第338話 キャンプ〜才洲の目覚め〜

『才洲さん、この前の大規模作戦でまたトップの戦果だったんだって』

『凄いな。流石はエース』


 ピース出身の同期の中で、私は最も優秀だという自覚があった。

 自覚だけでなく、実績が伴っているのだ。だから、自他ともに認める…というやつで間違いはなかった。


 しかも私の能力は【人やモノを取り外す能力】。使い勝手はいいし磨けば光るのだが、能力そのものは決して強力なものではない。

 だからこそ良かった。

 凡庸な能力で最高の成果をあげる。これほど満たされることはない。


『鷹森先輩。私と組み手をしてくれませんか?』


 たまたま訓練場で見かけたのは”ピース最高傑作“と名高い鷹森光輝だった。

 いつも鷹森チームと呼ばれる同期の職員と一緒にいる事が多いのに、その時は珍しく一人でランニングマシンを使ってトレーニングをしていた。

 そこで組み手をお願いしたところ、彼は二つ返事で承諾。私達は戦うことになった。


 最高のピース生である彼と私との差はどれほどのものだろうか。

 もしかしたら、差なんてないのかもしれない。或いは…


 当時の私はそんなことを考えていた。能力の使用はナシだからあくまで体術の勝負だけど、それだけでも近い実力であることが証明されちゃうかも…なんて思ったり。

 でもそれが思い違いだということはすぐに理解らされることになるのだが…。


『え…ウソ………ウソだ……』

『……もういいか?』


 天井を見上げ自身の状況が受け止めきれない私。

 能力使用なし、いい一撃が決まれば終わりの簡単な組み手。

 私は瞬殺された。


 最初の軽いジャブをいなされた瞬間から私に様子見の余裕は無くなった。すぐに本気を出した。

 にもかかわらず、私は手も足も出ずにやられてしまう。

 彼の能力は非常に強力だが、それが無くても、仮にナイフと銃だけで敵を制圧しろと命じられても、かなりの戦果を持ち帰る事だろう。

 体の使い方、判断力、精神性…全てにおいてトップだ。


 強い事だけがプライドだった、私の背骨は粉々に砕け散った。

 しかも倒れる私を見る鷹森光輝の目…迷惑そうな目をしている。

 私の挑戦なんて、たかって来る羽虫でしかないのだろう。


 所詮私は、鷹森光輝のいない世代に生まれただけの凡夫でしかなかった。


 そんな精神状態で臨んだ任務で、私は仲間を攻撃し再起不能にしてしまう。

 転げ落ちるのはあっという間だった。本当に、凄い勢いで…。

 これが後輩の水鳥さんみたいに周りから慕われていれば、もっと違う結果になったのかもしれない。

 しかし生憎と私は周りから慕われていない。傷心の私を支えてくれる職員は居なかった。



『もしも逃げないなら、俺がお前を限界まで使い尽くして、ボロ雑巾のようにして捨ててやるから楽しみにしておけ』


 もうこのまま、終わりを迎えるもんだとばかり思っていた。

 あの人の目を見て、そんな言葉をかけられた瞬間…電流が私を貫いた。

 この人とは…器が違う。そうだ。

 私のチカラがダメなんじゃない。ダメなのは、その志だったのだ。


 私みたいな”歩“や“香車”のような駒は、目指してはいけなかったのだ。

 彼のような”王“を…。

 それが分かった。それに気づくことが出来たのが、嬉しかった。

 私に“隠れ被虐趣味”があっただけかもしれない。それは分からない。

 でも、付いて行くべき存在が見つかっただけでも、幸せなことなんじゃないか。

 そんなことを思う。


『…………あはは』


 自室のリビングにある身長よりも高い姿見を覗くと、先程までの嬉し涙で真っ赤になった目の私がいた。

