だな。ここにあるのは六十万ちょいだが…ほかに何か…。ああ、妻はやれんぞ! 絶対にだ!」
「妻? 何を言ってるのさ。オレがそんな鬼畜に見える?」
「ばら撒いて楽しむようなやつだからな」
「それは忘れてよ。でも、人妻を奪うなんて寝取りゲーじゃあるまいし…って、妻がいるの?」
「ああ、いるぞ」
「脳内じゃなくて?」
「お前の俺への低評価はどこから来たんだ!? さっき話していただろう。あの子だよ」
男は向こう側のテントを指差す。
そこで働いている中学生くらいの少女を。
「おっさん、犯罪だぞ。歳の差を考えろって」
「愛に歳の差なんて関係ないだろう?」
「限度はある。恥を知れ」
「あれ? 初対面だよな? そのわりに厳しいような…」
「まあ、べつにいいけどさ。だからといってオレが奪うわけじゃ…」
「【スレイブ】でも俺の嫁だ。渡さんからな」
「だから嫁なんて……スレイブ? スレイブって何?」
「スレイブはスレイブだが…知らないのか?」
「知らないな。何それ?」
「まあ、なんつーか、あれだ。お金を出して手に入れるというか、そういう感じの…」
「犯罪の臭いがするけど大丈夫か?」
「お前なぁ…。これはちゃんとした【制度】なんだぞ」
「そこんとこ詳しくお願い」
スレイブ。
契約を交わすことで主人のあらゆる命令に従う存在。
契約には【精神術式】を使うため、当人の意思では逆らえない。
「それって、奴隷ってこと?」
「語弊があるが……だがまあ、うん、そう言われると困るが…似たようなものだ。いやぁ、俺にはもったいない嫁さんでさぁ…」
「このロリコンがぁああああああああああああ!!」
「ええええええ!?」
「満足か!? あんな少女をたらしこんで! 命令して! 支配して!! 毎晩卑猥な命令をして楽しみやがって!!! どんなブルジョワだ、貴様は!!!」
「ぐぇええ、苦しいぃ!」
簡単な説明を聞いたアンシュラオンが、突如激怒。襟首を締め上げ、男を詰問する。
姉の奴隷であった自分にとって、そうした支配は忌み嫌うもの。自意識過剰になっている今の彼には他人事ではない。
つまり勝手な八つ当たりである。
「違うって…。誤解だ…」
「何が誤解だ! ああん? 何でも言うことを聞くんだろう!? なんて羨まし…じゃなくて、許さん!」
「彼女は三等スレイブで、ちゃんとしたスレイブなんだってば!」
「ちゃんとした奴隷ってなんだ!? 奴隷はあれだろう! 毎日、イヤらしいことをして楽しむもんだろう!?」
「それこそ偏見じゃないか!? そりゃまあ【ラブスレイブ】もいるが…俺はまっとうな人間だから普通のスレイブをだな…」
「ラブスレイブ!! 何だそれは!? 教えろ! どこで手に入れた!? どこにある!? どうやるんだ!?」
「その前に…手を放して……死んじゃう」
(スレイブ? なんだその響きは!? 何かぐっとくるものがある! しかもラブだと!? ラブが付くものは正義のはずだ。何か、何かあるぞ、これは!!)
天から光が差し込んだ気がした。
この瞬間から彼の宿命が動き出す。
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