11話 「初めての女の子との会話!」
「いらっしゃいませ。今日もいろいろと仕入れてきましたよ」
その言葉で、やはりこのテントが行商のものであることがわかった。
売っているものは食料と日用雑貨が中心であり、人々が楽しそうに買い物をしていることから、ここが平和な場所であることもわかる。
(殺し合いにならなくてよかった。それなら安心していろいろと見てみるかな)
いきなり怖いことを言ったが、これが火怨山クオリティーなのだ。
魔獣が跋扈する火怨山で暮らしていたアンシュラオンたちにとっては、「身内以外は全部敵」「敵は殺す」が通常の思考である。
ただ、さすがに一般人の村人に対して攻撃態勢を取る必要はない。落ち着いて辺りを見回す。
(大規模な耕作をしている様子はない。この村の主産業は林業かな? この村に生産品があるとすれば、狩猟で仕入れた肉の加工品とか森で採れる植物とかか? もしくは何かしらの特産品があるのかもしれないが、あまり豊かじゃなさそうだし、さほど高価なものじゃないだろう)
こういった知識は当然、前世の記憶から引き出しているものだ。
ようやく人の気配に慣れたので、改めてテントの品々を見てみる。
(このフライパンは鉄かな? あっちの斧は、もうちょっと硬そうだな。ちゃんと鉄鋼技術はあるみたいだ)
火怨山で使っていたフライパンなどの道具は、すべて魔獣の素材によって作られていた。魔獣の中には鉄よりも硬い金属質の皮膚を持つものもいるので、それを加工していたのだ。
もちろん素手で。
火が必要ならば戦気を化合して『火気』を生み出せばいい。おかげで火属性は苦手なのだが、調理のために火気だけは使えるようになった。
姉などは火気の最上位属性である
一方のアンシュラオンは基本的に温和で理知的なので、得意とするのは水である。
単に生存のことを考え、回復効果のある水の最上位属性である命気を覚えたかったにすぎないのだが、そのあたりにも性格が出ているといえる。
話は戻り、それなりに普通に鉄鋼技術は使われているようであり、質も高い。
そう思った理由は、手に取ってみた包丁にある。
(これは、すごいな。手打ちだな。たぶん、ちゃんと人が打ってる)
特に知識はないが、包丁の切れ味がなんとなくわかる。これは良いものだ。
大量生産品だとプレスで造ることもあるが、
(これくらいの包丁なら硬めの魔獣の皮も切れるな。皮焼きは、よく姉ちゃんにも作っていたもんだ。パリパリで美味しいんだけど、オレの場合は姉ちゃんの咀嚼物だからドロドロだったな。せっかく辛くしても、姉ちゃんの唾液で甘くなるという理不尽さだ。今となれば懐かしい思い出だけどね)
「あの…」
「………」
「ええと、その。気に入りました?」
「…え? オレ!?」
「はい。包丁をずっと見ていましたから、気に入ったのかなと」
一瞬、誰に話しかけているのかわからなかったが、どうやら自分のようだ。姉の咀嚼物の思い出が強烈すぎて自分がいた場所をすっかりと忘れていた。
顔を上げれば、売り子の少女が笑顔でこちらを見つめている。
深い紫色の髪の毛の可愛い女の子だ。やはりまだ幼さが残っている。
(包丁をずっと見ていたら、そりゃ危ないやつに見えるか)
「いやその、良いものだなと思いまして」
「わかりますか? ちゃんと工房から仕入れたものなんですよ!」
「工房?」
「はい。アズ・アクスっていう工房製で、有名な職人さんの手作りなんです。本当は高いんですけど、お安く仕入れさせてもらってます。もともとは武器の工房なんですが、最近は包丁も作り始めていて、その試作品なんです」
「なるほど。だから安いのか」
持ってみると妙に手に馴染むのがわかる。
これは剣士の因子が道具(武具)の質を自動的に判断するからだ。無意識のうちに【剣気】を流してみて、その伝導率を計測するのだ。
あまり剣士としての練習をしていないアンシュラオンも因子は高いため、無意識のうちにそれを行っていた。
「どうですか? 質を考えればお安いと思いますが…」
「そうですね……あっ」
「え?」
「いえいえ、何でもないです!」
ここで二つのことに気づく。
(あれ? オレ、普通にしゃべってるな)
一つは、言語が通じること。何の違和感もなく普通にしゃべっている。
周囲の声を拾ってみてもわかることだが、多少のイントネーションの違いはあれ日常会話は普通に交わしている。これは朗報である。
しかし、もう一つは悲報だ。
―――お金が無い
(金なんて持ってないよな。山では金は使わないし。そもそもこの世界に金はあるのか? 見たところ、みんなちゃんと金を払っているようだが…あれは硬貨かな? ふむ、札もありそうだ)
山では自給自足が基本である。必要なものは自分で見つけ、手に入れ、加工する。それもまた修練である。
よって、無一文だ!
