第334話 キャンプ!

「いいか! お前たちは腐ったミカンだ! 居るだけで周りに悪影響を及ぼす、忌むべき存在だ!」


 道場内に卓也の罵声が響き渡る。

 腕を組みながら、駒込班の四人へ愛のある叱咤激励を繰り返しているのだ。一週間、ずっと。


 そしてその横には新見兄も立っていた。

 この道場内の時間を操作し、大学の4限の講義が始まるまでのあいだ(14:40開始)卓也の矯正に付き合っているのである。

 捻出できる時間は約3ヶ月。

 その期間で、駒込班員の腐った根性を叩き直すという手筈だった。


 今回急な卓也からのお願いであったが、新見兄は喜んで手を貸した。

 彼にとって卓也は妹を救った恩人であり、また共に過酷な修行を乗り越えた友であり弟弟子である。

 さらに今回は―――


「俺の仕事は、そんな腐ったお前らの中にギリギリ残った可食部を見つけ出し取り出してやることだ! どうだっ!? 嬉しいかっ!?」

(…………………………いい)


 新見兄は自分が勧めたバイブルをちゃんと見て落とし込み、しっかりアウトプットしている卓也を見て、満足していた。

 目の前で、駒込班の面々が地獄の苦しみを味わっているにも関わらず…だ。


「はぁ…はぁ…」

「もう…無理です…」


 師匠である重井の道場で、人が二人倒れ込む。瀑布川と皆川だ。

 彼らは火実や才洲に比べ体力面で劣るため、こうして度々訓練中に倒れてしまう。


「はぁ…はぁ…」


 倒れはしないものの、火実も膝に手をつき、必死に呼吸を整えている。

 昔バスケ部で猛練習をして蓄えた体力の貯金を、成人して覚えたタバコで削り、瀑布川や皆川よりは若干多いくらいの量が手元に残った。

 だが火実にもこれから何かをするような体力は残っておらず、三人の差はそれほど多くはない。


「いいですよ! 452周まで行きましたよ! あと少しです!」


 そんな中、一人だけ余裕な態度を見せるのが才洲だった。

 まだまだ体力が有り余っていると言わんばかりに、大声で三人を鼓舞している。

 元1課のエース級と呼ばれていただけあり、かつての片鱗を覗かせていた。


 髪を後ろで結び、先日までとは全く違う印象を周りに与える。

 出撃するためにずっとトレーニングは欠かさなかったが、心が壊れていた。

 そんな彼女がここまでの復活を遂げたのは、ひとえに卓也の矯正のおかげだった。


「誰が休んでいいと言った、このバカタレが!! また1周目からやり直し!!」


 そもそも彼らが何をしている…もといさせられているかという部分に触れる必要がある。

 彼らは卓也の考案した精神修行【無限列車】を強いられていた。


 内容は四人の腕を硬化した縄で繋ぎ、道場内を走らせる。ただそれだけのことだった。

 ただし、この修行の終着点は『全員揃って道場内を500周すること』となっており、誰か一人でも倒れたら1週目からやり直す決まりだった。


 ちなみに、連結して走る様が”電車ごっこ“に見えることから、無限列車というタイトルが付けられた。

 決して、以前琴夜がハマっていたアニメ作品の劇場版ではないのだ。


「はぁ…はぁ…クソ…!」


 悪態をつきながら頬の汗を拭う火実。

 剣道の試合もできるそこそこ広い道場内を連続500周は、かなりしんどい距離となっている。

 未だにクリアは出来ておらず、中々次の修行に移れないでいた。

 しかしこの程度は卓也にとっては想定内であり、怒鳴ってはいるものの特段焦りはない。

