001 追放された王子

―バシャ!バシャ!!


「ハァ、ハァっ…」


雨が降る、真夜中の森を俺は走っていた。

冷たい水が顔に当たり、草木をかき分けて当てもなくただ暗闇を走り続ける。


「…クソ、なんでこんなことにッ!」


自分の無力さと不甲斐なさを呪う。

血の付いた手紙を握り締め必死に当てもなく走り続ける。


―ガクン!


「うわっ!」


ぬかるんだ地面に躓き、転んでしまう。


―ガサガサッ


「…!」


少し遠くから誰かの足音をが聞こえる。しかも一人じゃない。数人。いや、数十。

兵士たちか!


「クソ…追手が来てる…」


何でこんなことになったのか、それは…

時間をさかのぼる事、数時間前。



―――



静かで広い空間、訓練施設にオレは一人で剣を振り鍛錬を積んでいた。


「ハッ!…ハッ!、ハァアアッ!!」


魔獣や人との戦闘を想像し、剣を振るう。

銀色に輝く剣は、オレの唯一の武器、銀剣クラレントだ。


魔法がほとんど使えず、魔法具に選ばれる事も無かった落ちこぼれのオレに父のアルトゥル王から授かった剣。

祭り事や祝い事などに使われていたらしいが、もう使い道が無くなったということで子供の頃に渡された。


ただの頑丈な剣だが、オレにとっては何年も使い続けたことで手になじむ武器になっている。


「ふぅ…今日はこれくらいにするか」


手のひらに紫色の渦を作り出し、クラレントをオレが唯一使える魔法、『幻影の鞘ファントム・ストック』に収める。

回復魔法も攻撃魔法も何も使えないオレが唯一使えるのは、たった一つだけ武器をこの幻影の鞘に収納する魔法。


もはや魔法かどうかもわからないが。子供のころから使えた技だ。


汗を簡単に拭き、訓練施設から出ていくとそこにパタパタと何かが近づいてくる音がする。

その音はオレにぶつかった。


「お兄ちゃんーー!お疲れ様ー!」


「わあ!パル!どうしてこんなところに」


「お兄ちゃんが訓練終わるころだなーって思ったから迎えに来たんだよ~!」


妹のパルが眩しいくらいの笑顔でオレに微笑みかけてくる。

14歳のオレより6個したの8歳の少女。オレたちの母親はパルが生まれてすぐに他界した。

いくら寂しくても、そんな気を見せずにオレの事を気に掛けてくれる。おてんばな所もあるけど、すごくいい子で。優しい子だ。


「…いつも、ありがとうな」


オレはそういうとパルの頭を撫でる。


「な、なによお兄ちゃん~恥ずかしいよ~!えへへ」


照れながら腕を後ろに回して体を揺らす妹が愛おしい。


そこに、ぞろぞろと廊下を歩く音が近づいてくる。

円卓の騎士だ。


何人もの騎士たちが列をなし、廊下を歩いてきた。

オレたちのことは眼中にない取った感じだ。


その中の一人と目が合う。


「あれ?クソゴミの無能のメドラウト王子じゃん、何してんのこんなところで??」


緑のマントをひらひらとさせてオレたちの前で立ち止まる。

円卓の騎士の第6席、パーシヴァルだ。


「お兄ちゃんをそんな風に言わないでください…!パーシヴァル卿」


パルがオレの腕をつかみ、体を寄せながらパーシヴァルをにらみつけて言う。


「だって本当のことだからね~、パルウムちゃんも出来損ないの兄を持って可哀そうだよ、同情するわ~」


パーシヴァルは腰に手を当ててオレたちを蔑む様な目を向ける。


「…それで、オレたちになんの用なんですか?パーシヴァル卿」


「え?ああ、せっかく円卓の騎士の12席に選ばれた王子が、ろくに魔法も使えず、魔法具にも選ばれず、武器の鍛錬を積むために訓練場に足を運んでいるなんて哀れだな~ってさ」


グッと顔を近づけてニタニタと卑しい顔をオレに向ける。


「…も、もう他の円卓の騎士はいっちゃいましたよ!ついていかなくていいんですか?パーシヴァル卿!」


パルがパーシヴァルに言う。


「大丈夫だよ、パルウムちゃん。会合まで時間あるし、円卓の騎士のくせに会合に呼ばれてもいない奴もいるくらいの話しなんだろうしね」


パーシヴァルはオレを見ながら言う。


「ま、こんな所にいても時間の無駄だし、そろそろ向かうかな~。じゃあ、惨めに努力頑張れよ、お・う・じ」


そう言い残しパーシヴァルは廊下を歩いて行った。


「もう!何よ!あの人!お兄ちゃんに嫌味ばっかり!」


「ま、まぁまぁ。あいつらがどんな連中かは知っているから…それに。オレに力がないのは事実だし…」


「お兄ちゃん…」


パルが悲しそうにオレを見つける。


「ごめんな、こんなお兄ちゃんで」


「そんなことないよ!お兄ちゃんは優しくてすごいよ!」


「…ありがとうな。パル」


そういってオレたちは自分の部屋に戻った。

オレは自分の汗を流し、休息をとる。

円卓の騎士に選ばれたのに会合にも呼ばれないなんて。なんでオレを円卓の騎士に任命したのか。


そう思いながら夕焼けが照らす城の廊下を歩く。そろそろ食事の時間だ。パルを呼びに行こう。

事件が起きたのはその後だった。


パルの部屋のドアが少しだけ開いていた。


なぜだろう?


