第344話 ポイント
「えー…皆さんのもとに行き渡りましたでしょうかね? 来てないよーって方が居たら挙手してくださいねー」
朝8:30
特対の大会議室には50名以上の職員候補生が集まり、班ごとにまとまって着席し壇上の女性職員の話に耳を傾けていた。
実力判定テストのルール説明を、一言一句聞き漏らさないように…。
「はーい。ではお配りした2つの装置についての説明をします。まずはこっち、スマートウォッチみたいな形のデバイスについてです」
女性職員が時計のような機械を持った手を上に掲げてみせる。
俺は問題ないが、後ろの方に着席している者の中には遠くてよく見えないということもあるだろう。
なので天井からぶら下がっている複数のモニターにも予め機械の画像が表示されていた。
四角い画面がリストバンドに装着された、正にスマートウォッチのような形状の機械。
手元の画面はまだ何も表示されておらず真っ暗だが、天井モニター内のスマートウォッチの画面には最初からいくつか数値が表示されている。
あれが試験に関係しているのは聞くまでもないだろう。
「この右横に物理ボタンが一つあります。これを一度押してみてください」
既に腕に装着している者、まだ机上に置いている者問わず、女性職員の指示で皆が一斉にボタンを押す。
俺はまだ装着せず、左手で機械を持ち右手の親指でボタンを押してみる。
するとモニター内と同じように自分の機械にも数値が表示された。
上から
02:00:00
00:10:00
30
0pt
と表示されている。
”時間“と“ポイント”と思しき4つの数値。
上の2時間? と10分の間が少し開いて、30と0の間も少し空いているな。
そして一番下の0ptが最も大きく表示されていた。
30に関しては今のところなんの数値かは不明だ。
「はい、画面に数値が表示されましたねー? されてないよって方がいたら挙手してください」
女性職員の呼びかけに反応する者はゼロ。
全員問題なく稼働しているようだ。
「…そしたらまずは一番上からですが、これはテストの制限時間である”2時間“を表しています。開始とともにどんどん減っていきます」
これは分かりやすい。
参加者の大半が予想していた回答だろう。
「で、その下の“10分”と“30回”ですが、これは『能力の使用限度』を表しています」
そうきたか。
これは分からんかった。
「今日のテストでは本人の泉気切れ以外でも能力に使用制限を設けさせていただきました。トータルで10分、あるいは30回の能力を行使した時点で、その人の能力は封じさせてもらいます」
女性職員が親指と小指以外の3本の指を立ててこちらに強くアピールしてくる。
直後に『この腕につけたデバイスが皆さんの能力を封じてくれるんです』と、少し自慢げに語った。
犯罪者を拘束する道具の応用だろう。
「常に使い続けることで真価を発揮する能力や、手数で勝負する能力など様々だと思いますが、平等を期すために一律でこの回数、この時間としました。ですので皆さん、考えて能力を使ってくださいねー」
これだと威力のでかい単発の能力が有利だな。
あくまで公平ではなく平等な制限ってわけだ。
でも犯罪者と公平な条件下での任務はないからな。これくらいで文句は言えない。
他の参加者もそれが分かっているからか、『まじかー』と苦い表情をする者は居ても、ルールに異を唱える者は出なかった。
「そして画面の一番下にあるポイントですが、まあこれはそのまま”チームの総得点“を表示しています。ただこのポイントを深掘りするにあたって、『もう一つのデバイス』の説明をさせていただく必要があります」
そういうと女性職員が金属製の機械を皆に分かりやすく掲げた。配られたもう一つの機械。
長さはおよそ15センチ、幅5センチ、少し湾曲した謎の機械。
スマートウォッチと違って例えるのに相応しい物体が中々思いつかない。
しいて言うなら………ギザギザの無いカチューシャ…か?