 また回復させて、走らせるだけだった。


「さっさと起きろこの〇▲※‰が! さもないとその役立たずな足を切り取って貴様の家族に食わせるぞ!!」


 卓也は倒れている皆川の腕を掴み強引に立たせると、罵りながら治療した。

 そしてそのままうつ伏せに倒れる瀑布川のケツを踏みつける。

 ジャージを着ている彼女の臀部が、卓也の足の形にムニッと変化した。


「お前の能力は敵にケツを振ってアピールすることなのか? それとも同情を引いて許しを請うことか? そんな情けない班員は俺が銃弾の盾にしてやるから覚悟しておけよ」


 治療を受け意識をハッキリさせた瀑布川だが、卓也の罵倒には眉一つ動かさない。

 もうずっとこの調子でこき下ろされ続け、心はもう衝撃に慣れてしまった。


 泉気を止められ、強引に連行された彼らに待ち受けていた地獄のトレーニングキャンプ。

 最初こそ反抗的な態度だったが、泉気があってもなくても圧倒的な実力差の前に抵抗むなしく、すぐにただ言うことを聞くしかない状況となる。

 徹底的な体へのしごきと、心への攻撃。それが彼らの腐った根性に少しずつ染み込んでいくのだった。


「俺は厳しいが公平だ。ここには男女差・能力差・経歴差などは存在しない。等しく無価値だ」


 ゆっくり立ち上がる瀑布川の目の前でそう話す卓也。彼女だけでなく他の班員の顔も見ながら語る。

 それを聞いた班員たちは、才洲以外無表情で静かに卓也を見ていた。

 才洲だけは、しきりにうんうんと頷き卓也の言葉に共感をしていたのだった。


「分かったらさっさと走れ! あと500周!!」


 檄が飛ぶ。

 地獄のブートキャンプは、まだ始まったばかりであった。










 ______________











 キャンプ開始前夜。彼らの実時間では1週間前だが。

 火実が寝泊まりしている部屋のあるフロアに、不審な影が2つ到着した。


「しかし、今日も塚田さんのせいで眠れませんね…」

「変な言い方はよせ」


 3課の職員、水無雲 粉雪と一緒に廊下を進む卓也。

 水無雲はわざと意味深な言葉を吐き、卓也を若干困らせていた。

 それを見て水無雲は可笑しそうにくすくすと笑う。


 彼らがこのフロアにきた目的はひとつ。

 駒込班員の拉致である。

 彼らを水無雲の能力で箱に詰めてコンパクトにし、明日重井の道場へと運んでしまおうという魂胆だった。

 これなら外出届けは卓也一人分で済むし、なによりおとなしく言うことを聞くはずもない班員をスムーズに外へ連れ出すことができる。


 表向き班員は、部屋へ引きこもっている駄目な職員候補。

 しかしその裏で卓也のブートキャンプを受けていると、そういうからくりだった。


「しかし、貴方も悪い人ですね」

「なにがだ?」

「今どきここまでのしごき、スポーツ強豪校でもしませんよ?」


 水無雲の協力を得るにあたり、卓也は矯正計画の一部を彼女に話していた。

 新見兄の許可を得て能力の内容を話し、それで獲得できる多くの時間を使い修行に充てる。その際に行う予定の訓練の内容、その一部を水無雲は聞いていた。

(半分は卓也が重井から受けた特訓の内容)


 それを聞いた水無雲は改めて、それほど関係の深くない相手の為によくやると、呆れ半分で笑う。


「そいつらの為じゃなくて、駒込さんと俺の為だよ。それにアイツらは再三あったチャンスを無駄にした。普通に訓練に取り組んで真面目に職員やってれば、いいとこまで行けたハズなんだ」

