第322話 完勝

 駒込班【火実ひみ 勝利かつとし】の持つ【遅刻魔スロウスターター】は、特対の四十万と同じ『対象の運動を停止させる』能力…ではない。

 より正確にこの能力の内容を言語化するのであれば、さしずめ『事象の遅延』と言ったところである。

 故に四十万の能力と単純な上下の関係にあるかと言えば、決してそんな事はなかった。


 そして火実は、普段は自身のこの能力を2種類に分けて行使している。

 物体の運動を限りなく遅くする“鈍行”と、物体の活動を1度停止させ再開を遅らせる”遅延証明“だ。

 これらを状況に応じてオートとマニュアルで使い分けていた。


 前者は猛スピードで迫りくる弾丸を秒速0.01ミリまで遅くさせることができ、後者はまさに卓也の投石にかけたように、1度動きを停止させて任意のタイミングでリスタート出来る状態にキープしておけるというものである。

 なお、生物には通じない。


 有効範囲は現状約3メートルで、卓也の見立て通り最大範囲で能力を行使していた。

 自分が負けるわけがないと思っている人間が、ブラフや小細工など使うわけがない。

 故に、戦いにおいて生命線とも言える能力スペックを隠したりはしないのだ。

 それでも、1度止められてしまえば抗うことは非常に難しい、強力な能力だった。



 火実本人は自身の能力の仕組みを論理的に理解している訳ではなく、覚醒した時に“できること”を感覚的に理解したに過ぎない。つまり今は“何となく”使っている。

 この能力の真価は『能力により引き起こされる現象に対しても有効』という点であり、能力測定の際に特対はそれに気付いた。


 特対はこの有益な能力を利用したいと思い、これまで何度も能力の鍛錬・開発をするよう申し出た、のだが…

 火実の性格と【A+】という高判定が特対からの進言を一切シャットアウトする、という今の状況に至らせることになった。

 やがて特対も彼への説得を諦め、入職拒否の方に舵を取ることに決める。慢心した者を組織に組み込むことの危険性は重々承知しているからだ。

 能力を手放すのは惜しいが、第二第三の【才洲事件】が起きることを嫌っての判断である。


 当然入職拒否をされた火実は民間の組織に入ることが予想されるし、最悪反社会的能力組織に属することも想定できる。

 だが、そうなっても特対には対策があった。具体的な方策ではなく、経験と知恵とチームワークを以てすれば例え【A+】能力者であっても如何ようにもできるという自信だ。


 驕れる者久しからず。

 このままではどこにいても、火実の未来は決して明るくないと見ていた。

















 ―――――――――――――――――――















「しつこいな、テメェもよ!」

「…………」


 同じ行為を繰り返す卓也に対し、怒りの声を上げる火実。

 だが卓也は気にせずに走り回っている。彼は先程から落ちている石や木の棒を拾っては投げを繰り返していた。

 時に地上から、時に樹上から…まるでCBのボス上北沢との戦いのリプレイのようだが、投げる威力は数段抑えている。


 投げた木石がターゲットに届かないという点も、大規模作戦の繰り返しとなっていた。


「何回言えば分かるかなぁ…! そんな原始的な攻撃が効くわけないだろうが」

「そうかもな…! だが、俺への攻撃も…どうするんだ…!」

「…………はぁ」


 動き回りながら会話を続ける卓也。火実から攻撃されなければ勝負はつかないと煽るように告げる。

 それを聞いた火実は、深くため息をついた。心底呆れている様子が見て取れる。

 余計な手間をかけさせるなよと言いたげであった。


「もういいわ……喰らえ」

「…!」


 火実はベストのポケットから特対支給の”泉気銃“を取り出すと、自分の周りに適当に撃ちまくった。

 そして放たれた泉気の弾丸は砲身から飛び出ると、空中にピタッと静止するのである。


「…間違えて止めちまった……んじゃあないぜ。おらよっ!」


 そう言って今度は卓也目がけて普通に4発、泉気の弾丸を撃ち込んだ。

