第8話:神剣グラム
「なんなのよなんなのよ! なんでこんなところにあんなのがいるのよ! 安全な場所じゃなかったの!?」
森の中を全力で駆け抜けながらもエイルが早口で文句を捲し立ててくる。
「そんなもん俺が知りたいわ! くそっ、なんでこんなところに飛竜がいんだよ!」
冒険者稼業をはじめて三年。
この森には数え切れないほど足を踏み入れてきた。
でも一人で対処に困るような魔物と遭遇した経験は一度もない。
飛竜なんて以ての外だ。
他の冒険者からもそんな話は聞いたことがないし、もしあったら大騒動になっているはず。
夢か幻だと思いたいが、後方からは変わらず身震いする咆哮と足音が鳴り響いている。
「うわぁ~ん! こんなところで食べられて死ぬなんて絶対に嫌ぁ! やだやだやだぁ!」
「うるさい! 死にたくないなら黙って走れ!」
「そもそも、こんなところに連れてきたあんたのせいじゃないの! 責任とりなさいよ!」
「なっ!? お前が金に困ってたから善意で連れてきてやったんだろ! てか、そんなことを言い争ってる場合じゃないっての!」
そう、今は低次元な責任のなすりつけ合いをしている場合じゃない。
今のところは至るところに生えた木々が障害物になってなんとか逃げ続けられているが、街の方へと逃げれば障害物が少なくなって追いつかれる。
かといって山の方へと逃げれば他の魔物と遭遇し、挟み撃ちになる可能性が高い。
当然、体力勝負では勝ち目がない。
置かれている状況は限りなく詰みに近いと言って良い。
「くそっ、せめて武器があれば……」
絶望的な状況に無為な言葉が漏れる。
こんなところで『あったよ! 剣が!』『でかした!』なんて都合よく武器が手に入るわけがない。
「武器!? 武器があればなんとかなるの!?」
並走しているエイルが、まるで武器を用意する心当たりがあるかのように言った。
「なんとかなるかは分かんねーけど、無いとなんとかしようもねーだろ!」
普通なら銀級以上の冒険者が4~5人以上で
武器があったとしても自分がどこまで戦えるのかは分からない。
それでも、ないよりましってのは確かだ。
「ちょ、ちょっと待ってなさい!」
そう言うとエイルは開いた胸元に手を突っ込み、分厚い紙束を取り出した。
現実でそんなところに物を収納してる奴を初めて見た。
「えーっと……『猫でも分かる使徒の作り方』、これじゃない……。『下界の歩き方 ~雑草の美味しい調理法から人心掌握術まで~』、これでもない……! 『役立たずだと言われて万神座を追放された女神ですが実は全知全能の創造神でした。今更、天界がヤバいから帰ってきてくれと言われても、もう遅い!』……そうだったら良かったのに!」
森の中を全力疾走しながら紙束をめくっていくエイル。
そこに何が書かれているのか分からないが、今のところ碌な情報はなさそうに見える。
「あっ! あった! 『
「なんだよ、そのなんとかのプリプリって!」
「天界で造られたすんごい武器よ! それを一つだけ……ああもう! 説明してる場合じゃないわ! あんた何の武器が使えるのよ!」
「何のって何でもいいのか!?」
「剣からクピンガまで、なんでもあるからさっさと言いなさいよ!」
範囲が狭いのか広いのか全く分からないが、何でもあるという言葉を信じて考える。
この状況を打開するには、どの武器を選ぶのが最適解なのかを。
だが、そうしている間にも背後から脅威は迫りつつある。
長々と考えている時間はない。
「お…………いや、剣だ! 剣で頼む!」
冒険者になってからずっと使い続けている最も慣れた武器を告げる。
命のかかった戦いだ。
それなら三年間苦楽を共にした武器に託したい。
「剣って言ったって色々とあるでしょ! どういうタイプの剣よ!?」
「片手持ちのいわゆるロングソードってやつだ! てか本当に用意できんのか!?」
「黙って任せなさい! えーっと……片手持ちの……あった!」
紙束の表面を指先で強く叩くエイル。
本当にこんなところで武器を用意できるのか。
今までの所業からしても疑心の方が遥かに大きい。
だが他に頼れるものがないのも事実だ。
とにかく今はこの胡散臭いオカルティックな女を信じるしかない。
「万神座が一柱、禍福を司る女神エイルが令する!」
エイルがそう言うと、路地裏で手に着けられた妙な模様がほのかに光を帯び始めた。
「上天の……てんの……えー……これ、なんて読むんだったかしら……ていうか、走りながら、詠唱するの……しんどっ……ひぃ……」
