第7話:チェスト飛竜山!

「……おい馬鹿女神。目を逸したからって現実は変わらないぞ」


 目を反らして現実逃避しているエイルに向かって言う。


 目の前にいる巨大トカゲは紛れもなく飛竜だ。


 全身に藍色の鱗を纏った小型の竜種。


 小型と言ってもそのサイズは直立状態で5~6mはある。


 頭の位置は俺たちの目線より遥かに高く、ヒトをたやすく頭から丸呑み出来る大きさを持っている。


 この付近では山頂周辺でしか目撃例のない魔物の上位種が一角。


 それがどうしてこんなところにいるのかと小一時間問い詰めたいが、今はそんな場合じゃない。


「わ、分からないわよ。もしかしたら観測しなきゃ量子的なんたらで存在が未確定の状態になるかもしれないじゃない。ほら貴方もレッツ、現実……逃避……」


 とりあえず、こいつは役に立たないと。


 さっきは随分と勇ましいことを言ってたくせに、猟師的なんたらって何だよ……。


 って今はそんなことを考えている場合じゃない。


 どうにかしてこの事態を乗り越える方法を探らないと。


「落ち着け、落ち着けよ……どうどう……」


 左手を前方に突き出して牽制しながら、自分と敵の両方に言い聞かせるように呟く。


 紛れもない生命の危機に、嫌な汗が全身を伝っているのが分かる。


 だが不幸中の幸いというべきか、向こうも人間を間近で見るのは初めてらしい。


 警戒するようにグルルと喉を鳴らしているが、いきなり襲いかかってくるような気配はない。


 これなら全力で逃げれば振り切れるか?


 いや、飛竜は一度標的を定めたら地の果てまで追いかけてくる習性を持っていると魔物図鑑で読んだ記憶がある。


 今この状況で逃げ出せば標的として見られかねない。


 そうなれば高速で空を飛べる相手に街まで逃げ切るのは現実的じゃない。


 逃げるのは無理だとすれば、残された選択肢は一つ。


 下手に刺激しないように右手をゆっくりと左腰の剣帯へと持っていく。


「こんにちは。私、禍福を司る女神のエイル。貴方のお名前は? 良かったら仲良くしましょう?」


 こいつはもうダメだ。


 恐怖の余りに女児向けの玩具おもちやみたいになってやがる。


 ――グルルル……。


 いや、飛竜からしてもこいつの存在は奇妙なのか意外と注意を引いている。


 悪くない。その調子だ。


 なんなら少しかじってもいいぞ。


 エイルが注意を引いている間に、一つのイメージを頭の中で思い浮かべる。


 剣を抜いて地面を蹴り、稲妻の如き高速の剣技で斬りつける一連の動作を。


 いくら竜種とはいえ所詮は生物。


 不意を打って首を斬れば致命傷。


 そうでなくとも深手を負えば戦意は喪失するはずだ。


「私、エイル。路地裏で一月も寝泊まりしてたから食べるとお腹を壊すかもしれない女神よ。食べるのならこっちの方がきっと美味しいわよ」


 エイルが採集した薬草の束を差し出した瞬間、奴の注意を大きく引きつけた。


 今だ! 行くぜ相棒ッ!!


「ちぇええすとぉおおおおおおッ!!!!」


 勢いよく剣を抜――


「……あれ?」


 こうとしたはずの右手が空を切った。


 何が起こったと思い、左腰の剣帯へと視線を落とす。


 あっ、今あいつ質屋だったわ。


 ――ヒュッ。


 空の剣帯を確認するために傾けた頭の上を掠めるように何かが通り抜けた。


 直後、背後からこの世の終焉かと思うような破滅的な音が聞こえる。


 メキメキと音を立てながら、俺の胴より一回りは太い幹を持つ木が倒れていく。


 自分が九死に一生を得たことを理解し、頬から冷たい嫌な汗がツーっと垂れる。


「わ……私、エイ――」


 大木が地面に倒れ伏す音がエイルの声をかき消し、地面が荒々しく揺れた。


 ――――――――――――――――ッッ!!!!


 耳をつんざく飛竜の咆哮が周辺の大気を震わせる。


 大木を容易にへし折る一撃と鼓膜が破れそうなその音は、相対する者の戦意を喪失させるのに十分すぎた。


「「ぎゃああああああああああああッッ!!」」


 俺たちは示し合わせたわけでもなく、全く同じタイミングで脱兎の如く逃げ出した。

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