第333話 呼び出し先生塚田

弓削ゆげ、ちょっといいか?」

「衛藤さん…?」


 弓削と呼ばれた男性職員が衛藤さんに呼ばれ振り向く。

 彼の前には白衣を着た職員がひとり、向かい合うように座っている。どうやら診察かカウンセリングの真っ最中だったようだ。

 そして男性職員は一瞬こちらに視線を向けたものの、すぐに衛藤さんに向き合った。


 衛藤さんに連れられてやってきたのは、医務室の上のフロアの一角にある”リハビリ施設“だった。

 ここは一般的なイメージのリハビリ施設と同様に、怪我をした人間が復帰するための場所…ではなく。主な目的はメンタル面のケア、つまりここでは精神的な要因で能力が使えなくなった職員を癒す施設となっている。(もちろん体のケアも出来る)


 身体の怪我は治せても精神を完治させるのは能力でも難しく、それなりに利用されるのだとか。

 才洲の例がまさにそれで、面談の他に記憶のスクリーニングや暗示・催眠などを行い能力を取り戻そうとしていたらしい。

 まあ未だに彼女は治っていないのだが…。


「どうしたんですか? こんなところに」

「ちょっとお前に用事があってな」

「私に…ですか?」

「ああ。ところで、その”腕と足“の具合はどうだ?」

「…相変わらずというか、いつも通りですよ」


 ため息とともに自虐的な嘲笑を見せる男。

 見ると、白衣の職員の後ろにある机には腕と足が一つずつ乗っかっていた。

 そして座る彼の右足、その膝より先には装具が取り付けられ、右腕はワイシャツの袖がだらんと垂れている。

 才洲が能力を失ってしまい未だ使えないのと同様に、彼もまた右の手足が離れたままとなっていた。


「筋肉とかが弱りすぎないようセルフケアもしていますし、一応こうして定期的に先生に診てもらってもいますが…本当に戻る日が来るのかなって感じですよ」

「ふむ…」


 彼の腕と足は、こんな状態だが血液の循環もしているし痛覚も通っている。外されただけで、くっついている時となんら変わらぬということらしいのだ。

 ただ自分の意志では動かせないので、外から筋肉や骨や神経に負荷をかけてやらないと弱っていってしまうという。

 そういう意味では、このリハビリ施設の一般的な使い方をしている数少ない例とも言える。

 そしてその利用日が、たまたま今日だった。


「それで、私に用事ってなんですか?」

「そのことだがな…お前のその腕と足を治せるかも知れないヤツを連れてきた。自己申告だがな」


 余計な一言を添える衛藤さん。


「本当ですか…?」

「ああ。コイツだ」

「どうも」


 衛藤さんに指名され俺は軽く前に出る。

 すると今度はしっかりと、そして驚いた表情でこちらを捉えた。

『まさか君が? 衛藤さんのボディーガードじゃなくて?』と視線が語っているような気がしたのは気のせいかもしれない。


「彼は私がこれまで会った中でも一番優秀な治療術師だ。そこは保証する。今も下の医務室のベッドを空にしてきたところだからな」

「空にって…ありえません。中には生命維持装置がなければ10秒で死んでしまうような状態の職員もいたハズです。それを全員治療って……まだ全員殺して空にしたの方が説得力があります」

