第342話 決戦の火蓋
『南峯いのりが命じる―――キサマたちは…』
「いいから早くやってくださいよ、女神サマ」
『えー、魅雷ちゃんノリわるいー』
卓也の家の庭で魅雷といのり…ではなく、いのりと融合したアフロディーテが会話をしていた。女神の必要のない決め台詞に対し魅雷が呆れてツッコんでいるという感じで。
余計なことをせずに、とその先の工程を促した。
『しょうがないわね…っと』
女神と完全融合したいのりの輝く金色の髪が薄暗い冬の夜に映え、その体からは眩いオーラが立ち上っている。
そしてその眼下には、先ほど冬樹が行動不能にした不法侵入者が五人横たわっていた。
彼らに対し行うのは洗脳。テレパシーで本人の意志よりも強い命令を書き込み、意のままに操るというもの。
この絶対遵守の力は完全融合でないと使えない、まさに神業である。
『さて、質問ね。アナタ、どうしてこの家に侵入してきたの?』
「………塚田卓也の情報が手に入ればと、探りに来た」
五人の内のひとりが女神の問いかけに素直に応じた。
目を閉じ、感情のない声で、それでも従順に質問内容に返答する。
脳に刻まれた情報を声帯を使って吐き出させる作業だ。
『それは誰の指示でかしら?』
「……誰の指示でもない。後鳥羽さんの為にと、自主的に集まった」
「なるほどね。見上げた忠義だわ」
この襲撃は主の為を思った部下による行動である、と吐露する男。
そしてやはり、彼らのバックには後鳥羽がいた。
しかし意外な情報も垣間見える。
情報をほとんど持ち合わせていない卓也から聞いていた印象では、後鳥羽という人間は尊大でプライドが高く自信家な人物だという感じであった。(殆どが廿六木からの吹聴)
だがこうして主の為に進んで危ない橋を渡ろうとする人間が何人もいるという事実が、後鳥羽が単に暴力や利害の繋がりではない、高い魅力、或いはカリスマ性を持つ者だという予感を魅雷たちにさせていた。
「じゃーここにいるみんな同じ理由で来たワケ?」
冬樹がなんの気なしに質問を投げかける。
NOという返答など期待しておらず、ただ何となくの念押し…反射ともいえる確認だった。が、思わぬ回答を得ることに。
「…違う」
『あらぁ?』
「まじか」
「意外な答えね」
先ほどまで対応していた男とは別の男が、後鳥羽の為に来たのか? という質問にNOと答えた。
この段階では真意は分からない。嫌嫌連れてこられたとか、自分に何らかの利があったとか、最優先が後鳥羽でなかったが故の回答の可能性がある。
なので女神がさらなる問いかけを行った。
『じゃあアナタはどうしてここに来たのかしら?』
「…廿六木さんの為になるかと思って志願した」
「スパイじゃん」
ここで、三すくみの最後の勢力の名前が初めて出てくる。
冬樹の声色に若干嬉しさのようなものが混じっていた。
『アナタは廿六木ちゃんの命令で後鳥羽ちゃんのとこに潜り込んだのね?』
「…そうだ」
『他にスパイは何人くらいいるのかしら?』
「三人…と聞いているが、相手の詳細は自分にも分からない。人数も違うかも知れない」
「徹底してるわねぇ。よくやるわ」
腰に手を当て感心する魅雷。
neighborのような組織とも、もちろん学校や一般企業とも違う組織の在り方に興味津々だ。
冬樹もこれまで経験したことのない組織の人間関係に非常に惹かれており、また女神の絶対遵守のチカラでその組織同士の争いを俯瞰で見ているかのような全能感が、彼を一層興奮させた。
『じゃあアナタたちの知っているアジトの住所と能力をこれに書いてもらえるかしら? あと―――』
このあとアフロディーテによって情報の吸い出しが行われた。
といっても末端の彼らが把握している内容はそれほど多くない。
しかし情報戦で大きく遅れを取っていた卓也陣営にとっては後鳥羽と、さらに廿六木の情報が僅かでも手に入ったことは僥倖であったと言える。
2つの敵対陣営のアジトの一部…その情報とメンバーや諸々の情報を聞けるだけ聞いたアフロディーテたちは満足してお互い顔を見合わせた。
『……さて。アナタたちはこれから帰って、塚田家には何も無かったし、誰も居なかったと報告すること。いい?』
「了解…」
『それと、私たちがアジトに行ったら黙って受け入れること』
「了解…」
アフロディーテは五人の脳内に、卓也の協力をしてくれそうな人物の見た目の特徴などの情報を直接送り込んだ。
状況にもよるが、これでアジト襲撃の際にいくらか楽になるだろうと目論んでいる。
「アジトで大暴れしてこい、じゃダメなの?」
『それも考えたけどぉ、まずはボスの意向を聞いてからね』
「そっか」
