第12話:最奥へ

「なあ、一体何があったんだ? こんなところで仲間割れなんて……」


 状況確認のために声をかけると、殺そうとしていた方の男の視線が俺へと向く。


 そして、僅かばかり逡巡の後に自分たちの身に何が起こったのかを話し始めた。


「そ、そもそも……お前の言ってる仲間割れってのが俺にはさっぱり分からない……。お、俺はただ……いきなり側に現れた化け物を倒そうとしただけで……こいつを殺そうだなんて……」

「……化け物?」

「あ、ああ……お前らは見なかったのか……? スケルトンやグール……色んなアンデッドをかけ合わせたような見たことのない奴だ」

「いや、悲鳴を聞いてすぐに駆けつけてきたけどそんな化け物は見てないな。俺が見たのは、お前がそっちの奴に馬乗りになって、あの短剣を突き刺そうとしてたところだけだ」


 こいつが落とし、地面に放置されたままの短剣を示す。


「そ、そんなはずは……俺は、あの化け物がこいつをどこかにやったんだと思って……それであれを殺そうと……」


 その時の恐怖がまだ残っているかのような震える口調で男が言う。


 しかし短剣に付着している赤い血は明らかに人間のモノだ。


 血の量は倒れている男の身体に付いている切り傷の深さとも合致する。


 状況的にも化け物なんて存在せず、こいつらが殺し合いをしていたのは間違いない。


 けど、その真に迫った様子は自分の非を隠すために嘘をついているようにも見えない。


 とすれば他に考えられるのは――


「そしたら、今度はまた別の化け物が後ろから俺に組み付いてきて――」

「ねぇ……もしかして、あんたには他の人が化け物に見えてたんじゃないの?」


 男の言葉を遮り、俺が導き出したのと全く同じ考えをエイルが尋ねた。


 普段はとぼけてるくせになんでこういう時だけ先に言うんだよ……。


「だって、その後ろから組み付いたのだって化け物なんかじゃなくて、このルゼルだったんでしょ?」

「そうだな。後ろから羽交い締めにしたのは俺だ」

「確かに二枚目って呼ぶには半歩ほど足りない残念さはあるけど、流石に化け物とは見紛わないわよ」


 褒められてるのか貶されてるのか微妙なラインだな……。


「いや、でも……あ、あの感覚は――」

「……ああ、その通りだよ」


 苦悩する男の言葉を遮って、殺されそうになっていたもう一人の男がそう言った。


「お、おい……まだ手当が終わってないんだからあんまり動くな……」

「あっ……ちょっと待ってて、私が治したげるから」


 ノアが傷だらけの男に駆け寄って手をかざす。


「現世に満つる信仰の光よ。治癒の御手となりて、彼の者の傷に触れ給え――」


 痛ましい傷口が柔らかい光に包まれ、みるみるうちに塞がっていく。


 本当になんでもできるな……。


「聖魔法使いか、助かる。けど喋るくらいなら大丈夫だ……。それで話は戻るが、俺たちの目には互いが化け物に見えてたってのは確かにその通りだ」


 ノアの治療を受けながら、苦しそうな口調で男が話を続ける。


「ど、どういうことだ……?」

「そのままの意味だよ。理由は分からんが、俺にはお前が、お前には俺が化け物の姿に見えてたってことだ。……ったく、俺は太刀筋を見て途中でこれはお前だって気づいたってのに本気で殺そうとしてきやがって……」

