第5話:慈善活動
「だらあああああ!! もっと料理を持ってきなさーい!!」
テンガの加入を渋々ながら認めたエイルはその後、狂ったように暴食し始めた。
この細い身体のどこにそれだけ入るというのか、机の上に空き皿が積み重なっていく。
南部の湿地帯で見られるという伝説の巨大蛇ですらこうは食べないだろう。
「エイル様、あんまり食べすぎるとまたお金が無くなっちゃうよ?」
「今日はルゼルが奢るって言ってたから大丈夫よ」
そういえばそんな事を言ってしまってた……。
手持ち、いくらあったっけな……。
「大勢で食事するのは楽しいですねぇ……」
財布の中身を確認していると、隣にいる元凶が言った。
口調は全く楽しくなさそうだが、本心から楽しんでいるのは間違いないようだ。
「トシ! 次はいつもの五人前ね!!」
そうして、楽しい(?)時間はあっという間に過ぎていった。
「ほら、食後のデザートだぞ」
皿の上で美味しそうにプルンプルンと震えているデザートを俺がテーブルまで運ぶ。
店主一人で切り盛りされている店。
給仕もいないのでカウンターに並べられた料理を俺が運ぶのはいつもの光景だ。
「わぁ~……おいしそ~……」
甘いものを前にしたノアが興奮気味に身体を左右へと振る。
こっちも美味しそうにプルンプルンと揺れている。
「もくもく……前のも美味しかったけど今日のも美味しいわよー。柔らかさが絶妙ね」
「うん、甘くておいひ~……」
偉そうな講釈を垂れるエイルと落ちそうな頬を抑えているノア。
二人が食べている間に空いた皿を厨房へと戻していく。
これもいつもの光景だ。
しかし、今日は厨房内にいつもと少しだけ違う光景があった。
「トシさん、今日はなんか元気ないっすね。何かあったんですか?」
店主のトシロー・シルバーバッジこと、トシさん。
彼の顔に今日はいつもの覇気がないように見える。
普段は無邪気な子供も近寄らないような強面をしているが、今日はその頭の上で小鳥が一休みしそうな様相だ。
「そうよトシ、今日は料理の味にも少し迷いがあったわよ」
デザートを瞬く間に食べ終えたエイルも俺と同じ所感を抱いたらしい。
味の迷いとやらは分からないが、何もないとは思えないのは確かだった。
「いや……別になんも……」
「別に何もじゃないでしょ。私たちの間に隠し事は無しよ」
躱されようとしたところに、即座に追撃を入れるエイル。
こういう時はこいつの図々しさが頼もしい。
「そうっすよトシさん、俺らの仲じゃないですか」
エイルと出会って、この店の存在を知ってから一ヶ月。
安い値段で上手い料理が食えるここには世話になりっぱなしだ。
もし、何か問題があるのなら聞いてやりたいと思うのが人情ってやつだろう。
「それが、実はのう……」
トシさんは数秒悩んだ後に事情を語り始めた。
「店の経営の方がかなり苦しくてな……」
「「「あー……」」」
俺とエイルだけでなくノアも、出てきたその言葉に思わず納得してしまう。
常連になった今でこそ、この店は掛け値なしに良い店だと言える。
しかし、洒落っ気の無い店構えとお世辞にも初見の印象が良いとは言えない店主など。
表通りにある他の店と比べて客への訴求力を大いに欠いているのも事実だ。
経営が苦しいと言われても納得する要素しか揃ってなかった。
実際、俺たち以外の客が入ってるところをほとんど見たことがない。
「苦しいってどのくらい苦しいのよ」
「うむ……まず毎月の支払いが――」
普段は寡黙寄りな口から苦しい台所事情が語られていく。
「なるほど、それはヤバイわね」
「ヤバイな」
「ヤバイかも」
「ヤバイですねぇ……」
四人全員が口を揃えて認めるヤバさ。
口が裂けても健全経営とは言えない自転車操業以下の火の車状態。
「それでも若い衆を食わせていかんとあかんからな……一旦、店を閉めよかと思てんのや……」
顔を伏せたまま、いよいよ深刻な表情をしている。
「若い衆……?」
「そういえば、あんたは知らなかったわね。こんな見た目して、トシってばアビスで孤児院も運営してるのよ」
意外な事実が本人ではなく、エイルから明らかにされる。
「へぇ、孤児院……ああ、お前の小屋の隣の建物がそうだったのか……」
あの時、トシさんが顔を出してきた建物を思い出す。
かなり年季の入った建物だったが、まさか孤児院とは。
「向こうの運営も手一杯やしのう……流石にどっかに働きに出るなりせんと維持もキツくなってきとるわ……」
普段の1/10も覇気のない口調。
俺たちに話したことで店を閉める決意が更に固められつつある。
「んー……それは困るわね。そうなったら私たちの溜まり場がなくなっちゃうじゃないの」
ノアと二人で、うんうんと頷いて同調する。
ここより手頃な価格で美味い料理が食べられる店を探すとなれば一苦労だ。
事情があるのは分かるが、それでも閉めないで欲しいとは思ってしまう。
「そうは言われてもな……」
「要はこの店が繁盛すればいいってことなんでしょ?」
「それはそうやが、そんな簡単に出来たら――」
「大丈夫! 困ってる信者を助けるのが教団の務めだもの!」
自信満々に胸を張って宣言するエイル。
「わ、ワシは別に嬢ちゃんのしんじ――」
「商売を司る神の三件隣に住んでたこともある私に任せておきなさい! 必ずこの店を通りでも一番の大人気店にしてあげるわ!」
当人を無視して、あれよあれよの内に話が進んでいく。
そうして教団として初めてとなる慈善活動が始まった。
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