「だとしたら、依頼した俺の頭のカウンセリングが必要だな」

「あ…いや」


 なんつー事を言うんだこの人は。

 まあ気持ちは分からないでもないが、思っておけよ。


「確かにお前のそれは普通の怪我とは違うから、治せる確証はないそうだ。だが試してみる価値は存分にある。少しだけ付き合ってみる気はないか?」

「…衛藤さんがそこまで仰るなら」


 衛藤さんの熱心な説得により、ようやく首を縦に振る弓削。

 にしても、俺が何もせずとも随分と推してくれたもんだ、衛藤さんも。

 俺の打算で治したいだけなのに、テンポ良く事が運んでいる。素直に感謝だ。


「君。君に、本当にこの腕と足が治せるのかい?」


 弓削は立ち上がると俺の前に立ち、右袖の部分に左手を添える。

 あるはずの腕を惜しむように、視線を右半身に移しながら俺に語りかけてくる。

 それは、低いと言われてきたであろう完治の可能性に灯った一縷の望み。

 やっぱりダメでしたと、アッサリ消えてほしくない彼の感情から来る確認だった。


 俺はそれに、気休めでも予防線でもない素直な感情で答えた。


「やってみないと分かりません」

「…………だよな。スマン」


 きっと治してみせますと言ってやりたいのは山々だが、稗田の能力“ノーサイドゲーム”の状況下では俺の回復は機能しなかった例がある。

 だからここは過度な期待を持たせないよう、しかし衛藤さんの言うように”試してみる価値アリ“だと思わせることが肝要なのだ。


「ただ、リスクはありませんし時間も取らせません。少しだけ付き合ってもらえれば良いのですが、いかがでしょうか」

「…うん。衛藤さんがそこまで言うんだからきっと凄い能力者なんだろう。それに何もしなくても快方に向かってるわけじゃないし、少しは試してみないとだよな」

「じゃあ…」

「ああ。治療、お願いするよ」


 ようやく乗り気になってくれたようだ。あとは俺の考えが合っていれば良いのだが。

 まあ時間も惜しいし、さっさとやってしまおう。


「それで、その治療はどこで?」

「医務室の一角を借りてやります。準備も衛藤さんから頼んでしてもらっているところなので、早速行きましょう」


 俺は三人で、先程までいた医務室へと戻ることにしたのだった。



「あの、本当に大丈夫…?」


 俺の前にいる男が心配そうに顔だけこちらに向けて語りかけてくる。

 その瞳は不安でいっぱいだ。


「いいから動かないでください」


 そんな男を尻目に、俺は男の背中側から右腕の脇の下にナイフをピタッと充てがっていた。


 状況説明をすると、まず男を椅子に座らせている。血で衣服が汚れないよう上半身は裸にし、足の装具は外してもらっていた。

 少しだけ残った二の腕の下には、医務室スタッフが四角いバットのようなものを構えている。同様に右足の下にもバケツが置かれていた。

 これは、これから行われる“治療行為”により血で床を汚さないようにするための配慮である。


 具体的に何をするかと言うと、才洲が切り離した手足のもっと根本の方を切り落とし、俺の能力で回復させようということだった。

 才洲の能力による手足の分離は他の治療術師が語るように、ダメージとして認識されていない。俺のLIFEゲージスキャンにもそれは同様に表れている。

 だからさらに体に近い部分でちょん切って、ダメージにしてしまおうという作戦であった。


 才洲の能力が”腕そのものの在るべき姿を切り離された状態にする”モノであるならば、残念ながら俺の能力でも無理だろう。

 生えてきた腕はきっとセパレートになって出てくる。

 だがもしそうではないのならば、新しく生えてくる腕は繋がった状態のはず。

 それをこれから試そうというのだ。


「あの、なんか怖いなぁ…」

「大丈夫てすって。痛みもないし、失敗したからって前より酷い状態になるわけじゃないんですから」

「でも…」

「いい加減腹を括ってください」


 不安そうにグダグダと言い続ける男を一蹴する。

 するとようやく覚悟を決めたのか、顔を正面に向けた。俺と同じ方を向いている形になる。


「……さあ、始めてくれ…!」


 表情はこちらからは見えないが、きっと目をギュッと瞑り歯を食いしばってその時を待っているのだろう。

 語気からその恐れが伝わってきていた。

 あまりビビらせるのも申し訳ないので、サクッとやってしまおう。


「…はい。とりあえず切断完了です」


 脇の下からナイフを切り上げ、まずは右腕の残りを切り落とす。

 実はこっそり男の泉気も消しているので、支給品の泉気ナイフは抵抗もなくいとも簡単に肉と骨を断ち切った。