心臓がドクンっと大きく鼓動する。



なんだこの胸騒ぎは。


ゆっくりと扉を開けると、そこには目を疑う光景が広がっていた。


「あ……あ、あああああ!!!」


部屋には血まみれでうつぶせの状態で倒れている妹。パルがいた。

オレはすぐさま駆け寄り抱きかかえる。


しかし、パルの意識は無く、まるで眠っているかのように冷たく重かった。


「ぱ、パル!!!パルう!!!!起きろ!起きてくれ!!!」


な、なにが、どうなっているんだ!これは、いったい。なんで。。一体誰が!!


血まみれの中、パルは何か紙を握り締めていた。

その紙には「お兄ちゃん、逃げて。」と書かれていた。


―ピーーーーーーーーーー!!!


「!?」


後ろを振り向くと城内にいる兵士たちがオレを見て警備笛を鳴らしていた。


「お、おい!い、妹が!!妹が大変なんだ!医者を!!!」


しかし、兵士は剣を取り出し、オレに向けてきた。


「な!なんで、オレに武器を向けるんだよ…」


「黙れ!!貴様を捕まえる!!大人しくしろ!!」


パルの部屋の前に兵士たちが集まって来ているのが分かった。


「ハァ…ハァ…くそ!」


オレはパルの部屋についている窓ガラスへ向かって一直線に走り抜けた。


―バァリーン!!


激しく飛び散るガラス。破片が体をかするが構ってはいられない。

「お兄ちゃん、逃げて」というあのパルのメッセージ。


なにか、この城の中で何かが起こったとしか思えない。

木をクッションにして地面に着地する。


そして、城から離れて全力で走ることにした。

とにかく今は、事態が分かるまでここから離れないと…!!


ごめん!!…パル!兄ちゃん、お前を助けられない…


オレはそうして、国を出た。

雨降る夜の中、森を駆けているのは、そういう事があったからだ。


「ハァハァッ…!」


草木をかき分けて泥だらけになりながらもとにかく走った。

と、その時。


―ズバッシュ!!


斬撃が後ろから飛んできて、オレの肩を霞める。


―ズザザンッ!!


風圧で飛ばされて開けた場所に吹き飛ばされた。

そこは、森を抜けた先は、広大な海の広がる断崖絶壁の崖だった。


「道が…ない…」


森から足音が聞こえてくる。

その足音から遠ざかろうと、崖のギリギリまで下がる。


雨の降る中、月明かりに照らされて現れたのは。


「円卓の…騎士…!!?」


追っ手は兵士じゃなかった。

円卓の騎士が森から現れて立ちふさがっていた。


「な、なんで!なんで、何だよ!お前ら!!!」


オレは力強く叫んだ。


「あれ~?もう、逃げるの終わり?どーーすんの王子??」


口を開いたのは槍を携えた騎士。パーシヴァルだった。

帝国随一の槍使いで、聖槍ロンギヌスの持ち主でもある。


「パーシヴァル…!お前ぇ!!」


「おい、そーーかっかすんなよ――なぁ?みんな」


「帝国最強の騎士団が勢ぞろいで、どういうつもりだって聞いてるんだ!!」


血を流す腕を掴みながら聞き返す。


「あのねー、俺等の目的はお前なんだよ」


「…どういうことだよ」


こいつらの狙いが、オレ??

パルに起こった事。オレを狙う事。何がどうなっているんだ。


「メドラウト王子、お前には処刑の命令が下ったんだよ」


処刑?

悠々綽々と話す、パーシヴァル。


「な、なんでオレが…。それよりもパルが大変なんだ!妹は!まだ助かるかもしれない!早く城へ戻って助けてやってくれ…!!」


「いやぁ、無理だね。」


「なっ!」


パージバルが歩いて近づいてくる。


―ブンッ!!