 当然それを回避するため動き出す卓也だが、火実は着地地点を予想して“空中に浮かぶ弾丸”を発射させた。


「…っと!」


 回避不能と思われた射撃を、卓也は体を捻り空中で回避する。

 着弾の機会を逸した攻撃は、後方の森へと姿を消した。


「くくっ。器用なヤツだな」


 まるで格闘ゲームの設置型飛び道具のように攻撃をしかける火実。

 慢心するだけあり、停止による防御のみならず攻撃手段もしっかり用意していた。

 近付く相手には停止、離れた相手には飛び道具と能力を使った波状攻撃。そして相手の遠距離攻撃も停止でガードするという隙のない攻防で、卓也を追い詰めようとした。


(タイミングをズラしての射撃…中々良い使い方だな。あのちっこい銃でも全方位攻撃ができるし、同じ向きに少しずつ弾丸を溜めて一斉解除すれば、擬似的にガトリング銃のような攻撃を繰り出せるか?)


 卓也は弾丸を躱しながら投擲を繰り返すが、脳ミソは回避ではなく分析にリソースを割いていた。

 相手の使い方から何が出来るかを見極め、自分ならどんな攻撃を繰り出すかという仮定から攻撃予測をしようとしている。

 そして”仲間になったらどういう役割を与えるか“という皮算用まで突入したところで、彼は自らの逸る気持ちを諌め攻略に集中することにした。


(一連の攻撃で分かったことがひとつ。それはヤツの3メートルの結界内にどういうワケか“入ることができている物がある”ということだ。そしてそれは死角からの攻撃ではなく、正面から投げた石に付着した細かい泥や砂…)


 卓也は注意深い観察の結果、火実の能力の“2つの特性(仮)”に気がついた。

 1つは、火実が能力を『見える範囲はマニュアル、見えない範囲にはオート』で行使しているということ。

 そしてもう1つは『マニュアルの場合、視認できない物は止め損なう』ということである。


 卓也が拾った石には泥や砂が付着していた。

 それを投げた際に、相手からは見えない部分に付着した泥砂は能力の影響を受けず、慣性の力で火実の結界内に着地したのである。

 火実の背後にある石は砂ごと宙に止まっているにも関わらずだ。


 そこから実験を繰り返し、卓也の仮説が少しずつ真実味を帯びてきたということである。

 当然”そう読む“であろうことを見越して張った罠である可能性を百パーセント排除することはできないが、卓也は動くことにした。

 一見頑丈な壁に見つけた僅かな“穴”にネジを差し、ゆっくりと回して穿つように…。


(プランCとFはいらないかな…?)


 卓也が火実と対峙してから最初に立てた2つの作戦…それらが不要であることを密かに予感する。


 ちなみにプランCは駒込さんが水分補給にと持ってきた透明なプラカップを火実の射程よりも広くなるよう呑み口を巨大化させ、重さと強度を上げて被せ、酸欠になるように仕向ける作戦である。

 カップのC、そして窒息のCであった。


 そしてFは、衣服を全て脱いで止められるもの無き状態で特攻するフル◯ン作戦のFだ。

 こっちは、もし全裸でも停止させられた場合、啖呵を切った卓也の全ての尊厳が失われるというリスクを孕む…ばかりか、火実の増長は止まらず最悪の事態となってしまうだろう。

 故に突破口が見つからなかった時の最終手段かつ諸刃の剣であった。



「凄い体力だなぁ…」


 動き回って、木石を広い、投げる。たまに銃弾を躱しながら。

 この作業を十分以上続けている卓也に対し感心したように言葉をかける皆川。

 卓也のおかげで腰の不調が完治して、しばらくの立ち見も問題なくなった彼は、治療担当が火実をどう攻略するのかを興味深く観察していた。

 そして他の二人の班員も同じように観察し、まだ攻略自体は終わっていないものの、卓也のフィジカルに驚いているのであった。


 この場で唯一卓也の身体能力を把握していた駒込は驚くことはなく、おかげで途中から卓也が取り出した”あるモノ“に注意を向けることができた。


(抑制剤の噴霧器…。しかし、止められてしまうのでは…?)


