第13話:偏執のアーティファクト

 長い探索の末に俺たちが到達したのは大きく開けた半球状の空洞地帯。


 空間の広さに対して生命の気配が希薄で、岩の隙間を通る空気の音だけが僅かに鳴っている。


 周囲を軽く見渡してもこれ以上先に進む通路はない。


 加えて自然に依るものではないのが明白な構造は、ここが俺たちの目的地――洞窟の最深部だと何よりも雄弁に語っていた。


 三人で並んだまま、慎重を期して空洞の中央へと向かって数歩進むと――


 突然、周囲を取り囲む壁面がぼうっと仄かな光を発した。


「ひっ! な、何!?」


 小さな悲鳴を上げたエイルが、俺の背後にピタリとくっつくように隠れる。


 まるで侵入者を監視する目のように、規則的な間隔で壁面に次々と光が灯っていく。


 そうして瞬く間に空洞全体が怪しげな光に包まれた。


「二人とも、気をつけろ」


 二人に注意を促し、何が起こっても大丈夫なように身構えるが……。


 五秒、十秒……そして三十秒以上が経っても特に何も起こらない。


 新手の敵が現れる気配もなく、光は俺たちを睥睨へいげいするようにただじっと在るだけだ。


「な、何なの……これ……」

「さぁな……でも、急に何かが襲ってきたりするわけじゃないみたいだ」


 まだ安全が確認出来たとは言い難いが、このままじっとしていても埒が明かない。


 一度警戒を解き、最も近くにある光の側へと近寄る。


「る、ルゼル!? 危ないわよ! い、いきなり爆発したらどうするのよ!?」


 過剰に怯えながらピタっと俺の背中にくっついたままのエイルを無視し、そのまま岩壁越しに光へと触れてみる。


 すると、手のひらに軽い火傷を負ったようなヒリヒリとした感覚が広がった。


「これは……もしかして魔石が埋まってんのか……?」


 皮膚がチリチリと灼かれるようなこの感覚は紛れもなく高濃度のマナによるものだ。


 自然界でこれだけの高濃度のマナを発する物質は数少ない。


 先の二人が少量ながら持っていたのと合わせて考えれば、この中に埋まっているのが魔石の可能性は高い。


「ま、魔石!? これ全部!?」


 後ろのエイルが空洞中にある光を見渡しながら驚愕の声を上げる。


「ああ、掘り起こしてみないことには分からないけど十中八九な……だとしたら、とんでもない量だぞ……」


 周囲に浮かぶ数多あまたの光――想像を遥かに上回る膨大な量に思わず呆気に取られる。


 全て持ち帰って売り払えば数百万ガルド……いや、もう一桁増えてもおかしくない。


「うひゃひゃひゃ! そうと決まれば早速掘り出すわよ!」


 目を輝かせ、まるでチュパカブラのような鳴き声を上げるエイル。


 まさかミズガルドの近郊にこれだけの魔石がまだ眠っていたとは。


 全部搬出するには何往復も必要になるが、それだけの手間をかけても余りある収穫だ。


 エイルほどじゃないが思わず口元が綻んでしまう。


「これで一気に大金もぎゃっ!」

「まあ待て」


 どこからともなく採鉱用のハンマーを取り出したエイルの首根っこを掴む。


「な、何で止めるのよ! まさかここに来て環境保護的な思想に目覚めたとか言うんじゃないでしょうね!? 持続可能な社会よりも持続可能な教団の方が大事なのよ!」

「んなわけないだろ。掘り出すよりも先に安全の確保ってだけだ」


 この規則的な配置は明らかに何らかの知性によるものだ。


 記録にもない洞窟の最奥にそんな物があるのは不自然極まりない。


 大昔に仕掛けられた罠で、それがまだ生きている可能性も十分に考えられる。


 それに例の黒い靄についても何ら解決していない。


 一攫千金を前に気が逸るのは分かるが、採鉱中に何かあってからでは遅い。


 ここはまず慎重に安全を確認すべきだ、と考えながら周囲を警戒していると――


「ルゼル、あれ! あれ見て! あそこに何かある!」


 そう言ってノアが入り口の反対側にある高い岩壁を指差した。


 淡い光を放つ細い指に沿って、視線を斜め上へと動かす。


「なんだありゃ……?」


 岩壁の最上部にあったのは一言で表すなら祭壇。


 何者かによって彫られたと思しき岩石が、そうと呼ぶしかない奇妙な形状を成している。


 そして魔石の光が描く不気味な文様の中央には、まるで人の頭蓋骨を模したような形のが鎮座していた。


 それは黒曜石のような黒光りする鉱物で作られた趣味の悪いオブジェ。


 しかし、ひと目見てそれがただの鑑賞物ではないことは明らかだった。


 なぜなら、その周囲にはあの黒い靄が禍々しく渦巻いていたからだ。


「あのもやもや……多分、あれから出てるんじゃないかな……」

「……だろうな。あそこまで不気味な形で分かりやすくしてくれてんのは分かりやすくていっそありがたい」


 まるで呼気を吐くように、頭上のあれから靄が湧き出している。


 その正体はともかく、元凶があれだってのは誰の目から見ても明らかだった。


 さっさと何とかして、この気味の悪い一連の出来事を終わらせよう。


