7話 「転生者アンシュラオン」
「はぁはぁ…撒いたか?」
びくびくと周囲を見回しながら、アンシュラオンは無事を確認する。
しばらく気配を殺し、何度も何度も振り返りながら、ようやくにして外の世界に出ることができた。
野良神機退治で山の外縁部に出ていたことが幸いしたようだ。火怨山の中心地だったら、こうはいかなかっただろう。
「はぁぁ、疲れたな…。そういえば神機と戦って、その後に姉ちゃんにも追われたから相当疲れてるっぽい」
疲れていることを知り、ここいらで休むことにした。
呼吸を整え、【練気】を行う。
「ふぅうう…」
呼吸とともに周囲から力が集まるのを感じた。
練気は一般的な戦気術の一つで、体力や生体磁気の回復によく使われるものだが、アンシュラオンほどになればその量も質もかなりのものである。急速に身体が癒えていくのがわかる。
身体や服の汚れも命気で洗浄すれば、あっという間に綺麗になるので問題はない。
「はぁ…ようやく自由になれた。最初はなー、けっこう勝ち組だと思ったんだけどなぁ」
赤子の頃、目を開けたら、それはもう超絶に可愛い女の子が出迎えてくれた。
八歳年上のパミエルキである。
今と同じく目は鋭かったが、子供の頃はもう少し優しかった気がする。
それが成長するにつれて徐々に独占欲が強まっていく。抱きつき、ひと時も離れなくなり、キスが口同士になり、身体も触れ合うようになり、そのまま恋人のようになった。
(あの時は幸せだった。まだ身体が馴染んでいなかったから感度が高くて凄かったもんな、いろいろと。若い頃ってのは、あんなにすごい感度だったんだな。…まあ、今もたいして変わってないけどさ)
小川の水に映る自分の顔は、まったく変わらない。二十歳をだいぶ前に過ぎたはずだが、いまだ子供のままのような容姿だった。
それは身体も同じ。姉と一週間で120回もしてしまうほど若々しい肉体を保っていた。本気を出せばまだまだやれるだろうか。
なぜならば、彼は【武人】だからだ。
「やっぱり普通の人間とは基礎能力が違うよな。結局、オレはどれくらい強くなったんだ?」
アンシュラオンは自分の『データ』を開く。
―――――――――――――――――――――――
名前 :アンシュラオン
レベル:122/255
HP :8300/8300
BP :2230/2230
統率:F 体力: S
知力:C 精神: SSS
魔力:S 攻撃: AA
魅力:A(※SSS) 防御: SS
工作:C 命中: S
隠密:A 回避: S
※姉に対してのみ、魅了効果発動
【覚醒値】
戦士:8/10 剣士:6/10 術士:5/10
☆総合:第三階級
異名:転生災難者
種族:人間
属性:光、火、水、凍、命、王
異能:デルタ・ブライト〈完全なる光〉、女神盟約、情報公開、記憶継承、対属性修得、物理耐性、銃耐性、術耐性、即死無効、毒無効、精神耐性、姉の愛情独り占め
―――――――――――――――――――――――
「やっぱり消えていないな」
まず最初に見るのは、姉に関する項目である。
―――姉に対してのみ、魅了効果発動
―――姉の愛情独り占め
の部分だ。
自分でも薄々気が付いていたが、外見的特長は姉に似ているので、それなりの美男子であると思う。姉を可愛い男にすれば、こんな感じになるだろうか。
そのおかげか元の魅力はAと、なかなかの高評価である。
容姿だって立派な魅力のはずだ。正直、自分には内面的魅力などないと思うので、容姿が大半を占めているに違いない。
「ここで告白しよう。オレは姉好きだ」
知ってた。
パミエルキが好き、という意味ではなく、姉という存在に憧れていた。エロゲーだって姉ものは大好きだし、実姉に対して不満を漏らす親友にも「姉がいるなんて最高じゃないか!」と思っていた。
だから、女神様に「姉をください!」と言ったのだ。
そして姉を手に入れた。美人で巨乳で(昔は)優しくて、自分のことが大好きな姉。
「だがしかし! どうしてこうなった!!」
この項目は、女神様がつけてくれたものに違いない。それはいい。ただ、相手が問題だったのだ。そして、どうしてこうなったのだろう。
不満は、もう一つある。
「姉と、きゃっきゃうふふ、の甘い生活が待っているはずだったのに、修行三昧じゃないか!! もうボロボロだよ!」
なぜか日々、修行三昧になっていた。最初は加減されていたが、徐々に激しいものとなり、最終的には撃滅級魔獣と戦う日々を強いられていたのだ。
魔獣はまだいい。またもや問題は姉である。
姉属性の一つに、弟をいじめる、というものがある。愛情表現であり、可愛いからこそ厳しくするというやつだ。
それが、激しい。
腕が折れるなどは可愛いもので、身体を粉々に吹っ飛ばされることも日常茶飯事だ。それでも武人の肉体は強靭であり、後遺症すらまったく残らないから怖ろしい。
これはパミエルキがS級魔王技を使えることも大きい。回復(復元)術式によって傷痕も残さずに完全に癒してしまうのだ。だからこそ愛情表現もより激しくなっていく。
「見た目はいいんだ…見た目は。だが、愛が重すぎる。重いんだよ」
『姉の愛情独り占め』スキルのせいか、その愛がすべて自分に降りかかる。待ち望んでいたことなのに、何か違う。
