第6話:人体発火
魂が振るえるほどの絶叫を聞いた嘉一と刑事は、急いで絶叫の聞こえる方に向かったのだが、その現場は驚くべき状況になっていた。
警察が止めるのも聞かず、自殺した子の両親に無理矢理話を聞こうとしていたリポーターと撮影クルーが、真っ赤な炎に包まれて燃えていたのだ。
炎の人柱と言える物が、六柱も立っている。
「消せ、急いで助けるんだ」
刑事さん、確か伊藤という苗字だった人が助けようとする。
だが嘉一には燃えている奴らの自業自得にしか思えなかった。
ニューハーフの仏から『姥ヶ火』は恨む相手から殺すと聞いたばかりだった。
嘉一が噂に聞いた範囲では、まだ虐めに加担していた教師が全員殺されていないのに、テレビ局のリポーターと撮影クルーが狙われたのだ。
よほど『姥ヶ火』の恨みを買うような事をしたのだと嘉一は思った。
「無駄な事は止めた方がいいですよ、刑事さん。
これは普通の放火や殺人じゃない、超常的な出来事です。
手を出したとたん、刑事さんの身体が燃え上がる可能性があります」
「俺は刑事だ、こんな現場を見て、何もしない訳にはいかん」
刑事さんは自分が発火する事を恐れず、背広を台無しにする事も気にもせず、上着を脱いで燃え盛るリポーター達を助けようとした。
だが嘉一はこんな連中を助ける気にならなかった。
だから急いでこの現場から離れる事にした。
自分がこの場に残っていたら、いつ『姥ヶ火』に出会ってしまうか分からない。
そんな事なったら『姥ヶ火』が地獄に落とされてしまう。
その結果は、止める者がいなくなった記者とリポーターによる、自殺させられた子の両親に対する、報道の自由という名の恐ろしい暴力の嵐だ。
祖母と同じ涅槃に行きたい嘉一ではあったが、そのために被害者の両親に更なる地獄を味合わせる事などできなかった。
そんな事をしてしまったら、祖母に軽蔑されることは間違いないと思っていた。
嘉一にとっては、全ての衆生を救うというニューハーフ仏の考えよりも、祖母の教えてくれた正義の方が大切だし、正しかった。
嘉一は『姥ヶ火』が地獄に落とされないように手助けする事にした。
急いで自宅に戻った嘉一、神仏に胡麻をすることにした。
神仏が、特に神が驚くほど身勝手な存在なのは、多少でも神話を知っていれば分かる事だったから、神仏混交で祀られた仏も身勝手な部分があるかもしれない。
その考えに拍車をかけたのが、嘉一が作った夏祭り料理を争うように食べていた、八仏の存在があった。
その記憶に従って、料理をお供えして神仏に胡麻をする事にした
あの時唯一夏祭り料理をむさぼり喰わなかったニューハーフ仏も、死因は餓死だと言っていたから、食べ物に執着するかもしれないと嘉一は思ったのだ。
問題があるとすれば、どのような料理をお供えするかだったが、それも優しい女神が口にしていた、熟饌は想い出の料理がいいという言葉を思い出して解決した。
嘉一は自分の記憶の中にある思い出の料理を作ろうと思った。
だが一番鮮明に覚えている、今も食べたいと思う料理を正確に再現しようと思うと、夏祭りの想い出料理と同じように、材料を集めるのが難しかった。
嘉一が一番食べたい思い出料理は、鮒と豆を煮た料理で、二番目が焼干しした鱚と長葱を煮付けた料理に、鶏のすき焼きだった。
郷土の料理を再現する事に拘れば、鶏のすき焼きでさえ河内軍鶏を探さなければいけないが、嘉一個人の思い出なら親鶏でよかった。
伯父が養鶏場をしていたので、卵の産みが悪くなった親鶏や、喧嘩で殺された親鶏を潰してすき焼きにしていたのが、嘉一の鶏すき焼きだった。
嘉一は近所のスーパーを周ってブランド鶏を選んで買った。
どんな鶏でもいいのなら、お供えはいい材料を使うべきだと考えたのだ。
正肉の腿や胸、手羽元や手羽中、ささみやネックだけでなく、肝や砂肝、玉ひもも入れたすき焼きがとても美味しくて、嘉一の想い出の鶏すき焼きだ。
一緒に入れるのは豆腐、長葱、糸こんにゃく、白菜、お麩にした。
祖母が亡くなってからは、時代と共にお麩を入れなくなり、エノキなどを入れるようになっていたが、祖母を思い出すとどうしてもお麩を入れたくなってしまった。
原付でスーパーを周っている間に偶然手に入った思い出の食材もあった。
嘉一は好きではなかったが、亡父が大好きだった生節だ。
生節の標準的な呼び名は生利節で、生の鰹を解体してから蒸すか茹でた一次加工食品で、祖母は醤油と砂糖で煮付けて寿司やおにぎりにしていた。
嘉一の時代以上に保存や輸送が未発達だった父の子供時代では、買って食べる塩干物は大のご馳走だったのだろう。
嘉一は神仏を懐柔するために色々な料理を作る気になっていた。
季節的に手に入らない食材を使わなければいけない料理は諦めるが、ネットで食材を購入できる料理はできるだけ再現する心算だった。
未熟な料理の腕は、ネットの動画を見て補う気でいた。
そこでまず普段使っているサイトで食材を探し始めた。
まず最初に見つけたのが、鱚の一夜干しだった。
鱚をそのまま干した物ではなく、一度焼いてから干した鱚を見つける事ができた。
次に見つけたのが、アカエイだった。
鮫ほどではないが、アカエイも腐り難い魚だったから、大阪でも内陸にあった地域ではよく煮付けの材料にされていた。
いつものサイトで見つけられなかった鯨は、直接専門店に注文した。
ひと通りサイトを巡って思い出料理用の食材を購入した時には、最高級の米を使った銀シャリが炊き上がっていた。
自分が食べる分だけの時は、安物の炊飯器で廉価品の米を食べていたが、神仏に賄賂としてお供えする熟饌は、自分が手に入れられる最高の物を用意すべきだと嘉一は考え実行したのだ。
「女神様、仏様、お供えをお持ちさせていただきました」
両手に大鍋で煮た鶏のすき焼きを持ち、背中に新しく買った登山用リュックに入れた銀シャリを背負った嘉一が、地域の氏神様本殿にやってきた。
嘉一が心を込めて言葉にしたとたん、嘉一の姿は忽然と現世から消えた。
常世の世界に呼び寄せられたのだ。
「よく来てくれましたね、嘉一。
皆、嘉一が御供えを持ってきてくれるのを楽しみにしていたのですよ。
せっかく熱々の熟饌を用意してくれたのです、冷めないいうちに頂きましょう」
女神の言葉と同時に、ニューハーフ仏以外の八仏が、先を争うように嘉一から鍋とリュックを奪っていた。
それだけでなく、嘉一がリュックに入れていた、とりわけ用の皿や箸を大きな食卓に並べて、気がついた時には食べ始めていた。
あまりの行いだったが、嘉一は心から安堵していた。
何故なら神仏が嘉一の行動を責めなかったからだ。
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