第326話 進路相談

「久しぶりだな、伊坂」

「うん、久しぶり塚田さん!」


 制服姿の少女が近づいて来て、パーッと嬉しそうに笑顔の花を咲かせる。

 ネクロマンサーをおびき寄せる作戦前夜に、伊坂自身に見せてもらった写真そのものの姿がそこにはあった。

 明るくて、活発そうな、ごく普通の高校生の姿。

 しかし特対本部のロビーに元気な女子高生というのは、中々にミスマッチな光景だな。


「塚田さんはどうしてここに?」

「伊坂はここでなにしてるんだ?」


 思うところは同じなようで、質問が被りお互い思わず笑ってしまう。

 そりゃあそうだ。かつての戦友との再開が特対ここなんだもんな。


 最期に会った時、彼女は確か4月から特対に入ると言っていたし、まあそれの準備というか、手続き的な何かなのだろうということは分かる。

 となると俺がここにいる理由の方が不明点が多いかな。

 先に話をさせてもらおうか。


「先、話していいか?」


 俺は軽く手を挙げて先制の権利を主張する。

 すると伊坂は『あ、どうぞ』と快く順番を譲ってくれた。どうやら最初から遠慮する気があったようだ。

 それではありがたく話をさせてもらおう。


「俺は今、ある依頼を請けてまた嘱託職員としてここにいるんだ」

「依頼って…この前の清野さんって人からの?」

「いや、アイツは今回は関係ない。依頼を請けたのは、まあ詳細は伏せておくけど…交換条件みたいなもんなんだ。だから、今は自分の意志でここにいるよ」

「…そっか」


 余計な心配をかけぬよう、詳しい内容には一切触れずに簡潔に今の状況を説明する。

 それを受けた伊坂は、不安でも安心でもない、なんとも言えない笑顔で納得したように頷いたのだった。

 これ以上掘り下げることもなく、足りない情報は想像と予測で補完して…。


「塚田さんは大変だね」

「大変…って、何が?」

「いつも何かと戦ってるみたい」

「そう………かもな」


 俺がトラブっていることにはあっさりと辿り着いたようで、同情されてしまった。賢い子だ。

 俺が曖昧な返事をすると、伊坂は思うところがあるようで、自分の話を切り出してきた。


「私はさ、ネクロマンサーの件以降、ここには定期的に“勉強”をしに来てたんだよね。スクーリングってやつ?」

「勉強か…。でもなんでまた?」

「特対がね、私が1年間学校に通えなかった期間を特別措置で補填して、今年の3月で卒業させてくれるって言ってくれたんだけど」

「あぁ、そんなこと言ってたね」

「でもね、ただ『3月で卒業していいよ』ってことじゃなくて、『高校卒業相当の学力を有する』って条件が付けられたの。それで、勉強をね…」

「それは…大変だな」

「人生で一番勉強をやってるわよ…」


 少しゲンナリしている様子の伊坂。

 やはり、ただ卒業させてくれるほど甘くないか。


「なんか先生が、特対でも教鞭をとってる人らしくて、超スパルタなの…」


 …ピースの教師かもな、それは。


「じゃあ、3月の卒業資格にむけて頑張ってるって感じか?」

「…………んー、今は大学受験の勉強もやってるって感じかな」

「あれ、進学するんだ」


 てっきり特対に入るもんだとばかり思っていた俺は、進学という選択肢があることに驚いた。

 というか、さっきの特別措置ってのは『すぐに入職してほしい』という特対の打算と噛み合った結果じゃないのか?

 それを4年も先延ばしにするような事を認めてくれるなんて、ちょっと意外だ。


「まあ、今のところまだ悩み中って感じかな。本当はもうそんなこと言ってる時期じゃとっくにないんだけどさ。共通テストも受けてるしね…」

「特対になりたくないとか?」

「んーん。そもそも進学しないかって提案してきたのも、特対からなんだよね」

「…へえ」


 ますます意外な展開に思わず唸る。

 伊坂ほどの強力な能力であれば、いち早く手中におさめたいと思うのは当然の流れ。そして彼女も最期に会ったときには乗り気だったはず。

 にも関わらずそれを特対側から保留にさせるよう持っていくのは、些か親切が過ぎる気がするな。


 俺が両者の意図を考えていると、伊坂の方から答えを提示してきた。


「キッカケは、2ヶ月くらい前かな。ネクロマンサー討伐の報せが入ったあと。鬼島さんが直接私とお母さんに提案してきたんだ。『娘さんの仇敵は居なくなりました。なので無理して直ぐに入職することも無くなったかと思います。一度進学という選択肢を考えてみては如何でしょうか』って…」

