第6話:まず薬草採集から始めよ

「ん、んん~…………んしょっとらっしゃぁ! や、やった! 抜けた! ほら見て! 大したもんでしょ!?」


 手に持った独特な形の草を自慢気に見せつけてくる自称女神。


 しかし根っこは途中でちぎれ、本来なら竜の翼によく似た形をしている葉の部分も潰れてしまっている。


「だから……それじゃダメだって、もう何度も言っただろ? 根っこが切れてると安く買い叩かれるから根本を両手でしっかり持って、腰を使って一気に抜くんだって」


 同じことを注意したのはこれでもう三度目になる。


 なんでこんな奴の面倒を見てしまったのかと後悔するのは六度目だ。


 ここはミズガルドの北口から一時間程歩いた場所にある『飛竜山』と呼ばれる単独峰……の裾野に広がる森林地帯。


 市場で取引される様々な薬草が密生している森であり、今日の俺みたいな依頼のない冒険者がよく日帰りで稼ぎに来る場所でもある。


 固有種である『飛竜草』は質の良い物なら一つ500ガルドほどにもなり、一日採集に勤しめば下手な依頼より稼げたりする。


「そんなこと言われても薬草採集なんて初めてだし……そもそも、こういうのは向いてないのよ……。私にはもっとエレガントなのが……」


 ぶつぶつと文句を垂れながらも次の採集物を探し始めるエイル。


 緑の草木が茂る森において、その淡い色を基調とした妙な服装はとてつもなく浮いている。


 一体、こいつはどこから来たんだろうか。


 ミズガルドにはあらゆる出自の者が暮らしているが、こんな様式の服装は初めて見る。


 壮麗と貞淑が絶妙に入り混じったそれは、まるで物語に出てくる天女が纏っている羽衣のようだ。


 まさか、本当に天界を追い出された女神だったりして……。


 なんて馬鹿馬鹿しい推察を、流石にそんなわけないかと内心で即座に否定して採集作業へと戻る。


「はあ、単純作業ってほんっとに退屈……。どこかに一個一兆ガルドくらいで売れる超珍しいキノコとか生えてないかしら……。もしくは十分な余力を残して勝てるくらいの魔物との遭遇でも可」