 それ以外も酷い見た目だ。

 髪は手入れ不足でボサボサ。目の下は睡眠不足でクマが。


『…こっちは、大丈夫そう…かな?』


 服を脱ぎ、再び鏡の中の自分を見る。

 いつでも任務死地に行けるよう鍛えておいた肢体は、現役のままとは言わないまでも引き締まっていた。

 ついぞ任務に行くことは叶わなかったが、これからはあの人のために使える。すぐにでも。

 メンテナンスをしておいて良かったと、昨日までの私を褒めてあげたい。


『………おめでとう』


 鏡に顔をくっつけると、目の前には私がいた。

 光が宿った目の私。

 以前までの、分を弁えぬギラギラした光じゃない。

 仕えるべき主を見つけた、家臣の目。

 しいて目的を決めるのならば、あの人が気兼ねなく敵将とやりあえるように、それ以外を排除することだろうか。

 敵将なんていないけれども。


『頑張ろうね…わたし』


 私の決意表明が、誰もいない薄暗い部屋に聞こえる。

 それから数秒後には、あの人の役に立つために何をすべきか、頭を切り替えて考え始めた。

 クリアになった脳内で、あの人がこれからやろうとしていること、どうして特対に来たのか。その目的に思考を巡らせる。


『準備しなくちゃ』


 ある仮説を立てた私は、早速動くことにしたのだった。










 _________








『お前は…才洲だったか?』


 準備を整え火実さんの泊まっている階に向かおうと部屋を出ると、エレベーターホールの近くの廊下で『ある集団』と出くわした。

 鷹森さん率いる鷹森チームだ。

 声をかけてきたのは疋田悠一さん。鷹森さんの右腕的存在の男性職員だ。

 彼の一声で他のメンツもみな私に注目した。


『目が真っ赤だぞ。泣いてたのか?』


 鷹森さんが私を案じて声をかけてくれる。

 何てことのない行動だが、最後に見た鷹森さん像からは少しかけ離れていたので驚いた。


『ええ、まあ。でももう大丈夫ですので気にしないでください』

『そうか』


 私の無事を確認する間も、特に表情を崩さない鷹森さん。

 この安定感も、彼を傑作たらしめる要因の一つだ。

 敵に情けや手心を加えることなく、常に合理的な判断を下せる。正しい職員であり続けられるのだ。


 彼が関心を寄せる物事なんてあるのだろうか…なんて、前は気にしなかった事が頭をよぎる。

 すると―――


『ところで、卓也とはどうだ?』

『え…?』


 思わぬ質問が飛んできたので、私は聞き返してしまう。

 卓也って、勿論あの人のことだよね? 仲が良いという噂は本当だったんだ。

 幼馴染でもないあの人がどうやって仲良くなったんだろう…

 私の疑問は尽きなかった。


『言葉が足りなさ過ぎよ。ごめんね、意味わからないでしょ?』

『む…』

『お前の班に配属された塚田卓也って職員は元気かって聞いてんだよ』


 私が卓也という人物に思い当たらずフリーズしたのだと思った鷹森チームの職員が助け舟を出してくれた。

 まあ、分かってるんだけど。


『元気ですよ。とても…お世話になってます』


 私は軽く嘘をついた。

 本当は私達のせいで苦労をかけてしまっている。

 でもそれをここで言っても仕方がないので、無難に済ませることに。


『そうか、それなら良かった。今回はまだ会えてないから、調子はどうかと思ってな』

『心配性ねー』

『光輝は塚田を好きすぎる』


 鷹森さんをイジるチームの面々。

 仲間内ではこんな感じなんだ…と思うのと同時に、あの人と鷹森さんの関係性に興味が湧いてくる。

 だって相手はあの…ピースの最高傑作なんだよ?