 そして切れた腕は予定通り、医療スタッフの持つバットの上に落ちる。才洲の能力とは違い、断面に血を滲ませながら。


「…うーわ……」


 男は自分の腕の状態と出血を見て、ドン引きしている様子だ。

 腕が無いことには慣れていても、ここまでスプラッタな光景には流石に耐性がないのだろう。

 片目を瞑りながら引きつった顔で声を漏らしている。


「次、足いきますよ」


 回復できるとはいえいつまでも血を流し続けるのは宜しくない。

 ちゃっちゃと済ましてしまおう。

 俺は大腿部にナイフを突き立て、腕と同じく一気に切断した。


「すみません、腕と足を持っていってください」


 手筈通り医療スタッフが入れ物ごと男の手足を奥の部屋へと持っていった。

 俺の能力の回復の性質上もとの部位が近くにあると、それを優先してくっつけてしまう。

 先端の切り離された手足がまたくっついても意味がない。

 だから離れた位置に移動させてもらったのだ。


 そして男の手と足の下には、血液を受けるための代わりの器が用意されていた。


「さて、では…」


 俺は医療スタッフが遠くに行ったことを確認すると、念じてLIFEを読み取り一気に回復させた。

 すると―――


「お…お…おあおおおおお!」


 すぐに男の驚く声が響き渡った。

 そう、手も足も無事元通りになったのだ。

 一片も欠ける事なく、復活を果たした。

 そして何度見ても手足が生える時のリアクションは大げさで面白いな。


「え、衛藤さん……!」

「だから言っただろ。治せるってな」


 腕を組みながら後ろで見ていた衛藤さんがそんな風に答える。

 かなり信用してくれているようでなによりだ。


「あ…き、君もありがとう! 正直もう治らないと思っていたよ…! 本当に…」


 興奮した様子でお礼を述べる弓削という職員。

 他の怪我人と違い期間も長く、なにより治すまでの間意識があっただけに、その絶望感とそこからの復活の喜びはひとしおだろう。


 しかし彼を助けたことに関しては慈善だけではない。俺による駒込班矯正の一環であるのだから。


「お礼はいいですけど、一つ手伝ってほしいことがあります」

「手伝う…?」


 思わぬ要求に首を傾げる男だったが、すぐに二つ返事をしてくれた。

 治してくれたお礼に何だってやると息巻いている。それはそれは…良かった。


「アナタにお願いしたいことは―――」


 俺は彼へと計画の一部を伝えたのだった。











 _________











『才洲 美怜さん、才洲 美怜さん。おりましたら至急第2執務室までお越しください。繰り返します―――』


 夕方の特対本部に、またしても衛藤の声が響き渡る。

 内容はピース出身の駒込班職員、才洲を自らの執務室に呼び出すというものであった。

 彼女の置かれている状況の事を知り、尚且つ新入職員が参加する能力判定テストに一緒に参加するという現状を知らない多くの職員は、『いよいよか…』と悟ったに違いないだろう。

 そして呼び出しを聞いていた本人も、テストを待たずに自分に引導が渡される事を予感し、重い腰を上げ籠っていた私室から出ることにした。

 その表情はどこか清々しいような、無念に感じているような、何とも言えないものだった。


 そして彼女が目的である第2執務室のあるフロアでエレベーターを降り歩みを進めていると、見覚えのある職員が車椅子に乗りこちらをうかがっていた。

 まるで自分を待ち構えていたかのように…。


「あ…ゆ、弓削さん」


 才洲は当然その職員の事を知っていた。

 自らが能力で攻撃をし、任務はおろか未だに日常生活を満足に送る事も難しい体にしてしまった相手なのだから。忘れるはずもなかった。

 自分が原因であり、自分の心に影を落とす原因にもなった職員である。


 そして才洲の目の前にいる弓削は卓也により治療してもらったが、今はまたしても右手足を失っているように見える。一見すると以前のままのように思えるよう偽装していた。

 右手は袖を通さず折り畳み体に付けるようにしてしまう。

 右足はズボンに穴をあけてそこから足を出して折り畳み、車椅子の上に正座のようにしておく。膝の上にはタオルのような物をかけて、なるべく見えないよう工夫していた。


 中学生が体育の時間にジャージでふざけて隻腕のフリをするに等しい仕掛けだが、弓削に後ろめたさのある才洲は指摘はおろか彼を直視する事すらままならず、完治している事に気付けずにいたのだった。


