第6話:看板娘

 ――翌日。


 エイルが今日から早速『三舟亭』のテコ入れを行うと聞いて様子を見に来た。


 何か案を持っていそうな口ぶりではあったが、あいつが思いつく程度のことであの経営状態が改善できるんだろうか……。


 大きな不安を覚えながら歩いていると、道の先――目的地の辺りにいつもと違う活気があるのに気がつく。


 それがエイルの手による何かの影響なのはすぐに分かった。


 もしかして、珍しくあいつの案が機能してるのかと思いながら更に近づくと……


「『三舟亭』、創業十周年記念祭開催中で~す!」

「ランチタイムは是非当店で! 安くて美味しいわよ!」


 人混みの向こう側から聞き馴染みのある二人の声が聞こえてきた。


 創業十周年なんて初めて聞いたぞと思いながら、人混みをかき分けて進んでいく。


「全品2割引ですよ~!」

「あっ、そこのお兄さん! よく食べそうな見た目してるわね! うちはボリュームも満点! 寄ってきなさいよ!」


 普段は古めかし看板が置いてあるだけの場所。


 そこに今日は代わりとなる二人の看板娘――手持ちの看板を掲げるノアと客引きしているエイルがいた。


 二人を中心とした扇状に男たちが集まり、僅かな人だかりが出来ている。


「何してんだ、お前ら……」

「あ、ルゼルだ」


 俺の姿を確認したノアが客引きの声を止める。


 前に買ったばかりの冒険者服でない衣装がその身体を包んでいる。


「何って、見れば分かるでしょ。看板娘してるのよ」

「看板娘って……二人してなんて格好してんだよ……」


 二人の姿を改めて見る。


 看板やチラシを持っているのは良いが、その身体を包んでいる衣装が普段と全く違う。


 どこぞの貴族か金持ちに仕える女中が着ているような所謂メイド服。


 しかも、やたらとフリフリしている。


「ルゼル、どう? 似合ってる?」


 クルっとその場で一回転するノア。


 スカート丈が短くて危うく下着が見えそうだ。


「いや、まあ……似合ってはいるけど……。まさか自前で用意したのか?」

「当然、お金に困ってるトシに出させるわけないでしょ」


 貞淑な見た目とは真逆の堂々たる仁王立ちで衣装をひけらかすエイル。


 いくら店の方に洒落っ気がないとはいえ、これじゃまるで別種の店だ。


 ちなみに効果のほどはと言うと……


 二人から目を逸して、窓越しに店の中へと目を向ける。


 満員御礼というわけではないが、普段よりは客の姿がある。


「色々言いたいことがなくもないけど……まあ、お前の思いつきにしては上出来か」

「それより暇ならトシの手伝いをしたげてよ。いつもよりお客が多くて大変そうだし」


 エイルの言う通り、店内ではトシさんが一人で料理も接客も切り盛りしていた。


「言われなくても分かってるよ」


 店内に入り、そのままいつもやっているように料理を運んでいく。


『表の二人がやってくれるんじゃないの?』


 なんて心無い言葉にイラつきながらも、特に何事もなくその日のタダ働きを終えた。



*****



「本日の売上発表の時間よ!!!」


 営業時間を終えた夜の店内で、エイルが声高に宣言する。


 その身体は相変わらずあのメイド服に包まれたまま。


 今日一日、この格好で客引きした成果が今から発表されるわけだ。


「なんと本日は……1万3200ガルドの黒字よ!」

「おお、1万! すっごーい!!」


満面の笑みを浮かべたエイルによって告げられた金額にノアが拍手する。


 一方、二人が喜ぶ横で俺とトシさんはその数字を聞いて俯いていた。


「二人ともなんで浮かない顔してるのよ? 1万3200ガルドの黒字よ!?」


 思っていた反応と違ったからかエイルが詰め寄ってくる。


 月末にある諸々の支払いも日割りで計算した上での黒字。


 確かに数字としては悪くないが……。


「お前ら二人が一日中、無給で手伝ってこの数字だからな。今日一日は良いとして、明日からも毎日手伝えるわけじゃないだろ?」


 率直に思ったままの事実を告げる。


 二人の本業は俺と同じ冒険者であって客引きじゃない。