 なんでこんな心配されてるのだろう。


『あの…鷹森さんと塚田さんはどういう関係なんですか?』


 鷹森さんを囲むチームの面々が盛り上がる中、私は思わず近くの疋田さんに質問していた。


『どういうって…ゲーム仲間とかそのへんだ』

『ゲーム…』

『光輝はとあるテレビゲームで、全然塚田くんに勝てないからねぇ。ホントは昨日も今日も対戦したいのよ』

『卓也は忙しそうだから仕方ない。でもちゃんと心配もしている。何かとトラブルに巻き込まれがちだからな』


 鷹森さんもゲームをするんだ…というのは置いておいて、さらに興味深い情報がいくつも入ってきた。

 メールで箇条書きにして一気に聞きたいけれど、残念ながらそんな時間は無い。

 なので私は上から解消していく事にする。果たして全部答えてくれるかは疑問だが。


『あの…』

『ん?』

『鷹森さんがゲームで勝てないんですか? 塚田さんに?』

『ああ』

『コイツ、大抵のゲームはすぐ上手くなって一番になるんだよ。動体視力とか反射神経とかいいからさ』

『頭もいいわよねー』


 それは納得だ。

 あまりゲームには詳しくないが、頭も運動神経もピカイチなら、あらゆるジャンルのゲームにおいて強くなる可能性があるはずだ。

 センスによるところも大きいと思うけど。


『卓也のゲームの腕はそれなりに上手いって感じだが、まあ勝てないレベルではない。でもスラブレだけは…半年間挑戦しているが、一向に勝てる気がしない』


 スラブレ…? というゲームは知らないが、鷹森さんにここまで言わしめるなんて…

 たかがゲームと思うかもしれないけど、さっき皆が言ってたように鷹森さんはあらゆる事の上達スピードが半端じゃない。

 なのに…


『ようやくこの前"足コン"を卒業したもんねー』

『足コン…?』

『塚田くんねぇ、足でコントローラーを操作できるんだけど。光輝はやっとその状態で一本取ることが出来るようになったのよ』

『塚田は汚いからってあんまやりたがらないけどな』

『今は片手プレイだ。全く歯が立たないが』

『そのことを七里冬樹くんに慰められた話は傑作だったわよねー』

『七里…って、あの能力者狩りのですか…?』

『そうだ。あの姉弟は今卓也の所に住んでるんだ』

『は……はは…』


 信じられない情報が多すぎて、ただ笑うしかない。

 鷹森さんにゲームで圧倒して、凶暴な七里姉弟を手懐けている。

 鷹森チームの面々とも良好な関係で、交友関係も広い…というかメンツが濃い。


『あの…すみません。用事があるんでもう行きますね!』


 私は少しでも早くあの人と話がしたくて、もっと色々聞きたいのを我慢しこの場を離れる事に。

 すると最後に鷹森さんが―――


『能力、戻って良かったな。卓也と居ると学べることも多いから、羨ましいぞ』


 と声をかけてきた。お見通しだったようだ。

 私はそれに深々とお辞儀をし、エレベーターへと向かうのだった。










 _________









『今日も稽古、お願いします!』

『ああ』


 キャンプが始まって一カ月。

 私は他の三人と違って意識を変える必要はないし、体力も彼らとは比べ物にならないくらいにはある。

 なので皆が体力ゼロで寝静まったあとに特訓をしてもらっていた。

 最初は『教える事はない』と断られていたが、私が食い下がり続けたことでようやく折れてくれたのだ。


 そして今は"能力あり"組手の真っ最中だ。

 といっても、塚田さんは能力を使わない。まだ"使わせられていない"のである。


『はぁ!』

『…っと』


 私の能力を帯びた手刀が空を斬る。

 当たればその箇所は体から離れ、使い物にならなくなるというのに…。


『さっきから一生懸命何を斬っているんだ? この世の悪か?』

『そんな…ところです…!』


 全く当たらない。当たりそうな気配すらない。

 フェイントとか、足とか、目線とか。

 そういう小技も織り交ぜつつなのに、全くもってかすりもしない。

 そして、こちらが痺れを切らして大振りな攻撃になると…


『―――ふっ』

『…! ガっ…! っく……』


 すぐに倒され、試合終了である。


『…はぁ…はぁ…。ありがとう…ございました……』

『寝とけ。息が整うまで喋らなくていい』

『…ふぁい……』


 そのまま大の字になって道場の床の上で眠る。

 他の三人は夜になると最後は体力を回復されずに、入り口とは違う扉の向こうにある小部屋で眠りにつく。眠るというか、体力が尽きて倒れているだけなのだが。

 私は専ら道場で、こうして特訓後に倒れて眠る。


 薄れゆく意識の中で、塚田さんがかけてくれた毛布に意識(主に嗅覚)を集中させながら、私は眠りについた。



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