「よぉ、才洲。元気そうだな」

「いえ…別に元気では……」

「ちゃんと手足が生えてて、元気そうじゃねーか」

「……はい」


 弓削の痛烈な皮肉に言葉を返せなくなってしまう才洲。

 全ては卓也が、この先の執務室から無線で指示し弓削に喋らせている言葉である。

 治療の対価として、卓也は弓削に言われた通り行動するよう持ちかけたのだ。全ては彼女のためにと。

 そしてその時弓削は特に躊躇うことなく了承した。まさかこのような辛らつな言葉を投げかけることになるとは思いもせずに…。

 いま彼は、後悔と若干の胃の痛みに悩まされていた。


「お前、ここを辞めるそうじゃねーか。いいな、平和な生活が送れるようになってよぉ」

「…」

「黙ってないでなんか言えよ、コラ」


 何も発せずただ下を向くだけの才洲に浴びせられる言葉の刃。

 駒込班にだけ発動するらしい軍曹的ドS感が無線機を通じて彼女に襲い掛かる。

 間に入っている弓削は内心『勘弁してくれ』と思っていた。

 一応卓也は事前に才洲と弓削の現在の関係性を確認し、最初以外ほとんど話していないことを聞いた。

 それを受けて卓也は怪しく笑う。

 今思えば、その時に引き返しておけばよかったと思う弓削なのである。しかし後の祭りだ。


「で、俺の手足はいつくっつけてくれるワケ?」

「…それは」

「ショックで使えなくなったっていうけど、俺はそれ以外はもう完治してるワケよ。ならどうしてまだ使えねーんだよ」

「………わかりません」

「……はぁ…」


 卓也からの無線での『クソでかため息』を忠実に再現する弓削。


「エースと呼ばれていい気になって、そんな自分のミスに失望でもしたのか? 元から大した事のない人間が、勘違いで自信を無くすとかどうなってんだよ…」

「すみません…」

「たかがピース…? の人間か、何を偉そうにしてんだか…」

「すみません…」

「特対からも自分からも逃げて、逃げて逃げて、行きつく先はどこだ?」

「すみません…」

「お前はこれからも―――!?」


 罵倒と謝罪を交互に繰り返す二人だったが、突如途切れる。

 弓削のターンのはずが、言葉が出てこない。無線からは次の罵倒が聞こえているが、それが弓削の口から放たれる事はなかった。

 何故なら、謝罪を繰り返す才洲の左目から、静かに涙が流れていたからだ。

 それを見て、弓削は次の口撃を繰り出せずにいたのだった。


 だがこの涙こそ、治療を次の段階に進める合図である。

 卓也の指示を受け下を向いてしまった才洲に近付くと、ゆっくりと彼女の左肩に"右手"を置いた。


「……なんてな」

「…………………え?」


 自らの肩に置かれたあるはずのない手と弓削の顔を交互に見やり、目を大きく見開いて『これは一体どういう事か』と頭の上に大きな疑問符を浮かべている才洲。

 勿論立って自分の元まで近付いている事も、彼女からしたら有り得ない光景だ。


「なーんちゃって…☆」

「え…ええ……え…!」


 尚も混乱する才洲に近付く一人の人物。

 その人物は執務室から出ると、彼女の後ろからゆっくりと近付いて一声かける。


「弓削さんなら俺が治した」

「………つか…さん…」


 声のする方、つまり真上を見る才洲と、彼女の真上から下を覗きこむ塚田。

 奇妙な形で視線を交える二人。才洲は未だ困惑中で、塚田は笑っている。

 対照的な二人の会話が始まるのだった。


「お前が外した腕は俺が治した。もうお前のクソッタレな能力の被害者はいねえ。身内にはな。居ても俺が治してやる」

「え…あ…」

「良かったな。これで何の未練もなく辞められるぞ」

「あ…りが……」


 変な体勢のまま、卓也の迫力に思わず礼の言葉を発しかける才洲。

 だがそれを卓也は阻止する。

 才洲の顔を両手で掴み、さらに自身の顔を彼女に近付け、そして―――


「礼などいらん。だが一晩じっくり考えろ。お前のこれからの進路をな」

「進路…?」

「特対から尻尾を巻いて逃げる見苦しいウジ虫か。弱いなりに敵に立ち向かって死ぬ勇敢なウジ虫かをだ…!」

「う…あ……」

「もしも逃げないなら、俺がお前を限界まで使い尽くして、ボロ雑巾のようにして捨ててやるから楽しみにしておけ」

「…っ!」


 卓也の言葉を聞き膝から崩れ落ちる才洲。だがそれは、恐怖によるものではない。

 彼の言葉に、脊椎に電流が走ったのだ。

