第332話 済まなかったな
『塚田卓也さん 塚田卓也さん 居ましたら医務室までお越しください』
映画を見終わった直後のこと。計ったようなタイミングで放送が流れた。
そしてそれは、いつかの再現のようだった。
特対の管理職のひとり、衛藤さんが俺を呼んでいる。
時刻はもうすぐ夕方になる頃だった。
「卓也、何かした?」
「覚えがない…というか、治療だろうきっと」
すぐに俺の悪行を疑うのはやめろ…というのは置いておいて、今日はエントランスではなく医務室だから分かりやすい。
衛藤さんは俺に傷ついた職員を治療させようとしているのだ。
勿論疑問がないわけではない。予め頼むつもりであるならば衛藤さんが直々に、しかも放送で呼び出すなんてのは普通じゃない。
何か“本当の用事”のついでに治療をさせるような、そんな意図を感じる。
だがまあいい。俺もついでにやっておきたいことがあったからな。
衛藤さんという後ろ盾があればかなりスムーズに運べるだろう。
「俺はこれから医務室に行くけど、志津香は…」
「当然一緒に行く」
「んじゃ向かおうか」
俺は志津香を連れて、早速医務室に向かうことにした。
「遅かったな、塚田」
医務室の入口で俺達を出迎えたのは衛藤さんだった。
スーツ姿で、相変わらずのコワモテを引っ提げて俺と志津香を待ってくれていたようだ。
「ひどいなぁ。これでも真っ直ぐ来たんですよ?」
「…まあいい。お前にはまた負傷した職員の治療を行ってもらいたいのだが、いいか?」
「勿論です。行きましょう」
「わかった。ところで、竜胆はまた付き添いか?」
衛藤さんは俺の横にいる志津香を見てそう口にする。
「私は助手」
「………邪魔はするなよ」
無駄なやり取りをしたくないという複雑な表情をしながら、衛藤さんは志津香の存在を渋々認めて俺達を医務室内のベッドがあるエリアへと案内するのだった。
入口の自動ドアをくぐり受付の横を通り抜け、真っ白い綺麗な廊下を進む。途中の扉には目もくれず、最短コースを歩いている。
そして着いたのは、治癒能力でも治しきれない重篤患者が多くいる場所。
ここには体に様々な管や機械を取り付けられ、ギリギリ生きている者たちが集められている。
ある者は四肢のいずれかを失い、またある者は内臓を損傷し、生命維持装置の助けなしでは数分ともたないほど深刻なダメージを負っていた。
特対はその業務上、連日多くの怪我人が出る。だが怪我人の発生頻度に対し、病床数はそれほど多くはない。
何故なら、骨折程度であればベッドに何日も寝かせるまでもなく、能力で治してしまえるからだ。
特対の用意しているベッドは、『能力でもすぐには治しきれないほどの重症者』か、または『治る見込みのない者』の為のものであった。
前者は一度に回復させることができないレベルな怪我のため、何日もに分けて能力者が治療を行う。ポピュラーな症状としては、炎熱系能力者から受けた大火傷とかが挙げられる。
後者は特対の設備や能力者では完治が不可能なレベルであり、一定の期間内で治療できる能力者を各地で探す。もし見つからなければ、死ぬような症状でなければ別の仕事をあてがったりするが、それ以上なら…。
装置にも限りがあるからだ。
だが俺が来たからにはもう大丈夫だ。
「この職員が最も重症だ。四肢は切断され、内臓のいくつかを損傷あるいは失っている。装着の電源を止めれば1分ともたない」
ある男の眠るベッドの近くまでたどり着く。
ここは大勢の職員のいる広い部屋のさらに奥にある、いわゆる集中治療室のような場所だった。
個室になっており、多くの機械がベッドを囲むように並んでいる。医務室の中でも数に限りがある特別な部屋だ。
「…たしかに、酷い状況ですね」
男の口には呼吸器、体の中には複数の管が伸びていた。管には血液と、なんらかの体液を循環させているものと思われる。
あとは点滴なども行っているのだろう。とても口から物を取り込める状態じゃないからな。
手足も、詳しくは見えないが綺麗に切断されたわけではなさそうだ。おそらく強い攻撃により消し飛んでいる…
