第324話 弱点

 瀑布川たきがわ 美乃利みのりの【あなたのもマイセルフのは私のもユアセルフの】は、相手の技能を模倣する能力である。

 一言に模倣といっても当然ルールが存在し、その範囲内で行使しなければならない。

 そしてルールの中でも特徴的なのが”ポイント制“だ。

 瀑布川は対象の人物の技能をひとつ模倣するのではなく、様々な技能を抽出しポイントの中で好きにやりくりできる。


『知識』を例に挙げるとしよう。

 読み・書き・聞く・話すが完璧な人物の英語力が300ポイントで、読み・書きはそこそこで聞く・話すが苦手な人物の英語力は100ポイントに設定されている。

 瀑布川は自身のポイント容量内に収まるのであればその英語力を抽出し身につけることが出来、身につけた瞬間から自由自在に英語を使いこなすことが出来るようになるのだ。


 さらに読み・書き・聞く・話すが完璧な人物のスペイン語力(300ポイント)を抽出し身につける。すると英語と合わせて600ポイント分の容量を使い"トリリンガルな瀑布川"を作ることが出来るのだ。

 武術や料理、鍛冶といった職人技なども我が物とすることが出来、知識と同じく習熟度によって使うポイントが増減する。

 なお、より難しい技術である程ポイントは多く設定されるが、元々の瀑布川の知識や習得度合いによっては身につける際に必要なポイントが下がる事がある。



 瀑布川が自身に張り付けられる技能は"1,000ポイント分"。これに加え、発動はしていない技能をストックしておける予備領域が2,000ポイント分。

 合計3,000ポイント分の他人の技能を己が技能として使うことが出来るのである。(ただし本領域と予備領域の切り替えには泉気を消費する)

 この能力があれば、例えば『何カ国語も自在に操ることが出来る弁護士兼医師』になることが可能だ。(資格試験さえパスすれば)

 他にも『若くして人間国宝級の技術を持った職人』や、ベテラン俳優、棋士、歌手などなど…簡単に憧れの存在になる事も可能である。


 以上のことから、【あなたのも(マイセルフ)のは私のもユアセルフの】は大金持ちになる事も容易い、分かりやすく実用的な能力であると言えた。

 今世間で"覚醒サービス"を利用し能力者になろうとしている者の多くは、こういう即物的な能力を求めている。

 しかし瀑布川は楽な道を選ばず、険しい"特対職員"の門をたたいた。そこには彼女の厄介な正義感と未熟さが関係しているが、自分ではまだ気付いていなかった。


 さらに、彼女の能力は"他者にも技能を付与できる"のだが、そのことに彼女自身がまだ気付いていない…

 それもまた彼女の厄介な性格によるものだったりする。













 _________


















「はぁ!」

「…っと」


 気合いの掛け声とともに瀑布川が繰り出した足技を、卓也は難なく回避する。体力的にもまだまだ余裕があった。

 一方の瀑布川は中々攻撃が当たらず、2発・3発と繰り返し攻撃をし続ける。地面に手をついて低い姿勢から繰り出す独特の蹴り技はブラジルの伝統的な格闘技【カポエイラ】の特徴であり、今の彼女の"発動中の技能"であった。


(これで戦闘スタイルが変わったのは3度目…。最初は俺の動きと投擲、次にカンフー、そして今がカポエラとか言ったっけか…? ともかくこれで瀑布川が複数の技能を切り替えて戦うことが出来る能力というところまで確認できたな)


 動きながら思考を巡らす卓也。戦いが始まってから一向に攻めっ気を見せない彼だが、皆川から聞いた『技能を模倣する能力』という助言からの情報を順調にアップデートさせていた。


「…ちょこまか…とっ!」

(テレビゲームだと戦闘中に敵に合わせて味方キャラを変えて…なんてのがセオリーだが、コイツは自身のスタイルチェンジが可能なタイプか)


 先程よりも余裕がある卓也は、瀑布川の能力をゲームになぞらえたりして考察する。

 また、以前戦った【手の中】の虎賀の顔を一瞬思い浮かべた。

 彼もまた、複数の能力を切り替えて使う相手だったことを思い出す卓也だった。


「いいかげん…っ!」

(しかし、速攻で俺の動きをトレースされるとはな。肉体的な接触はしていないから、見ただけで真似ることができるのか…便利な能力だな。すぐに切り替えたのはそういう条件やルールか? それとも戦略?)


