第2話 新しい生活に向けて

 私の事情を知った桜のあやかしの蔵之進さんが、おにぎり定食屋さんを営む甚五郎さんの元に連れて来てくれた――、そういう事になる。


 家族とはとうに縁が切れていて、友達も頼る人もいない私には、どこにも安心できる居場所がなくて。


 だけど、桜の花吹雪を辿り、おにぎり定食屋さんにいざわれたその日のうちに、驚くことに私は引っ越すことになった。

 あれよあれよと言う間にそういう流れになったのです。




 私が住んでたアパートにはよくない魂が吸い寄せられるように集まってくる。

 恨みや未練があって浮かばれない悪霊や自分が死んだことに気づかなくて成仏できない浮遊霊、事情を抱えた地縛霊、それに邪気がかたまり集合体になって凶暴化していた。


 その部屋を浄化してくれる人が来てくれるって聞いて、私は驚いた。

 自分はあやかしや幽霊が視えるけれど、退治なんてすごいことは出来ない。

 その退治が出来る人物というのが、蔵之進さんと甚五郎さんの知り合いの満願寺の和尚さんだ。

 私から家に帰ることを躊躇う理由を、事の詳細を聞いた甚五郎さんが連絡をするなり、和尚さんが幽霊退治をしにすぐにアパートに駆けつけてくれた。


 私の部屋には集まりすぎた悪霊化した邪霊が、一つの巨大な塊となって部屋を徘徊し、這う虫のような動きでうようよと蠢いていた。

 き、気持ち悪いっ!

 虫酸が走る。

 寒気がしてゾゾッと鳥肌が立つのを私は感じる。


 長身でがっしりした体つきの和尚さんが、迫力満点の顔つきでお経を唱え、数枚の御札と数珠をかざす。御札からそれぞれ太鼓に似た爆音が一度ずつ鳴った。

 すると、みるみるアパートの身の毛もよだつ恐ろしい空気が浄化されていく。

 何体もいた幽霊たちが光って穏やかな顔つきになり、消えていく。


「やれやれ、成仏したぞ。このアパートは前々から怪奇現象の絶えない土地に建てられたからのう。昔、ここら一帯を治めておった城主が、娶った若い側室を何人も幽閉してかこっていた屋敷があったそうな。娘たちを気に入らなくなると城主自ら刀の試し斬りと称して殺していったという。それ故、ここには怨嗟によって恨みのエネルギーが溜まりやすい場所だからな。しっかし、ワシの力を持ってしてもこりゃあ祓っても祓っても集合してくるわい。まるで砂糖に群がる蟻のようじゃの。湧いてくるように邪気も噴き出しておる。ラップ現象当たり前、怪異のオンパレードじゃ。面倒極まりない」

「……そんな経緯いきさつがあったんですね」

「前々から大々的に浄霊したくてな、アパートの経営者には言っとったんだが、なにせ、視えん奴は胡散臭いだのインチキだの言ってくるから厄介厄介。説得するのも一苦労。挙句の果てに祓い料は要らんというのに金が欲しいだけだろうとか。まったく腹の立つ……」

「仕方ないさ。視えんもんには甚だ信じ難いんだろう。不幸は続き、悪寒や体の不調が出ても、それが悪霊や禍々しい存在の為すことだとは分からないのだろうしなあ」


 満願寺の和尚さんは甚五郎さんの幼馴染なんだそうです。

 和尚さんが重低音を轟かさせたハーレーを乗りこなしてアパートに現れた時には、私、びっくり仰天しちゃった。

 ファンキーなおじいちゃん和尚さんだよ。

 甚五郎さんはそんなに口数は多くない寡黙な雰囲気で、満願寺の和尚さんは豪快で陽気な雰囲気。性格は真逆な感じ。

 二人とも言えるのは、私の家族や悪霊みたいに嫌な感じの『空気』はしない。

 どこか親しみとあたたかさを感じ取れる。

 私は人の悪意とか、良くない感情をかすかに見れてしまう。人間が持ち合わせているオーラといえば良いかな?

 その人に触れなくても、私に対してどんな感情でいるのかが分かるのが辛いの。


「お嬢ちゃん、サクラさんと言ったね」

「はい」

「今日から甚五郎のうちに住まわせてもらうと良い。こんな部屋にいたら、気が狂うのは必至じゃ。うちでも良いんじゃが、一緒に寺に住んどる孫が生憎男ばっかりでのう。年頃の娘さんを同居させるのはどうかと思うんじゃ。良いよな、甚五郎?」

「もちろんうちは構わんよ。いるのはワシと妖怪だけ」

「えっ!」

「なあに、サクラさん。甚五郎の家にいるのは人畜無害な愛らしい妖怪ばっかりだから安心しなさい」


 そうだ。そうだよね。

 人間のほうが悪くておっかない事があるのを、私は知ってる。

 小さい頃、いじめっ子にいじめられたり悪戯された時に私を慰めてくれたのは、人間じゃなくてあやかしのお友達だったもの。


「あとの面倒なこと、手続きやなんやかんやはワシと甚五郎でやっとくから心配せんでええからな」


 顔の広い満願寺の和尚さんと甚五郎さんの計らいで、私は甚五郎さんの家に居候出来ることになった。

 いったんは浄霊されて鎮まり静かにアパートの一室。

 嘘みたいに、晴れやかで穏やかな気分。

 夕暮れのオレンジの太陽の光が部屋に差し込んでる。

 私は、そんなにない家財道具と、布団とかを畳んで衣装ケースの洋服をボストンバッグに詰め込んでいた。

 フライパンや薬缶はどうしよう?

 甚五郎さんの家は定食屋さんだものね。持って行っても邪魔かもしれないな。

 私がそんな事を考えながら、荷物づくりをしていたら、甚五郎さんとも和尚さんとも違う男の子の声が玄関の方から聴こえた。


「お〜い、じいちゃあん! 蔵さんに呼ばれて来たけど。誰かの引っ越しの手伝いだって? 上がるよ、お邪魔しま〜す」

「――あっ」

「こんばんは。えーっと初めまして」


 私の前に突然現れたのは、長身で髪の毛がツンツンしてる元気いっぱいな男の子だった。



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