第327話 選択の話

「どうしたの? 塚田さん」

「ん、ちょっと知り合いからメール」


 兄弟子から教育の参考になる映画を教えてもらった。

 端的に言えばこういうことだが、そんな発言してしまえば突っ込まれるのは必至。

 なので俺は適当にぼかすことにした。

 だがそれがかえって伊坂の好奇心を刺激してしまう。


「えー、アヤシー。彼女からなんじゃないのー?」

「いや、違うよ。彼女とかいないし」

「本当にー? 旦那モテはりますやんー」


 謎の関西弁を駆使しながら肘で俺の脇腹をグリグリする伊坂。

 女子はこういう話になるとテンション上がること多いよな。

 そして今どき女子高生の彼女もそれは例外ではないようだ。


「ていうか、彼女募集中ならー、ワタシ的には沙羅さんがオススメかなー」

「なんでまた和久津を…」

「えー、だってカッコいいし背も高いし、お似合いだもん、二人」


 先ほどまでと打って変わり、キラキラと目を輝かせる伊坂。まるで水を得た魚だ。

 そして彼女は恩人ともいえる和久津沙羅を俺に勧めてきたのだった。

 しかしいつまでもこの話題を続けられても困るので、強引に区切ることにする。


「こら、今は進路相談だろ」

「あたっ。はーい…」


 頭を軽くチョップすると反省したフリをする伊坂。

 ようやく脱線から軌道修正できそうだ。


「…じゃあ改めて、今度は大学の良さを教えるよ」

「お願いしまーす」

「大学はズバリ…」

「ゴクリ…」


 口で緊張感を表すノリの良い伊坂。


「自由だ」

「自由?」

「そう、自由。勉強するのも、遊ぶのも、恋愛をするのも自由な場所と時間。それが大学だ。俺の感想だけども」


 一部では社会に出るまでの"猶予期間モラトリアム"なんて例えることもある。

 ただし、入る学校・学部によるが。

 日本の大学は入るのが大変で出るのは楽とも言われている。そのせいで優秀な人材が云々かんぬん…というのは一旦置いておこう。

 今は楽しさを彼女にプレゼンする時間だからな。


「そうなんだね、大学って」

「ああ。俺のときは同じ学部の中にアルバイトやパチンコや麻雀にハマって、夏休み明けから来なくなったやつも何人か居たな。自由だろ?」

「いや、駄目じゃない。ソレ…」

「まあ、ロクデナシだな。親の金でな」


 大学生あるある。

 1年次のゴールデンウイーク、夏休み、年末、春休み。この辺で脱落者がポロポロ出る。

 調べたことないから真偽の程は分からないが、遊び好きなヤツ以外に馴染めない学生が実家に帰ってそのまま…というのがよくあるパターンだと思ってる。


 そして先述した”新しい世界“から帰ってこれなくなるパターン。

 例えば麻雀、パチンコなど。サークルの先輩に誘われたら、その先輩よりもハマってしまったり…。

 一応最低限取得しなければならない必修科目単位だけは、休んでもいい回数を計算してギリギリを攻めていたつもりが…何かの拍子に崩れてしまう、なんてことがある。


 さらに留年が決定して、じゃあ他の単位も来年取ろう…なんてことがありそのままグズグズに。


「まあそういうのも含めて、不思議な世界だったな」

「不思議かぁ」

「何ていうのかな…。会社みたいに出身地や個性がバラバラの人が、みんな違う方を向いて、利害関係なく集まってる…みたいな?」

「色んな境遇の人たちが、中高みたいに損得抜きで付き合えるとか、そんな感じ?」

「まあそうだな、そんな感じ。それが俺にとっては心地よかったんだよ」


 高校までは、極端に境遇や環境の違う者が同じ場所に集まる事はそうそう無い。

 同じような性質の生徒同士が、利害関係なく付き合う。

 付き合う人間の年齢も、中高なら通常は2歳差、あっても3か4歳差しかなく、人生経験にそこまで違いが生まれない。(教師は除く)