 先程、非接触にも関わらず自身の動きを模倣されたことに驚く卓也。

 実体験ではなく漫画などの知識ではあるが、『能力をコピーするにはクリアしなければならない条件が多いor難しいorその両方』という認識があったため、ほぼ無条件で模倣されたことには多少感情を動かされた。


(…まあ、どっちでもいいか。コイツはそれ以前の問題だしな)


 模倣する時ではなく使う時に制限があるのではと考えた卓也だったが、すぐに頭から消す。もう能力について考察するのは止めたのである。

 少しの間攻撃を受けてみて、瀑布川は現状全く取るに足らない相手だと感じたからだ。


 一方で、攻撃を一旦止めた瀑布川は距離を取り、卓也に話しかけてきた。

 その表情はどこか誇らしげである。何故か。


「…先程より口数が少ないですよ? 余裕、無いんじゃないですか?」

「そう見えるか?」


 瀑布川は火実の時よりも喋らない卓也を見て、自分の方が追い詰めていると実感していた。

 実際はその逆で、観察に没入できるくらい焦りや不安が無かった。

 同じくらいの初心者が使う能力としては、瀑布川よりも火実の能力の方がよほど面倒だと感じる卓也である。


「現に余裕がないから今も―――っ!?」


 瀑布川が話をしている途中で、卓也は急に近付きパンチを一発繰り出した。

 しかし、やる気のないパンチである。ただ拳を突き出しただけの、何の変哲もない右ストレート。


 当然の如く瀑布川はガードした。

 咄嗟に両手をクロスさせて卓也のパンチを防いだ。

 拳は右腕に当たり、そのまま振り抜くと瀑布川は2、3歩後退りする。


 なんてことない、些細なやりとり…とはいかなかった。


「…急に、ですね」

「急も何も、攻撃とラブ・ストーリーは突然にって言うだろ?」

「ワケのわからないこと―――くっ!」


 またしても会話の途中で、今度は卓也が蹴りを繰り出した。

 そして今度の攻撃も、やはり何の変哲もない蹴りだった。

 二人の実力差であれば、ガードも回避も出来ないくらい高速かつ高威力の蹴りを瀑布川にお見舞いすることなど、卓也には造作もない。が、卓也はそうしなかった。


 そんなただの蹴りは軽く回避して、逆に蹴り技のカウンターが飛んでくると思われたが…


「はぁっ…!はあっ…!」


 瀑布川はかろうじて後ろに飛んで躱すのに精一杯だった。

 しかも、ここにきて急に呼吸を大きく乱し始める。


「あらら…どうしちゃったんだろ彼女」

「さ、さぁ…」

「班長。カレ、またなんかやってるのかな?」

「…分かりません。特に能力を使うとかはしていないようですが」


 体力には自信のある瀑布川に起きた異変に気付いているのは、この場でまだ卓也しかいなかった。

 また、誰もが目に見えない何かを仕掛けているのだと信じて疑わなかったが、卓也はなんの細工もしていない。

 これからそのネタバラシ兼指導が始まろうとしていた。


「ドキドキするだろ?」

「……なにが」

「大の男が殴りかかってきたり蹴ってきたら、普通は”そうなる“んだよ。別に男だ女だって話をしているんじゃないからな? 慣れないと、そんなもんなんだよ」

「…」

「キミの弱点は、いくつかあるが…一番は『圧倒的な実戦経験不足』だ」


 卓也は瀑布川を指差し、ズバッと指摘する。

 まるでバカな生徒を東大に入学させるためにやってきた弁護士のように。


「命のやり取りどころか模擬戦すらまともにやらないから、攻撃されることへの恐怖が少しも拭えていない。それじゃあ折角一流のカポエラを模倣できても、攻撃されたらさっきみたいに無様に逃げるのがオチだ」