槍の先で頭を殴られ、身体が地面に転がる。

視界が弾けるようにブラックアウトして、後から痛みが押し寄せてくる。


「ッぐは…はぁ…はぁ…」


パーシヴァルにみぞおちを蹴られる。息が出来なくなり、吐血と、嘔吐は飛び散る。


「っきったねーな…。俺らはお前の処刑の命を受けているんだよ。妹ぉ?ああ。なんか、殺されてたらしいけど。どうせ、時間の問題だったし。なぁ、みんな?」


「…!!!お、お前!!!!」


オレはパーシヴァルをにらみつける。

こいつら、パルになにがあったのか知っているのか??くそっ!意識がもうろうとする。


パージヴァルは後ろにいる円卓の騎士たちに尋ねる。

オレは地面から身体を起こせず、視界が90度傾いている。


「無能の自覚はあるはずだ、メドラウト」


そういうのは円卓の騎士―第3席、ガウェイン。

円卓の騎士の中で最強と言われる一角を担う剣士。腰にある双剣ガラティンを携えている。

オレの異母兄弟の兄だ。


「俺がお前なら耐えられない、国王の血を引きながら、どの魔法も扱えないなんてな……本当に、反吐が出る。これじゃああまりにも王が不憫でならない…!!」


次に言葉を話したのは円卓の騎士―第10席、アグラヴィン。

闇鎖ダーインスレイヴを携えた騎士。


「君が円卓の騎士に選ばれたのは、ただの父親の七光りだからね?なのに、調子にのって、ランスロット様と手合わせしたりしてさ。図々しいんだよ、なんの力もないのに僕らに命令するな。僕は元々反対してたんだ、こんなクズ」


腰にある不短剣パルパーに手をかけて、いつでも戦闘出来る体制をとるのは円卓の騎士―第7席、ガレス。

オレの次に円卓の騎士の中で若い。ランスロットを崇拝している。


「お前は、円卓の騎士の中で最弱だ。魔法もろくに使えず、この国に貢献も出来ない。お飾りで入れられた騎士だ。我々は貴様は不要だと考えた」


ガウェインが言う。

しかし、そんな話を聞いている場合じゃない。オレは、パルを助けなければいけないのに、なのに、なのに…!


「ぐぁ!!」


背中に痛みを感じ、振り向くと、パージヴァルが背中を蹴っていた。


「話しを聞けよ、三流がぁあ!!」


「っぐ!!」


目がかすむ。息が出来ない。妹があんな目に合ったって言うのに、オレは何も出来ないのか…。


ガレスは数秒俺を見つめた後、こう告げた。


「君の妹、…もう死んでるよ」


「…ぅ、ぅあああああああ!!!!!」


身体を起こして、ガレスに殴りかかろうとするが、誰かの魔法が飛んできて吹っ飛ばされる。

地面を乱雑に転がり、崖のふちに身体の半分がせり出す。


「何をしている、メドラウト。お前は今日、ここで処刑される。円卓の騎士からは追放されるんだぞ。無駄なあがきはよせ」


ガウェインが近づいてくる。

オレはガウェインの睨め付ける。


「…っぐ、いもう、とを殺したのは…誰だ…」


「…貴様には、もうどうでもいい話だ」


ガウェインが剣を抜き、その剣に魔法を込める。

赤色のエレメントが剣に集まる。周りの雨や風を巻き込みながらエネルギーを増大させていく。


他の騎士たちはそれを笑ったり、興味無さそうに見ていた。

最強の騎士の一角を担う第1席のランスロットも、聖剣アロンダイトを地面に突き刺して、オレを虫けらの様な目で見ていた。


ああ、オレのいた場所は、最低な人間の集まりだったんだ。と、改めて思った。

ごめんな、パル。お前を、守ってやれなくて。オレに、もっと力があれば。もっと…。


「っ…く、くぉそぉお…!」


足と腕に力を込めて、身体を持ち上げる。頭がくらくらする。


「おお!ここで立ち上がるのか!!おまえ、ほんと気持ちわりぃな!!ドMかよ!!!」


パージヴァルが何か言っていたが、気にしない。


「…オレは、諦め、ない…ッ!!」


腕に力を入れて、オレが唯一出来る魔法を発動する。


―『幻影の鞘ファントム・ストック』!!


手からクラレントを取り出し、構える。


「無駄なあがきだ…!!」


ガウェインは大きく溜めたエネルギーを剣の斬撃に乗せて飛ばす。

それに向かって突っ込んでいく。勝てなくても、オレは、最後まで諦めたくなかった。そんな兄じゃ、パルに笑われるから。




―ズガガガドドン!!!!!!




大きく吹っ飛んだオレの身体は、中を舞い、放物線を描いて崖の底に落ちていった。

消えゆく意識の中、騎士たちの嘲笑だけが、耳に残っていた。



オレは、この日、円卓の騎士から追放され、殺された。

そして、この日から始まった。オレの復讐が。


何故オレが処刑されなければいけなかったのか、何故妹は死ななければいけなかったのか。

そして、誰が妹を殺したのか。





全ては、ここから始まる。誰でもない、オレの叛逆が――。

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