第341話 最強の自宅警備員たち
「………平和ねー」
「………ねー。あ、冬樹、アタシにもみかんちょーだい」
「姉ちゃん、はい」
地獄のブートキャンプの前日。
卓也邸の居間でコタツに入りくつろぐ三人の男女がいた。
南峯いのり・七里魅雷・七里冬樹である。
彼らは家主が不在のこの家の留守を任されており、それぞれ学校終わりの夕方のひと時をダラダラと過ごしていた。
いのりはコタツに入りながらテレビ鑑賞をし、魅雷は携帯電話をいじり、冬樹はゲーム機を持ち運びモードにしてプレイ。
各々がぬくぬくと暖かい部屋で好きなことをしているのだった。
たまに交わされる会話も特に中身の無い、無味無臭の音の発信だけとなっている。
決して仲が悪いわけではなく、むしろその逆。お互いとてもリラックスしていた。
卓也がこの家を購入してから…いや、その前のアパート時代から共に過ごし、お互いの能力者ならではの境遇を打ち明け合い絆を深めていった結果と言える。
現に卓也以外では、Neighborのアジト襲撃に居合わせたいのりと愛が七里姉弟と最も古い付き合いなのだ。
絆が深まるのは当然なのかもしれない。
「というか、いのりちゃんくつろぎすぎじゃない?」
「そうかしら?」
「そうよ」
座椅子に座りながら頬杖をつくいのり。
きっとミリアムの中でも上位に入る令嬢の庶民的なこの姿に、驚く学友は多いだろう。
初めて卓也のアパートに訪ねてきた時に『上座へどうぞ』とベッドの上に座らされた際は彼女も多少の驚きがあったが、途中からは全く抵抗はなくなっていた。
むしろ卓也の価値観に染まっていっていることに満足感さえ覚えている始末である。
「まあ卓也くんに留守を任されている身としては、いつ何があっても迅速に動けるようにリラックスして備えないとね」
「リラックスねぇ…」
若干訝しげな目をする魅雷。とても何かを言いたげである。
勿論そんな態度にいのりが気付いていないハズもなく…
「なによ?」
「いーえ。ただ、こうしている間もお兄さんが特対でよろしくやっているかもしれないのに、余裕だなって」
(よろしくって…)
オヤジ臭い言い回しの魅雷に心の中でツッコむ冬樹。
「そんなの気にしていないわよ。亭主を堂々と送り出すのも、良き妻の務めだからね」
「ふーん…?」
「それより私もみかん―――」
「竜胆さん」
「―――!」
コタツの上のカゴの中にあるのは、西宇和のノーワックスみかん。
元々はいのりの家に新年の挨拶として届けられ、食べきれないからと卓也の家にお裾分けされた品物である。
しかも甘みのバランスが良いMサイズの上等品に手を伸ばしかけたところ、送り主がフリーズした。
「水鳥さん、風祭さん、大月さん」
「―――!!」
「前に遊びに来てた特対の人たち…タイプは違えど、美人揃いだったわよねぇ。なんなら水鳥さんなんて、メディアに出まくって時の人じゃない。ファンクラブとかまで出来て、そこらのアイドルよりよっぽど人気よね」
「…」
「そんな人たちが何でお兄さんの家に来るのかしらねって話、聞きたい? アタシの憶測だけど」
魅雷の煽りラッシュが続く。
それに対しいのりはただ黙るしかなかった。
「スタイルもよくて、可愛くて美人で…そんな人達の巣窟に行ってただで戻ってこられるのか、あたしゃ心配だよ…」
(誰だよ…)
大げさな演技にまたしても心の中でツッコむ冬樹。
だがこれまで沈黙していたいのりがようやく動き出すのだった。
「ま、まあ、卓也くんは私みたいなのがタイプだから、問題ないんじゃないかしら?」
「タイプねぇ…」
「た、卓也くんはスタイルとか顔の良い順に選んだりなんか…し、しないわよ」
「ま、それはアタシも同意ですけど…? ねえ冬樹」
「…んー?」
「お兄さんて、どんな子がタイプだと思う?」
「あー…………」
突然の話題チェンジと、その標的となった冬樹。
彼は“関心がない態度”を装ってはいるが、実はとても追い込まれていた。
完璧に気配を絶ち、空気に徹していたはずなのに…! と、指名されたことに対し憤りすら感じている。
この質問、冬樹の見立てでは軽い内容に見えて返答次第では面倒なことになると感じているからだ。
露骨な二人ヨイショは通じない。かと言って彼女らにはない胸囲の話などは禁句。(ていうかスタイル全般)
となると、メンタル面を褒めたいところだが、果たしてあるだろうか…と思考を巡らせていた。
「ちょっとー、ゲームやってないで付き合いなさいよねー」
「…おーう」
画面の中ではキャラクターがフィールドを所狭しと駆け回っているが、ただ駆け回っているだけ。なんら生産性のある活動はしていない。
ゲームをほとんどやらない人からすれば懸命にプレイしているように見える…そう見えるだけの操作をしていた。圧倒的“やってる感”。
子供が母親に『いつまでゲームしてんの!』と言われた時に、『いまセーブポイント探してんだよ!』と返すようなもの。探してない…!
