第14話:四面楚歌
「ギルド直々の特別依頼……それも未知の洞窟の掃討と聞いて心躍らせたものの……道中は既に死体ばかりで、最奥に至ってもたったのこれだけとは……」
立ち止まったフレイヤが再び大きな落胆のため息を吐く。
「ル、ルゼル……あれってやっぱり……」
隣のエイルがそんな彼女に僅かな畏怖の感情を覚えているような口調で尋ねてくる。
「ああ……多分、俺らが化け物の姿に見えてんだろうな……」
先刻、フレイヤは俺たちのことをまとめて“匹”と数えた。
人をそう数える習慣があるイカれた人でなければ、そう考える他ない。
しかし白金級冒険者さえも影響下に置くとなれば、エイルの推測が更に信憑性を増した。
人の偏執によって作られた人造神遺物。
こんな場所にどうしてそんなものがあるのか分からないが、とんでもない代物だ。
「期待は裏切られるのが世の常ではあるが、こうも肩透かしが続けば流石に愚痴の一つや二つは零したくなるものだ……。ベルゲルの言っていた“何か”とやらも、やはり奴の思い違いだったのだろう……」
その刃物のような鋭い視線が向けられている対象は俺たちだけ。
彼女はこの奇異な場所にも、大量の魔石にさえも一切の興味を持っていないように見える。
「より強く、より高く……武の頂きを目指して戦い続けてきた。されどこの身が強くなればなるほど血沸き肉踊るような極限の戦いは遠ざかり、心は渇き、内を走る
フレイヤが再び俺たちの方へと歩み始める。
体幹に一切のブレがない達人めいた足取りが、その力量を如実に物語っている。
上のやつが発している悪寒とは別の、ピリピリとした緊張感が場に生まれる。
「……と、言葉を解さぬ低級の魔物相手に
クククと自嘲気味に笑うフレイヤ。
そんな彼女を見て、俺は思った。
何この人、さっきからずっと妙な独り言を言ってて怖い……。
「しかし、愚痴ばかり零したところでどうしようもないな。ならばせめて、こいつらが望外の強敵であることを祈るとするか」
ギルドでは真っ当な人かと思ったが、やっぱり少し変わった人なのかもしれない。
「魔物どもよ。光栄に思うがいい。我が『双天真陰流』によって散ることを」
「そ、双天真陰流だって!?」
「し、知ってるの!? ルゼル!?」
「いや、剣術は名前もかっこいいなー……って」
やっぱり俺も剣が使いたいなぁ……。
どこで習えるんだろう、月謝はいくらかな……。
「こんな状況でコンプレックスを刺激されてんじゃないわよ……」
「う、うっせぇ……。それより、このまま放っておくわけにはいかないよな」
気を取り直してフレイヤと向き合う。
俺たちとの間に距離はまだある。
本格的な戦闘態勢を取られる前にさっさと正気に戻ってもらおう。
「ってことでノア、さっきの二人を正気に戻したやつをあの人にも出来るか?」
「あいさー!」
特に気がかりもないような軽い調子でノアが応じる。
そのまま前方から近づいてくるフレイヤへと向かって手を掲げる。
正気に戻れば俺たちを相手にずっと独り言ちていた恥ずかしい事実を明らかにしてしまうが、それはこの際仕方がない。
後は魔石の分前についての話もしないと……。
俺達の取り分は減るけど、白金級の権力を笠に着て多く要求するような人ではなさそうなのが救いか。
「元に……戻れー!」
気の抜けた掛け声と共に手のひらから光が放たれた瞬間――
フレイヤの姿が消えた。
「……あれ? 消えちゃった?」
突然の出来事に光の放射を止めて呆然とするノア。
そんな中で、俺の目だけが消えた彼女の行方を捉えていた。
閃光よりも素早く中空へと翔んだ彼女の手には剥き身の刃が握られている。
「ノアッ!!」
至近で発生した金属音が耳をつんざく。
ノアへと向かって躊躇なく振り下ろされた刃を、俺はギリギリのところで受け止めた。
完全な不意を打たれた一撃に対し、半ば無意識下での反射的行動だった。
「ほう……面妖な術を使う奴がいるかと思えば、今の一撃を受け止める奴もいるとは……」
ノアの力ならすぐ元に戻せる。
敵意を持った一騎当千の人物を前にして、そんな思考は余りに楽観的すぎた。
もし最初から
「面白い! 数は少ないが存外に楽しめそうだ!」
重なる二つの刃の向こう側でフレイヤが狂喜に顔を歪める。
この人、
「ノア! 俺が抑えている間にもう一回食らわしてやれ!」
「え? う、うん!」
まだ半分も状況を掴めていなさそうなノアが再び手のひらを彼女へと向けた瞬間だった。
――――――――――ッッッ!!!
今度は頭上から奇妙な音が響いた。
それは人の叫び声のようでありながら、そうでないとも断言出来る無機質な悲鳴。
しかし言語ではないにも拘らず、それが何を表しているのかはっきりと分かった。
必死に『自分を守れ』と叫んでいるのが。
「きゃああああああ!! 何よ何よ! 今度は何なのよー!」
上空から凄まじい勢いで空洞中に拡散されていくのはあの黒い靄。
岩壁中に点在する魔石の光が、次々に靄へと取り込まれていく。
「じょ、冗談だろ……?」
光を取り込んだ靄が成していくのは、まるで死霊系の魔物のような形状。
その数は十や二十では利かない。
俺たちは瞬く間に優に百を超える数の死霊に包囲されてしまった。
その全てがコンマ1秒の猶予もなく、あれの指示通り一斉に襲いかかってくる。
「ど、どうしよう……どっちを……えっと、えっと……ルゼル! その人はお願い!」
フレイヤと襲い来る死霊の群れを交互に見比べたノアが杖を地面に突き立てた。
「現世に満ちる信仰の光よ。隔絶の障壁と成りて、我らを
素早い詠唱と共に、杖が突き立てられた地点を中心に淡い閃光が奔る。
光は死霊の群れの眼前で停滞し、その行く手を阻む半透明の障壁と化した。
「うぅ~……流石にこの数はけっこーきついかも……」
杖を必死に抑えながら苦しそうに呻いているノア。
光の障壁の外では、死霊がその数を更に増やしている。
どれだけ保つのかわからないが、障壁が消えれば二人を守りきれないのだけは確かだ。
「ふっはっはっは! なんだかよく分からんが面白くなってきたじゃないか! やはり戦いとはこうでなくてはな!」
周囲の状況を見ながら尚も楽しそうに笑うフレイヤ。
自分が置かれている状況を理解していないのか、それとも理解した上で楽しんでいるのか。
どちらにせよ。やっぱり白金級には碌な奴がいないのは分かった。
「笑ってる場合かよ……。ノア! どのくらい持ちこたえられそうだ!?」
「わ、分かんないけど……そんなに長くは無理かも……」
その苦悶に歪んだ声からも長くは保たないのが伝わってくる。
どうする……。
この状況を打開するには元凶である上のあれを破壊するしかない。
でも、今この状況で俺がこの場を離れればフレイヤが自由になってしまう。
破壊までに必要な時間は一瞬。
しかし、その一瞬の間さえあれば、この人は無防備なノアを文字通り瞬殺できる実力を持っている。
ノアは周囲の死霊を押し止めるのに精一杯で彼女を正気に戻す余裕はない。
なら現状で俺たちが取れる唯一の対抗策は――
「エイル!!」
「は、はひっ!」
状況に全く着いてこれずに、後ろで呆然と立ち尽くしているエイルに呼びかける。
限りなく頼りないが、今はこいつだけが頼りだ。
「お前が登ってあれを取って来てくれ!」
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