第6話 〈蔵之進の懐古〉女の怨念は彼岸の鏡の呪い花に咲く(後編)

 ――憎い、憎いよ。あの男が憎い。

 愛したあの男はいないのに。

 浮かばれぬ、浮かばれぬ。

 呪い祟れや、おいえを祟れ。

 血筋の子を憎め、孫を憎め。

 無念じゃ、無念じゃ――


 春夏秋冬、四季に関係なく一年中の場所に咲き続ける花がある。

 一面狂い咲く彼岸花が歌う。

 蔵之進とサクラを、野々原家の縁の者たちを苦しめてきた女の怨霊が歌う祟りの歌。


 場所は蔵之進が桜のあやかしになってから見つけたのだが、存外に容易く辿り着けた。

 だが、それからが上手くいかなかったのだ。

 手がかりを求めて彷徨い、幽世の術者を見つけ出し頼った。

 蔵之進一人では解決出来ない事を知った。

 共に戦う仲間が必要だとは、思いもしなかった。



 やっと突破口を掴んだ蔵之進は、善は急げとばかりに動き始めた。

 反対するだろう甚五郎には幽世に行くことは話さずに、サクラと一日出掛けるとだけ告げた。

 お供に妖怪犬神の豆助と満願寺の孫のシグレを連れて行くと付け足した。

 そう、祟りの連鎖を断ち斬るにはシグレの明るい性根と生命力がぴったりだと蔵之進の勘が告げていた。

 先に蔵之進は、満願寺の和尚とシグレ本人の快諾を得ている。

 サクラには朝早く満願寺でお清めを受けに向かってもらっていた。


「蔵さん、腹が減っては力は出んし、悪いことばかりを考える。悩んでも困ってもまずは腹ごしらえをせんとな。腹がいっぱいになりゃあ、ほっこりと気分も良い方に向く。蔵さんはいつも助けてくれる、わしにとっては英雄みたいなもんだ。サクラちゃんも守ってやってくれ」

「甚五郎……」


 出発前に甚五郎はたくさんの料理が入った重箱のお弁当を持たせてくれた。

 蔵之進が多くを語らなくとも、伝わるものがあったようだった。


「わしもな、ついて行ってやりたいが……。もしや、わしがついて行けない場所に向かうのか?」

「反対されても行かねばならないのだ。私にかけられた呪いは子々孫々に渡って不幸をもたらしてきた」


 話すつもりはなかったが、隠す方が甚五郎に余計な心配をかけてしまう。蔵之進はそう覚悟して、分かり得る限りを甚五郎に教えた。

 甚五郎はしばらく黙っていたが「くれぐれも気をつけていくんじゃぞ」と送り出してくれた。


「ありがとうでござる。必ず皆で戻る」


 蔵之進は桜のあやかしになって初めて、後ろ髪をひかれる思いという気持ちを味わっていた。



     ❀✿



 サクラはその日見た、蔵之進が出て来た夢がいつも見る夢とは違う――と、ただの夢ではないことに気づいていた。

 蔵之進が言う彼岸花が咲く場所が、人間の世界ではないことも理解していた。自然の摂理に逆らい四季に左右されずに生きる花が、人間の住む世にあろうか。

 幽世かくりよの話は満願寺の和尚さんとシグレが詳しくサクラに教える。


「……ねえ、シグレ君。出会ったばかりなのに、私なんかのために危ないとこに来なくて良いんだよ?」

「なあに言っちゃってんですか。もうオレとサクラさんは友達っすからね。それにオレだって満願寺の和尚見習いですから、幽世で呪いを解こうと頑張る友達を放ってはおけませんよ。まだまだおじいちゃんみたいには術をこなすにはレベルがいきませんけど、オレ、サクラさんを全力で守ります!」


 蔵之進が満願寺に着いた時は、シグレとサクラが打ち解けた様子だった。一緒にいる豆助は犬神本来の犬の姿である。子犬ではあったが、なかなかに凛々しく番犬のようにサクラのそばを離れない。