何故そんな行為を冬樹が取るのかというと、ゲームを進めるほど脳みそのリソースを割いている余裕がないからだ。
(なんて答える…どう機嫌を取れば……!)
性格や趣味などを通して二人を褒める作戦も考えたが、それも微妙であった。
もちろん卓也が二人のことを嫌いなことなどあろうはずもないが、一度訪問してきたときの美咲たちの立ち振舞は完璧だった。
料理を作る甲斐甲斐しさや悪友のような気安さ、夫婦漫才のようなノリの良さに卓也の体調を案ずる気遣い。
これらに目を瞑って、何を褒めたものか。
(…………………ふぅ)
そう思考のループに陥りかけた時、冬樹の脳裏に浮かんだのは”真実“で押し切ることだった。
姉を立てる。姉の友人も立てる。
両方やらなくちゃあならないのが弟の辛いところである。
「……兄さんのタイプね…。まあこれは俺の感想みたいなところが大きいけど……」
「なに?」
「兄さんは“自分を振り回したり、イジってくる人”といると楽しそうだなって思うかな」
「ふーん?」
「どういう感じ? 冬樹くん」
いのりも冬樹の理、その真意に興味深そうに視線を送る。
姉といのり、二人からの期待を受け冬樹は続きを話すことに。
「それこそ、この前来てた無口な人…名前は忘れたけど」
「竜胆さんね」
「そう。その人が無口そうに見えて、この前は結構兄さんにボケてたんだよね。お笑い的な」
たまたま見かけた、特対ではお馴染みの掛け合いの事を話す冬樹。
その時の様子を思い出し分析する。
「内容まではしっかり聞こえなかったけど、竜胆さんのボケを受けて兄さんは凄い楽しそうに返してたよ。満更でもない感じ?」
「そうなんだ…」
「あと大月って人も、黄泉の国に飛ばされた兄さんを凄い心配してて、滅茶苦茶絡んでたんだけど。それもどことなく楽しそうだったよ」
剣に貫かれ黄泉へと行った卓也。そしてそれを心配していた大月。
市ヶ谷の髪色の変化もあり、卓也がどんなに大丈夫と言ってもしつこく聞いてくる大月の光景は今や懐かしく感じる。
「多分兄さんは軽快な掛け合いができる人を凄く気に入ってると思うな。そういう意味でいうと、水鳥さんじゃない方…名前なんだっけ」
「風祭さんね。あんたテレビに出る人以外さっぱりね」
「そう、その人。その人なんかは気さくな感じに見えて、あんまりベタベタしないというか、壁張ってるように見えたし。水鳥さんも兄さんには好意を持ってると思うけど、攻めきれないというか…ちょい他人行儀みたいな。だから兄さんもそれなりの対応だったと思う」
鋭い指摘を続ける冬樹に思わず聞き入る二人。
少しのやり取りしかないが、思い当たる部分がいくつかあり、話により信憑性を持たせている。
「憧れは理解から最も遠い感情だっていうし、多分兄さんも憧れられるよりかはガンガン踏み込んでくれる人のほうがいいと思うんだよね」
冬樹が漫画から抽出したセリフを引用しても、二人は気付かない。
漫画はそれほど見ていないからだ。
「…とまあ、こんなとこかな」
「…………冬樹…アンタ」
「…」
一通り言いたいことを言い終えた冬樹は、黙って二人の反応を待った。
願わくば面倒なことを言い出さないように、と願いながら。
すると魅雷は満足そうな顔でこう答えた。
「周りを凄いよく見てるじゃないの(つまりお兄さんのタイプってアタシじゃん)」
「そう…かな」
「凄い鋭い意見だと思うわよ(ということは、もっと卓也くんを振り回したほうが良いってこと…よね)」
「なら、良かった」
満足そうに頷く二人の女子を見て、冬樹は安堵した。
また、突然の放火にも冷静に対処できた自分を褒めてあげたかった。
若干だが卓也を切り売りしたように見えなくもないが、致し方ないコラテラル・ダメージだと割り切ることにする。
「来たわね」
「だな…」
「ようやく卓也くんの”お願い“を果たせるわ」
雑談も一段落したタイミングで、三人が同時に何かを感知した。