冬樹の提案はこの五人を操り、スーサイド・スクワッド(特攻部隊)にしようというものだった。
アフロディーテもその案は一定の成果を上げるであろうことは承知している。
しかしまだその時ではないと判断した。
卓也は後鳥羽陣営の全滅を望んでいるわけではない。
なんなら後鳥羽が今すぐに手を引くというのなら、両手を上げて大賛成するくらいである。
だが中々そう上手くはいかないため、いのりたちに命じたように“防衛”主体の姿勢でいた。
それを汲んだアフロディーテも警戒はしつつ関係がこれ以上悪化しないように、刺激しないようにこの場を収める気だ。
もちろん冬樹もそれが理解できているため、食い下がらずに提案を引っ込めたのであった。
「でもやっぱ勿体ないよなー」
「なにがよ?」
「だって敵のアジトに味方? を無条件で送り込めるのに、攻めていった時に迎え入れろってさ…実質何もしないのと一緒じゃん。こっちは敷地内まで入られてるのにさー」
冬樹が折角のチャンスを惜しむように、少し未練がましくこぼす。
五人も同時に不意打ちさせることができれば後鳥羽の寝首をかくことができると思っているのだ。
しかし反対意見の魅雷はそれを否定する。
「馬鹿ね。コイツらみたいな末端構成員じゃ、少なくとも後鳥羽って人と同じとこで寝泊まりしているとは思えないわよ」
『そうねぇ…。後鳥羽ちゃんとは普段から会ったりはしてないわよね?』
「…そうだ。我々には支部長を通じて指令が下りる。後鳥羽さんと会うことはほとんどない」
『だって』
まだ待機している刺客に事情を話させるアフロディーテ。
言葉にはさせていないが、この襲撃も成果を上げてもっと近くに取り入ろうという腹だったのは間違いないと思っている。
『とりあえず解散ね』
「はい…」
五人の刺客を返し、女神との融合を解除したいのりと七里姉弟は家へと入る。
そして再びコタツへと潜り込むと先程のようにリラックスを始めた。
「平和ねー」
「ねー。冬樹、夕飯どうする?」
「ステーキ定食ー」
「焼き方は?」
「強火でじっくり」
「炭になるわ」
七里姉弟がくだらないことをし、いのりがテレビをぼーっと眺める。
塚田家の防衛は堅かった。
___________________
実力判定テストの前日
とあるアジトの中に複数の能力者が集まっていた。
「連絡が取れねえ?」
「はい。内通者の特対職員共々、昨日から定期連絡が来ません」
「そうか…」
卓也を襲撃した後鳥羽の部下と音信不通になったことが、別の部下の口から語られる。
それを受けた後鳥羽は、なんとも言えない表情で受け止めた。
「失敗したってことですよね…?」
「そうとしか考えられねえだろ。裏切って特対や塚田につくくらいなら、堂々と行きゃいい」
「ですよね…」
あくまで自らの意思で仲間となっていた彼がわざわざ跡を濁すような離れ方はしないと、裏切りを示唆する部下に『それはない』と話す。
「ま、死んではいねえと思うが、自力で脱出は無理だろうな。それと塚田にちょっかいは通じねえようだな」
痛みを共有する能力に、催眠能力。
搦め手をことごとく弾かれた後鳥羽は、とうとう重い腰をあげることにした。
もう力でねじ伏せようと決めるのであった。
後鳥羽は近くに整列する五人の能力者に向けて声をかける。
「ノア」
「はい」
「ヴォクシー」
「はい!」
「エスクァイア」
「ここに…」
「ヴェルファイア」
……………
四人目の返事がない。
するとエスクァイアと呼ばれた隣の男性が女性のことを肘で小突いた。
「あ、アタシか。はーい」
「あのなぁ…」
「仕方ないじゃない。アタシ車とかさっぱりだし」
「…」
複雑な表情の後鳥羽。
本名を言わないようにと、一応彼なりに急きょ考えたコードネームだったが、女ウケは悪かった。
「…アルファード」
「おす!」
「最後の定期連絡時にヤツがもたらした情報によると、塚田は明日特対の無人島施設に行くらしい。そこを俺達で叩く」
搦め手が通じないと分かった後鳥羽は、直々に卓也の元へ行くことを宣言する。
「お前たちには俺が塚田を始末するサポートをしてもらいたい。塚田は9時に島へと行くが俺は別件で1時間ほど遅れる。それまでにお前たちには―――」
後鳥羽の口から作戦の詳細が伝えられる。
それを五人は静かに聞き、自身の役割を刻んだ。
「そんなに難しい役割はないが、敵は一筋縄じゃいかないことが分かった。経歴や評判は当てにせず、全力で取り組め」
「「はい!」」
2つの陣営同士がぶつかり合う。
無人島が戦火に包まれる。
【卓也VS廿六木VS後鳥羽 上】 完
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