「…………なるほどね」


 鬼島さんらしい、相手を想っての提案だな。

 特対の利益よりも能力者…特に未成年の相手への配慮がすごい。

 いのり然り、七里姉弟然りだ。

 そんなに相手の事情を優先してしまって良いのだろうかとこっちが心配してしまうくらいに、強い意志を感じる。


「でまあ、気持ちの整理ができないままグダグダとここまで来ちゃったってワケ。優柔不断でしょ?」


 少し笑いながら、自嘲気味にそう呟く伊坂。

 まあ確かに、この時期で迷っている受験生はもうほぼいないだろうな。

 いても志望校を迷っていて、共通テストの結果で決めるというくらいだ。

 進学か就職かで迷っている人間は、まあ、珍しいな。


「そうだ。ねえ、ちょっと私の相談乗ってくれない?」

「相談? 俺がか?」

「進路について、意見が聞きたくて」

「あー…」


 特対か大学かで迷っている相手の相談に乗ってあげられる人材は確かに貴重だしな。

 まあ、参考程度で良ければ。


「分かった。為になるかは分からないけど、話を聞くくらいなら、俺で良ければ」

「ありがと」

「じゃあ、あそこの自販機のところのソファでいいか?」

「うん。人もあんまり行き来しなさそうだし、丁度いいかも」


 こうして、ひょんなことから俺の人生相談が始まるのであった。



「ほい、ホットココア」

「ごちそうさまでーす」


 談話スペースにあるソファに座っている伊坂に飲み物を差し出すと、彼女は遠慮なく受け取ってくれる。

 彼女が所望したココアと、自分のブラックコーヒーを部屋のカードキーで決済しソファへと戻ってくると、伊坂が自分の隣をポンポンと叩いた。

 CB討伐作戦4日目の夜の再現だな。促す方とされる方が逆だが。


 俺は促されるまま伊坂の隣に座ると、缶コーヒーのプルタブを引いた。カキョっという小気味よい音の後にほんのりコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。

 俺は軽くコーヒーをすすると、話を促してみた。


「で、早速だけど伊坂はどこで迷っているんだ? 当時聞かせてもらっていた『普通の生活に戻りたい』っていう目標で言えば、進学はまさに願ったり叶ったりな気がするけど」


 去年の8月、俺達は伊坂の冤罪を晴らし”元の生活“を勝ち取る為に奮闘した。

 そして無事に疑いが晴れ、“葛西 芹偽りの身分”からの脱却ができたのだ。

 勿論それから今までにネクロマンサー事件や能力の公表など様々な出来事があったが、当初の彼女の望みに一番近いのは進学であることは疑いがない…ハズだ。


「特対に潜伏してたときはねぇ…そりゃ冤罪を晴らすことが第一目標だったよ? でも、いざ解決したら今度は私を陥れたネクロマンサーに対する仕返しに奮起していたのよね…」

「確かに和久津と気合入れてたな」

「そ、沙羅さんと一緒にね。そのために大変な勉強も頑張れたというか。1日でも早く特対に入って、捜査に加わって本人を直接蹴ってやる! って燃えてたわけなのよ。ところが…」