本当に信じて大丈夫かな……。
「じょ、上天の宝殿を開き、ぜぇ……封じられし力の一端を我が使徒に授け給え……はぁ、きつ……!」
「頑張れ! お前ならできる! やれる!」
全力疾走しながら呪文を唱えるエイルにエールを送る。
仰々しい言葉がその口から紡ぎ出されていくと共に、手の光が強くなっていく。
しかしあの時とは違い、今回の光は拡散せずに一点へと収斂しはじめた。
「彼の者が欲する力は全てを斬り裂く憤怒の刃! 其の銘は神剣――『グラム』!」
エイルが手を高く掲げると、天から光が降り注いだ。
手を覆っていた光が色を帯び、形を成していく。
そして腕に確かな重量感を覚えると同時に、一振の剣が右手の内に現れた。
それは神々しくも、激しい憤怒を内包したような荒々しさを持つ両刃の長剣。
「ほ、本当に何もないところから剣が……これが……神遺物……!」
手にしたそれに思わず感嘆の声が漏れる。
それは何もない場所から剣が出現した事実だけでなく、俺が今までに使ってきた剣とは比べ物にならない力を有しているのがはっきりと分かったからだ。
それに名前も良い。
神剣グラムの担い手――ルゼル・アクスト。
なんて呼ばれるようになれば月刊ミズガルドで特集記事が組まれ、『抱かれたい男ランキング』で上位に食い込むのだって夢じゃない。
「てめぇ……よくも追いかけ回してくれやがったな!」
輝かしい未来を思い描きながら急制動をかけ、地面を滑りながら後方へと振り返る。
そして剣を正眼に構えて、再び奴と正面から向かい合う。
柄を強く握りしめると身体の芯から更に力が湧いてくる。
あれだけ大きかった敵の姿が、今は一回り以上小さく見える。
勝てる……勝てるんだ!
「やっちゃえやっちゃえー! やっちゃいなさーい!」
斜め後方から囃し立てる声が聞こえてくる。
あれだけ癇に障っていた声も、今はまるで勝利の女神の祝福のように感じられる。
武器を手にした俺を見ても、飛竜は速度を緩めずに向かってきている。
互いの間にある距離はおおよそ10m。
接敵までは数秒の猶予も残されていない。
「いくぜっ! クソデカトカゲ! ぶった斬ってやる!」
「んー……でも、なんかイマイチ様にならないわね……」
首を傾げているエイルを横目に地面を強く蹴り、最短距離で敵へと突貫する。
――――――――――――ッッ!!
飛竜が叫び、射程内に捉えた俺へと向かって巨大な右腕を薙いでくる。
それは先刻、大木をなぎ倒した一撃。
先端には四本の鋭い爪もあり、掠っただけで致命傷になりかねない。
「うぉおおおおおッッ!!」
恐れずに姿勢を低くしてその攻撃を掻い潜り、懐へと飛び込むことに成功する。
我ながら驚くほどに完璧な筋書き。
もう一回やれって言われても絶対に無理。
だが、ここまでくれば後は想像した通りに渾身の一撃を首筋に叩き込むだけだ!
「くらいやがれぇええええッ!!」
柄を強く握り、全身全霊の力を込めて無防備な首筋へと向かって神剣を振り下ろした。
陽光を受けて輝く白刃が獲物を捉え、その生命を斬り裂――
――ポキッ!(刃が根本から折れた音)
――ヒュー……クルクル(折れた破片が宙を舞う音)
――ザクッ!(折れた破片が森のどこかに刺さった音)
これが神剣グラムの最期だったとさ。
いってぇ……竜の鱗ってこんなに硬いんだなぁ……。
まるで鋼に打ち付けたかのような痺れが指先から肩にかけて走っている。
――グルル……。
すぐ側から響く重低音の唸り声が耳の奥を震わせる。
斬りつけた首筋には微かな痕が残っているだけでダメージがあるようには見えない。
それどころか、より強い怒りに震えているような……。
「あはは……」
恐怖と絶望が入り混じった乾いた笑い声しか出てこない。
ああ、それにしても間近で見る飛竜の瞳のなんと美しいことか。
綺麗に摘出された目玉が好事家の間で高値で取引されているという風説も納得できる。
今日は色んなことを体験出来て本当に充実した一日だった。
すごく爽快な気分だ。
今なら魔物とだって心を通じ合わせられるに違いない。
「やあ。僕、冒険者のルゼル……良かったら、仲良く……」
――――――――――――ッッッ!!!!!
苦し紛れの友好条約の申し入れは、本日最大級の咆哮によって却下された。
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