第339話 キャンプ~〆の卓也~

「…」


 深夜。

 班員が寝静まった後、道場の真ん中に座り集中している卓也。

 正座をしながら目を瞑り、言葉を発さず微動だにしない彼は、一見すると心を整えているかのように思える。

 が、実際はその逆…。体からは鋭く泉気を放出させ、まさに敵と相対しているかのように感覚を尖らせていた。

 両の掌を上向きにして重ね、親指の先をくっ付ける。この印自体に意味はなく、ただなんとなく、すわりのよい手のポジションを探した結果に過ぎない。

 しかしこの形が泉気の循環をさらに促し、最高の気の状態を卓也の体に感覚として染み込ませるのであった。


「すぅ……すぅ……」


 道場の隅には、例によって卓也に個人稽古を付けてもらいそのまま倒れた才洲がいる。邪魔なので端にどかされていた。

 そんな彼女の横の小さな台にはデジタル時計が一つ置かれており、そこには【2月16日 2:22】と表示されていた。

 これは現実の日時ではなく、新見兄の能力によって作られた時の加速した空間での”経過時間“を示しているのだ。


 キャンプ開始時に【1月1日 9:00】からスタートさせた時計は、卓也たちが修行に入り既に1か月半が経過していることを告げている。

 3か月間の期限が設けられた今回の修行。日ごろから卓也はこの時計を意識して、キャンプの進行具合をコントロールしていたのである。

 最初の修行の時もこのデジタル時計は使われており、新見兄の能力を使う際のおなじみのアイテムとなっていた。


「………随分と、気合が入っておるな」

「…師匠」

「何かあったのか?」


 班員が眠る部屋とは違う扉から姿を現したのは、卓也や新見兄の師匠である重田だった。

 道場の外から様子を見に来た重田は気合いの入った様子の卓也を見て、なにか尋常ならざる事態にあると予感し声をかけた。

 それを受け卓也は一旦気持ちを整え立ち上がると、師である重田にポツポツと話を始める。


「…俺が今、ある人物と敵対していることは聞いてますか?」

「遠流からそれとなくな」

「その敵の部下が、先日…現実時間で言うと一昨日の夜になりますが。特対に乗り込んできて、俺に襲いかかってきたんです」

「よくやるわ…」


 特対のセキュリティの強固さを知る重田は感心したような声を漏らす。


「まあその時は仲間のおかげで事なきを得たんですが、そいつから情報を引き出してもらっていたら、あることが分かったんです」

「ふむ」

「いま俺が鍛えているアイツらの実力判定テストが今度行われるんですが、『俺もそのテストに参加する事』と、『開催場所と日時』がリークされていました」


 キャンプ前日の夜。

 火実たちを拉致しに行く直前に、卓也は四十万に呼び出されていた。捕まえた男が情報を吐いたと。

 しかしそれはアジトの場所や後鳥羽の能力ではなく、卓也が実力判定テストに参加するという情報を伝えたという事実確認であった。


「そのテストとやらはどこでやるんだ?」

「CBという能力犯罪組織が根城にしていた無人島があるんですけど、そこでやることになっています」

「…そりゃあ十中八九誰かしら来るだろう。特対本部より襲いやすいしな」

「ですよね」


 CB解体後、卓也も足を運んだことのあるCBとの最終決戦の舞台となった島は、今は特対の管轄となった。

 非常に利便性が高く、程よく整備された島はサバイバル演習や能力実験の場として使われるようになり、今回のテストのように大人数を一度に試す舞台としては特に重宝していた。