「これは首に当てて数秒後に…こんな感じに装着されます」
そうこうしている内に女性職員がカチューシャ(仮称)の曲線を喉にあてがうと、その両端が延長しチョーカーのようになった。
なるほど、ああやって使うのか。
そして『テスト開始後は外れないようになります』としつつ、説明のため取り外した。
「さて…このデバイスは、言わばテスト中の皆さんの“弱点”になります」
にこやかにそう語る女性職員。
壊されたら負けとかそんな感じなのかな? 急所に見立ててとかなんとか…
「テスト中、皆さんの腕に着けているデバイスの画面部分と、装着した時に喉の部分に来るここを近付けて、5秒経つと…」
壇上では腕時計とチョーカーを真上に掲げ、その2つの機械をくっつける。
吊り下げモニターにも、ほぼゼロ距離で置かれた機械の画像が表示された。
そして説明にあるように5秒経ち…
ピーーーー
電子音が鳴った。
生音自体はおそらくそれほど大音量ではなかったと思うが、女性職員のヘッドセットのマイクが音を拾い会議室全体に聞こえた。
「はい、これで装着者は首輪の機能により待機場所に強制的に転移され、以降テスト終了までリタイヤとなります」
本番であれば死亡と、そういう事を表しているのだろうな。
しかし5秒か…。完全に無力化、ないしは周りの助けがない中で拘束でもしないと得られない時間だ。
ステルス能力も有効かもだが、いくら姿が見えないとはいえ首元にほぼゼロ距離で腕時計型デバイスをかざし続けるのは不可能だな。
「デバイスの役割についてはこんなところでしょうかね。それではここから、試験の合否に関わる"ポイント"について説明していきます」
多くの職員候補生が視線を落とした。先ほど説明を受けたスマートウォッチ型のデバイスに。
物理ボタンを押すことで表示される数値の中で一番大きい、ポイント値。
自分の将来に関わるかもしれない、大事な要素に皆が注目した。
「まず、首に付けるデバイスに腕時計デバイスを5秒近づけたことで得られるポイント…これが"3点"です」
再び女性職員が指で"3"をつくる。
いわゆる撃破ポイントが3点…これが基準だな。
「次に、皆さんにはこのあとチームごとにテスト会場となる島に移動してもらいますが、その際に転送される場所が"チーム陣地"となります。そしてそこにはこんな装置が置かれています」
ここに実物は無いのか、女性職員は横にあるモニターを指さす。当然吊り下げモニターにも同じ画像が表示されることになる。
映し出されていたのは、地面から垂直に伸びた一本のスタンド…の上にタブレットのようなものが取り付けられた装置。飲食店の簡易な受付システムのようだ。
「このモニターに腕時計型デバイスを5秒近づけると、拠点制圧ポイントとして"8点"が入ります」
撃破ポイント3人分に満たない量か…。
「このポイントは、1つの陣地につき1チームしか受け取ることが出来ません。つまり、最初にAチームがBチームの拠点制圧ポイントを獲得してその場を離れるとします。そのあとにCチームがBチームの拠点に訪れて端末に腕時計型デバイスをかざすと、Aチームによる制圧は上書きされて、新たにCチームに8点が入ります」
なるほど。
拠点を制圧すると撃破ポイントよりも多く入って来るが、それは永続ではないと。
制圧した敵拠点には守りを配置したいところだが、1チーム5人である以上攻撃を行う本隊の戦力ダウンは避けられない。
しかも下手に一人二人配置などしてそこに別のチームがフルメンバーで襲ってきたら、撃破ポイントと拠点制圧ポイントの両方を与えてしまう事になりかねないか…。
「そして、その他に良い動きをした際に”技術点“が1〜3点入ります。これは基準や条件はありませんので、その都度ポイント表示を参照してください」
敵を倒す以外にもポイント獲得の機会が用意されているのはいい。
ウチの班員で言うと、瀑布川は能力そのものは攻撃にも防衛にも使えないからな。
『そんな使い方があったのか』と審査員に思わせることができれば、彼女らは入職に近付くだろう。
「以上の3つがポイントの獲得方法です。ここまでで何か不明点はありますか?」
「はい」
「どうぞ」
職員の問いかけに反応する男が。
前の方に座っている班のひとりだ。
「何ポイント取れば合格なんでしょうか?」
ほとんどの人が気になっているであろう疑問を口にする男。
ポイントというからには、そりゃあると思うのが筋だよな。“合格点”が。
この後その説明があるかもしれないが、先を促すのは悪いことではない。
「合格点は…ありません」
