第321話 確認作業
「逃げるなら今のうちだぞ、テメェ」
「はいはい」
島の少し開けたところに移動する俺たち。今から俺と火実が闘り合う場所だ。
武舞台や闘技場というにはあまりにも飾り気がないが、ここなら多少動き回っても問題ないだろう。
特に、ヤツの能力と闘うにはある程度の距離が必要だ。
ヤツの能力は恐らく、”触れた物“を止める能力…ではないだろう。
それだと足が動かせなかった説明がつかない。隣接しているものなら直接触れなくてもセーフか? 確証はない。
それよりかは触れた物ではなく、一定の効果範囲の物であると考えられる。
まあそれはすぐに分かることだが。
「あの、大丈夫ですか? 塚田さん」
近くに寄ってきた駒込さんが心配そうな声で訪ねてくる。
今までも火実と瀑布川が険悪な雰囲気になったことはあるがここまでマジな争いには発展しなかったらしく、本気で心配していた。
俺としては、あと2日ほどでコイツらを“真面目に判定される“くらいまでに正すには、もうまともな方法では無理だと判断したのだ。
一生懸命訓練に参加し、国民の為に身を粉にして働き、誰からも手本にされるような職員。
そんな駒込さんのような人材にすることは今からでは不可能だが、せめて“自分の能力は無敵”という驕りを捨てさせるくらいはしないとだ。
「判定テストまでにお灸をすえるのは今しかないですからね。ちょっと任せてくれませんか?」
「…すみません。損な役回りをさせてしまって」
「気にしないでください。これは俺からのお礼でもあるんですから」
訓練前のちょっとした時間に、駒込さんには昨晩のことを伝えた。俺が襲われたこと、特対職員の中に後鳥羽の息のかかった人間がいたこと。
だがそれらの話を聞いても尚、俺のことを案じて、このまま続行することを選択してくれた。何の迷いも憂いもなく…だ。
同僚のことを思う強さはかなり大きい駒込さんが、それでも俺を優先させてくれたんだ。
俺がコイツらになんと思われようと、その恩を返すためならどうということはない。
「いつまで喋ってんだよオラぁ!」
離れたところでは火実が吠えている。何とかはよく吠えるというやつだな。
「持たせたな。失神したお前を寝かせておくベッドの手配をお願いしてたんだ」
「本当に口の減らねえヒーラーだなオイ…!」
今にも怒りが噴火しそうな火実と向き合う。
距離は10メートルほど。お互い同じ泉気ベストやヘルメットを身に着けているので、ポジションの違いが見た目には現れていない。
ゲームなら、火実は鎧を着て、俺は修道服でも身に纏っているのだろうが。現実は露骨に回復役を示すような真似はしない。
相手はモンスターではなく人間だからな。
ミスリードなど意図があっての区別以外で役割を晒したりはなしだ。
「おら、来いよ。あんだけ大口叩いたんだから、当然無策じゃねーよな?」
「さあね。でもま、遠慮なく攻めさせてもらうよ」
俺は一定の距離を保ちつつ、火実を中心とし円を描くように歩き出す。
そして目的のブツが落ちている箇所に到着すると立ち止まり、再び火実を正面に見据えるように向く。
「どうしたよ? 散歩しててもダメージはねえぞ?」
「そうだなっ―――と!」
俺は地面に半分ほど埋まっていたピンポン玉くらいのサイズの石を蹴り上げる。
そして眼の前に上がってきたそれを右手でキャッチすると、火実目がけて投げつけた。
威力は十分。腹に当たれば内蔵破裂くらいはするパワーが乗ったと思われる。
しかし―――
「へっ」
勝ち誇った表情の火実。
それもそのはず。俺が投げた石は、相手の目の前およそ3メートルくらいの場所でピタッと静止してしまったのだから。
先ほど俺の衣服が固まってしまった時のように…
「…物体の運動を止める能力、確かに厄介だな」
「俺はA+能力者だぞ。ショボい投石なんか効くわけねーだろうが!」
イヤな笑顔でそう語る火実。セリフと顔は悪役そのものだな。
そして読み通り、触れたものではなく有効範囲があった。あの範囲に入れば問答無用で停止してしまうのか。
A+評価なだけあって非常に面倒な能力だが…
「おらっ!」
別の場所にある石をいくつか拾い上げると、またしても火実に向かって投げつける。
しかし先ほどと同様、直撃することなく同じくらいの間隔で静止してしまった。
「学習しないヤツだなぁ」
呆れ笑いを浮かべる火実。完全にこちらを馬鹿にしているな。
同じ位置で止めたら『ボクの有効範囲はここです』って公表していることにならないか…?
それを逆手に取って、もっと広い範囲だったら見事なもんたが。
「さて、お仕置きの時間だ」
俺は最低限の確認作業を終えると、火実の攻略に取り掛かることにした。
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