 落ち着いて俯瞰で見ていた駒込は、卓也が小型の抑制剤噴霧器を取り出して使用している事にいち早く気が付いた。その上で、果たしてそれが有効なのか疑問を感じている。

 遠くで見ていたからこそ、泥や砂が教えた特性には気付けずに。


「そら、ショットガンだ!」


 火実は泉気銃から放たれる弾をまとめて停止させ、それをまとめて開放することで散弾銃のような攻撃を繰り出した。

 それを避ければ、宙に浮かぶ別の弾丸が容赦なく襲いかかる…はずだった。


「ちっ…邪魔なモンが増えすぎたな」


 卓也が散弾銃を避けた先に着弾するハズの単発弾は、自らの能力で停止させた石に当たり軌道がそれてしまう。

 それだけではなく、火実を中心としてドーム状に木石が浮き、彼の視界を悪くしていた。

 本当なら1、2発ごとに能力を解除し常に周りを綺麗にしておくべきであったが、卓也が放つ超スピードの弾丸が彼を防御一辺倒にさせたのだ。


 視界が不良であったため、卓也が抑制剤を噴霧していることなど微塵も気付けなかった。


「…!? なんだ、これは…」


 火実が異変に気付く。

 サーチは使えなくとも、自身を覆う泉気が綻んでいくのを肌で感じている。

 卓也が動き回りながら散布していた“能力者を殺す霧”がようやく効いてきた証拠だ。

 正面を向いている時にだけ、浮いている石や木に紛れさせちょっとずつ蒔いていた種が今芽吹こうとしていた。


「即死は助けてやれないから、頭とかはしっかり守れよー」

「…テメ!」


 流れ弾を避けるため遠くから声を掛ける卓也。

 その様子はまるで商店街のアーケードの向こうに見つけた友人に語りかけるように、呑気で明るかった。

 その態度に目を見開き怒りをあらわにする火実だったが、もう空中に浮かぶ物体が止まっていられる限界が訪れ、卓也に言われた訳では無いが両手で頭をガードし地面に蹲る。

 そして、一斉攻撃が始まった。


「ぐっ…うおおおおおおおお…!」


 卓也の投げた石や木が火実に向けて放たれる。時間にしてほんの数秒。

 中にはぶつかり合って逸れたり叩き落ちたりする弾丸もあったが、多くの木石が地面にうずくまる火実にぶつかった。

 かなり加減してあるとはいえ、抑制剤により泉気を失った彼にはかなり痛い攻撃である。

 それでも、何とか耐えきった火実はゆっくりと立ち上がりフラフラになりながら卓也の方を向いて告げた。


「どうだ…お前の攻撃なんか屁でぼッ!!」


 強がりを言う火実の口を、卓也の手が塞いだ。厳密には”7メートルほどに伸びた卓也の手“が、火実の頬のところをがっちり掴んでいる。

 射程外かつ生身の腕には、万全の火実の能力でも対応できていなかった。

 抑制剤が効いているのでわざわざ『腕の長さが変えられる』ことを晒す必要もないのだが、卓也にも狙いがありこうして治療以外の能力を見せつける。


「ばなぜッ…! ムグッ!?」


 掴んでいる手をどうにかしようと卓也の指に手をかける火実だったが、次の瞬間には身体が宙に浮いていた。

 卓也が火実を掴んだまま、放物線を描くように高く持ち上げ…そして


「のびのびのォ…」

「ンンーー!ムーーーーーーー!!!!」

「“槌ィ”!!!!!!」


 火実を地面に叩きつけたのだった。

 半径7メートルの半円の軌道を描き背中から地面に叩きつけられた火実はそのまま気絶してしまう。

 結局火実からの攻撃では一切ダメージを与えることは出来ず、卓也の完勝という形になった。


 能力を堂々と晒し、相手が何か細工を弄していても『無駄なあがき』だと関心を寄せなかった火実の慢心が生んだ結果である。

 卓也には比較的タップリ考察する時間があり、チューナーほどの応用力がある能力にとっては詰将棋にも等しい相手であった。


「…ヒーラーが勝った」

「というか、回復能力で腕が伸びるのは何故…?」


 瀑布川と皆川の二人は結果もそうだが、卓也の能力に混乱している。

 先ほど腰痛を完治させた見事な手腕から一転、身体を変化ヒールさせる能力に疑問符が絶えず頭の上に発生していた。

 そんな場が混沌としている中で、卓也は涼し気な顔で火実の足を持って皆のいる場所まで引きずってくると、こんな事を告げたのである。


「じゃ次、瀑布川な」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る