第336話 キャンプ〜瀑布川の矯正〜
『瀑布川さんってマジ気ィ利かないよね』
『それなー』
少し離れたところで聞こえよがしに話すクラスメイトの女子二人。
たった今私に掃除当番を真面目にやるよう指摘され、ご機嫌斜めなようだ。
サボる気マンマンだった彼女たちは、せめてもの仕返しと私の人格攻撃を繰り返している。
馬鹿な人たちだ…。
都合の悪いことや耳障りの悪いことを言われると、大抵そんなリアクションが返ってくる。
その度に私は思うのだ。
気が利くというのは、悪いことを見逃すことなのか?
善行とは、不正に目をつぶることなのか? と。
違う。
みんな、ただ自分に良くして欲しいだけ。
みんな、自分に優しくない人間が嫌いなだけなんだ。
私はそんな性根の腐った人間が大嫌いだった。
私の両親のように。
『わたしもしょうらいは、おとーさんとおかーさんみたいなりっぱなべんごしになりたいです』
小学生のときの私の文集には、そんなことが書かれていた。しかも結構色んな文集に散りばめられている。
けどまあ、実際に尊敬していたし、弁護士を目指そうとも思っていた。
小学校6年生までは…。
憧れるのを止めたキッカケは、父と母がそれぞれ不倫しているのを知ってしまった時だ。
同じような時期に私がそれぞれの不倫相手とデートしているところを目撃し、黙っているようにと口止めを依頼されたが…
父→母の順でどっちもやっているのが分かった時に、もう『ぶつかり合え』と三人でご飯を食べている時に私が暴露した。
いくら刑法による規定が無いからって、年頃の娘(自分で言うのはなんだが)がいるのによくもまあそんなことができたなと、今でも呆れる。
結果として二人はスムーズに離婚。
私の親権に関しては、どちらも欲しがらなかったのを覚えている。
だって自分の隠し事を積極的にバラすような子供だもんね。そりゃいらないか。
バラしてなくても、コブ付きだとそれぞれの新恋人とよろしくやりづらいだろうしね。
ただ『邪魔だから』という理由だけで親権を放棄することは難しいらしく、私は父の元へと行くことになった。どうやって決めたかは不明であるが、きっと醜い押し付け合いでも繰り広げたのだろう。
そして私は父方の祖母とよく過ごすようになった。
父は元々仕事が忙しく家にあまり帰れていなかったが、離婚してより一層帰らなくなった。
きっと恋人の元に気兼ねなく居られるようになったと喜んでいたに違いない。
だから私は必然的に祖母と過ごす時間が増えたのだ。
『みぃちゃんには素直に育ってほしいわねぇ…』
祖母は専業主婦だったし、”正義の人“というようなパーソナリティを持っているワケではなかった。
が、何が正しくて何が間違っているか、その確かな物差しは持ち合わせていたと思う。
それは日々のちょっとした言動からでも分かった。
そんな優しくしっかりとした祖母と共に過ごしたことで、私の中の正しさを求める炎は再燃した。
祖母が亡くなる高校2年生までの約5年間は、本当に楽しかった。
相変わらず父は最低で、間違ったことは許せなかったけど、自棄にはならないで済んだ。
祖母が私を包み込んで、肯定してくれたから。
『これからも……自分の正しいと思ったことを……』
祖母が今際の際に残した言葉は、私の背中を押してくれた。
でも―――
『あなたの能力は、“他者の技能をコピーする”能力ですね』
力が強くなったのを自覚するのと時を同じくして、死んだはずの有名人が生き返るというトンデモナイ事件が世間を賑わせた。
そしてその事件の終息直後に公表された”超能力“という存在に、私の中で起きていた変化が合致する。
泉気というエネルギーが体を纏う事による筋力の上昇。
さらに、気付いたら使えるようになっていた特殊な能力。その判定をしてもらった結果、私には他人の技能を模倣するチカラが目覚めた事が分かった。
私は、少し悲しかった。
どこからか聞いた情報によると、目覚めた能力は本人の潜在意識や願望が形になる事が多いというのだが…
これではまるで…
『周りに迎合しろってことなの…?』
心のどこかで私は後悔していたのかもしれない。
楽しい青春時代を捨ててまで正しさを求めたことを。
両親でさえ裏切り、居場所を壊してしまったことを。
本当は、正しさなんて要らなかったのかもしれないことを…。
そんな私の心の内が具現化したというのだろうか。
私は、私の能力が示す本音を認めたくなくて、より心を閉ざして過ごすようになった。
自分のこれまでの行いや、祖母の後押しを無かったことにしたくなくて、より一層自分の正しさを押し付けた。
『くだらん』
修行にも慣れて、ついバーサクヒーラーに身の上話をしてしまった。
そして返ってきた感想がこれ。言うんじゃなかった。
『はいはい、どうせ下らない悩みで―――』
『そもそもお前の能力で、どうして“周りに迎合する”という解釈になるのかわからん』
『…え?』
私は思わぬところに反応する彼に聞き返してしまう。
解釈がおかしい? どういうことだろう…
『お前の能力は、周りの技能を奪って自分の物とする非常に図々しい能力だ』
酷い言われようだ。相変わらず口が悪い。
『対象が一人ならまだしも、どんどん模倣し蓄え、自分の理想とする自分に近づける…それのどこが迎合なのだ』
『…』
嘲笑され、本当なら腹を立てるところなのだろう。
しかし私はそれどころではなかった。
相手の技能に合わせるのではなく、自分の理想になる能力…
それはまさに、私の祖母が背中を押してくれた、私だ。
もちろんこれは詭弁…分かっている。
でも、私のご機嫌取りなんてする必要のないこのオニがいうことだから、胸に突き刺さった。
『そもそも、お前のネーミングセンスが無いな』
『はぁ…』
新しい貶しを始めるオニヒーラー。
この人は相手を褒めるということを知らないのだろうか。
口から出るのは悪口や汚い言葉だけで、少しは褒め言葉とか、共感とか、そういうのを用意したほうが良いと思う。
たまに様子を見に来る大学生の男からカンペまで貰って、悪口を…
『ビーマイセルフにしろ。それがいい(相手のことなんて考えていない能力だしな)』
『ビーマイセルフ…』
私らしく……………………悪くない。
むしろ、あの短い話で私のこと理解し過ぎ…?
ツンデレというやつ?
このあとも滅茶苦茶しごかれた。
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