「蔵之進さん!」

「「蔵さん」」


 満願寺の縁側に座っていた三人は、参道から来る蔵之進の姿を見つけると手を振った。


 蔵之進は本殿から出て来た満願寺の和尚から、御守札と扇子を受け取る。

 それから――

「式神をな百体用意しといたんじゃ。皆で分けて持ちなさい。折り紙に宿した式神はとても役に立つ。用心のためにな。この意味が分かるな? 蔵さん? 幽世は妖しき者がうじゃうじゃいるんじゃ。ただの人間は準備をせずに飛び込んではならん世界だろう? あとはな『えにし合わせ鏡』の右側じゃ。こいつはシグレに持たせておくと良いじゃろ。鏡の左側はわしが持っとるからな」

 和尚は、鏡面同士が重なり合っている奇妙な手鏡をパキンと半分割るようにして外し、蔵之進に手渡す。

「かたじけない」

「シグレ、豆助。くれぐれもサクラちゃんと蔵さんを頼んだぞ。しっかり守るのじゃ。わしはお前達の無事を祈願しておるからな」


 満願寺の和尚は役目を孫に託した。

 幽世は生きている人間が行くには世界の存在が不安定だ。

 和尚とシグレは血で繋がり、さらに本来は開けば一対である『えにし合わせ鏡』を半分にして渡すことで分かれたパーツ同士が引き合う。『えにし合わせ鏡』は互いに持っていれば、たとえ離れ離れになってしまった家族や恋人と再び出逢えるようにしてくれるという言い伝えがある。満願寺の秘蔵品だ。


「万が一、蔵さんが消滅して豆助にも大事があっても、人間の子であるサクラちゃんとシグレは元の世界に戻れるはずじゃ」

「なんだよ〜、おじいちゃん。行く前にすんなよな、そんな縁起でもない話!」

「これっ! シグレ! 気を緩めるでない。幽世は案内人やあやかしの連れが居なければ、人間の魂を取り込んだり喰ったりする」

「「えっ――!?」」

 サクラとシグレは和尚の言葉に絶句した。

「和尚さん、幽世はそんなに恐ろしい場所なんですか?」

「まあ。うーむ、ちと脅かし過ぎかたかのう。それぐらい恐ろしい鬼や化け物もいたりすると言うことじゃ。なあ、蔵さん?」

「そうだ。警戒して細心の注意を払う、それに過ぎることはない――と。拙者もそう思うでござる」

「大丈夫、おれもいるから。サクラ、シグレ、そんなに心配しないで。いざとなればおれがいる。この大妖怪犬神の豆助が二人を背に乗せ人間世界に連れて帰るって誓うよ」


 豆助は笑って「どんと任せておけ」と言い足したが、サクラの湧き上がる不安な気持ちは拭えない。

 サクラは脚が震えてくるのを、じっと堪えた。その様子に気づいたシグレがサクラに手を差し出す。


「あのー。嫌じゃなければ……ですけど。無事に帰るまで出来るだけ、オレと手を繋いでいませんか?」

「えっ?」

「あっ、あはははっ。い、嫌ですよねー。出会ったばかりですし、ね」


 シグレは空中に上げっぱなしの所在なさ気な手を、体の後ろに引っ込めた。

 サクラは自分のためにシグレが提案したんだと分かった。真っ赤な顔で照れながら言うシグレの素振りに嫌だなんて思わなかった。恥ずかしかったけれど。

 顔を左右に振って「ううん。ありがとう。そうしてくれる?」と、サクラも頬を紅潮させながらシグレに伝えた。

 シグレは恐る恐る、今度はサクラの方から差し出した手を握った。

 照れて俯きがちなサクラとシグレを横目でちらりと確認して、蔵之進はフッと微かに笑う。

(何とも初々しい……)