(この村だけなのか外でも使えるのかは不明だけど、『貨幣』があるのは確定だな。買えないけど物価くらいは見ておくか。えーと、大根みたいなのは、一本10ゴールド。フライパンは100ゴールド。よくわからないけど、1ゴールド=10円でいいかな? 大根が百円、フライパンが千円、まあ、もう少し上かもしれないが、安く見積もってこんなもんだろう)
あくまで日本の状況に合わせて考えれば、感覚的にそれくらいだろう。ここでは細かい物価のことはわからないので、自分に合わせて考えることにする。
鉄が貴重ならばもっと高い値段になるはずなので、これだけ安いとなれば鉄鋼技術もかなり進んでいるのかもしれない。
そして面倒なのでこれ以後、基本的にはすべて【円表示】にする。
恒例の仕様である。
(包丁は一万円。工房製以外のものは二千円くらいからあるが、これと比べると質は相当落ちるな。…と、それより金だ)
ここに経済という概念がある以上、まずは金を手に入れねばならない。
むしろ金で解決できるのならば、それに越したことはない。奪い取ることなく物資を得ることができるからだ。
(自給自足に慣れてるし、今後そこまで金に困ることはないと思うけど…欲しいものもある。そう、たとえばあれだ)
目の前には【地図】が売っている。
一番安いもので、値段は五百円。
(地図は欲しいな。ここがどこかわからないのが一番困る。しかし、金がない。ここの人たちは好い人みたいだし、窃盗や強盗は極力避けたいかな。ならば、まっとうな方法で金を手に入れるしかないか)
では、どうやって手に入れるか、である。
それには一つ、心当たりがあった。
(たまにゼブ兄が師匠に命じられて下山することがあった。しつこく問い詰めたら、たしか魔獣の素材を売って山で手に入らない日用品などを買う、と言っていた)
陽禅公の自宅には街で売っているような娯楽品もあったので、弟子には厳しく自分に甘い師匠であった。
本当はもっと大量のアダルト雑誌もあったのだが、パミエルキがアンシュラオンに発見されないように即座に燃やしていた。
師匠は泣いたが、パミエルキには逆らえず、そっと枕を涙で濡らしていたようだ。どちらが師匠かわからない。
(オレが正当な手段で金を得られるとすれば、これしかない。訊いてみよう!)
「ところで魔獣の素材なんかは…買い取ったりはしています?」
「はい、あちらでやっていますよ」
普通にいけた。
アンシュラオンは、まさに一世一代の賭けともいえる覚悟で言ったのだが、実にあっさりとした答えである。
少女はテントの隣、やや大きい広場に設置された違うテントを指差す。
そこでは男たちが獣やらを持ち込んで解体作業を行っていた。
(やったー! 助かったー!! 自由になっていきなり犯罪者は嫌だったからな。よかった!)
「ありがとうございます!」
「いえいえ、どういたしまして」
「そういえば、その宝石…」
「え?」
アンシュラオンは、少女の首のチョーカーにかけられた『緑の宝石』を見つめる。
最初に見た時から、ずっと気になっていたものだ。
(いや、いきなり訊くのは失礼かな。この歳の子が付けていても、そんなにおかしいってわけじゃないし。気になるけど、今はいいや)
「あっ、やっぱりなんでもないです。いろいろとありがとう、可愛いお嬢さん。素材を売ったら、また来ますよ」
「はい、お待ちしていま…って、ぷっ、ふふ」
「え? な、何かおかしなこと言いました?」
「いえ、あなたも若かったので、ちょっと可笑しかっただけですよ」
「あっ、ああ…そうですか。そうです…ね……たしかに。オレって何歳に見えます?」
「うーん、十二歳か十三歳くらい? 私と同じくらいですかね? 違います?」
「…まあ、そんなところです。はは、ははは…」
(やっぱりそう見えるかぁ。そりゃそうだよな)
自分の見た目はまだ少年のものだ。この容姿でお嬢さんとは、さすがにおかしいか。
それに話し方も丁寧すぎる。
初めての接触で緊張し、ついつい大人の対応になってしまったが、これくらいの年齢ならば、もっと気軽に話したほうがいいかもしれない。
(合計すれば、八十近いんだよな。精神年齢的には)
この世界に来てから最低でも二十三年以上は経っているはずだ。正確な日数は数えていないのでわからないが、少なくとも成人であることは間違いない。
それに加え、死んだのは五十代後半だったので、合計すればそれくらいになるだろうか。
さらに霊界での日々を加えれば何百年にもなるが、あそこは時間の感覚が地上とは違うので別とする。
(年金もらう前に死んじまったしな。ああ、なんかもう懐かしい。というか、もうあまり思い出せないな。まるで霞がかかったようで…かろうじて知識はあるんだけど、思い出や感情がついてこない)
従来、再生を行うと記憶は潜在意識の中に格納され、思い出せなくなる。
それは、そのほうがよいからだ。
仮に以前の人生で殺人を行って、それを贖罪する新しい人生であった場合、記憶があると弊害が出るだろう。
母親もかつて殺人犯であった赤子を愛せるかと問われると、なかなか感情的には難しくなる。だからこそ、これは慈悲なのである。
そういった普通の人間と違い、アンシュラオンには過去の記憶がある。前の人生の記憶が一応ながら存在している。
ただそれも、この世界に生まれてから相当希薄になっている。こちらの体験が鮮烈すぎたからだ。
不思議なことに転生というのは新鮮なもので、新しい身体になれば精神構造も変わるのか、少年時代のようなドキドキを今も感じている。
こうして初めての場所、初めての接触には特に心躍る。
(姉ちゃんとの初めての時なんて、ものすごい興奮したしな。恥ずかしい記憶だが、身体が若返るってのはこういうことなんだよな)
歳を取れば、大学生くらいの女性でも子供にしか見えない。
それがさらに下になれば、もう恋愛感情や性欲などは湧かないが、今の身体になってからは、そういったことも歳相応に反応するようだ。
目の前の少女は異性としてもなかなか可愛いと思えるのが、その証拠だ。
「よし、魔獣の素材を売って金を手に入れようか」
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