しかし女性職員が口にしたのは、明確な基準がないことの宣言であった。
「ないんですか? 30ポイント以上みたいなのが」
「はい。あくまでポイントは参考で、最終的な合否は総合判断により決まります」
「では、0点でも受かる人は受かるということですか?」
「そうなります。逆に総合ポイント1位のチームでも、落ちる人はいるかも知れません」
総合判断…
便利な言葉だ。
「そのあたりに関しては私から補足説明をさせてもらいます」
別の男性職員が、これまで説明をしてくれた職員に代わって壇上に出てくる。
少し場がざわつきだしたのを見かねての対応か。
これまで話していた女性職員が20代で、男性職員が30代後半から40代前半に見える。彼女の上司かもしれないな。
「えー、合格点がないというのは、安定した職員確保の観点からそうなっております。というのも、特対は4月の採用人数が多すぎてもダメですが、勿論少なすぎてもダメなんです。それはどこの組織の人事計画もそうですよね?」
質問をした男を見ながら話す職員。
問いかけに、質問をした男は黙って頷く。ここまではいい。
「そして今回のルールだと、極端な話ひとつのチームが8点×9拠点、3点×45人を取ってしまうこともあり得るわけです。そうなるとこちらとしては、『いい動きしてたのに』とか『あの人ならウチで活躍してくれそうだったのに』と、基準を満たした人をみすみす逃してしまうことになりかねない。そうならない為に”総合判断“にさせていただきました。ご納得していただけましたか?」
「…分かりました。ありがとうございます」
人事の込み入った話をしてくれる男性職員。
確かに明確に合格点で区切ってしまうと今後の動きが取りづらいというのはある。
しかし”総合判断“は採る側の意思を反映させやすい…させ過ぎるという面もあるな。
例えばこの候補生の中に『どうしても合格させたい人』がいるか。
あるいは逆…『どうしても合格させたくない人』がいる時に、便利な判定として使えてしまう。
まあその点俺は別に入職したい訳じゃないから気が楽だな。ボーダーのことであれこれ悩む必要もないし。
火実たちは余裕を持って合格させるつもりだし。
他が納得しているならそれでオーケーだ。
「質問は以上かな? そしたら次の説明を…」
再び女性職員にバトンタッチし、テストの説明が再開された。
危険な行為や、故意に相手を殺すような攻撃は即失格とか。
持ち込める道具は支給された基本セット+能力に応じた武器等だとか。(担当職員の手引で過度に機能が盛られた魔導具が使われないようにという配慮)
そんな注意事項を何点か説明。
そしてこのあと30分のブリーフィング&トライアルの時間の後、各班島のどの拠点にワープするかの希望出し。
そしていよいよ本番が始まる。
「いいですか。私達特対職員は、ただ強い能力で犯罪者を殺せばいいという訳ではありません。国民の皆さんの安全確保や、生きて情報を持ち帰る事も立派な務めです。どうかその事も頭の片隅に置いて、テストに臨んでください。それでは一旦解散します」
女性職員の締めで、各班の担当職員がそれぞれの班員がいる場所まで来て続々と移動を始める。
俺達も駒込さんの誘導で、この会議室を後にするのだった。
__________
「なぁ、駒込班の…見たか?」
「あぁ、見た」
説明が終わり誰も居なくなった会議室で二人の男性職員が話をしている。
机の位置を戻したり、アルコールを染み込ませた布巾で拭き取りをしながら、先ほどの光景を頭に浮かべ感想を述べた。
「昨日…は見てないけど、一昨日の火実ってやつはもっと何というか…」
「しょーもないヤツやったろ」
「そう、それ。あんま大きな声じゃ言えないけど」
「…せやけど、さっきんは面構えが全然ちゃうかったな」
「ああ…」
テストのルールを確認する必要のない彼らは、時間中ほとんど駒込班を注視していた。
特に以前から悪目立ちしていた火実や才洲の大きな変化には驚きが隠せないでいる。
「才洲も、常にビクついて人ん顔色伺っているようなヤツやったのに、どうなってんねん」
「分からん…」
二人だけじゃない。
瀑布川も、皆川も、とても入職前の人間の目ではなかった。
百歩譲って皆川はまだしも、瀑布川は最近までただの学生だ。
しかし説明を聞く彼女は、とても学生気分の残る若者ではなかった。
「楽しみだな…」
「ああ。早うこの部屋なおして見に行こうや」
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