「思いの外早くネクロマンサー事件が解決してしまったと」

「そ。そのせいで、何もしてないのに燃え尽き症候群に陥ってしまったのよねぇ…」


 確かに伊坂にとって、感情がジェットコースターのように揺さぶられ続けた1年ちょいだったかもな。

 ある日突然殺人犯に仕立て上げられ、解決のために潜入し、誤解が解けてからの復讐、からの復讐相手の消失。

 緊張・緊張・弛緩・緊張・弛緩

 ただの高校生が体験するには感情の起伏の高低差ありすぎて耳キーンなるわ! な出来事の連続だったな。


 ここにきて『キャンパスライフを楽しむぜイェーイ!』と張り切ることが出来るやつは相当メンタル強い。

 いるけどね、そういうやつも。


「そういえば気になってたんだけど」

「ん?」


 俺が伊坂の置かれた状況の分析をしていると、ふいに彼女から話題を振られる。


「ネクロマンサーとは会えたの?」


 それは、あまり公にはなっていない俺と尾張の関係を探る質問であった。


「…なんでそんな事を?」

「え、だって…」

「…?」

「パーティ会場であんなに大見得切ってたから、それで関係ないまま終わるって、寂しくない?」


 確かに。

 この謎はジッチャンの名にかけて解決する! と言ったのに、その後警察が普通に指紋とかで犯人捕まえたら興ざめもいいとこだよな。

 実際はそんな都合よく素人が警察を出し抜けるハズがない…のだが

 この件に関しては、関係大アリなんだよな、俺。


「…確かにまあ、あの後ネクロマンサー本人とは直接話したよ」

「そうなんだ」

「ああ」


 和久津には飲みの席で話したから、ここで全部言っても良かったけど。

 一応、手柄は四十万さんにあげる約束だし。


「…どんな感じだった? 人となりとか」

「そうだな…」


 改めて尾張の人となりと聞かれると、考えてしまう。

 それほど多く会話をしたわけではないからな。

 それでも、理解した部分も確かにある。


「アイツは…純粋なヤツだったかな」

「純粋…?」

「ああ。パーティ会場で見せた態度はわざと露悪的に見せてただけで、本質はもっと真っ直ぐだったと思う」

「そうなんだ…」

「もちろんアイツがやったことは許されることではないし、善人なんかじゃ決して無いんだけど…」


 そこで俺は間をおいて、ある人物の顔を思い浮かべる。

 異能力庁の政務官にして、尾張をそそのかした諸悪の根源ともいえる人物の顔を。


「もっと周りの人間に恵まれていたら、大勢の人の役に立つような人間になれていたかもなって、そう思うんだ」


 死霊術。

 死んだ人間をほぼ生前の状態で蘇らせる術。

 殺人事件なら、もっとも重要な参考人である被害者を呼び出したり。

 あるいは貴重な技術を持つ人間を蘇らせて、その技を後世に残し続けたり。


 少し考えつくだけでも多くの恩恵がもたらされたかもしれない能力。

 ただ、一番最悪なやつに最初に見つかり、利用されてしまった。

 結果、悲しい結末を迎えた。


「あのさ」

「ん?」

「塚田さん、ネクロマンサーにただ会っただけじゃないでしょ?」

「なぜ?」

「だって、ただ敵として相対しただけにしては、分かりすぎてるもん。その人のこと」

「…………そうかな?」

「そうだよ」


 少し喋りすぎてしまったようだ。

 伊坂は俺とネクロマンサーが『会って話した』だけの間柄ではないことにはとっくに気付いていた。

 俺は、つい口が滑りすぎてしまったらしい。

 ロジンバッグを口に詰めとかないといけないかな。



「ま、いいや。ネクロマンサーのことはもう。それより私の進路よ」


 突然話を切り上げる伊坂。

 何か思うところがあったのか、こっちに気を使ったのか。

 思うところは不明だが、これ以上ネクロマンサーの話はさせまいと中断した。

 俺もこれ以上したい話でもなかったので、乗っかって話題を変えることにする。まあ、聞かれたのは俺なんだけどな…。


「そうだな、進路の話だよな」

「そうだよー」

「じゃあ、大学の話でも―――っと失礼、メールだ」


 次の話をしようとしたところに、ポケットに入れていた端末が震えた。

 会話中だったが、駒込さんからの緊急連絡かも知れないと思い確認をさせてもらう事に。伊坂も『どーぞ』と手でチェックを促してくれる。


「新見兄からもう返信が…早いな」


 俺は先ほどメールを送った相手、兄弟子である新見兄からの返信メールを開いた。

 体術の師である重井先生を紹介してくれた青年。そして【手の中】の連中と事を構えていた時に出会った能力者だ。

 俺よりも先に重井先生に教えてもらっており、"地獄の一年修行"の時には一緒に鍛えられつつ、俺を鍛えてくれたのだ。


 そんな彼に先ほど今の俺の状況を簡単に伝え、『不真面目な生徒を持った時、兄弟子ならどうする?』とメールで教えを乞うた。

 その返信が、たった今届いた。俺よりも年下だが、修行の時は優しさを見せつつもかなりのスパルタだった。

 何か人に教える際のノウハウがあるかもしれないと期待して…。




 ===============


 どうも塚田さん。


 大変な状況みたいですね。

 僕で出来る事ならいつでも協力させてください。


 それで、人に物を教えるコツ…

 というほどでもないのですが、僕が影響を受けた映画を紹介しますので、もし見れたら見てみてください。


 ジャケット画像を添付します。


 取り急ぎご連絡まで。



 ===============


「おすすめの映画…ねぇ?」


 俺は本文だけを見て、少し拍子抜けしていた。

 参考にしたものがある、というところまでは良かったのだが…まさかの映画とはな。

 とはいえ自分から聞いておいて見ないという選択肢はないので、メールの最初にあるクリップのマークをタップして、そのおすすめ作品のジャケットとやらを確認する事にした。

 この時の俺は、映画に感化されるなんてことないだろうと高をくくっていたのだが…。


「おーこれか…なになに……」


 表示されたのは、迷彩柄のヘルメットに【BORN TO KiLL】と書かれたものが中央にバンと鎮座しているシンプルなデザインのDVDパッケージだった。

 そしてその下には映画のタイトルと思しき英語が書かれている。

 俺は、単語ごとに改行され、三行に分けられたタイトルを読み上げてみた。


「フル…メタル……ジャンパー」


 それは、俺と"神指導要領"との出会いの瞬間だった。




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