俺は機械や包帯が巻かれまくった男の体で比較的露出している額に指を当て、念じた。
すると頭の中にLIFEが浮かび上がる。残りはもう僅かで、格闘ゲームで言うならパンチ一発ガードしても死ぬような感じだ。
「衛藤さん、取り外しの準備を」
「ああ…」
俺は回復の前に衛藤さんに確認をする。生命を維持する大事な機器を体から取り外す手筈の確認だった。
何故ならそれらが体に刺さりっぱなしでLIFEを全回復にしてしまうと、今度は健康になった体の邪魔になってしまうからだ。
前回の治療でそれを学んだ俺は、半分まで回復させた後に生命維持装置を取り外すという攻略法を見出した。
同じくその手法を知っている衛藤さんは予めすぐ動ける準備をしてくれていたというワケだ。
「いいぞ」
「では、行きます」
俺が能力を行使し、LIFEを回復させていく。
見た目の変化はまだ現れていない。それは重要な内臓系から回復していっているという証拠でもある。
そして、切断された足の再生が始まったタイミングで―――
「今です、衛藤さん」
合図を出すと、衛藤さんが体に繋がれている管の中の点滴以外の物を急いで取り外し始める。
液体が飛び散らないように慎重に、かつ迅速に事を運ぶ。
「よし、完了だ」
「ありがとうございます」
衛藤さんからの完了報告を受けた俺は、残りのLIFE回復に努めた。
すると四肢がみるみる生えてきて、数値マックスの頃には肌ツヤまですっかり良くなっていた。
これで施術は完了だ。
「……あれ…、ここは…?」
意識を取り戻した男が、自分の置かれている状況を理解できず口にした。
くぐもった声は呼吸補助のための機材のせいだ。
透明なマスクの部分が喋るたびに曇っている。ここまで呼吸も意識もはっきりしているならもう必要ないであろうことは、LIFEポイントが読み取れない者でも分かる。
「起きたか」
「衛藤…さん?」
「お前のダメージはこの職員が取り去った。ゆっくり起きて、まだ異変がないか調べなさい」
衛藤さんが指示をすると、男は言われた通りゆっくりと上体を起こし、まず呼吸器を外した。
そして浅く息を吸って吐くを何度か繰り返し、徐々に深く呼吸をし始める。
そしてその間、上体を捻ったり手をグーパーさせたりし異変を確認していた。先程まで存在すらしていなかった両手の確認を。
「…よっこいしょ」
上半身に異変がないことを確認したであろう男は、ベッドから降りて屈伸や前屈などをして下半身ないしは全体の状態をチェックする。
そして程なくして…
「どこも異常ありません」
と、衛藤さんに答えたのだった。
「そうか」
「あの、一体自分は…?」
「覚えていないか。もう昨日の任務になるが…」
衛藤さんは記憶が曖昧な男に説明をし始める。
彼が任務で敵の攻撃を受けて瀕死の重傷を負ったこと。今まで生死の境を彷徨っていたこと。
そして、治療が完了したことを。
「そんな、傷を…治…貴方が? よく…」
男は先程まで自分の命を繋ぎ止めていた管、そしてそれが伸びている機械類を見て怪我の程を悟る。
さらにそれが完治したことに動揺を隠せないでいた。
「捻くれた性格と恋の病以外は治してみせましょう」
「…好きだなそれ」
大規模作戦の打ち上げでも披露した軽口に呆れ顔の衛藤さん。
まあ冗談はさておき。
「さて、お喋りもいいですが怪我人が待っていますし、まずは治療を」
「そうだな」
こうして俺と衛藤さんは片っ端から治療を始めるのであった。
ベッドを使うのは手足など体の欠損をした職員が多く、命に別状はないものの治る見込みがないとされる扱いだ。
「うお…! 再生した」
「すごいわ…私の足が…」
「ボクの…王の力が…!」
退職は免れない怪我からの突然の復帰を果たした職員たちは、みな同様に驚きを見せる。(よく分からんリアクションの者もいたが)
初回の俺の治療を受ける者としては模範解答のような反応だ。
そしてあらかた治療を終え、野次馬と化した元重症者たちを『念の為の精密検査』に向かわせた衛藤さんは、いよいよ”話“を切り出した。
「塚田」
「はい? どうかしましたか?」