「となると、ここも危ないかな」

「…他にスパイがいて、今日の外出がバラされていたら…ですね。すみません」

「そうか。まあ、問題ないだろ。アイツらもいるし」


 試験会場よりも無防備なここが狙われる可能性は十分あったが、重田は気にもとめていない。

 新見兄を信頼しているし、卓也に同行し道場の外でくつろいでいる水無雲にも一目置いていた。

 いざとなれば卓也を始め、立派な兵器になりつつある班員を道場から呼び寄せることもできるので、戦力に不安を感じる様子は微塵もなかった。



「それより、どうだ。俺が修行の相手をしてやろうか」

「…師匠直々にですか……?」

「不満か?」

「とんでもないです。ありがたすぎて耳を疑いました」

「ふっ」


 師である重田からの提案に驚く卓也。直接指導を受けるのは最初の修行ぶりだったため無理もない。

 しかも向こうから、ノリノリで、という点に今までになく不思議に思う卓也。

 しかし理由を聞きたいと思う反面、変に刺激して指導する気を削ぐのもなと思っていたところ、向こうから話を始めたのであった。


「卓也よ」

「はい」

「遠流と俺が古い付き合いだってのは知ってたか?」

「ええ」


 重田から雑談を振ることなど珍しかったため傾聴していると、卓也に質問が飛んでくる。内容は重田と新見兄との馴れ初めだ。

 家が近所である事と同じ能力者仲間であるという情報だけなんとなく聞いていた卓也はその問いに頷くと、重田は止まることなく続きを語る。


「ある時あやつが俺のところに血相変えて駆け込んできてな…。妹が呪われたと」

「でしたね…」


 卓也は新見兄との出会い、そしてその目的を思い出していた。

 新見兄は妹を助けることが出来る相手を探すため、ハガキの能力者の手を借りるべく【手の中】の連中に協力をしていたのである。

 そしてその妹を助けることが出来る相手というのが、自分であることを。


「特対に頼ったものの、強力な嬢ちゃんの呪いの“解呪”ができる職員がいなくてな…。で、外法に手を染める為に鍛えてくれってよ」

「切羽詰まってたんですね」

「ああ。だがヤツには才能があった。俺が教えたことはどんどん吸収していって、みるみる強くなっていったよ」

「流石は兄弟子」


 新見遠流はセンスがずば抜けていた。

 強くなる目的も、意思もあった。

 だから【手の中】の懐に入り込めるくらい仕上がっていったのである。


「だがお前のお陰で妹が助かり、強くなる目的がなくなった。その時に俺はあやつに言ったんだ。『普通の生活を手に入れたんなら、手放すなよ』ってな」

「だから兄弟子はもう…」

「ああ。軽い運動やお前の付き合いはするが、もう鍛えることはないだろうよ。と言っても、あの時はお前に感化されて大分打ち込んでいたがな」


 新見遠流は普通の大学生になり、重田から武術を教わることはなくなった。

 最初から彼は普通の暮らしを手に入れるために頑張っていたのだから、当然の終わりとも言える。


「しかしあやつの紹介でお前がやってきたんだったな。最初は熱心に学んでやがると思ったが…」

「? なにやら含みがありますね。なにかありましたか?」

「…」


 少しだけ言い淀んだ重田だったが、すぐに続きを話した。


「俺や遠流が毎日寝ている間も、お前はずっと修行してたろ?」

「ええ、まあ」

「一人でもできる修行方法を教えたら、能力で体力回復させていつまでもやっててなぁ。しかも楽しそうに」

「……ですかね…?」

「起きてその様子を見た時、狂ってるというか、ブレーキが壊れてるなと思った記憶がある」

「あー………」


 卓也は思い出そうと上を仰いでみる。

 が、当時はとにかく夢中だったため、そのあたりの記憶がイマイチ鮮明ではなかった。

 周りには『辛く厳しい修行で大変な目にあった』と吹聴していたので、まさか自分が師匠からそんな風に思われているとは予想外で少し驚いていた。


「だが、今は変わったな」

「そうですか?」