 社会に出ると、年齢や経歴がバラバラの者同士が同じ場所に集う。

 プロパーで入社して何年もそこに居る者や、中途で入り別の会社の経験も持った者。新卒、社長の子供や奥さん等々…。大変バラエティに富んだ人材と触れ合う機会が増える。

 が、当然属する組織内でそれぞれ役割が与えられているので、それを全うする為にコミュニケーションを取る事が多い。

 学生時代のように損得抜きで何でも話し合える友達、なんてものはできにくいと思う。


 大学はそれらの中間に位置していると思っている。

 高校と同じく受験により、ある程度同じような学力を有する人間が集まっている…ハズなのに。生まれ育った場所や経験が違うだけでなく、とても個性的な人間が、各々の目的を持ち同じ学び舎で生活をする。

 学生だから仕事のノルマや締め切りみたいなものに悩まされる事無く、しかしやり取りの中で面白い体験談が聞けたりカルチャーギャップを受けたり…。

 漠然と『卒業したらきっと2度と交わる事の無い道なんだろうなー』なんて思いながら、今この時を楽しむ。

 この距離感が、俺にはとても居心地が良かったりなんかした。


「大卒者10人に大学についての意見を聞けば、5通りくらいの話が聞けると思うぞ」

「そうなんだ。なんか、面白いわね」

「そうなんだよ。個人的には、迷ったら行った方がいいと思う」


 最終的には特対に入る! という明確な目標があるのであれば、早い段階で現場に行く方がいいと思う。

 しかし伊坂はその通りではない。それにこれは俺の意思でもあるのだが…

 彼女にはできれば危険な事には関わって欲しくない、というのがある。


 伊坂は先日まで、十分すぎる程過酷な経験をした。

 それを受けて、尾張への復讐ないしは今後同じような犠牲者を生まない為に特対で能力者犯罪を取り締まる…! という強い意志があるのなら、それを尊重するのも選択肢に入る。

 だが実際は復讐の対象がいなくなり、心に迷いが生じていた…

 言葉は悪いが"その程度"の熱量しかなかったのなら、俺はわざわざ苦しい道に進まないようアシストさせてもらう。


 別に知らない能力者が特対を目指すことに関してはなんの文句もない。

 戦力が増えて鬼島さんや駒込さんの負担が減るというのであれば、歓迎すべき状況だとも思う。

 しかしごく短い間だが一緒に過ごし、一度は地獄のような状況から抜け出した妹と同い年のこの少女を、再び戦いの場に送り込む気にはなれなかった。


「それに、大学に通いながらでも能力犯罪抑止には貢献できると思うしな。認可組織への所属や、長期休暇を利用して俺みたいに嘱託職員になるとかさ」


 Neighborの東條玖麗亜なんかは大学に通いながら組織の仕事もしている。

 奉仕活動であればそういうスポット的な関わりでも良いだろう。


「うーん…」

「まあ、あまり悩む時間も残されていないと思うけど。入る学部とか立地とか調べてさ、自分の学力で無理なく入れるところを―――」

「あのさ、塚田さん」

「おう、なんだ?」


 俺のプレゼン中に伊坂が言葉を挟む。遮ってまでというのは今日初めてだな。


「なんか、私に特対に入らないよう誘導してない?」


 あらやだ鋭い。


「そんなことないぞ。あくまで参考意見として、俺の体験談を聞かせてるだけだ。まあ特対の参考意見は嘱託しかやったことない俺には語れないから、どうしても偏りを感じてしまうのは仕方のない事だけどさ…」

「……そういうんじゃなくて。私に危険な事をしてほしくないと思ってるでしょ?」


 見事に本音を言い当てられる。

 そこまで露骨ではなかったと思うのだが…。

 言い当てた彼女を褒めるべきか、バレバレな己を責めるべきか。


 まあどちらにせよ、これ以上薄く誤魔化しても仕方ない事だけは確かだな。

 であれば、こちらも本音で応じないといけない。


「…危険な事をしてほしくないってのは、そりゃそうだろ? だって、折角自由になるために一緒に戦った仲間が、今度は自分で危険に飛び込もうとしているんだからな。行け行け、とはならないよ」