 いわば決戦の前に場が和み緩んだが、蔵之進は引き締めるかのように声を張った。


「では、一同参るぞ。和尚、行って参る」

「無事を祈っとる」


 蔵之進が扇子を開き仰ぐと、扇子から猛烈な風と無数の桜の花弁が一気にぶわっと噴き出す。

 桜吹雪がその場に吹き荒れ、一人一人を包み込んだ。

 数分ぐるぐると桜の花びら達は竜巻みたいに回り続けた。

 ふうっ――。

 桜吹雪が止み、風が全くの無風になる。

 すると花びら達は、ぱらぱらぱらと満願寺の境内に落ちていく。

 美しくあでやかですらある光景が広がっていた。

 あとには、サクラ達の姿も気配もまるで跡形もなく消え去って、和尚と一面敷き詰められた桜絨毯だけが残っていたのだった。


     ❀✿


 サクラが猛烈な花吹雪で瞳を閉じているうちに、目の前の景色は一変していた。


 体が浮き上がり風に掬い上げらた時、シグレがしっかり握ってくれ繋いだ手が心強かった。


「着いたよ。皆、目を開けてみなさい」


 蔵之進の声で、そおっとサクラが目を開けると、飛び込んできた圧倒されるほどの彼岸花の群生に目眩が起こりそうだった。

 隣りに立つシグレの息を飲んだ音がした。


「……すごい」

「すごいな、こりゃ。言っちゃ悪いかも知んないけど、この花さ、不気味だよ。普通の彼岸花じゃない。……赤すぎる。まるで人間の血で染まったみたいだ」

「やだ……。怖い」


 目を開ける前までは蔵之進の術の美しい桜吹雪を見ていた。対比のように赤々とした妖しい彼岸花の花畑は、サクラの恐怖心を煽った。

 豆助が鼻をピクピクさせる。


「シグレ、鋭いな。これは戦で散った人間達の流した血と志半ばで死んだ無念、憎しみと未練の情が染めている」

「――っ!」


 シグレが問いて。答えた豆助の言葉に、サクラが声にならない声で悲鳴を漏らす。

 彼岸花からは、妖気と黒々と燃える負の感情が吐き出される。

 ドス黒い煙が空に上がって行くと、いつの間に集まって来たのか大鴉の群れが鳴き声を発しながら頭上を旋回しだした。

 サクラが思わず、後退りをする。

 手を繋いだままのシグレの腕が引っ張られる。


「サクラ、大丈夫か?」

「サクラさん、大丈夫?」


 青ざめたサクラに追い打ちをかけるように彼岸花が呪いの歌を歌い出す。


――憎い、憎いよ。あの男が憎い。

 愛したあの男はいないのに。

 浮かばれぬ、浮かばれぬ。

 呪い祟れや、おいえを祟れ。

 血筋の子を憎め、孫を憎め。

 無念じゃ、無念じゃ――


 そこら中の彼岸花が歌いだして、サクラはたまらず逃げ出したい気持ちから、シグレと繋いだ手を離した。払うように。

 両耳を塞いで、サクラは駆け出す。


「サクラさん!」


 飲み込まれそう。死んだ者の苦しい感情が集まり黒い雲になって、サクラを襲う。

 サクラに追いついた豆助が「わおんっ」と鳴くと、サクラの周りがまばゆく光りだした。

 豆助は預かっていた満願寺のお守札で素早く結界を張って、サクラを黒い雲の邪気から守った。


「ナイス、豆助!」


 シグレもサクラに追いつくと、サクラは小さくごめんなさいと謝った。


「謝るのはオレの方です。すいません。デリカシーがなくて。いくらあやかしが視えるったって、こんな凄い怨念は怖いですよね。これからはしっかり守ります」

「シグレくんは悪くないよ。臆病な私が悪いんだ」


 彼岸花は気づけば、次々と人の形に変わっていく。

 それは落ち武者の姿だった。

 亡き者達は、サクラ達を生きる者を恨めしそうに眺めている。

 蔵之進は刀を抜いて、亡者に向かっていく。

 落ち武者がサクラやシグレに辿り着く前に斬る。


「サクラ達は拙者が守る! この亡者共めが。大人しく成仏するが良い」


 落ち武者の軍団は蔵之進に斬られても斬られても、何度も立ち上がる。


「……シグレくん、あいつらゾンビみたい」

「ほんとだ。これはまさに日本版のゾンビ……。しかし、このままじゃ切りがないですね。蔵さん、一人じゃいつか力尽きてしまう」

「あっ! シグレくん、鏡が光ってる」


 シグレが上着のポケットに入れていた『えにし合わせ鏡』から一筋光が差して、落ち武者に変身しきらないで残った彼岸花の花畑の一角を指す。


「あっちに行ってみなさいってことかしら?」

「行ってみましょう、サクラさん。豆助は蔵さんとこに加勢を頼む」

「分かった。用心しろよ? サクラ、シグレ」

「うん」

「ああ」


 豆助は落ち武者達と戦う蔵之進を手助けに、サクラとシグレは鏡からの光が指す方角に別れる。

 二人が近づくと花畑の彼岸花はサクラの腰辺りまで急にぐんと茎が伸びた。彼岸花をサクラとシグレは手で掻き分けるように入る。『えにし合わせ鏡』の光が指し示した場所には、質素な着物を着た若い女性が花畑の中で横たわっていた。一輪だけ赤くない、白い彼岸花が顔の横で咲いていた。