「生き急いでない。どう生きるか、考えるようになったと見える」

「…はは」


 思わず苦笑いが漏れる卓也。今の生き方をズバリ見抜かれているからだ。

 同時に、やはり自分の師は凄い人だと再確認する。

 経験と慧眼、叡智と理知。そのどれもが、たかが20数年生きてきた自分とは比べ物にならないと感じたのであった。


「さて、弟子を一人失った俺の相手がお前に務まるかな?」


 重田が構えを取る。

 話は終わりだと言わんばかりに臨戦体制に入り、卓也に稽古をつけるべく気を巡らせた。


「弟子は師匠を超えて恩返しするもんでしょう…?」


 卓也も構えを取る。

 以前なら相対しただけで凄まじい気に気圧されていたが、今は笑いながら小言を言う余裕があった。

 とはいえ、全身に感じる圧は相変わらずで、卓也の頬に汗が一滴伝わる。


「言うようになったな。俺が稽古したんだから、むざむざ殺されるようならすぐにあの世に追いかけて修行のやり直しだぞ」

「…あの世でやる事いっぱいなんで、勘弁願いたいですね……」

「ならば死ぬ気でこい」

「オス!」


 戦闘前の会話が終わると、卓也は一呼吸をおき、重田との距離をものすごい勢いで詰めた。

 そして前に突きだすように構えている重田の右手に自身の右掌底をぶつけようとする。

 もちろん発勁による掌底で、普通に食らえば右手、ないしは全身にダメージがいくような強力な一撃だ。

 ジャブのように見えて、本気の一撃。それが重田に到達しようとした時―――


「―っ!」


 重田は当たる直前に右手を少しずらし、卓也の掌底を弾き外側に逸らせた。気を通わせないと触ることすら出来ない掌底を、だ。

 そして弾く直前に少し空に上げていた重田の右足が道場の床につき、沈んだ。


「破っ―――!!」

「ぐっ―――!?」


 道場内に鳴り響く轟音。

 同時に、重田の全身から放たれた発勁は卓也の体を後方へと大きく吹き飛ばした。

 卓也も全力の発勁で相殺を試みたが、それでもなお殺しきれない気に飛ばされ、道場の壁の上方に叩きつけられる。


 能力で頑丈にしたはずの重田の足元の床は踏み込みでクレーターにようになり、技の威力を物語っていた。


「おいおいなんだ! 敵襲か――っ!?」

「なんなんですか…?」

「これ…は……」

「しっ! 静かに見てください」


 今の衝撃で目を覚ました火実、瀑布川、皆川が隣の部屋から慌てて様子を見に来る。

 そしてそれを、卓也と重田が対峙した辺りで目を覚ました才洲が制した。見るのはいいけど邪魔はするなと、興奮した様子で。


「…流石です。倒し甲斐がありますね」


 天井近くの壁に叩きつけられた卓也だったが、ちゃんと着地をし直ぐに構えた。

 全身には倦怠感が纏わりついているがそれを隠し、笑みを崩さずに話す。


「ふっ、生意気な。だが以前なら泡を吹き白目をむいて倒れていたところを、よく立っているじゃないか。あれからも気の鍛錬は怠っていないようだな」

「そりゃあもう」

「遠流と違ってどんどん戦いにのめり込んでいくな、お前は」

「塚田卓也は静かに暮らしたいんですけどねぇ」

「そりゃしばらく無理そうだな。それより、部下の前でカッコ悪い姿は見せられんぞ?」


 指で火実たちをさす。

 食い入るように見えている彼らを見て、卓也も気合いを入れ直した。


「ですね…。行きます」

「来い」


 このあと、めちゃくちゃ稽古した。










_________


あとがき


いつも見てくださりありがとうございます。

アニメ ダンジョン飯が、原作を全部読んだのに毎回楽しみだし面白いです。

あとファブルもそう。

先の展開を知っているのに見入っちゃうのは本当にすごい事ですよね。


あと今期はなんといってもユーフォが本当に楽しみです。

中川先輩という最愛のキャラを失った私は、久石後輩でにっこり。


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