第10話:下請けの自業自得

「嫌なのに、死にたくないのに、取材に行かされる」


 嘉一が朝起きて直ぐにSNSを確認すると、本当かどうか分からないが、テレビ局に無理矢理人体発火のリポーターをさせられるアイドルの呟きがあった。

 その呟きが呼び水になったのか、テレビ局に対する批判がSNSを席巻している状態になっていた。

 嘉一にとっても自分の言動を考え直す契機になった。


 嘉一は、権力を笠に着て被害者遺族を更に傷つけるマスゴミなど、殺されて当然だと思っていた。

 金儲けのために、手先になっている連中も同罪だと思っていた。

 だが、今回の呟きが本当なら、嫌々やらされている者もいる。

 自分が利を得るために、手先になっている事は同じだから、殺されても仕方がないとは思うが、『姥ヶ火』が優先順位を間違っている気がした。


 嘉一は原付を使って急いで人体発火現象の起きている地域に行った。

 この日も警察による厳重な警備が行われていたので、何度も職務質問を受けた。

 自作したフリーの記者の名刺を見せたが、名刺を見せた事で余計に厳しい職務質問を受けてしまった。

 中には親身になって心配してくれる警察官も居て、絶対に虐められて自殺した遺族に直接取材をしてはいけないと、具体的なアドバイスをしてくれた。


 嘉一も最初から危険な事をする気はなかった。

 それは嘉一自身に対してもだが『姥ヶ火』に対しても同じだった。

 嘉一が接触する事で『姥ヶ火』が地獄に落とされるなど、絶対に嫌だったのだ。

 だから嘉一がやったのは、自殺に追い込まれた虐められっ子の実家にはいかず、実家から離れた場所にある人体発火現場巡りだった。

 人体発火現場を巡って『姥ヶ火』にお祈りする事だった。


(どうか聞き届けてください『姥ヶ火』。

 直接実家に取材に来るような連中を発火せせるのはしかたがない事でしょう。

 ですが本当に悪いのは、取材に来ている人間ではありません。

 無理矢理取材させている上司、特に社長や会長、役員たちです。

 『姥ヶ火』に力があるのなら、取材させている連中を発火させるべきです。

 下っ端の取材クルーや記者を発火させても、取材を止めさせて家族を護る事はできません。

 権力者を殺して恐怖させない限り、下っ端が送られ続けます)


 嘉一は真摯に心から祈り願い念じた。

 少しでも人体発火の被害者を減らそうとする、心優しい警察官に何十回も職務質問されながら、事件の起きている地域を巡って祈り願い念じた。

 その甲斐があったのか、取材クルーや記者が自殺した虐められっ子の家に押しかけないように、警備線を張り職務質問を繰り返した警察官のお陰なのか、日が暮れるまで誰一人発火する事はなかった。


 一日中歩き回って祈り願い念じた嘉一は疲れ切っていた。

 その場で大の字になって眠りたいくらい疲れ果てていた。

 近くのホテルや旅館で泊まろうかとも考えた嘉一だったが、これからも神仏にお供えする事を考えると、余計なお金は使えないと考え直した。

 今日は現場に来ていたのでお供えをしなかったが、過去二日の間にお供えのために使った金額は、嘉一にとっては大金だった。


 元々は修行に集中するために、神仏が現世利益として宝くじを当ててくださったお金なので、全部お供えしても当然のお金ではある。

 だがいったん自分のモノになってしまうと、惜しくなってしまうのが人情だ。

 少しでも節約して、働くことなく暮らしていきたいと思ってしまっていた。

 お供えをケチるような事はしないが、自分の使うお金は節約してしまう。


 あまりの疲れで眠くなってしまい、居眠り運転をしそうになるのを、眠気覚ましの強烈なガムを噛みながら、フラフラになって帰宅した。

 人体発火地域を巡っている間に、情報収集もかねて地域の飲食店で食事をしていたので、家に帰っても料理をする必要はなかった。

 お風呂だけは入ろうと、自宅に帰るまでは思っていたのだが、自宅についた途端、万年床に倒れ込んでしまった。


 あまりにも冷えこみが激しくて、嘉一は翌朝早く目を覚ます事になった。

 万年床に倒れ込んで眠ってしまったため、エアコンの暖房をかけてもいなければ、炬燵に電源も入れていなかった。

 それどころか、掛け布団すら使っていなかった。

 寒さで目を覚ました嘉一は、急いでホーム炬燵の電源を入れて温まった。


 嘉一は幸いにして風邪をひかずにすんでいた。

 普段は薄いブラックのインスタントコーヒーを飲む嘉一が、その朝は砂糖を入れたインスタントコーヒーを飲んで温まった。

 昨日は情報収集のために何度も飲食をしてお腹一杯だったはずなのに、朝になったら若い頃のように空腹になっていた。


 嘉一は空腹のあまり、神仏にお供えするために買い集めた食材を使って料理を作ることにしたのだが、ついつい作り過ぎてしまった。

 直ぐに料理できる食材はクジラ肉だけだったので、厚みのある赤身肉をステーキにして焼いて食べた。

 それだけでは満足できずに、クジラのベーコンも食べてしまった。


 空腹が落ち着いた嘉一は、まだ夜が明ける前だったが、元事務所だった場所に行ってネットでSNSを確認する事にした。

 早朝で冷え込む事務所のエアコンを動かして、少しでも暖かくしながらパソコンの電源を入れて、人体発火に関する情報を集めた。


「東京で大量の人体発火」

「それ、テレビ局の電話取材だぜ」

「ネットでレポーターの呟きが問題になったから、電話取材に切り替えた」

「電話取材した奴が発火したのか」

「虐めを苦に自殺した子の両親に、悪質な質問をしたらしい」

「自業自得だな」

「どうせなら社長や会長を発火させればいいのに」

「本当なのか、いくらなんでも電話を通じて人体発火するか」

「それ本当の事、私が呟いたせいで他の人が死んでしまった」


 どこまで本当の事なのか、嘉一には分からなかった。

 だが完全な嘘だとも、根も葉もないことだとも思えなかった。

 マスゴミなら、相手がどれほど迷惑するのか分かっていても、相手がノイローゼになるくらい、繰り返し電話取材するのが予測できた。

 一局一社だけではなく、全テレビ局と全新聞社に加え、全てのゴシップ誌が身勝手な電話取材をしていた事だろう。


 いや、テレビ局に至っては、番組ごとに個別に電話取材しているのが予測できた。

 電話がつながるまで、相手が苦しむ事など簡単に予測できるのに、予測できなかったと言い訳する事を前提に、迷惑電話を繰り返していただろう。

 嘉一は心から反省していた。

 『姥ヶ火』に報復方法を考えろと言う前に、テレビ局や新聞社のやり方を批判すべきだったと心から反省していた。

 あの祖母なら、絶対にそうしていたと思ったからだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る