魅雷は家を囲むように漂わせていた冷気で。
冬樹も同じく仕掛けた静電気で。
いのりはテレパシーで。
それぞれが家への不法侵入者に気付いたのであった。
「五人か…少ないな」
「お兄さんいないからじゃない?」
「舐められてるってことね。じゃ、俺行ってくるわ」
「情報持ってそうな人だけは逃さないでね。テレパシー用なんだから」
「一人も逃さないよ」
冬樹はゲーム機の電源を切ると立ち上がり、コートを羽織って玄関へと向かった。
いのりと魅雷はそれを適当に見送り、引き続きリラックスしている。
冬樹に全幅の信頼を置いているからだ。
「来てくれて良かったよ、ホント」
廊下を歩きながらひとり呟く冬樹。
卓也からのお願いである“留守番”と『情報収集』を果たせるとあり、彼は張り切っていた。
そして、あの二人の女子のいる空間から抜け出せた事にも内心喜んでいる。
「めんどいの相手よりよっぽどいいわな」
そして冬樹は、不法侵入の賊の元へと向かった。
体から電気を発して、纏い、ゆっくりと出迎える。
彼の体は超高密度・高電圧の電気に包まれ、その気になれば相手を一瞬で消し炭に出来るくらいの用意をしていた。
これは殺すためではなく不意打ちからの防御のための鎧だが、相手からしたら『極上の殺意』を湛えているのと同義であった。
「どーも。不法侵入者サン」
「…辻斬りの……弟か」
壁を乗り越えて敷地内に入り込んできた侵入者は、玄関から現れた”やる気満々“の冬樹を見て、怯む。
冬の夜が近付く薄暗い中で青白く発光し、中学2年とは思えない堂々とした立ち振る舞い。
柔道家が『組んだ瞬間投げられると分かる』というように、侵入者五人も冬樹と対峙した瞬間に狩られる側だと理解した。
それほどの実力差。話で聞いている卓也のそれとは違い、凄まじいチカラを目の当たりしている。
脅威は、決して一人ではなかったと遅ればせながら心から実感したのだ。
「当たりー。やっぱり情報は筒抜けなんだね。にしては結界の準備もないみたいだけど」
「…!」
五人の黒ずくめの侵入者の内の一人が慌ててポケットから何かを取り出そうとする。
しかし―――
「もう機械類は使えないよ。ショートさせてるからね。通信機器も。抑制剤を噴霧しても蒸発するだけだよ。テレパシー系もいのり姉さんが妨害してるからムリ。物理的にも、氷の牢屋が阻むよ?」
「くっ…!」
「舐められてるみたいだから軽く自己主張させてもらうと、今おたくらの体には微弱な電気が纏わせてあるんだよね。この敷地内に入るときにチョロッと」
冬樹は、自分が居ることが分かっているのに大した備えもなくやってきた賊にアピールとばかりに能力のネタバラシを始める。
もちろんこの後いのり(withアフロディーテ)による記憶の消去等がなされること前提で、ちょっとした憂さ晴らしをするのであった。
「その電気を今から増幅させると、どうなると思う?」
「…我々は敵ではない」
「それは後で確認するよ」
本日の文京区の天気
晴れ ところにより落雷
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_________________________
あとがき
いつも見てくださりありがとうございます。
もうゲームでセーブポイントを探して回ることって、ないんだろうなーって話。
昔PSPでラストランカーってゲームをやったときに、そこかしこに『セーブポイント兼全回復オブジェ』があって、すごい優しい世界だなって思いました。
でもそう思いつつ、同じくPSPのフェイトエクストラをやったら無茶苦茶厳しくて何度も時間を無駄にしました。
ゲームによるということですね。
「ダンジョン内にセーブポイントはいらねぇ」っていう猛者はブクマ登録と高評価お願いします。
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