第325話 元気でたァ?
「泣くなよ…」
地面に伏して顔だけこちらを向けている瀑布川の目には大量の涙が。
しかし本人の意志が、みっともなく泣き喚きまいとする彼女の強がりが、許容量を超えた雫だけポツポツと頬を伝うに留めている。
「こ…れが、泣いてるように…見えますか…?」
「聞かれても…」
それで泣いていないなら、昔ケンカ相手にナイフを突き付けられた後遺症でもあるのだろうか。
だとしたら経験不足なんてトンデモナイ。大した修羅場をくぐっていることになる。
彼女のことは”涙目のミノリ“と呼んでやるかな。
「お…?」
俺がそんなアホなことを考えていると、目の前の瀑布川を覆う泉気が一瞬ボワッと膨らみ、そして萎んだ。
先程から何度か見たその光景。これを契機に『戦闘スタイルが変わる』のだ。
つまり今も…
「ッ―――!」
瀑布川は倒れた状態から勢いよく飛び退くと瞬間体の向きを変え、物凄い速さで駆け出していってしまった。
模倣しているのは俺の動き。足のダメージと一緒に体を全快させてやったこと、2度目の行使により慣れたことが重なり、彼女は驚くほどスムーズな動きで“ある場所”へと向かっていった。
それは今まさに俺が立っている小島の海岸エリアから、駒込さんたちが観戦していた草原エリアよりもさらに奥…”転送装置“が設置された小屋のある場所を目指しているようだ。
「あっ、ちょ…!」
瀑布川は駒込さんの横を通り過ぎ、やはり転送装置の方へ一目散に駆けていった。
この島から立ち去るようだ。
「すいません塚田さん! 私は彼女を連れ戻してきますので、訓練を続けておいてください!」
「あ、はーい!」
あんなのでもちゃんと追いかける駒込さんは立派だ。
俺は止めようと思えば止められたが、あえてそれをしなかった。
瀑布川には、一度自分と向き合う時間が必要だと考えたからだ。
彼女は己の未熟さや無知さを悟ったであろう。
思わず逃げ出したくなるくらい、実力不足を痛感したハズだ。
だから一度じっくり考え、今自分にとって何が必要であるかを探すんだ。
すると答えに辿り着くはず。先人(この場合は駒込さん)の知恵を借り、ひたむきに鍛える事こそが足りない何かを埋める早道であることを…
そこにちょうど駒込さんが探しに現れ、和解。
明日からの訓練は、皆で真面目に受けるようになりましたとさ。(願望が多分に含まれている)
火実もそう。目が覚めた時に思うハズだ。
俺にいいようにボコられ、悔しかったことをな。
だから目が覚めたら、俺への復讐を燃料に訓練に励む…となってくれたら嬉しいな。
そんな希望的観測を込めながら皆川さんや才洲たちのいる場所へ歩みを進めると、そこには
「あれ…才洲だけ?」
一人しか居なかった。
気を失っているハズの火実もいない。
なんだ…?
「あ、あの…火実さんは…たった今目を覚まして…転送装置のと、ところに…。皆川さんも、それに続いて…」
「…………………………………はぁ」
「す、すみません」
思わず漏れる溜め息。
俺の描いていた熱血展開にならないどころか、何故か皆川さんまでしれっと消えてしまうとは。
チクショーあの恩知らず親父…。あんな情報だけで治療費が賄えると思ってんのかァ?
「才洲も止めろよ…見てたんなら」
「す、すみません…」
まあ八つ当たりというか、言っても仕方のないこと。
しかし、せめて皆川さんだけでも声をかけるくらいしてほしかったなと思うが。
まあ無理か。才洲にとっては『これが望む展開』だもんな。
「仕方ない…一旦戻るか」
訓練続行は難しいため、俺は駒込さんに起きたことの簡単な報告をメールし、片付けを始めることにした。
駒込さんが用意してくれたお茶やカップが無駄になってしまったなと、荷物置きに使っていた長テーブルの脚を畳みながら残念に思った。
「…よっと」
転送装置がある小屋に、折り畳んだテーブルをしまう。
10畳ほどの簡素な作りの小屋の中には、転送装置以外にも訓練やミーティングに使いそうな備品がある程度用意されており、島の施設予約をした人は自由に使っていいことになっていた。
飲食物は流石にこっちには置いていないが、プラカップや紙皿・割り箸やプラスプーンといったキャンプで使うような使い捨て食器は一通り揃っている。
他にもペンや紙・キャスター付きのホワイトボードなどもあり、打ち合わせのための道具をわざわざ本部から運んでくる必要がないほど用意されていた。
その他にいくつかコンテナも積んであり、中を開けないと確認できないが、おそらく訓練に使用するような道具が沢山あるのだろうな。
「ざ、残念でしたね…」
片付けを手伝ってくれた才洲がおずおずとそんなことを言ってくる。
向こうから話しかけてくるなんて珍しい…というほど付き合いはないが、それでも会話中に目も合わせないような才洲がねぎらいの言葉をかけてくるとはな。
よほど安心して気が緩んだのだろう。
俺はそれをきっかけとばかりに、彼女の矯正も開始することにした。
「残念って?」
「え…?」
「何が残念なんだ?」
「それ…は、みんな…どこかに行っちゃって…」
「それで?」
「訓練にならなくて…その…」
「それで残念でしたねと」
俺から放たれる妙な気配を感じつつも、一所懸命言葉を紡ぐ才洲。
つか、ねぎらってくれた相手を詰めるってイヤなヤツだよな。
まあ今だけは相手も嫌なヤツだから、いいよね?