「…それは私が弱いから、心配ってこと?」

「それは違う。強い肉体や強力な能力を持っていたって同じだ。心配なのは変わらない」


 いのりや真里亜や七里姉弟もそう。

 俺は心のどこかにある『彼らに平和に暮らしてほしい』という感情を、完璧に捨て去る事は出来ない。

 どんな強力な能力も、ネタが割れていれば必ずつけ入る隙はある。無敵の人間なんて存在しないからだ。

 そして特対や能力者組織に属していれば、能力漏洩や恨みを買うリスクは格段に上がる。


「親御さんだって伊坂の事を心配して、進学するように言ってきているんじゃないか?」

「それは…」

「最初こそ『同じような被害者を出さない為に』って勢いと熱量があっただろうけど、今はそれもなくなって、止めるよう説得されてるんだろ」

「…」


 沈黙。それは俺の予測の答え合わせとなっていた。

 親御さんの立場になれば、これまで1年間殺人容疑をかけられ行方をくらませていた娘がようやく帰ってきたのに、また同じような危険な場所に飛び込んでいく。

 能力のことを抜きにすれば、普通は止めたがるだろう。


「もうぶっちゃけるが、能力犯罪防止とか、平和を守るとか、そういう強い信念がないなら、入職は止めたほうが良い。危険な場所に戻ってほしくないし、向いているとも思っていない」


