第3話 満願寺の栗山時雨くん

「えーっと、初めまして。オレ、栗山時雨くりやましぐれです。ちなみに漢字は美味しい栗! 栗の山に時間の時と、空から降る雨で、栗山時雨クリヤマシグレって書きます。シグレって気軽に呼んでください」

「――あっ。……私、野々原桜ののはらさくらです。漢字はわりとそのまんま……。えーっと、野山の野に繰り返しのノにマって書く記号で、あとは原っぱの原に、桜は桜の木の桜です。サクラって呼んでください」

「サクラさんか〜。まさに名は体を現すって感じで綺麗で素敵ですね」

「ふぇっ!?」


 私は久しぶりに同世代くらいの男の子と面と向かって話して、緊張していた。

 シグレくんは愛想よく笑ってる。しかも溌溂はつらつとしていてちょっとモテそうな雰囲気。

 私が暗い陰キャラなら彼みたいなタイプは明るい陽キャラだと思う。

 だから余計におくしてしまう。


「こら、シグレ。お主、サクラと出会って早々何を口説いておるんだ」

「豆助。く、口説いてなんかないさ。ただ、思ったまま言っただけだよ」

「あー、そうだな。シグレは馬鹿正直すぎてプレイボーイにはなれないし、そんなに口説き文句の言えるような頭の回る奴じゃあなかった」

「そのまましか言えない、頭の回らない単細胞で悪かったな」

「いいや、おれは褒めてるんだ。真っ直ぐで真っ当で裏表も嫌味もない、善人寄りの人間というのは、おれが知る限りかなり希少だぞ」

「オレが裏表のない善人ってのは嬉しいけど、なぜか褒められた気がしないな」

「おれは褒めてる」


 私はクスクス笑ってしまった。

 二人って仲良しなんだね。


 甚五郎さんや和尚さんは私が住むための部屋を片付けて来るからと、おにぎり定食屋さんである甚五郎さんの家に行ってしまっている。

 玄関にはボディーガードとして、犬神の男の子の豆助くんが目を光らせてくれていた。

 男の子といっても、豆助くんは見かけは私より全然幼いのに「おれはゆうに齢300年を超えてるんだ」って言っていたから、つまりは、私より断然年上の300歳以上ということ。

 妖怪は見かけで年齢は分からないもんだよね。

 人間とは時間の流れや、感覚も違うのかな。

 小学生ぐらいの男子の外見でも、喋り方も内容も大人びている。時代劇の人みたい。


 そうそう、時代劇みたいな人と言えば、蔵之進さん。

 桜のあやかしの蔵之進さんは、あやかしになる前は武士だったというだけあって、物腰も姿かたちもお侍さんって雰囲気で、凛としている。まさに時代劇の役者さんのよう。


 蔵之進さんはずっと決まった場所にいるわけではないらしい。

 何かを探しているのか、町内を歩き回っているそうだ。

 甚五郎さんのお店のすぐそばの桜の木――、神社が管理している敷地に植わっている桜の木が蔵之進さんの依り代であり、棲家だというのは教えてもらった。


「荷造りが出来たらオレが運びますから。あっ、サクラさん。良かったらなんか手伝いますか? オレも豆助も掃除でも何でもしますよ」

「そうだな、何でも手伝うぞ。サクラ、遠慮しないでくれ」

「うん、ありがとう。じゃあ、掃き掃除を頼もうかな。拭き掃除は私がやります」

「オッケー。任せといて」

「合点承知、お安い御用だ」


 ……満願寺の和尚さんのお孫さんのシグレくんは、どこまで知ってるんだろう。

 私のことや、あやかしのこと。

 こうして妖怪と躊躇いや屈託なく話しているのは、彼にとって妖怪が身近にいるのは日常だということ。


「シグレくんは、その……」

「はい?」


 シグレくんと豆助はさっそくと言わんばかりに腕まくりをして、立て掛けてあった箒や掃除道具を手に取っている。

 今まで一人だった。

 私の他に妖怪や幽霊が視える人なんて、周りには居なかった。

 ――目の前のシグレくん、おにぎり定食屋さんの甚五郎さん、満願寺の和尚さん。私と同じ、人ではないあやかしが視える人たち。


 私は、心のなかが聞いてみたいことで溢れていた。

 好奇心が湧いて、ちょっぴり楽しくさえあった。楽しいだなんて、長く無かった感情。

 ここしばらくは、どんな時も絶望しかなかった。

 どこかで私なんか居なくいいって思っていたのに。

 自分で自分自身が疎ましくて恨めしかったのに、今はやっぱり生きることに縋り付いている。


「私のこと、……何か聞いてる?」

「ある程度、じいちゃんから事情は聞いてますよ。オレは家族が視える人間ばかりだし、うちの寺には妖怪が何百年も住み着いてますからね。それが当たり前のなかで育ったんで。世間一般、例えば友達とかにはさ、妖怪って視えないんだよね〜。オレとは逆に視えない方が大多数なんだって知って衝撃でした。理解したときは、ああ、オレの当たり前は……常識は他人とはズレてるんだって。でも、こんなに面白い連中が視えないなんて、存在を感じられないって可哀想だなとか思いますよ」

「……。怖いこともあるよね? あやかしが視えることで嫌な目に合うこともあるでしょ?」


 シグレくんは豪快に笑った。

 その笑顔は眩しくて、輝いてて。


「そりゃあ、ありますよ。でも――」

「でも?」

「オレ、妖怪が好きです。こいつらが好きです」


 私を射抜くように真っ直ぐに、純粋無垢な澄んだ瞳で微笑むシグレくんは、まるであたたかい太陽みたいだ。

 なんにも考えなかった。

 シグレくんの笑顔につられてた。

 体の奥底から、ほんわかじんわりとした感覚。

 私は久しぶりに心の底から笑ってたんだ。

 偽りでも愛想笑いでもない、本当の笑顔が浮かんでると想う。笑いって感情がまだあったんだね。

 泣きそうだった。

 笑ってるのに、泣けてくる。

 こんな私にもまだ笑うことが出来たんだね。

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