「………済まなかったな」
「いえいえ。嘱託とはいえここの職員である以上、俺の能力は特対のもの―――」
「いや、そうではない」
「? じゃあ一体何を…」
「あの時の夜のことだ」
衛藤さんは回りくどく俺を呼び出したかと思えば、今度はストレートに話を切り出してきたのだった。
ずっとできていなかった、あの11月の出来事の話を。
「尾張の…ネクロマンサーのアジトで俺は、本気でお前を撃ち、ヤツを殺そうとしていた。尾張はともかく、お前に銃を向けていたこと…それについて、謝罪がまだだったなと思ってな」
「謝らないでください。お互い様です」
「しかし、俺は復讐心に囚われ警官にあるまじき行動をしてしまった…。くだらぬ私欲に支配され、お前を―――」
自分が悪いと言い張る衛藤さんは中々引き下がろうとしない。
だが俺は気になる言葉が聞こえ、話を遮り反論することに。
「くだらぬ私欲、いいじゃないですか」
「なに…?」
俺からの思わぬ肯定に、あからさまに眉をひそめる衛藤さん。
だが、本心だ。
「俺が特対を出し抜いてあの場に先回りしていたのも、その“くだらぬ私欲”のおかげですからね」
「…そうなのか」
「俺はどうしても尾張と直接決着をつけたかった。そのために独自に動いていましたし、結果特対と衝突してもそれは仕方がないことだと思っていました」
死んだ人間のために戦うという意味では、俺と衛藤さんは似た者同士かも知れない。
片や数十年来の戦友の敵討ちのため。片や恩人の尊厳のため。俺達は自分の復讐を優先させた。
「普通に考えたら『特対を敵に回してもいい』なんて、どうかしてるでしょ? でも、俺の私欲はそれほど大事なものでした」
「……」
「俺達は互いのやりたいことをして、ぶつかった。ただそれだけ。違いますか?」
別に庇いたいとかそういうことじゃない。
好きなことをした者同士に謝罪もなにもないって事。
衛藤さんに謝ってほしくはないし、俺も謝るつもりはない。できれば元の関係に戻りたいだけだ。
「衛藤さんが謝るのは、振り回した職員に対してであって、俺にではないのでは?」
衛藤さんのことだから、部下に対してもう謝罪しているだろうけど。
「………そうだな。お前に謝罪する必要はどこにもなかったな」
「ですね」
「…しかし、まさかお前に励まされることになるとはな……」
「これでもヒーラーなんで」
「だとしたら前に出過ぎだ」
「…はい」
攻撃してくる相手が居なくなれば治療の必要もなくなる。
つまり攻撃は最大の回復…ってことにならない?
「そういえば、衛藤さんに聞きたい事があるんですけど、いいですか?」
「なんだ?」
わだかまり(?)も解消したところで、俺は衛藤さんに話を切り出す。
ここからは俺のための活動だ。
「1課の才洲って職員がいるじゃないですか」
「ああ、あの…」
珍しい苗字のためか、すぐに思い当たる人物を思い浮かべたような顔をする衛藤さん。
境遇も、まあ珍しいからな。
「アイツに腕を落とされたっていう職員が特対系列の何処かの施設にいるみたいなんですが、知りませんか?」
「ああ…それならちょうどリハビリでここに来てるぞ」
「おお、それは丁度良かった」
すぐに行けるような関連施設じゃなかったらとか、衛藤さんの権限で入れなさそうな施設ならどうしようとか色々と考えていたが、本部の中にいるなら話は早いな。
「衛藤さん、その人をここに呼んでくれませんか? もしかしたら治療ができるかもしれませんので」
「それは構わないが…」
「?」
少し躊躇いを見せる衛藤さん。
何か呼び出しづらい理由でもあるのだろうか。
「お前、悪い顔をしているぞ。本当に治療をするのか?」
鬼軍曹の影響が出てしまったのか、俺の腹の中を当てる衛藤さん。
だが、治療を試みるのは本当だ。
そのついでに少しだけ矯正をするだけ。
困る人はいない。優しい世界だ。
だから俺は迷わずこう答えた。
「全ては特対のために」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます