アサヒックブルー・ボンバイエ

あめのちあさひ

なうまくさまんだぼだなんきりかそわか

しょうじき原因はいっさい思い出せないのだけど、気づいたら揉め事の渦中にあって、とりあえずマッポの目からのがれる必要があった。原因はまったく思い出せないものの、心当たりはいくつかあって、まず今日は朝から機嫌がよかった。訪問した取引先の担当者はどうにも頼りない奴で、ちょっと大きな声で交渉してみたらしごとのはなしはトントン拍子に進んでゆき、昼過ぎにはクソデケエ契約が結ばれたことによって、月初にして今月のノルマは達成した。仕事ついでに頼りない彼には遺書の書き方を教えてやったよ。会社にスッと報告書を出し業務完了。いまから酒を飲んでもいいし大麻を吸ってもいい。完全自由なので、なにをしてもいい。いちど、酒や薬物などの快楽物資を一斉接種したらどうなるのかな~ってのを試してみたかったので、いまが先途と、やってみるか~と思ってすべてを口に含んだ瞬間、世界はぐんにゃりと歪んで、どれだけ時間が経ったのやら、気がついたとき、傾きつつある陽のひかりにかざした両の拳はちまみれになっていた。ガンガンするあたまを振って気分一新、唯一のニュースソースであるTwitterを見ると、新宿界隈で異常者が暴れまわっていたとの投稿が多数あり、その異常者の特徴はオレに完全に一致していた。殴った感触はそこそこ残っている。薬物の効果で、なにもかもが敵に見えていたわけさ。歩きスマホのひとたちの、スマホをひったくっては数え歌、ひとつ積んでは父のため、ふたつ積んでは母のため、数えながら地面にたたきつけては踏みつけてぶっ壊し、数えきれないくらいの端末を破壊するころには数え歌の内容はもう誰でもよくて、バイデン大統領のために積んだかもしれない。ともあれ、ほとぼりが冷めるまでの身の振り方を考えなければならないのだ。まあ、ひと晩もすればみんな冷めるだろう。死人は出さなかったようだし。



落ち着いた雰囲気で対話している男女ふたりぐみ、というのが世間の目から見ればもっとも暴力からほど遠いすがたなので、マッチングアプリで出会った女とほとぼりが冷めるまでの偽装カップルを組むことを思いついた。取り急ぎインストール済みのアプリを起動し、「ウェ~イ」としか書いていなかったプロフィール文章を書き換え、書き換え、「価値観が合う人と語り合ってお互いの見識を深めたいです。性的なことにはマジで1ミリも興味がありません。ほんまに。遊び冷やかしお断り。大人の関係で付き合いましょう」これでよし。むろん記載は建て前で、すんなりいけばオマンコゲットだし、大人の関係っつったらそんなもんだろうっていう含意を汲めない女はそもそもマッチングアプリをしていない。目についた女にパパパパッといいねをして回り、ひといきついたところで早くもピコンと通知一閃、マッチした。なになに、メッセージは……


「会って、おはなししてみたいです。誠実なひとが好き。よかったら新宿で会いましょう」


よーし! 木を隠すなら森の中へ、犯罪者を隠すなら新宿へ。歌舞伎町のルノアールで待ち合わせる。


「はじめまして、朝日キル子です。今日はよろしくお願いしますね」


にっこり笑って名乗ったその女は、ワーオ、ゲロマブじゃねえか。シンプルながら上質な生地のワンピースにストールを羽織った清楚ないでたちに、ほっそりした手首にはえらい高級そうな腕時計、気品のある立ち居振る舞い、ちゃんとしたひとだ。大手商社のバリキャリOLサンってとこかな、でも平日だけどなあ、フリーで稼いでいる? おっと、仕事の詮索なんて、野暮、野暮。捨てたもんじゃあないな、マッチングアプリ。こちらこそよろしくね。てか、どこ住み? え! 近所じゃ~ん。てなところから話は盛り上がり、キル子ちゃんもいけるクチだというので、お酒も飲みに行くことに。ひとくちふたくち飲むごとにふたりの距離も縮まっていくようで、相性バツグンじゃん。お、そうですか、野球がお好きで。見るのも、振るのも。え、ついでにきくと、キラキラしたものって好きですか?


「ええ、わたし、ネオンのキラキラが特にだあいすき」


ほんとうに都合がいいことに新宿歌舞伎町のど真ん中にはバッティングセンターがあって、カッキィ~~~ンッッッと右中間まっぷたつ、ひとを殴るために振るうことはあっても、野球のためにバットを振るったことのないオレのスイングではこのヒットが精一杯だ。かたやキル子ちゃんは、華奢な身体ながらコンパクトなフォームで、器用にセンター返しを重ねている。運動神経がいいのかな。となりのボックスではヒョロい学生くんがへっぴり腰でバット構えて震えてる。機械が球を放る瞬間に「ぶおおおらああああ!」と大音声を発したら、学生くん、ウヒョッとビビって前のめり、腹に球がめり込んだ。バッティングセンターでデッドボールは草。さて、汗かいたなあ、ね、キル子ちゃん、シャワーを浴びにいかないか?


「そうしましょ、気持ちよくなりたいなあ」


夜も更けていくにつれふたりの仲も深まりしか、ここが一番キラキラしているねえと、選び決めたる今日の泊りの高級ラヴホテル「Waterloo 」の門前で、その細腕からは意外とも思えるちからで抱き寄せてくるキル子ちゃん。背伸びして顔を近づけてくる。すっかりオレのことゾッコンのようで、やわらかいキスも早々に、熱く舌をからませてくる。甘苦い密のような毒のような味がして、ん、チューってこんなんだっけ? まぁいいか。べろべろ、ごっくん。昼間の大立ち回りでぶん殴った相手の財布から抜いたのであろう、現金は潤沢であった。一番高い部屋のボタンを高速タップで選択する。キル子ちゃんと腕を組んで向かったのは最上階の999号室、苦苦苦とはいささか不吉だが、気になったのもつかのま、勇んで部屋のドアを開けようかというところで、ビリッと閃光が走ったかと感じるより早く、とつぜんに意識が薄れていった。倒れ込む寸前の最後に視界に入ったのは、キル子ちゃんがなにかひとことしゃべりかけてくる口元だった。なんて言っている……?


「おばかさん」


きづけば999号室の床に乱雑に横たえられていた。口づけを介して接種させられた"都合の良い薬"の効果で四肢はしびれて動かず、さるぐつわを咬まされていた。キル子ちゃんがヒールの先でガンガンと腹を足蹴りしながら語り掛けてくる。


「あ! 起きた! ほんとに都合がよかったよ。わたし、殺しすぎちゃってさ。そろそろアシがつきそうで、高跳びしようにも今日いちにちはどうにか無難にしのぐ必要があったの。ひとの目につきにくい社会的な偽装といえば、円満なカップルのすがた。役に立ってくれたよ、あなた、名前は……何クンだっけ、いいよムリして言わなくても。もうすぐ戒名になるんだからね〜」


わ、こいつ、オレとほとんど同じ目的だったのかあ。なんか、オレら気が合うじゃん! え、付き合っちゃう……?


「キル子のキルは、殺すのキルだからね」


シャネルのかばんから、よくそんなゴツいもんが収まっていたなあと感心したくなる、すっげえよく斬れそうなアーミーナイフを取り出して、刀身をぺろりといやらしくひと舐めし、ニタニタ笑いながらキル子ちゃんが近づいてきた。


-了-


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アサヒックブルー・ボンバイエ あめのちあさひ @loser_asahi

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