【卓也VS廿六木VS後鳥羽 下】
第343話 ひとつの文句
「止まれ」
「…あらあら」
勤務を終え、アジトの一つに帰ろうとする廿六木 梓の目の前にひとりの男が立ち塞がる。
その人物は黒の革ジャンにジーンズという装いから、仕事帰りではないことがうかがえた。
仮にナンパだとしたら、相手に対して『止まれ』という第一声では大きくマイナスとなってしまう…。それは余りにお粗末だ。
そんなどうでもいいことを考えながら男の顔をよく見た廿六木は、知り合いではないものの該当する情報に思い当たった。
「…誰かと思えば、後鳥羽さんのお仲間じゃありませんか。こんな遅くにデートのお誘いですか?」
敵対している勢力の人間が現れたというのに、むしろ笑顔で冗談を飛ばす廿六木。
強敵の前にも一向に怯んだ様子は見られない。
「…そんなワケがないだろう。ふざけやがって」
「あら残念」
軽口に対し忌々しそうな表情を見せる男と、一向に笑顔を崩さない廿六木。
都道302号沿いの歩道で険悪なムードを漂わせて二人が向き合っていた。
近くには飲食チェーンもあればオフィスビルもあり、当然彼らは道行く人々の注目を集めて…いなかった。
「人避け…と泉気も封じてありますかね」
「今更気付いても遅い」
昼夜問わず、季節問わずそれなりに人通りの多い場所にも関わらず、辺りは閑散としていた。
何故なら、既に後鳥羽の部下の男が結界を発動していたからである。
新しく近付いてくる者は引き返し、既に結界内にいる者は起きる全てのことに目を向けない…。
さらに結界中に抑制剤が噴霧され、泉気は消えている。
能力者泣かせのコンボであった。
勿論、廿六木がそんな強力な結界の発動に気付かぬワケもなく…
「お前が侑李を殺したんだってな…」
「ユーリ…? ああ、後鳥羽さんの弟さんですね。誤解ですよ。あれは彼に間接的に殺されたヤクザの――――」
「お前が裏で手引したことは分かってんだよッ!!」
男の怒声が響き渡る。
本来であれば車や街の雑踏の音によりそこまで通らないような声も、今はハッキリと聞き取ることができた。
彼女と同年代の女性であればこの一吠えだけでもすくみ上がってしまうであろうが、廿六木は尚も微笑みを崩さない。余裕の態度だ。
その園児を見守る保護者の如き眼差しは、男を余計に苛つかせた。
「アイツはなぁ、兄貴思いのいいヤツだったんだ…。人懐っこくて、俺のことも慕ってくれてなぁ…。それをお前なんかが…!」
「いいヤツ…ですか? それは解釈の相違ですねぇ…」
「なに…?」
「私なんか、彼をいいヤツだなんてお世辞にも言えませんからね」
亡くなった後鳥羽璃桜の弟、侑李の評価をめぐり真っ向対立する両者。
片や善人、片や悪人と、それぞれが両端の性質を口にした。
「ご存知でしょうけど、彼はある人物の依頼で自身の能力を不特定多数の方に行使していました。これだけでも”一般人への不当な攻撃“にあたりますし、ペナルティによる『人間の赤い結晶化』被害は特対が無視出来ない段階にまで来ていました。彼はれっきとした犯罪者です」
「能力を受け入れたのは本人の意思だろうが」
「だから弟さんは悪くないと?」
「そうだ」
侑李が先日まで善斑と行っていた活動を並べても、男は侑李を善人であると主張する。
それを受けた廿六木は若干眉をひそめ呆れたように話し始めた。
「弟さんは精神的に追い詰められた人を中心に、ペナルティを『知らない』と隠してカードを引かせていました。それのどこが善人なんでしょう? 立派な詐欺師でしょうに…」
「黙れッ!! お前も人のことは言えないだろう!」
「ええ。もちろん私は自分の事を私欲で人を弄ぶクズだと思っております。でも、詐欺師を善人だと思い込んでいる貴方には呆れを通り越して憐れみさえ覚えます」
後鳥羽侑李と廿六木梓。
それぞれが暗躍し法を犯している者同士。人によって評価に差はあれど、善人では決してない。
しかし廿六木からすると、目の前に居る100%身内贔屓の盲目男には段々と苛立ちを覚えてきた。
そして彼のウォークポイントである侑李を責め立てると、やがて…
「……もういい」
「もういい? もういいとは何を―――」
「死ね」
男が会話を切り右手を上げる。
すると次の瞬間
「…っ!」
廿六木の体が宙を浮いた。
厳密には頭がガクンと後ろに大きく傾き、それにつられるように体がエビ反りとなり一瞬足が地面から離れる。
そしてパタッと背中から地面へ倒れた。
「は…はは……ざまあ見ろ! クソ女っ…!!」
額に風穴があき、そこから赤い命を垂れ流し沈黙する廿六木を見て笑い出す男。
彼の遥か後方にあるビルの屋上で待機させていたスナイパーによる狙撃。
その銃弾が少女の頭部を正確に貫いた。
「ははは…っと、そうだ。後鳥羽さんに報告と謝罪をしないと…」
