第4話:お供え

「まあ、熟饌を御供えしてくれるの、とてもうれしいわ。

 地区の人達もよくしてくれているのだけれど、生饌ばかりなのよ。

 想い出の料理を御供えしてくれたら、私もうれしいわ」


 お世辞にも美しいとは言えない女神様が、お供えを心から喜んでくれているのを、嘉一はうれしく思っていた。

 ニューハーフもニコニコと笑ってくれているから、仏でも魚介類を食べるのかもしれないが、深く聞くのは止めておこうと嘉一は考えた。

 自ら藪にいる蛇を突く必要などないのだ。

 それよりも先に神仏に言っておくべき事があった。


「宝くじを当選させていただいた事、心からお礼申し上げます。

 前回も言わせていただきましたが、神仏のお手伝いをさせていただいて徳を積み、祖母と同じように成仏したいと思っております。

 祖母いる浄土で一緒に暮らしたいのです。

 どうかよろしくお願いいたします」


「そこまで言うのでしたら、貴男に手伝っていただきましょう。

 私達神仏には、現世に直接介入する力は殆どありません。

 特に現世にいる物の怪には、直接手を出すことができません。

 常世にいる物の怪に力を振るえるだけです。

 そう言う意味では、現世と常世の両方に存在する貴男はとても役に立ちます。

 貴男がいてくれれば、現世いる物の怪を、常世にいる私達が力づくで輪廻の輪に戻す事ができます。

 この前に縊鬼のように、早々都合よく神域である本殿にまで入ってくれるとは限りませんからね。

 ただ十分覚悟しておいてくださいね。

 私達神仏がついているからといって、無敵ではないのですよ。

 私達神仏が現世に介入できる力はとても限られているのです。

 人間の愚かな行いで、無理矢理現世に繋ぎ留められてしまった、力ある物の怪が相手では、限られた力など全く役に立たない場合があるのです」


 嘉一はニューハーフの言葉を聞いて真剣にうなずいた。

 徳を積めるのなら少々の危険は覚悟の上だった。

 同時に嘉一は、ニューハーフの言葉は半分脅しだと思っていた。

 実際に宝剣を振るう仏の力を見ている嘉一には、神仏の力は無敵に思えた。

 それに、宝くじを当選させられるくらいには、現世に介入できているのだ。


 今日訪れた常世には、前回と違って結構多くの神仏がいた。

 いや、神は不美人の女神だけで、他は仏だと嘉一は感じていた。

 嘉一が前回知ったニューハーフの仏と虚空蔵以外に、七仏がいた。

 その七仏が、食い入るように嘉一がお供えしたお重を見ていた。

 家にあった三段重ねのお重が二つ分。


 下のお重にはちらし寿司が入っている。

 中のお重には茹でてから酢で〆た海老と蛸が入っている。

 上のお重には、照り焼きした鱧が入っている。

 神仏に不味い料理を御供えするわけにはいかないので、料理の途中で何度も味見をしているから、嘉一も自信を持って美味しいと言える料理だ。


「うっふふふふふ、臭いからだけでも美味しいのが分かる料理ね。

 私一人で食べるのは悪いから、皆様にも御裾分けさせてもらうわね」


 不美人女神が優しそうに微笑んで、お重の料理を取り分けている。

 三人で分けるのなら十分な量だが、十人で分けるには少な過ぎる。

 徳を積むためにも追加で作りたいのだが、もう家に材料がない。

 普通にちらし寿司を作るのならありふれた材料なのだが、俺の思い出通りに再現しようとすると、食材が直ぐに手に入らない。

 蛸は日本産が今直ぐ手に入るかどうか分からないし、大正海老はネットでなければ購入できない。

 そう嘉一が思っていると、不美人女神が優しく言ってくれた。


「そんな事を気にしなくてもいいのよ、嘉一。

 我々神仏はお供えしてくださった物をありがたく頂くだけよ。

 それに、現世で御供えしてくれた物は、その本質をいただくだけなのよ。

 こうして本質だけでなく現物まで頂けるのなら、量がなくてもうれしいのよ」


 嘉一は心から申し訳なく思い、恥ずかしくも想い、反省もしていた。

 嘉一が言葉に出さなくても、神仏は嘉一の心を読んでしまう。

 それなのに嘉一は、何時も不美人の女神と思ってしまっていたのだ。

 神仏に対してとても失礼な事を考えてしまっていた。

 人間同士でさえ、見た目で判断してはいけないのに、神仏に対して見た目をどうこう言うなど、これから徳を積もうとする人間のする事ではなかった。


「いいのですよ、嘉一。

 私が不細工なのは、変えようのない現実なのです。

 父神が夫と選んでくれた神でさえ、不細工な私との結婚を拒んだほどです。

 神仏以上に真実を見抜けない人間に、内面を見ろと言う方が無理無体です」


 嘉一も神仏が人間の望むような完璧な存在ではなく、とても理不尽な存在であることは知っていたが、見た目が悪いからと言って結婚を拒むとは思ってもいなかった。

 だが同時に、男神が人間の男と同じように、見た目で相手を評価する愚者であることに安心もしていた。

 安心はしたが、これ以上この話題を続けない方がいいとも思った。


「そうですね、神も人間同様、愚かな男なのですね。

 話は変わるのですが、徳を積むためには具体的にどうすればいいのでしょうか。

 前回と同じように、現世にいる物の怪の退治する手伝いをすればいいのですか。

 それとも、何か他にすべきことがあるのでしょうか」


「そうね、現世の物の怪を見つけだせるのなら、それが一番ありがたいわ。

 でも、そう簡単に物の怪を見つける事なんてできないわよね。

 そうなると、昔からよく言われている、善行を重ねるしかないわね」


 女神の自虐に居たたまれなくなっていたのは仏も同じだったようで、ニューハーフの仏が俺の質問に乗ってきた。

 露骨に女神から視線を避けていた八仏からも安堵の雰囲気が伝わってきた。

 嘉一はこの話題を膨らますべきだと考えた。


「昔からよく言われている善行と言えば、困っている人に施しをしたり、ボランティア活動をしたりする事ですか」


「そうよ、だけど寄付や施しには元になる資金が必要になるわ。

 嘉一はお金儲けが得意ではないから、自分の身体を使ったボランティアがいいわ。

 無住の寺や神社のお掃除をするのもいいし、子供達が登下校をする道で、安全のための監視をするのもいいわね」


「なるほど、ありふれた事でもいいから、善行を重ねるのですね。

 ここから現実に戻ったら、早速地域の代表と話をして、掃除する場所や安全監視をする場所を教えてもらいます」


「そうね、そうした方がいいわね。

 ああ、ただその前にお願いしておきたい事があるのよ」


「なんでしょか」


「日々伝えられるニュースを確認して、少しでも怪しいと思った事件があったら、その場所に行って確認して欲しいの。

 嘉一が行ってくれた場所なら、わずかだけど現世の気配が分かるのよ。

 それだけで物の怪が関係している事件かどうかが分かるわ」

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