 これから毎日タダ働きを続けるわけにもいかないし、いくら今日は黒字でも根本的な解決にはならない。


 隣では店主も申し訳無さそうに頷いている。


「そ、それなら代わりに一人か二人雇えば……」

「そんな良い人材が簡単に見つかればな。それも1万そこそこの黒字から捻出できる人件費で」


 二人は見た目が重要な看板娘としては最高級の人材だ。


 今日、来店した客もほとんどがこいつら目当てだったと言っていい。


 仮に通行人に対して同程度の訴求力がある人材がいるとしても、この程度の黒字で雇えるわけがない。


 若くて見た目も良い女性は、もっと稼ぎの良い大きな店に行く。


「確かに……甘めに見て私より一段か二段低い可愛さの女性でも時給5000ガルドは必要になるわよね……」


 若干イラっとくる物言いだが、こと見た目に関しては誇張ではない。


 時給5000ガルドは言い過ぎにしても、平均的な給与の倍は必要だ。


「じゃあ、どうすればいいの……? このままじゃトシさんのお店……」


 自らの無力感にしょんぼりとしているノア。


 メイド服がパツパツになるほどの双丘を持ってしても潰れかけの店を救うのは難しい。


「まあ、お前らが今日みたいにたまにでも店頭に立ってやれば料理の質で常連客は少しずつ増えるかもしれないけど……」


 しかし、昨日見せて貰った出納帳からそんな時間的余裕はない。


 必要なのは、すぐに効果が出る解決策。


「それに合わせて料理の原価率をもっと下げて、客単価を上げれば……」


 正直言ってこの店の料理は使ってる素材の質に対して値段が安すぎる。


 もっと切り詰めれば利益率は今の倍近くに出来るはずだ。


 料理の質は低下してしまうかもしれないが、二人の客引きと合わせればそれなりの効果を見込めるかもしれない。


「値段かぁ……」


 だが俺の案を聞きながら、トシさんは隣で難しそうに唸っている。


 潰れそうになってもこの安い値段で続けてきた人だ。


 そこは譲れない何らかの哲学があるのかもしれない。


「……やっぱり、ここまでしてもろて嬢ちゃんらには悪いけど……店は閉めるしか――」

「それはダメ! 諦めるなんて絶対許さないわよ!」


 店主が紡ごうとした諦めの言葉をエイルが遮る。


「いや、でもなぁ……嬢ちゃんらにこんな迷惑かけてまで……」

「ダメったらダメなの! 私の目が黒い間は、信者が目の前で不幸になるなんて許さないのよ!」

「エイル……」

「エイル様……」


 半ば涙の浮かんでいるような声色で必死に説得するエイル。


 信者どうこうの前に、こいつ自身が店に対して強い思い入れを持っているのがひしひしと伝わってくる。


 自分の、俺たちの憩いの場を失いたくない強い想いが……。


 その掛け値なしの熱さに胸を打たれる。


 わがままな自己中女だとこれまでに何度も見放そうとした。


 けど、やっぱり付いてきて良かったのかもしれないと初めて思った。


「それに店を救ったお礼に孤児院の名前を『女神エイル記念育児園』にしてもらおうと思ってるんだから!」

「俺の感動を返せ、このクソ女神」


 その後も明日の仕込みをしている横で、俺たちは日付が変わる頃まで案を出し続けた。


 しかし、経営破綻寸前の古臭い料理店を救うアイディアが都合良く出るはずもない。


 ただ無為に時間だけが過ぎていった。


「うーん……なにかいい案……いい案……」


 行き詰まった議論。


 エイルは溶けたスライムのようにテーブルに突っ伏している。


「ピッコーン! そうよ! 客単価バリ高で、一度食べたら病みつきになって、しかも毎日食べても飽きないようなすごい料理を作ればいいのよ!」


 そして起き上がったと思えば、出てきた言葉はもはやアイディアというより神頼みに近い戯言だった。


「そんな都合の良い料理があるわけな――」

「ありますけど……」


 俺とエイルの間に、どこからともなく黒髪の奇妙な男がニョキっと生えてきた。

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