「思ってもないこと言うなよ」
「…………え」
俺の薄ら笑いからの睨みつけに言葉を失う才洲。
まさか自分にそんな言葉が飛んでくるなんて夢にも思わなかったって面だ。
残念、キミも教育対象なんだよなぁ。
「才洲はさ、訓練が行われなくて内心喜んでるだろ」
「そ、そんなこと…」
「もっと詳しく言うなら、『火実と瀑布川と皆川の三人が変に改心したりやる気を出さなくて良かった』、と思ってるだろ?」
「………………………」
長い沈黙はイエスと取るぜ? 素直でよろしいが。
彼女もまた、他のヤツとは別の問題を抱えている。
エリートからの挫折。それほど強くなかったメンタル。
任務の前には必ず体調が悪くなるほどにまで膨らんでしまった心のダメージ。
彼女はもう特対を辞めたがっている。
が、自分から進んで辞めるほど外の世界を知らない。むしろ特対が全てと言っても過言ではない彼女が、もうここには居られないと腹を括っている。
だから待っているんだ。肩が叩かれるのを。
そうすれば堂々と(?)辞めることができる。
そして今回の能力判定テストに自分がエントリーしていることが、最後のチャンスだという特対からのメッセージに他ならないと確信したわけだ。
失敗すれば才洲は肩の荷が下りて、特対は戦えないし能力も使えない職員が辞める。WIN WINな展開。
だが、それは彼女がワンマンアーミーならの話だがな。
「特対くらいひとりで辞めろ。駒込さんを巻き込むな。辞職願の書き方だったら教えてやるよ」
なんせ、書いたばっかりだからね。
ネットで拾ったテンプレワードだけど。
「あ、わ…私は…」
「お前にとっては辞めたい場所でも、駒込さんにとっては大事で、これからも働いていく職場だ。そこでの評価に響くような邪魔をするなら、分かってるよな?」
睨みを効かせて徹底的に追い詰める。
これが後に効いてくると信じ、言葉と態度で才洲を攻めたてた。
それを受けた彼女は、申し訳なさげに視線を泳がせる。
『なんの権限があってそんなことを言うんだ』と文句を言われてもおかしくないのだが、生憎とそんな素振りは微塵も見せない。
俺に殴られっ放しだ。
「戦えないなら戦わなくてもいい。他の三人は俺が何とか真面目に試験を受けるまでにはする。だから邪魔だけはするな」
「……………」
「じゃあな」
俺は乱暴に言葉を吐き捨てると、一足早く転送装置を使い本部へと戻った。
才洲は目線を俺にくれることもなく、ただ俯くだけで俺を行かせた。
「駒込さんからメールか…」
本部に戻った俺のボケットの中にある携帯端末が震える。
見ると駒込さんからのショートメールの着信だった。
内容は、瀑布川・火実・皆川の三名が部屋から出てこないので、午前中の訓練は中止ということ。
そして駒込さんはそれらを説得して、午後に合流するということが書かれていた。
「負担をかけてしまったか…?」
端末をしまいながら独りごちる。
てっきり火実あたりは、転送装置の先で待ち伏せでもしているかと思い肉体強化までしておいたのに…しっかりと拗ねてしまった。
想像以上に…ヤワだな。
駒込さんからのメッセージには最後に『塚田さんのせいじゃありませんので気にしないでください』というフォローまであり、三人とのタフさの差に涙が出かかってしまう。
爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいよ…
「さて、午後までどうするか…」
現在時刻は10:45
午後の訓練開始予定は13:30からとなっている。
思いがけずできた時間をどう有効活用しようか。三人を変えるにはどうすればよいか…。
難しい課題を解決するための糸口となれば良いと思い、再び端末を取り出すと俺はある人物にメールを一通送ったのだった。
すると―――
「塚田さーん!」
特対本部のロビーで、俺は意外な人物から声をかけられた。
「………伊坂か」
声の先には、かつて“警官殺し”の濡れ衣を着せられ、潔白を証明するため和久津と一緒に特対本部で戦っていた少女 伊坂 離世の姿があった。
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いつも見てくださりありがとうございます。
ギフトやコメント、いいね等々もありがとうございますm(__)m
また、昨日立て続けにレビューコメントを2通いただき、嬉しい限りでございます。
みなさん良いコメントばかりで、大変嬉しゅうございます。
お体に気を付けて、お過ごしくださいませ。
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