 魂のステージがとんでもなく低い女だな。


 これが女神だなんて天地がひっくり返ってもありえない。


「魔物は山岳地帯から離れてるこの辺りにはほとんど出ないし、出たとしても人を見て逃げ出すような小物くらいだな」


 魔物の生息地である山岳地帯と比べると、麓に広がるこの森林地帯は安全だ。


 何度も来ているが問答無用で襲ってくる攻撃性の高い魔物と遭遇した経験は殆どない。


 山の中腹付近からはガルーダやコカトリスなどといった空棲系の凶暴な魔物。


 更に山頂付近にはもっと危険な竜種が生息しているらしいが、この辺で目撃したって話も聞いたことがない。


 それだけじゃなく毒性の植物や虫もいないから、こいつみたいな格好でも問題なく散策できる。


 故に新人冒険者が装備一式を揃えるまで稼ぐ場所としても広く親しまれている。


「はぁ……つまんないわねー……。もし出たら、こうして! こうして! こうっ! なのに」


 そう言いながら空中へ拳を数度突き出し、地面を踏みつけ、最後は見えない何かを持ち上げてどこかへと放り投げた。


 激しい動きにスカート的な部分が捲れて、素肌の脚がちらちらと見えているのは黙っておこう。


「バカなこと言ってないでキビキビ働け。刻限までに5000ガルド稼げなくて追い出されても俺は知らないからな」

「あ~……もしそうなったら貴方の家にでもしばらく居候させてもらおうかしら。寝る場所は私がベッドでいいわよ。光栄に思いなさい」

「ふざけんな」


 ふざけた提案に一考もせず即答する。


 背後からケチだの薄情だのと罵声を浴びせられるが無視して採集を続ける。


 俺もさっさと相棒を取り戻すために頑張って稼がないと……。


 それからまたしばらく二人で黙々と採集をし続け、採集袋が半分ほど埋まった頃――


「ねぇ! ちょっと! 来て来て! すごいものを見つけたわよ!」


 しばらく大人しくしていたエイルがにわかに騒ぎ出した。


 道端で数枚の銅貨を拾った時くらいの弾んだ声が静かな森に響く。


「すごいもの? 質の良さそうな飛竜草でもあったか?」


 木の根元を見つめるように屈んでいるエイルへと近寄り、隣から覗き込む。


「ほら見て! カナブンが三匹で交尾してるわ! 一体、オスとメスの比率はどうなってるのかしら……ま、まさか三匹ともオスだったりして……キャー!」


 こいつ、人をイラつかせる天才か?


「ふふん、それにしても愚かなカナブンどもね。神である私がその気になれば指一本で即座に交尾を中断させられるとも知らずに……。まあいいわ。そうしない私の慈悲深さに感謝しながら束の間の快楽に身を委ねていなさい」


 カナブン相手にマウンティングする哀れな女。


 これが女神だなんてやはり到底信じられない。


 ちょうど良い位置にある頭を殴りかけるが、一応は女だってことを思い出して踏みとどまった。


「おい、5000ガルド分にまだ届いてないのは分かっててやってんだよな」


 袋を軽く振って音を鳴らす。


 中にはまだ一人頭3000ガルド程度の薬草しか入っていない。


 家賃の支払期限がいつまでなのかは知らないが、悠長にカナブンの交尾を観察している暇がないのだけは分かる。


「え、あっ! あ、遊んでたわけじゃないわよ! ちょっとした息抜きじゃないの!」

「息抜きにカナブンの交尾を観察する女神がどこにいるんだよ」

「べ、別にいいでしょ! こうして受肉した状態で地上に降り立つなんて初めての体験なんだから触れる物全部が新鮮にゃぁんっ!」


 拙い言い訳を始めたエイルが前触れもなく、身体をビクンっと大きく跳ねさせた。


 それもまるで発情した猫のような声を上げて。


「どうした? 発情期か? まさか……カナブンの交尾を見て興奮したんじゃないだろうな?」

「そ、そんなわけないでしょ! ていうかあんたが今、私のお尻を触ったんじゃないの!」


 いきなり嬌声を上げた女に軽く引いていると、飛竜草の茎のように細長い指がビシっと突きつけられた。


「はぁ? 尻? 俺が、お前の?」


 唐突に妙な濡れ衣を着せられても戸惑うしかない。


「そうよ! まるでバターを舐める犬みたいなイヤラシイ手つきでヌルっと! この仕打ちは高く付くわよ! 具体的には1000ガルド!」

「安っ……じゃなくて、路地裏で一ヶ月も暮らしてた奴の尻なんて誰が触るかよ。そもそも、この状態でどうやって触るんだよ」


 互いの立ち位置を示しながら尋ねる。


 俺は今、木の根元を見るように屈んでいるこいつの隣に立っている。


 この状態から立ったまま尻を触れるわけがない。


「確かに、それもそうね……。じゃあ誰よ。私のキュートなお尻を――」


 上半身を動かして背後を見るエイル。


「大方、風に吹かれた草か何かが当たったんだろ。じゃなきゃ大きめの虫かトカゲだ」


 それであんな声を上げるなんて、どんだけ敏感なんだよと考えながら伸びをする。


 今日は気を抜くと居眠りしてしまいそうなくらいにいい天気だ。


 小さくあくびをしていると、後ろを向いていたエイルが再び正面へと向き直った。


 それも何故か、整備不良の魔法人形オートマトンのようなぎこちない動作で。


「どうした? なんで汗かいてんだ? そんなに暑いか?」


 エイルの頬をつつーっと伝わる一筋の汗。


 天気は快晴だが今は太陽が厚い雲にでも覆われているのか、辺りは少し暗くなっている。


 加えて森の中ということもあって心地良いくらいの気温だ。


「い、いえ……半分正解だったっていうか……」

「半分正解? 何がだよ」


 また妙なことを言い出したな、と思って振り返ると――


 翼の生えたクソデカトカゲがいた。

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