 ああ、この人が例の怨霊だ――と、サクラは瞬時に悟った。

 女性は微動だにしない。亡くなっているのだろうが、顔の血色は失われておらずまるで生きているようだった。息を吹き返すのではないかと思ってしまいそう。

 横に、耳の垂れた純白の毛並みの犬が二本足で立っている。愛くるしい大きくつぶらな瞳はサクラとシグレを見て笑った。


「やっと来た。あたいは山彦やまびこ。妖怪だけど、この山の守り神でもあるの。もーお。ずっと待ってたんだから。遅すぎ」

「待ってたって? 私達を?」

「そうだよ。あたいが亡骸の時を止めて。この子はね、殿様を愛してた。でも裏切られたって怨霊になっちゃった。でも違うの」

 妖怪山彦は悲しそうな笑みを見せる。そっと息を吐いた。

「うふふ。あたいね、望むと少し未来さきの世が見えるのよ。だから、アンタ達が来るのも知ってた。あたいはね、この子をずっと守ってきたの。そこのお侍と一緒に早く天に還してあげて」

「「そこのお侍?」」


 サクラとシグレは蔵之進のことかと思ったが、見当違いだった。

 横に気配が感じてサクラの背中が軽くなる。

 サクラの横に急に武士の霊が現れた。どこか面差しが蔵之進に似ていて、彼より年を重ねた雰囲気だ。


『儂が野々原正親である。サクラの背後に隠れて取り憑いておったのだ。長く迷惑をかけもうした』

「えっ!」

『儂は蟻の姿の霊に化けて機会を伺っておった。恋人の亡骸に再会して誤解を解くまでは、蔵之進に斬られるわけにはいかんからでござる』

「誤解を解くってなんのことですか?」


 サクラとシグレの目の前に、景色が広がる。

 野々原正親の記憶の断片が映像になって、映画のように目前に迫る。

 武士でありながら正親は農民の娘を本気で愛した。

 いずれは本妻にと約束を交わしていた。

 それをよく思わなかった家臣達が農民の娘を拐って山奥の洞窟に閉じ込めた。家臣達は正親に、娘が遠い村に嫁いだと嘘をついた。


「酷い……」


 娘は悪霊化して千奈津姫に取り憑き正親を毒殺し、野々原家を代々祟ってきた。

 娘の亡骸が抱く鏡の中には黒い彼岸花が妖艶に咲いている。

 記憶と事実の残像はここで消えた。


 正親の魂は成仏せずに幽世に漂っていた。つい先ほどまで、記憶も失っていた。サクラが幽世に来たことで吸い寄せられるように来たと言う。


『どうにも惹かれてな。こうしてやって来たら、甥の蔵之進がいるではないか。びっくりたまげたわ。加えてお主は儂の血筋だと感じた。あれこれ思い出したのでな』

「私はサクラです。こちらは助けてくれてる、友達の栗山時雨くんです」

「あっ、どうも」

『サクラを頼む。それと骸の抱いている鏡を割ってくれんか』


 どうやって? とサクラが問う前にもう、和尚さんがくれた不思議な道具の一つの折り紙の式神が現れた。馬と武将の姿をした折り紙の式神は、あっという間に女性の亡骸が抱いている鏡にぶつかり、鏡は割れた。