 俺は強めの口調で止める。

 潮目が変わって能力者にも別の生きる道が生まれつつあり、コソコソと肩身の狭い思いをして生きる事も徐々に無くなっていくだろう。


 また、今回駒込班の裏メンターのような役割を受け、覚悟のない特対志望者の醜悪な有り様を間近で見た。

 おかしな無敵感や勘違い・思い上がりがない分ウチの班員より大分マシだが、迷っているなら絶対に食い止めたい。

 やらされている感では、絶対にもたないからだ。心も命もな。


「信念なら、私にもあるわよ…」


 伊坂は軽く反論をしてきた。

 信念がある割には言葉に強さがないが、それでも言われっぱなしではいられないとばかりに言葉を紡ぐ。


「そうか? 人から言われて迷ってる時点で、あるとは思えないがな」

「そんなことは…」

「じゃあ、いっこ聞いていいか?」


 俺は伊坂の覚悟の程を測るために、質問を投げかけることにする。

 少し意地悪だが、もしかしたらあり得るかもしれない状況に対する選択の問い…


「…なに?」

「もし俺と伊坂で任務に出ることになったとする。バディを組んで、敵の制圧にな」

「うん…」

「そして対峙した敵は能力を発動させる。その能力に俺達は追い込まれてしまった」

「…」

「伊坂は、自分が助かるために俺を殺さないといけなくなったら、どうする?」

「え…」


 究極の選択…というにはありふれたシチュエーション。命の選択の話。

 例えば俺が操られてしまってとか。一人しか出られない空間とか。

 一人しか生き残れないゲーム…とか。

 状況はいくらでも考えられる。そんな時に、彼女は果たしてどうするか。


 特対の任務は勧善懲悪じゃない。

 完敗することもあれば、残酷な結末が待っていることもある。

 毎回が黄門様のような展開なら楽なんだろうけどな。


「私か塚田さんか…って、そんなの、選べないよ…」

「選べなければどちらも死ぬだけかもしれない。そうなれば、俺達の命は無意味に終わる」

「でも…」

「これは”もしも“の話でも“万が一”の話でもない。任務に出るたびに、選択を迫られるかもしれないんだぞ」

「うぅ…」


 俺の問いかけに少しだけ顔を歪ませる伊坂。必要以上に脅かしているのもあるからな。

 でも、今言ったように大げさな話でもなんでもないんだ。

 それは突然やってくる。


「何も俺と伊坂じゃなくていい。俺と民間人の子供、助けられるのは片方だけとなったら、特対の伊坂はどっちを助ける?」

「そんなの…」

「そんなの?」

「………選べないよ」


 観念したように下を向く伊坂。

 意地悪な質問に対し、どちらを選ぶでもなく、”無回答“を選択した。

 だがそれでいい。


「ゴメンな、伊坂。かなり意地悪な質問をしちまった」

「…塚田さん」

「でも、無所属の俺ですら治療能力が無かったら、俺も周りの人たちも何回も死んでたと思う。だから、伊坂も能力者に関わるということの意味をよく考えてみてくれ」

「…………そうだね」


 本当は、尾張を追うと息巻いていたあの時に言ってあげるべきだったのかも知れない。

 事件が解決し落ち着いて、能力者の生きる道が広がった今さらになってこんな説教じみた事を言うのは卑怯なんだろうな。

 だが俺もあれから色々あって、考え方が変わった…いや、多角的に物事を見られるようになったのだと思う。


 だから伊坂にも色々な角度から自分を見て、本当にやりたいこと、なりたいものを改めて考えてほしいと思う。

 親に言われてとか、仇敵がいなくなったとか、能力が公表されたとか、外部要因は一旦捨てて。

 自分の内側から来るものを、しっかり掴んでほしいと思った。



「今日はありがとね。結構考えさせられたよ」

「なら良かったよ。でもまあ、最終的に決めるのは伊坂自身だからな。あまり時間はないけど、よく考えて、良かったと思う道を見つけてくれ」

「ん」


 結構偏った方に誘導しつつ『最後に決めるのは自分』と言うのはズルい大人な気もするが、俺が1から10まで決めるわけにもいかないのもまた事実だからな。

 これからも自分と、そして家族と将来についてよく考えてほしいところだ。


「ねえ塚田さん」

「ん?」


 伊坂の今後を思っていると、ふいに彼女から声をかけられる。


「さっきの質問さ、塚田さんはどうなの?」

「さっきの?」

「だから…自分と相手のどちらかしかってやつ。もし私を、その…殺さないと塚田さんが助からないってなったらさ…」

「ああ…」


 先ほどの覚悟の程を試す質問を、逆に俺にしてくる伊坂。

 散々偉そうにしていた俺が“選択”できるのかが気になっているのだろうな。


 ふと、去年の6月の出来事が脳裏に浮かぶ。

 俺は助けてもらい、今ここにいる。

 伊坂なら構わない。もしそんなシチュエーションになったとしたら、今度は俺が助ける…。


「大丈夫―――」

「え?」

「伊坂は絶対に死なせない。俺が護るからな」

「はぇ?!」


 彼女に対し決意表明をすると、何故か素っ頓狂な声を上げる。

 何かおかしなことを言っただろうか。


「蝿?」

「やっ…急に真面目なこと言うから…ちょっとビックリしただけ…!」

「ずっと真面目に話してたと思うが…」


 ふざけていたと思われていることに内心軽く驚きつつ、何故か呼吸を整える伊坂を見る。

 長い思考のループに陥っていた彼女だが、目には手応えのようなものが宿っている…気がした。


 出来れば危ないことはしないで欲しいが、自分の選んだ道を後悔せずに進んでくれれば、俺はそれを応援したい。

 そんなことを思うのだった。



「そうだ、伊坂。最後に一つ変な事を聞いていいか?」

「なに?」

「もし伊坂の能力で、例えば俺に『本物そっくりな機械人形である』っていう誤解を付与したら、周りの反応はどうなる?」

「えー…?」


 俺からの突然の問いに難しい顔をする伊坂。

 そりゃそうだよな。なんのこっちゃ…って話だ。

 だが俺にとっては重要な確認である。


「そうだなぁ…。普通は混乱して、すぐに『そんなワケないか』って術が解けると思うかな…」

「じゃあ、普通じゃないなら?」


 解けない可能性を残した物言いをする伊坂に、即座に食い下がる。


「対象者が一度でも『塚田さんにソックリの機械人形を見ていたり、その存在を噂ででもハッキリ聞いていたら』解けないかな…と思う。『ああ…あれがそうか』って脳内補完がされるはずね」

「なるほどね…。先に機械人形の方を認識していればいいのか」

「まあ流暢に会話とかしちゃって機械のクオリティを超えちゃったらバレるけど」


 誤解を維持する条件は、さほど難しくなさそうだな。


「でも急にどうしたの? そんなこと聞いて」

「実はあるサプライズ企画を用意しててな。少し協力してほしいなーって。この日の予定なんだけど―――」


 俺は伊坂のこの先の予定について聞いてみた。

 そして一通り確認が終わり、予定が合いそうだと感じる。


「―――じゃあこの日にまた受付に行くから、そこで頼みごとをするよ」

「まあいいけど…詳細は伏せたままなのね」

「一応、超サプライズだからな。ごめんな」

「いいけどね、別に。じゃあ、私はそろそろ行くわね」

「おう」

「色々とありがとうね」


 勉強に向かう伊坂に手を振り見送る。

 思わぬ再会だったが、俺にとっては非常に実りのある出会いであることを感じるのだった。



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