「女神様のような人がよかったんだけどなぁ…」
アンシュラオンを転生させてくれた女神様、闇の女神マグリアーナ。この星、【死と炎の星】に転生する際、面倒をみてくれた女性である。
優しくて穏やかで美人で、胸も大きい。姉属性としては最強だろう。場合によっては母属性になりそうなくらいの母性を持っている。
そう、アンシュラオンは、この星の人間ではない。
―――他の星からやってきた霊魂である
この星の人間の多くは、宇宙のことはよく知らないらしい。他の星に人間が暮らしているなど思いもしないという話だ。
そこまで文化レベルが発達していない、というよりは、女神いわく「この星はまだ若い」とのこと。
もともといた星の守護神(母神)がいなくなり、人類の霊が星の代行者に昇格して運営しているらしい。
本来、人間の霊が微生物を管理するにも最低でも数万年の進化は必要となる。それが人類を含めた支配種を管理するには、通常は何億年という経験が必要なのだが、それを飛ばして一気に管理とは珍しい状況だ。
それもこの星が若く、特殊な状況だからという話である。
しかしながらアンシュラオンが元いた「地球」と呼ばれる星も、若いという意味では同じかもしれない。
あの星でも人々は宇宙を観察しては、「人類がいるのは地球だけ」と言う程度の認識でしかない。
物的に見れば正しい。たしかに同じ【次元】にはいない。地球人の物的振動数のレベルで見れば、どの星も死の星であろう。
だが、霊的に見れば、この【宇宙は人間だらけ】である。
『物的な生活を経て進化する霊』を人間と呼ぶのだが、肉体という要素は惑星の大気状況によって違うので、まとっている身体が肉である必要はない。振動数が違えば、霧や液体の身体になることもあるわけだ。
よって、火星にも人間はいるし、木星にも太陽にも人間はいる。
そうした事情を知ったのも、アンシュラオンが一度死んでからだ。
死んだあと、いわゆる霊界と呼ばれる場所に赴き、そこで教育を受けたから知っているにすぎない。
人は霊である以上、死なない。霊は不滅の存在であり、人間の本来の意識である。
であるからには―――
「【転生】しないといけないんだよなぁ…」
人間の霊は幾度かの転生を繰り返し、物的体験を経ながら霊魂として成長していく定めを背負っている。
霊の世界も地上と違う粒子で構成されているだけで、ある意味ではより高度な物質であるともいえるが、肉体をまとって生活することで人は多くの体験を得るらしい。
その回数は普通の人ならば三回か四回程度で終わるという。それだけ生活すれば人間としてある程度成長できるからだ。
そしてアンシュラオンも死後、しばらく霊界で勉強したり修行したりしていたのだが、「そろそろまた行くかい?」などと指導霊のおじいさんに言われ、「マジっすか!? もう!?」という感じで転生する運びとなった。
アンシュラオンは前の人生でつらい日常を送っていたので、もう二度とこりごりだと思ったのだが、違う星に転生できると知ってやる気が出た。
そう、霊魂の再生は惑星間でも可能である。
地球にも他の星から再生してくる人もいる。魂は常に自分に合う世界を探しているからだ。
アンシュラオンはどうせなら、自分が意味ある人生を送れる世界がよいと思った。
意味ある世界 = 姉といちゃつく世界
であるが。
何かが違う気もするが母性に飢えていたのかもしれない。それに加えて、やはり一度でいいから強い自分になってみたいと願った。
自分が活躍できて楽しめて、それでいて役に立つ。実に素晴らしいじゃないか、というわけである。
―――「ああ、いいよ。じゃあ、そういう感じで神庁の神様に頼んでみるよ」
と簡単にOKが出たので、「マジ楽しみっす!」と答えたのだが…
「自力でがんばるのか…。そうだよな。成長ってのは自分でがんばるから意味があるんだよな。うう、がんばったよ。修行はつらかったよ」
とはいえ、この星の女神様は転生の際、いろいろと配慮してくれた。
まず『デルタ・ブライト〈完全なる光〉』というスキルは、この世界でアンシュラオンとパミエルキしか持っていない実に特別なものである。
効果は、すべての因子の覚醒限界を最大にすること。これによって戦士と剣士の力を持ち、術も使えるという最強の存在になれる。
ただし、姉も持っていたというのが罠である。
このスキルを得るためにわざわざパミエルキと姉弟になったとも思えるので、推測でしかないが、おそらく特殊な血統遺伝なのだろう。
しかもパミエルキは、アンシュラオンが求めた通りの姉人材。美人で優しくて巨乳でイチャラブ。一石四鳥である。
その他、いろいろと優遇してもらった。この【情報公開】スキルもそうだ。これがあれば、こうして非公開のデータを参照することができる。
アンシュラオンにしか見えないので、まさに相手の秘密が見えてしまうという、ある意味で最強のスキルである。これがあれば危険を事前に察知できるだろう。姉の恐ろしさを知った時のように。
しかし、こうなってから改めて思う。
「人生、うまい話ばかりじゃないよなぁ」
と。
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