 するとあたり一面に暖かい春の木漏れ日のような光が満ちていき、鏡から出た娘の魂と正親の魂が天に昇っていく。


『……ありがとう』

「貴方は自分を毒で殺した相手を許せるんですか?」

 サクラはどうしても聞いておきたかったのだ。

『許す。許すに決まっておるではないか。不甲斐ない儂が誤解と不安を与えた。身分差のある恋人を不幸に死なせ、しっかり守れんかったのだから。儂が悪かった』


 姿が消えていく正親の声で、そう聴こえた。

 サクラの耳元には、女性の穏やかな声もした。


『ありがとう。罪を償い、来世があるというなら。私は今度は愚かな選択はしないと誓うわ。幸せになってみたいの。サクラ、ごめんなさいね。蔵之進にも謝っておいて……』


 落ち武者達も消えていく。

 刀をしまい、空を仰ぐ蔵之進の姿が見える。

 豆助がリズムよく跳ぶように、サクラとシグレに向かって走って来る。

 妖怪山彦がうふふと笑う。

 彼岸花の群生はまたたく間に消え去り、美しい春の花々が咲き始める。

「あんた達、ご苦労さん。あたいは帰るよ。はあ〜、疲れたあ」

 妖怪山彦はにこやかに笑って一同に手を振ると、姿を一瞬でくらました。

「「消えたっ!」」

「あいつ、妖怪だかんな。神出鬼没で当たり前だよ。さあさあ、帰ろう。サクラ、シグレ。……そうだ、蔵さんね、泣いてるんだ。そっとしといてやろう。蔵さんは一人で帰れるから、おれ達は先に満願寺に帰ろう。おれ、ホッとしたら腹が減ったよ。甚五郎の弁当が待ってるぞ」

「そういや、俺も腹が減ってる。時間はどのぐらい経ったんだ?」

 幽世や妖かしの世界は、人間の世界とは時の流れ方がちがうという。

「うん。よしっ、帰ろっか。……シグレくん、豆助、ありがとう」


 シグレがサクラに向けて手を空中に上げ、ハイタッチを求める。

 人間の親しい友達なんていなかったサクラは、そんなやり取りをしたことがない。

 サクラはなんだか恥ずしかったけれど、シグレの手のひらに自分の手のひらを軽く重ね合わせるようにパチンと叩いた。

 サクラの手にあたたかいシグレの手が触れた。


「お疲れです。これにて、あっ、一件落着う〜」


 時代劇の役者か歌舞伎役者みたいな真似をしておどける仕草のシグレに、サクラは軽やかに笑った。


「では、コホン。――式神よ、我、命ずる。帰路に着く力を貸し守れ」


 シグレの声に呼応するように数十体の折り紙の式神が力を合わせて嵐を起こすと、サクラ達は来た時みたいに、身体を風に掬われる。

 サクラは瞳を閉じた。

(終わったんだ。代々の呪いは解けて消えたんだ)

 心身はすっきりしていたし、ほがらかで心はあたたかくもあった。

 幽世に向かう行きの道の自分の気持ちとはまるで逆、正反対の気持ちだった。

 とても清々しい気持ちだった。


    ❀✿


 満願寺の庭園でレジャーシートを敷いて、甚五郎が腕によりをかけたお弁当を食べる。

 幽世から人間世界に戻ったら、ちょうどランチタイムだった。

 蔵之進がまだ戻って来ないのは心配だったが、彼にとって長い戦いが終わったのだ。サクラは静かに見守りたいなと思っていた。

 なんたってご先祖様なのだ。改めて思うと、嬉しかった。

(蔵さんって、私のおじいちゃんのおじいちゃんのそのまた前のおじいちゃん?)

 遡って考えたりすると楽しくて嬉しかった。


 レジャーシートにはお弁当を囲んで、サクラとシグレと豆助、それに満願寺の和尚となぜか河童が座ってる。河童は和尚の将棋仲間だそうだ。

 皆で、甚五郎の作った美味しいおにぎりを頬張った。塩気が丁度よくきいていてしみじみと美味い。

 おかずのお芋の煮っころがしやら竜田揚げ、菜っ葉のお浸しやら魚の照り焼きを食べると、誰からともなく「美味しい」「美味い」と声が出る。

 一同、皆が皆舌鼓を打つ。


 ――美味しい料理は心をほぐす。満腹になればどんな時だって力が湧いてくるし、元気になる。

 サクラは甚五郎の心の込もった御飯を堪能しながら、甚五郎がいつが言った言葉を思い出していた。


 チラッと横を見ると、シグレの明るい笑顔があった。

 サクラは隣りに座るシグレに、ちょっとくすぐったい気持ちがしてる。


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