「まあ、確かに」


 水無雲は三人の能力を知っていた。

 なので卓也の言う『真面目にやっていれば』というところには多く共感できる部分がある。


「でもアイツらはそのチャンスを全部無駄にした。だから0か100のギャンブルに身を投じることになるんだ」

「潰す気マンマンですね…」

「俺が作るのは兵士じゃなく兵器だからな。80や90で満足する腑抜けは要らん」

「なるほど(わかってない)」


 そんな会話をしながらゆっくり歩いていると、目的の部屋の近くに人影がひとつ佇んでいるのが見えた。

 二人の意識が同時にそちらに向けられると、先に口を開いたのはその人影の人物であった。


「待ってました、先生!!」


 元1課の職員、才洲美怜が、彼女に似つかわしくない元気な声でそう話した。


「…」

「…」


 卓也と水無雲はお互いを指でさし、『そっちの案件だろ?』と言わんばかりに才洲の処理を押し付けあった。

 そんな仕草など気にする様子もなく、才洲は話を続けた。


「この度はご迷惑をおかけしました! でも先生のおかげで復帰いたしました!」


 目線は明らかに卓也の方を向いており、それが分かった水無雲は一歩斜め後ろに下がり1対1の会話のシチュエーションを作り出す。

 卓也は内心『テンションたけーなコイツ』と思いながらも、明らかに先程と違う彼女の姿に“荒療治”が上手く行ったことを悟った。


「随分と元気そうだな。トラウマとやらはもういいのか?」

「はい!」


 才洲の目は赤くなっており、泣いていた事が伺われる。

 しかし今の態度は空元気などではなく、壁を破り一歩前進したことを示していた。

 これが本来の姿かどうかは、暗い彼女しか知らない卓也には分からない。

 だが、特対を辞めようとしている様子はもうなさそうだった。


「それは良かったな。能力は?」


 卓也がそう尋ねると、才洲は直後に自らの首を取り外して手に持ち、目の前に掲げた。

 その様はまるでデュラハンのようである。


「…戻ったようだな」

「ご覧の通りです!!」


 ニコニコしながら生首が喋る様子に気持ち悪さを感じつつ、能力復活の確認は容易にできた。


「で、何か用か? 辞めるんだろ、明日―――」

「辞めません」

「…ほう」

「厳密には、辞めるのを止めました」


 呑気な声でそんなことを言う才洲。

 首を戻して、改めて卓也と向き合う。


「これからはアナタに従います、先生!」

「それはどういう意味だ?」

「私気付いちゃったんです」

「気付いた?」

「私の真価は誰かの手足となる事だと!! そして私を使うのにふさわしい相手はアナタだと判断しました!!」


 一見すると後ろ向きな事を、とてもいい笑顔で、元気に語る才洲。

 勿論この世には、使う側に適性のある者とそうでは無い者がいる。

 しかしここまで清々しく自己評価として後者を語る人間は中々いないだろう。

 

 だが才洲はそれが誇りであるように、自身のアイデンティティが使われる事にあると宣言した。


「随分な心変わりだが、まあいいだろう。肉の盾くらいにはしてやる」


 卓也は、才洲が自分に協力する事を"喜んでいるという事"を、決して悟られないように話す。

 鬼軍曹は兵士に心の内を簡単には話したりしないのだ。


「肉の盾もいいですが、まずは火実さんの部屋のドアを静かに"外して"みせましょう」

「ほう…」


 才洲はこれから卓也たちがやろうとしている事の一部に、自力で辿り着いていた。

 数ある可能性の一つに過ぎなかったが、網を張るように火実の部屋の近くに待機して、水無雲を引き連れて現れたことが答え合わせとなる。


「おそらく火実さん瀑布川さんあたりは明日にでもここを去りますからね。やるなら今日のうちだと思っていました。実力判定テストまで時間もありませんし」


『どう対応するかまでは分かりませんが』と付け加える才洲。

 そして火実たちの行動予測とそれを見越して動く卓也の行動を予測しきっていた事は、軍曹モードの卓也を多少驚かせた。

 しかし卓也の見ていない、彼女本来のポテンシャルは非常に高いのだ。

 身体能力、思考能力、その他スキルにおいて彼女は1課でもかなり図抜けている。


 唯一メンタル面に難があり、一度は壊れた。

 鍛えたフィジカルは任務の前に体が竦み、思考は常に靄がかかっていた。

 だが今回、卓也の治療により壁を一つ乗り越える。

 壊れようが構わないスタンスでの対処だったが、彼女は活かして、生き返った。


「ふっ…。突然別人だな」

「先程まで見苦しい姿をお見せして申し訳ありません。ですがこれからは私の全てを以って先生の力となる事を約束します!」


 元1課の職員で同世代のピース出身者の中でもエース的存在だった才洲が、ただの嘱託職員である卓也に絶対服従の姿勢を見せるという異様な光景。

 だが二人の間に遠慮や恥ずかしさはない。まるでこうなる事が当然のように、彼らは主と従の関係になったのだった。


「期待しているぞ」

「はい!」

「ではまず最初の命令だ」

「なんなりと」

「先生はよせ」


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