第5話 〈蔵之進の懐古〉女の怨念は彼岸の鏡の呪い花に咲く(中編)
その言葉を口にするのは容易い。
遅かれ早かれ、いずれ告げねばならぬのだ。
だが、禍々しい呪いの縁の根源を、サクラが知ったら私を憎むだろうか。
きっと怒りを
怯えるのはなぜだ。
この娘に嫌われてしまうことを、私は何よりも怖れている。
「……蔵之進さん?」
「あ、ああ。もしも告げたらサクラは私を拒絶するやもしれぬ。だが、私は決めたのだ。やっと共に呪いを解ける子孫に出会えたのだから」
はっとサクラが息を飲んだ。
場の空気がぴんと張り詰めたのは、サクラの心に動揺が走ったからに違いない。
(敏感で察しのいい子だ。先ほどの言葉で理解したのだろう)
かすかに震えたサクラを抱きしめてやりたかったが、蔵之進の夢の中に混在した意識だけのサクラは実体がなく霞のように透きとおっているのだ。
蔵之進の伸ばした手が彼女に触れることは出来ない。
「えっ? 蔵之進さんが? 蔵之進さんが私のご先祖様……?」
「そうだ。何代も
サクラに叔父の恋人の話をした。
叔父がした酷い仕打ちのせいで、命を落とした恋人の魂が浮かばれず悪霊化したのだ。
蔵之進はサクラに話していて、改めてふつふつと胸に湧くものがある。叔父が恋人にしたことは男としても人としても到底許せるものではない。
女の悪霊の怨念が野々原家に代々、血を分けた親兄弟の間に憎しみと不仲をもたらしてきた。
桜の木のあやかしに生まれ変わる前の記憶の残る限りの思い出も、サクラには話しておきたいと思った。
蔵之進がサクラに事の顛末を一部始終話すと、サクラは蔵之進が想像した反応ではない感情をぶつけてきた。
「なっ、なによそれ! 蔵之進さんは直接関わっていないのに、逆恨みもいいとこじゃない!」
「サクラ……。しかし、叔父の愚かな振る舞いを止めねばならなかったのは、甥である私だ」
「蔵之進さんは知らなかったのでしょう?」
「そうだ、知らなかった。だが、私は野々原家の次期当主としてきちんと目を光らせておかなければならなかったのだ。知らなかったではすまされんのだ。武家の棟梁なれば尚更、細かいいざこざや不穏の種を逃してはならぬ」
サクラは押し黙った。
重い空気のなか、蔵之進は続ける。
「今、女の呪いの矛先はサクラに向いているのだ。私は一人で怨霊の呪いを絶ち斬ろうとした。でも成すことは出来なかった。どうすれば鏡を壊せるのか、女の怨霊を成仏させられるのか、私はその方法をずっとずっと長い間、探していたんだ」
「私に呪いが?」
「……呪いの鏡は
「そんな人がいるの?」
「一人は私だ。私は鏡から現れるであろう呪いの塊の邪鬼を絶ち斬る。もう一人は、生命力に溢れ呪いを弾き、女の怨霊の憎悪を祓い浄化させることが出来る者を見つけねばならない」
蔵之進が言った話を、サクラはじっくりと刻むように反芻した。
「蔵之進さんが呪いを絶ち斬っても、それだけではその女の人は浮かばれないのね」
「そうだ。ずっと待ち望んでいたんだ。鏡を割ることが出来る者が産まれてくる日を」
「私に鏡を割る力なんてあるの? ただの鏡じゃないんでしょう?」
「ある。サクラ、お主には邪気を吸い尽くす霊力が備わっているからだ」
矛盾を遺した女の怨霊は、呪い祟りながらも、その一方で救いを求めた。
呪いにひとつまみの光を混ぜ込んだなどと、誰が思うだろうか。
それは人を愛した記憶。
憎み、化け物に身を堕とした女が、唯ひとつ失わなかった美しい感情。
少しずつ重なり、野々原家の希望になった。
奇しくも怨霊が与え続ける呪いの苦痛を、怨霊の霊力を受けて取り込んだサクラが壊すのだ。
「ひとこと言っていい?」
「なんだ? 私で良いなら聞くぞ」
「やっぱ、ひとことじゃすまない。何年も呪うだなんて、しつこすぎ。大体浮気して山に捨てるマサチカが悪いのよ! いい加減にして。私の不幸がご先祖由来だったなんて、どうしてくれるの!」
「すっ、すまなかった。私の不徳の致すところゆえ」
「あー、もう。蔵之進さんは悪くないんだから。だからこれから二度と蔵之進さんは謝らなくていいよ。私、やる! 鏡を割って呪いの連鎖を終わらしてやるから。それで絶対に幸せになってやる。そしたらさ……。これからは誰も不幸になんかならないんですむのでしょ?」
蔵之進は目を見張った。
この時蔵之進には、サクラが力強く見えた。さんざん傷ついてきたサクラは、甚五郎の店に居候するまではとても弱々しく映っていたのに。
「そうだ、終わりにしよう。必ずや本懐を遂げよう。……実はあと一人の目星はつけているんだ。憎念を祓い浄化出来る人物を――」
すーっと、そこで蔵之進の夢からサクラの姿が消えた。
おそらく、朝になりサクラが目を覚ましたのだろう。
(……いよいよだ)
蔵之進は腰にさした刀の鞘にぐっと力を込め、決意をあらたに握りしめた。
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