第11話:おでんと鯨ベーコンとおばけ
『姥ヶ火』と遺族に対する想いと、マスゴミ連中に対する激烈な怒りを持った嘉一は、神仏に賄賂を贈ろうとした。
神仏に対する賄賂とはお供え、想い出の郷土料理だった。
準備していた食材を常世に持ち込んだ嘉一を迎えたのは、常に優しい笑顔を浮かべてくれる石長女神だった。
「まあ、今日はおでんを用意してくれたのですね、うれしいわ。
でも、私も料理には自信があるから、ここでも料理させてね。
私は嘉一の料理を食べさせてもらい、嘉一は私の料理を食べてね」
「はい、よろこんで食べさせていただきます」
大阪ではおでんの事を関東炊きと言う事もある。
普通は鰹節と昆布でとった出汁で、おでん種と呼ばれる種々の具材を長時間煮て作るのだが、嘉一の母親は砂糖入れて甘くしてしまっていた。
だから嘉一の想い出のおでんは甘味があるのだが、嘉一が好きなおでんは、砂糖を入れるどころか、逆に塩を入れた甘味のないおでんだった。
嘉一は厳選したおでん種を、出汁がたくさん出るかどうか、煮える時間が必要か直ぐに煮えるのかによって、順番を考えて大鍋に入れて行った。
大根、牛すじ、じゃがいも、焼き竹輪、ごぼ天、梅焼き、がんもどき、厚揚げ、豆腐、蒟蒻、ゆで卵、蛸、さえずり、コロを入れて煮たおでんだった。
それは石長女神もおなじだった。
この地方独特のおでん種と言えるのは、梅焼き、さえずり、コロだった。
梅焼きは、魚のすり身に卵と砂糖を加えて梅形に整えて焼いたおでん種で、はんぺんのような味と食感だった。
さえずりは、鯨の舌で独特の食感と味があった。
一番おでんの味に影響を与えたのは、コロと呼ばれる鯨の皮から鯨油を絞った残りを乾燥させたおでん種で、大阪のおでんはこれがないと独特の味が出ないのだ。
嘉一の作ったおでんを石長女神と八仏は美味しそうに食べた。
嘉一は石長女神が作ってくれたおでんを、煮えやすい順にたべた。
常世に来てから石長女神が作ってくれたおでんなので、まだほとんど煮えていないのだが、おでん種の中には煮過ぎると旨味が逃げてしまう種もあるのだ。
練り物などは特にそうで、旨味を出し過ぎてしまうと美味しくなくなる。
他のおでん種の旨味を浸み込む方が美味しい種は後日食べた方が美味しい。
だから嘉一は、蛸、梅焼き、ごぼ天から食べた。
さえずりも煮過ぎない方が嘉一の好みだった。
ゆで卵も味が染み込む前に食べても普通に美味しい。
豆腐や厚揚げも、味の浸み込んだ美味しさもあれば、温まっただけの状態で辛子を塗って食べる美味しさもある。
「うおおおおお、さえずりとコロだぜ。
俺はこいつに目がなくてな、ずっと食べたいと思っていたんだ。
自分だけが神だとほざきやがる、他の神仏を下に見る身勝手な嫌われ者を信じる手先共が、あいつと同じように禁止しやがるから食べられなくなっちまった」
「おい、おい、その前から御供えしてくれる氏子がいなくなっていただろう」
「そうか、そうだったかなぁ、まあいいじゃないか、そんな事は。
嘉一がこれからもお供えしてくれるのだから」
「ええ、喜んでお供えさせていただきます」
嘉一は八仏の反応に安堵していた。
もし八仏が嘉一の考えを不愉快に思っていたら、お供えを受け取ってもらえない。
これだけ喜んでもらえていると言う事は、少なくとも反感は買っていない証拠だ。
更に言えば、今後も鯨をお供えしろという要求までもらえた。
つまり今後も氏子として仕えろと言う事に違いなかった。
今回持ってきたクジラのおでん種をとても喜んでくれているが、今回持ってきた鯨はおでん使われているさえずりとコロだけではない。
単体で酒の肴として最高の鯨ベーコンとおばけも持って来ている
鯨のベーコンは、髭鯨だけがもつウネスという部位を塩漬けした後で茹で、一部を赤く着色して冷風で乾燥したものだ。
独特の味と食感で、肉の脂身が吐くほど嫌いだった、幼い頃の嘉一でも美味しく食べられた。
おばけは、漢字で書くと尾羽毛で、別名さらし鯨とも言う。
鯨の尾びれを塩漬けしてから薄く千切りにして茹でたもので、白くチリチリとした独特の形状をしているのだが、味も食感も同じように独特だった。
嘉一の家では酢味噌で食べる事が多かった、酢醤油をつけて食べる家もあったし、家によっては味噌汁や鍋物に入れて食べていた。
嘉一自身は、鱧の落としと同じように梅肉をつけて食べるのが大好きだった。
「ウッオオオオオ、梅肉も用意してくれていたのか、これはありがたい」
虚空蔵が喜びの雄叫びをあげている。
それくらい大好きなのだろうが、とても仏とは思えない姿だった。
だがそれを聞いた嘉一は更に安堵した。
お腹一杯、石長女神が作ってくれたおでんを食べた嘉一は、現世に戻って『姥ヶ火』の手助けをしようと思っていたからだ。
ここまで手放しに喜んでもらえているのなら、邪魔されることはないと考えた。
「嘉一、毎日来てくれるとうれしいわ」
神仏に声をかけて現世の戻ろうとした嘉一に、石長女神が声をかけた。
人間の心の中など簡単に読み取る事の出来るのが神仏。
その神仏が、しばらく常世に来る事を止めようと思った嘉一に、毎日来るよう命じたのだ。
「嘉一が大切に思う事にために忙しい事は分かっているわ。
嘉一の邪魔をしようと思っているわけではないのよ。
ただ毎日嘉一が作ってくれた料理が食べたいだけなのよ。
それと、嘉一にも毎日私の作った料理を食べてもらいたいの。
その代わりと言ってはなんだけれど、私の力を分けてあげるわ。
その力があれば、修行に便利だと思うわよ」
「おお、そうだな、これだけお供えしてもらって、あれだけしか現世利益を与えないというのは、神仏としてはケチすぎるな。
俺も仏として御供えに相応しい現世利益を与えてやるぞ」
「「「「「おう、俺達も与えてやる」」」」」
ニューハーフ仏は何も言わなかったが、石長女神と八仏が嘉一に現世利益を与えると断言してくれたことは、『姥ヶ火』への手助けを公認してくれたと言う事だった。
「ありがとうございます、毎日お供えを持ってこさせていただきます」
そう約束した嘉一は、郷土の思い出料理ではなく、毎日確実に手に入る食材と料理をお供えする事にした。
牛肉、豚肉、鶏肉といった獣肉に、鯖、鯛、鮭、鯵、牡蠣といった魚介類。
更には季節に関係なくふんだんに手に入るようになった果物と野菜。
乳肉製品も食材として常世に持ち込んだ。
出来合いの料理としては、以前お供えした寿司だけでなく、唐揚げに天婦羅、照り焼きにピザ、タコスにカレーまでお供えした。
今まで見るだけで食べる事のできなかった料理をお供えしてもらった神仏は、とても喜んで神通力を振るってくれた。
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