 だがそれを知る者はこの場にはいない。


 そして言いたい事を言い終えた卓也は、執務室からこちらの様子を窺っていた衛藤と志津香の元へと向かう。


「行くぞ志津香」

「分かった」


 卓也の誘いに二つ返事の志津香。だがそれを衛藤と弓削がそのまま行かせるハズもなく…


「おい塚田…才洲はどうするんだ?」

「どうって…あのままですけど?」

「あのままって…」

「泣いてたぞ、彼女」


 弓削は、卓也の指示を受けていたからとはいえ、自分の言葉の刃で若い女性職員を泣かせてしまった事を気に病んでいた。

 いくら自分の手足を奪ったとはいえ、あの絶望の表情と涙を見て溜飲が下がるほど憎んでなどいない。

 むしろ必要以上に才洲の心を痛めつける卓也に対して怒りの感情が芽生えていた。


「あれでいいんですよ。彼女は」

「いいって、どこがいいんだ」

「優しい言葉をかけるだけが治療じゃないって事です。あらゆる施術やカウンセリングが効かなかったヤツの受けたショックは、別のショックで上書きするしかないと考えました」


 卓也の駒込班矯正計画の中で、才洲は別枠だった。

 彼女は高すぎる自己評価と、そこから落ちたことによるショックで沈んだ。それは他の三人と同じやり方で治るとは思っていなかった。

 そこで実行したのが先ほどまでの作戦。

 徹底的に痛めつけてからの安心…からのまた攻撃。強いショックで過去のトラウマを上書きし、再起を試みたのである。

 また最後のメッセージには彼の思いが込められているが、それに気付くかは彼女次第となっている。


「"アレ"で才洲は立ち上がると思うか?」

「さぁ?」


 衛藤からの問いかけに曖昧に返事をする卓也。

 これははぐらかしているワケではなく、彼の本心だった。


「さぁ…って、お前……」

「これでダメなら、アイツはその程度の人間だったってことですね。遅かれ早かれ潰れていたし、何をしても治らないならここに居る方が可哀想でしょう」

「引導を渡してやったということか…?」

「ええ、特対の為にもね。能力判定テストへの参加を言い渡されて、本人も周りも勝手に『ラストチャンス』だと思い込んでいますが、そうじゃないかもしれない。しかしいつまでもウダウダ残られても邪魔だから、さっさと消えて貰わないと」

「…」

「俺はむしろ、被害が弓削さんの腕と足が数年使えなかったくらいで済んで良かったとさえ思っていますよ」

「随分と厳しいな…」


 卓也の考えに黙る弓削と、理屈は分かるがそこまで割り切って考えられていない衛藤。

 みんなに厳しく接するが基本は特対の職員を全員戦友であり仲間だと思っている衛藤と、そうではない卓也で差が出た形だ。


「厳しいとか優しいとかじゃなくて、今の俺が優先すべきは自分の身と、駒込さんの進退です。才洲は後者にとって邪魔でしたので、決着を付けたかっただけですよ。立ち直るにせよ、消えるにせよね…」

「そうか…」

「じゃあ、俺たちはもう行きますので」


 志津香を連れて立ち去ろうとする卓也。それをただ見送る事しかできない衛藤と弓削。

 衛藤は卓也の中のこれまでとは違う一面を目の当たりにし、一体何があったのかと考えを巡らせていた。

 奇しくもネクロマンサー事件が終息し元の精神状態に戻った自分と、はっきりと変化がみられる卓也との対比となっていたのであった。


 そして才洲はしばらくして立ち上がると、フラフラと自室へ戻っていった。その様子を目撃していた職員は、薄ら笑いを浮かべる彼女に恐怖を覚えたのだとか…。
















 _________













「卓也、このあとは?」


 衛藤さんの執務室から離れエレベーターに乗っている時、志津香が俺に質問を投げかけて来る。


「やる事が結構あるぞ。明日の外出届と、駒込さんの許可取り。あと先に新見兄に連絡して…それから…」


 志津香に対して自分の中の段取りをポツポツと説明する。

 例の映画を見て思いついた計画を早速実行に移すため、俺は色々と組み立てていた。

 新見兄妹の協力は不可欠だし、一人分の外出届と駒込さんへの報告と、一番大事なのは水無雲に手伝ってもらって行う―――


「駒込班の三人をゲッツしないとな」


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