「…」

「いくらサンドバッグ相手に鋭い攻撃が繰り出せても、戦闘じゃ意味ない」


 痛いところを突かれて黙る瀑布川。

 自覚があった訳では無いが、先程の醜態のあとに言われれば流石に思うところがあるようだ。

 彼女は、喧嘩などしたことがなかった。

 ましてや男と正面切って戦うことなど無いものだから、軽いパンチやキックでも怯んでしまい体がこわばり思うように動けなくなってしまうのである。


 例えばこれが部活で格闘技などをやっていれば多少は耐性もあったかもしれないが、残念ながら彼女には一切の経験がないのであった。


「火実は能力そのものが強いから、実戦経験がなくてもある程度はやれるだろうよ。でもキミは違う。キミの能力は何十人もの相手と戦って、試して、初めて真価を発揮する能力だ。単に模倣して、ひとりで動けるかを試して、それで強くなった気でいるんじゃまだまだだ」


 瀑布川の能力は、卓也の例を借りるなら、戦った分だけ経験値が入るRPGのように分かりやすいチカラだと言えよう。

 普通の人であれば何度も反復する中で得るような学びも、彼女の能力であれば自動で読み取ってくれるのだ。


 しかし、彼女はその強みを活かす事からことごとく離れていた。

 だから技能のストックはできても、それを引き出せる心が育っていなかったのだ。


「それともう1つ…」

「っ―――!」


 卓也が次の弱点を指摘しようと口を開いた瞬間には、瀑布川は駆け出していた。

 これ以上自分にとってイヤな言葉を振り払うように、卓也に回し蹴りを繰り出すのであった。

 しかし…


「そらっ」

「っ! うぁぁっ…!」


 卓也も対抗して蹴りを繰り出した。

 その足は瀑布川自身ではなく、彼女の足にぶつかる。いや、あえてぶつけた。

 その結果、瀑布川だけが悶え地面に倒れ込んだ。


「痛っ…ぐぅぅ…!」

「痛いだろ? そりゃそうだ。俺の足とキミの足とじゃ、大根ときゅうりをぶつけ合ったようなもんだからな」


 足を押さえて地面にうずくまりながらも、卓也の方を見る瀑布川。少し恨めしそうに、目尻に涙をためて。


「てか、俺の動きを模倣した時に既にダメージすごかったろ? すぐ変えたもんな、スタイルを」

「っ…」


 瀑布川には誤算があった。

 戦闘開始直後に卓也の動きを模倣し、投擲と合わせて使った結果、指摘された通り体に想像以上のガタがきてしまったこと。

 先程の火実との戦いで見せた卓也のアクロバティックな動きを何も考えずに再現したことで、鍛え方の違う瀑布川の全身に多大な負荷がかかったのだった。


 さらに彼女は能力の予備領域を常に500ポイントほど空けておき、咄嗟に身に着けたい技能があったときにすんなり受け入れられるよう用意していた。

 そして卓也の動きを見て『これは使える』と判断し抽出を試みたところ、投擲も含めての消費ポイントは理外の“800ポイント”であった。そこで彼女は既存の技能削除を余儀なくされたのである。

 結果的に、瀑布川は自身に使いこなせない技能を他の技能を削って取得したという、なんとも悲しい結果に終わってしまった。


「ほれ、これで痛くなくなったか?」


 倒れている瀑布川の肩に手を置き治療する卓也。

 そして全身のダメージを完治させると、立ち上がり言葉をかけた。


「経験不足や筋力不足なども含めてそれらの弱点を生み出しているのが、キミの浅はかさかもな。何故班員と連携できないのか。何故自分が強いと思えるのか。もっと賢いやつがその能力を持っていたら、そうやって地面に転がることは無かっただろうにな」


 意識を変えてもらうために、かなり厳しい言葉をかける卓也。

 弱点を告げるということは、改善点を教えるのに等しい。

 内容も理不尽な差ではなく、気持ち次第で変えられるものであると伝える。


 しかし、それを受けた瀑布川は―――


「……………………………うっ、うぅぅぅ!」

「げ…」


 泣いてしまった。














_________



いつも見てくださりありがとうございます。

いやー、大変でした。


年明け早々の長時間勤務に加え、(おそらく)食中毒による体調不良と、

ボロボロでした(笑)

今も熱が出て体が痛いです…

卓也がいたら治してほしいですわ。





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