第7話:幻の料理

「うおっ! お、お前いたのかよ……」

「きゃっ! びっくりさせないでよ! 変態男!」


 文字通り、急に生えてきたテンガに二人で慄く。


 見た目もあって急に出てくると物の怪もののけの類かと思ってしまう。


「はい、役に立ちそうにない間は約束通り離れていました……」

「律儀に守ってんのな……。それで、あるってどういうことだ?」

「客単価バリ高で、一度食べたら病みつきになって、しかも毎日食べても飽きないようなすごい料理ですけど……」


 さっきエイルが漏らした戯言が繰り返される。


「……まあ一応、話だけは聞いたげるわ。教えてみなさいよ、その客単価バリ高で、一度食べたら病みつきになって、しかも毎日食べても飽きないようなすごい料理を」


 自分で言い出したエイルですら、流石に胡散臭いと思ってそうな口調をしている。


 でも、そんなものがあるわけないってのは同意だ。


 客単価バリ高で、一度食べたら病みつきになって、しかも毎日食べても飽きないような幻の料理なんてあれば飲食店はどこも苦労していない。


「はい、あれは今から四ヶ月前……私がミーミル湖周辺のマナの調査をしていた時の事でした……。あの日は朝からすごい雨で、雷も鳴っていました……。私は魔法で作った木造小屋で雷雨を凌ぎながら、その日も新型ウーマナイザーの起動テストをしていたのですが突然、扉の外から獣の声が聞こえてきました。魔物の襲撃かと考えた私は杖を持って備えました。しかしよく耳を澄ましてみると、ただ風が木の間を通ってそう聞こえていただけでした。なので安心して再びウーマナイザーの――」

「すまん、要点だけ話してくれるか?」

「あっ、はい……そうして助けた老婦人からこれを貰いました」

「今度は一気に過程が吹っ飛んだな」


 慣れた手付きでテンガが亜空間から何かを取り出す。


 何度見ても頭がおかしくなりそうな魔法だ。


「幻の大陸アピオッチェを支配した奇跡の王国ラハムーアの国王ンモローソ二世も愛した伝説の料理インジェラ・クックル・ポキトゥフォ・ブラン・ド・ラ・ボンボリーノのレシピです!」


 そう言って天高く掲げられたのは一枚の紙片。


 呪文書ほどの大きさのそれには文字がびっしりと詰まっている。


「ま、幻の大陸アピオッチェを支配した奇跡の王国ラハムーアの国王ンモローソ二世も愛した伝説の料理インジェラ・クックル・ポキトゥフォ・ブラン・ド・ラ・ボンボリーノですって!?」


 テンガの言葉にエイルが身体を起こして驚愕する。


 どこからかドンガラガッシャーンと雷の効果音が聞こえた。


「エイル、知ってるのか!?」

「ううん、初めて聞いた」

「ならいちいち話の腰を折るな」


 なんだこいつは。


「ねぇルゼル、それって唐揚げよりも美味しいのかな?」

「いや、どう考えてもめちゃくちゃ胡散臭いだけだろ……そんな料理聞いたこともねーよ……」


 バカ正直に尋ねてきたノアに答える。


 世界中の文化が入り交じるミズガルドでもそんな料理は名前も聞いたことがない。


 何が、幻の大陸アピオッチェを支配した奇跡の王国ラハムーアの国王ンモローソ二世も愛した伝説の料理インジェラ・クックル・ポキトゥフォ・ブラン・ド・ラ・ボンボリーノだ。


「でも、ちゃんと何かのレシピにはなってるみたいね……」


 テンガが机上においた紙片を眺めながらエイルが言う。


 そこには材料から調理手順までが綺麗な文字で丁寧に書かれている。


 俺は料理の知識がないので見ても分からないが、エイルには一応レシピに見えているらしい。


「これ、本当に助けた婆さんから教えてもらったのか……?」

「はい……幻の大陸アピオッチェを支配した奇跡の王国ラハムーアの国王ンモローソ二世も愛した伝説の料理インジェラ・クックル・ポキトゥフォ・ブラン・ド・ラ・ボンボリーノだと言ってました……」


 長ったらしい名前がまた繰り返される。


 根本の婆さんの方はともかく、テンガが嘘を言えない奴なのは知っている。


 それでも流石にこれは胡散臭すぎると思っているとエイルが口を開いた。


「……るわよ」

「ん? 何か言ったか?」


 蚊の鳴くような声でボソりと呟いたエイルに聞き返す。


「作るわよって言ったのよ! この幻の大陸アピオッチェを支配した奇跡の王国ラハムーアの国王ンモローソ二世も愛した伝説の料理インジェラ・クックル・ポキトゥフォ・ブラン・ド・ラ・ボンボリーノを!」


 椅子から立ち上がったエイルが堂々と宣言する。


「な!? お前、幻の大陸アピオッチェを支配した奇跡の王国ラハムーアの国王ンモローソ二世も愛した伝説の料理インジェラ・クックル・ポキトゥフォ・ブラン・ド・ラ・ボンボリーノを作るなんて本気で言ってんのか!? そんな悠長なことしてる暇が――」

「だからこそよ! 他に案がないのならもう賭けるしかないのよ! この幻の大陸アピオッチェを支配した奇跡の王国ラハムーアの国王ンモローソ二世も愛した伝説の料理インジェラ・クックル・ポキトゥフォ・ブラン・ド・ラ・ボンボリーノに!」

「賭けるって……博打じゃねーんだから……」


 この店の命運を幻の大陸アピオッチェを支配した奇跡の王国ラハムーアの国王ンモローソ二世も愛した伝説の料理インジェラ・クックル・ポキトゥフォ・ブラン・ド・ラ・ボンボリーノに託すなんて馬鹿げてる。


 ……と言いたいところだったが、他の打つ手がないのも事実だ。


 思いついたアイディアはどれも精々が限界を少し先延ばしにする程度。


 とてもじゃないが健全な経営状態まで持っていけるものはない。


 狙うのは一発逆転。


 なら、一か八かでこいつの悪運に賭けるしかないのかもしれない……。


 幻の大陸アピオッチェを支配した奇跡の王国ラハムーアの国王ンモローソ二世も愛した伝説の料理インジェラ・クックル・ポキトゥフォ・ブラン・ド・ラ・ボンボリーノに……。


「でも確かに……この街でも聞いたことない珍しい料理なら店の看板メニューになりうるかもしれないな……」


 それに看板娘は逆立ちしても無理だが、看板メニューならトシさん一人で対応できる。


 奇しくも方向性は決まってしまった。


「じゃあ決定よ! まずは材料集めから! いざ幻の大陸アピオッチェを支配した奇跡の王国ラハムーアの国王ンモローソ二世も愛した伝説の料理インジェラ・クックル・ポキトゥフォ・ブラン・ド・ラ・ボンボリーノ製作!!」

「「「おおーっ!!」」」


 困惑しながら下ごしらえを続けている店主を尻目に皆で鬨の声を上げる。


 全ては俺たちの聖域を守るために……。


 幻の大陸アピオッチェを支配した奇跡の王国ラハムーアの国王ンモローソ二世も愛した伝説の料理インジェラ・クックル・ポキトゥフォ・ブラン・ド・ラ・ボンボリーノを作ってみせる……。

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