「そ、そうだったのか……す、すまねぇ……俺はてっきりお前が化け物にやられたもんだと……」

「まあ、こうして無事だったからいいけどよ……いてて……」


 絆の深さが感じ取れるやり取りを繰り広げる二人。


 さっきまで殺し合いをしてたようには見えないが、それも互いの姿が化け物に見えていたのなら納得できる。


 俺だって隣を歩いていたエイルやノアが突然異形の姿になったら斬りかかってしまうかもしれない。


「だとすると……ノア、やっぱりあの黒い靄が原因だと思うか?」

「うん、そうだと思う。あれが何なのかは分かんないけど……」


 俺の推論に治療中のノアが同意を表す。


 黒い靄。こいつらの身体に取り憑いていたあれは一体何だったのか。


 人に幻覚を見せる自然発生した魔法の類なのか、それともまた別の何かなのか……。


 一つの謎は解決したが、一つの大きな謎が残った。


「とりあえず、お前らはさっさとここから出た方がいいぞ。その状態じゃ先に進むのは無理だろ」

「ああ、もちろんそのつもりだ。多少の成果はあったし、こんなおっかないところにこれ以上は居たくないからな」


 成果という言葉と共に視線が向けられた先には、こいつらの物と思しき携行鞄があった。


 中には採鉱した魔石が収められているのか、隙間から淡いマナの光が僅かに漏れ出ている。


「よしっ、これでとりあえずは大丈夫かな」

「こいつはすごいな……。あんた、ギルドじゃ見たことない顔だけど何者だ?」


 傷の無くなった自分の身体を見ながら、男は驚愕の眼差しをノアに向けている。


「ふふん、この子はノア・グレイル! 我がアビス教の聖女よ!」


 額の汗を拭っている本人に代わって、エイルがノアの紹介をする。


 ひとまとめに変な奴らだと思われるのはもう諦めた。


「あ、アビス教……?」

「ええ、そうよ。こんな場所で詳しく説明している暇はないから、詳細が知りたいなら今度あるうちの集会に来るといいわ。はい、これに具体的な日時や場所が書いてるから」


 そう言いながら、どこからともなく取り出した紙片を男たちに渡していくエイル。


 こんな状況でも全くブレないな、こいつは……。


 男たちも流石に恩人を無下にはできないのか、困惑しながらも素直に紙片を受け取っている。


「しかし、新しいダンジョンが見つかったって聞いたから来てみたら酷い目にあったぜ……」


 悪態をつきながら二人がランタンを手に立ち上がる。


 多少フラついてはいるが、立って動くことが出来るまでは回復したようだ。


「じゃあな、えい……いや、ルゼル。お前らのおかげで命拾いしたよ。ありがとな」

「こ、今度ミズガルドの方で会ったら改めて礼でもさせてくれ」

「ああ、期待せずに待っとくよ」


 そう言って、互いに肩を貸し合いながら来た道を引き返していく二人を見送る。


 ルゼル……か、特に親しくもない冒険者から名前で呼ばれたのは久しぶりだな。


 嬉しい反面、少しむず痒い気分になった。


「……さて、俺らはどうする?」


 二人の姿が見えなくなるのを待ってからエイルとノアに意思を問う。


 先に進むのか、それとも俺たちも脱出するべきか。


「当然、先に進むに決まってるでしょ! 問題を解決せずに帰るなんて私の信条に反するわ!」

「うん、私も。あれをこのまま放っておくのはダメだと思う」


 間を置かずに、二人が同じ意思を示す。


「そう言うとは思ってたけど、俺たちもさっきの奴らみたいにならないとは限らないぞ?」

「大丈夫よ。私は女神だし、ノアは聖女、貴方も一応は私の使徒でしょ。ああいう露骨な闇っぽい属性の現象には抵抗力があるわよ、多分」

「多分て……」


 根拠が微妙にありそうでやっぱりなさそうな理屈。


 確かに今のところ影響は出ていないが、ずっと感じている肌に纏わりつくような悪寒は更に底気味悪さを増している。


 これまでとは比較にならない危険が奥で待ち受けているのは間違いない。


「とにかく! この怪奇現象の解決は私たちがやるべき使命なのよ! ……それに邪魔者も居なくなって、残る魔石は私たちで独占できるしね……ぐふふ……」

「お前は本当にブレなくて安心するよ」


 義侠心以外の爛れた魂胆がダダ漏れている。


「でもまあ、俺らで解決しなきゃいけないってのは同意だな」


 この洞窟が表に出てきた原因は俺たちの不手際にある。


 当初の目的通り、他に危害が及ぶ前になんとかするのが筋ってもんだ。


 それが単なる魔物討伐から謎の怪奇現象の解明と解決に変わったとしても。


「なら行くわよ! 進路は最深部! 目標は怪奇現象の解決……と、魔石!」


 高らかに宣言したエイルが進行方向を指し示す。


 刻々と強くなっていく不穏な気配に気を張りながら奥へと進み続ける。


 そうして洞窟に入ってから約三時間――


 俺たちは遂に最深部と思しき場所へと到達した。

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