男は任務達成の喜びもそこそこに、懐からスマホを取り出し主へと報告をしようとした。
『勝手に動いてスミマセン』『でも仇敵は始末しました』
この2つの報せを届けようと画面に触れる。
しかし…
「『廿六木の残機を"1"減らした』とでも報告するおつもりですか?」
「っ!?」
スマホの画面をタップしながら硬直する男。
無理はない。つい今しがた生命活動を止めたはずの女の体から声がしたのだ。
ホラー映画さながら、目を見開いて横たわる遺体の次の動きに注目した。
「…まったく、せっかくの服が汚れてしまったではありませんか。こんなものでか弱い女の子の頭を撃ち抜くなんて…」
廿六木は形の変わったNATO弾を人差し指と親指でつまむと、少し上に掲げまじまじと見る。
弾は頭部を貫いたが、廿六木の能力により動きを止めすぐ近くに落下した。
この抑制剤舞う結界内において…
「馬鹿な…能力は使えないハズじゃ…!」
「ふふ…。敵勢力と事を構えている最中ですからね、私もそこまで無防備ではありませんよ?」
「…っ」
額から流れた血が鼻の部分で二股に分かれ、顎からポタポタと地面に落ちている。
不気味なのは、そんな人間が無事な状態ではない流血の奥に不敵な笑みが貼り付いていることであった。
些事…いや、何もなかったかのように先ほどと同じトーンで語る廿六木に、男は怯んでいた。
「さて、まずは引き籠もりのスナイパーさんからですね…」
掲げた弾を目の前に持ってくると、能力を発動させる。
すると彼女が溜めている生命エネルギーが弾へと注がれ、指から離れると…
「くっ…」
前にいる男の近くを素通りし、遥か後方へと飛んでいった。
一瞬攻撃を外したかと思ったが、すぐにそんな甘い攻撃なワケがないことを悟り、視線を廿六木に移しつつ通信機でスナイパーへと呼びかける。
「おい! 返事をしろ! どうした!?」
『…』
イヤホンからの応答はない。
仲間のスナイパーは既に遠くのビルの屋上で絶命していた。
自らが撃った弾に額を貫かれて…
廿六木は弾に生命力を与え一時的に“疑似生物”とした。
といっても考える頭がない金属の塊は廿六木からの最初の命令しか実行できない。
『持ち主の元へ全力で戻れ』という命令しか。
「…さて、消費した生命力はアナタで補うとしましょうかね」
「やめ―――」
男が叫ぶ間もなく、廿六木の能力は容赦なく命を奪った。
そして先ほど減った残機の足しとなり、男の行動は何の意味もないことが決定する。
「…このまま結界が解けては、事件ですね」
事後処理をどうするか悩んだ廿六木は、目の前で死んだ男の懐からスマホを取り出すと、指紋センサーを亡骸の指で突破し"ある人物"へと電話を掛けた。
『…なんだ? 俺は今―――』
「こんばんわ、後鳥羽さん」
『……』
「このスマホのGPSのところに持ち主の遺体と、近くのどこかのビルにスナイパーの遺体が転がっています。回収してください」
後鳥羽の反応など気にせず用件だけ告げる廿六木。
『…ウチのバカが悪かったな』
状況を察した後鳥羽は言葉だけの謝罪を発する。
このタイミングで廿六木が自分の部下を襲うわけがない。つまりは返り討ち。
仕掛けたのが自分の命令を無視した部下であることは明白であり、すぐに回収に向かうことにする。
「お気になさらず…と言いたいところですが、一つだけ言わせてください」
『…なんだ?』
「今は塚田さんに集中してもらえますか?」
廿六木から飛び出したのは、まさかの説教まがいの進言。
「そして仮にも私が唾を付けたヒトですよ? いつまでもちょっかいなどかけていないで、狩りを始めてください」
『どうやらそうらしいな…』
廿六木は、卓也が戦力を分散して勝てる相手ではないことを念押す。
先日自分に宣言したように、まずは卓也。そしてその次に自分の所に来るよう再度告げたのだ。
後鳥羽はそのつもりでも、命令違反をする部下が居るのならもっと取り締まれと忠告をした。
ちょうど特対に卓也を仕留めに行った部下からの連絡が途絶えたことからも、ここは廿六木の言葉を素直に受け止める後鳥羽。
もちろん怒りは保ったまま。
「貴方と塚田さん。勝った方が確実に能力者として次のステージに行くと私は踏んでいます。そしてそのどちらかと私でまた戦い、残ったのが私か貴方なら最後に【
『…ああ、そうかもな。肝に銘じておくよ』
「お願いしますね?」
そういって通話を終了させる廿六木。
彼女のシナリオに多くの人間が巻き込まれているが、後鳥羽はその筋書きの多くに賛同はしている。
彼らには共通の目的が存在していたからだ。
しかしその目的は…
【卓也VS廿六木VS後鳥羽 下】
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