 そう思って向こう側へと一歩踏み出そうとした時――


「アーティファクト……」


 後ろのエイルが不明瞭な声で聞き馴染みのない言葉を呟いた。


 振り返ると、さっきまでは物欲の権化じみた顔をしていたエイルが深刻な表情で見上げていた。


「何か言ったか? サティスファクション?」

「全然違うわよ! アーティファクトって言ったの! アーティファクト!」

「あーてぃふぁくと? お前、あれが何なのか心当たりでもあるのか?」

「私も実物を見たことはないから、もしかして……ってくらいだけど……」


 じっと高所にある祭壇を見据えるエイル。


 はっきりとはしていない口調だが、少なくとも俺よりは何かを分かっているようだ。


 前回の反省もあるし、こいつが珍しく真面目な表情をしている時はとりあえず聞くことにした。


「何なんだ? そのアーティファクトってのは」

神遺物レリツクに関しては説明したから覚えてるわよね?」

「そりゃさっきも聞いたばっかだしな」


 天界の神々によって造られた理外の道具を神遺物と呼ぶことは流石に覚えている。


「簡単に言えば、神ではなく人の手で作られた神遺物のことを天界では『人造神遺物アーティファクト』って呼んでるの」

「あれがそうだって言うのか? でも神遺物を作るには人には扱えない信仰力フィデスとかいうのが必要なんだろ?」

「ええ、神遺物を作る上で最も重要な信仰力は人間には知覚するさえ出来ないわ。極一部の例外もいるみたいだけど……」


 例外、という言葉と共にエイルがノアを一瞥する。


 確かにノアが何故それを扱えるのか分からないが、今ここで深堀りする話じゃない。


「でも『人造神遺物アーティファクト』に関しては似た性質上、便宜的に『神遺物』と呼んでるだけで信仰力を以てして作られているわけじゃないの。それらが産まれるのに必要なのは……」


 不気味な静寂の中、エイルがごくりと息をのむ音が響く。


「偏執……狂気へと至る意思の力。時に神への信仰をも凌駕し、世界の調和を乱すほどの偏執だけが唯一、双世界の理を逸脱する力を人に与えるのよ」

 

 続けて、エイルの中で歴代最高に真剣な口調でそう言った。


 あまりの真面目さに『そろそろボケなくても大丈夫か?』と言いたくなるくらいに。


「あれが誰かの偏執によって生み出された人造神遺物だとすれば、さっきの二人と違って私たちが影響を受けてないのもやっぱり相反する力を有してるからってことで辻褄が合うわ」

「どのくらいやばいもんなんだ?」

「このくらいね」


 全身を使って大きな円を中空に描くエイル。


 その大きさはノアの時と比べて遜色ない。


「そいつはやばいな。でも、俺らは影響ないって言うなら気にせずぶっ壊しちまえば全部解決ってことだろ?」

「まあ、それはそうだけど……」


 5000ガルドで買ったボロ斧を手に取り、再び人造神遺物とやらを見上げる。


 それは尚も眼下の俺たちを見下ろしながら黒い靄を吐き出し続けている。


 しかし、どれだけ危険な代物であっても俺たちに影響しないのならただの置物だ。


 このまま岩壁を登ってこいつで軽く小突いてぶっ壊せばいい。


 それで安全になれば、後は悠々と魔石を掘り起こして持ち帰るだけ。


 数百万ガルドも手に入ればしばらくは危険な橋を渡る必要もなくなる。


 それどころか、しばらくは日頃より贅沢な生活をしたってバチは当たらない。


 なんならまた桃園エデンに行って、今度こそこの世の楽園を満喫してやる。


 万事が順風満帆な未来を思い描きながら祭壇の真下まで移動する。


「さて、そんじゃ俺が登ってぶっ壊して来るからここで大人しく待ってろよ」


 二人にそう告げて、岩壁に手をかけた時――


 空洞の中央を挟んで真逆、入り口の方向から俺たちのではない音が聞こえた。


 ――コツ、コツ、コツ。


 硬い岩盤の上を何かが歩く音が乱れのない規則的な周期で近づいてくる。


 音の質からするとスケルトンの足音か。


 だとすればノアに任せれば大丈夫だろう。


 しかし、その安易な予想はすぐに大きく裏切られた。


「一……二……」


 足音に、何かを数える人の声が加わる。


 しんと静まり返った空間に染み渡るような澄んだ声。


 そのまま足元から順番に、声の主の姿が少しずつ顕になっていく。


 最初に見えたのは、ここまでの険しい道程を歩いて来たとは思えないほどに綺麗な革のブーツ。


 そして、細くしなやかな足を包む脚衣と……左右の腰に提げられた特徴的な二振りの太刀。


「たったの三匹か……」


 大きなため息を吐きながら、一人の女性が入り口の前で足を止める。


 露骨な落胆の表情を浮かべるその顔はまだ記憶に新しい。


 炎の尾を引くような束ねられた赤い髪を揺らしながら姿を現したのは、白金級冒険者――“孤高なる双刃”フレイヤ・ティフルだった。

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