第319話 極上のにんじん

「―――で、コイツらがお前を襲った刺客ってわけか」

「そうです」


 四十万さんに指定された部屋に行くと、そこは彼専用の執務室だった。

 10畳ほどの部屋の中央奥に立派な机と椅子。机上にはPCや文房具、書類が置かれている。

 壁沿いにはキャビネットがいくつかあり、入口近くにはソファとガラステーブルのセット。

 一見すると俺が元居た会社の社長室のような、能力など関係ない普通の部屋のようだった。

 水無雲曰く元々は郡司さんの使っていた部屋で、仕事を引継いだ四十万さんが部屋を使うのは自然なことなのだそうだ。


 俺と水無雲は四十万さんが座る目の前に、机を挟んで二人並んで立っている。

 そしてそこで俺は自分の置かれている状況を簡潔に説明し、捕らえた二人が入った箱を四十万さんに手渡した。

 箱を受け取った四十万さんはそれを机に並べ、一言。


「お前はいつも誰かに狙われてんな」

「……ですね」


 俺の置かれた状況を聞き、四十万さんはニヤリと笑う。

【手の中】の連中、ネクロマンサー、殺し屋(の件も多分把握しているはず)、そして今回の後鳥羽璃桜。

 四十万さんからしたら、俺は特対職員以上にいつも誰かとバチッてるように見えるのだろう。

 それで可笑しそうに俺を見ていた。


「今回匿ったのは駒込だろ? 確か、ヤツの受け持つインターン生の補助って名目で嘱託になってんだもんな」

「それは―――」

「ああ、いい。別に糾弾しようってわけじゃねえ。俺が言えた義理じゃねえしな。ただアイツも、意外と大胆なことするよな」


『俺が狙われていると分かった上で特対に一時的に引き入れてくれた』駒込さんへ迷惑がかかると思ったが、四十万さんはそこに関しては特に気にしていないようだ。

 申し開きのために喋ろうとする俺を手で制し、優等生である駒込さんが取った行動に対する感想を述べたのだった。


「で、具体的にはどうしてほしいんだよ」

「そいつらから情報を引き出したいけど、時間がないから困っています。特に女の方は特対の職員らしいから、あと2時間ちょいで出勤時間が来てしまう」

「だな。コイツぁ3課の【伏見ふしみ 早紀さき】って職員だ」


 3課か。水無雲や清野と同じだな。

 外に暮らしていれば後鳥羽一派と接点があっても不思議はないか?


「このまま拘束することも、開放することも出来なかったので、手を貸してくれませんか?」

「なるほどな…」


 改めて腕を組み直し、上を見る四十万さん。

 頭の中でその算段を立てている…と嬉しいのだが。


「…それで?」

「え?」

「え、じゃねえよ。当然あるんだろ? 俺を動かすための報酬エサがよ。それ次第で割く人員・労力が変わってくるのは言わなくても分かるだろ?」


 なるほど。

 彼の中である程度のプランが固まり、あとは俺からの報酬次第で松竹梅のコースが変わってくるというわけか。

 思えば俺と四十万さんはいつもこうだ。甘える・甘えられるではなく、ギブ・アンド・テイク。

 多少の色つけはあるものの、お互い対等な関係が一番しっくり来るな。


「確かにその通りですね。こちらとしても一番良いプランを引き出したいところですが…」

「そういう前フリみたいなのはいいんだよ」


 あえて一度自信がないフリをしてみたが、四十万さんから先を促された。


「言っとくが、これ以上の出世となると厳しいぞ。もうある程度登っちまってるからな」

「ですね。だから俺から用意するのは“功績”ではありません」

「ほぉ」


 俺の言葉に興味津々の四十万さん。

 そりゃそうだ。これまで散々美味しいエサを持ってきた俺がこうして勿体ぶってるんだからな。

 早く先を言えよと言わんばかりに期待した目を向けられる。


「? どうしました?」


 だが俺はここで、視線を四十万さんから横にいる水無雲に向けた。

 果たして彼女に、この先特公のことを聞かせてよいのだろうかと考える。

 駒込さんですら『存在は知っている』程度の組織のことを、巻き込まれただけの水無雲に話して何か彼女に不利益はないか…

 そんなことを考えて、話し始めるのを一瞬躊躇う。

 すると…


「ああ…私が居ては邪魔ですかね。では外しますよ」


 何かを察した水無雲が自ら退室しようとした。

 しかし俺はそんな彼女を思わず引き止める。


「いや、いい。ここにいて問題ない」

「そうですか?」

「むしろ水無雲には聞く権利がある、と思う。志津香経由とは言え、巻き込んでしまったワケだしな」

「それは、私が勝手にやったことですし。でもその”報酬“というのは興味がありますね。聞いても良いのでしたら是非」

「冒頭だけ聞いて、ヤバいと感じたら退室してもらって全然構わないから」

「分かりました。ではそのように」

「おいおい、何なんだよ物騒だなオイ。ヤバいとかなんとかよ」


 会話に入り込んできた四十万さんの声は、言葉とは裏腹にとても愉しそうだ。期待しているのだろう。

 勿体ぶるのはこの辺にしとくか。


「では報酬の話ですが…」


 俺は一旦咳払いで区切ると、今回の四十万さんへの対価…その冒頭の部分を話すことに。


「二人は、“特公”という言葉をご存知ですか?」

「ッ―――」

「…?」


 反応。

 水無雲は特にない。『どの”トッコー“だろう』と考えを巡らせている感じだろうか。

 しかし四十万さんはただでさえ大きい目をカッと見開き、非常に大きい反応を見せた。こっちは分かりやすいな。


「とくこうというと、特殊攻撃力のことですか?」

「いや、それじゃないな。残念ながら」


 とくこう、とくぼう…モンスターのステータスではない。とっこーだ。

 まあイントネーションは人それぞれだが。


「四十万さんはご存知みたいですね」


 険しい顔でこちらを見る四十万さん。

 まだ考え中なのか、次の言葉が出るまで5秒ほど空いた。

 そして、自分の中の”特公“をポツポツと語り始める。


「……俺も詳しく知ったのは郡司さんの引き継ぎをしてからだがな」

「何です? それ」


 俺は存在すら知らない水無雲に、特公についての簡単な説明を行った。先ほどまで"ある男(後鳥羽)"と濁していた相手の素性を、より具体的に。

 警察庁を管理する内閣府の外局“国家公安委員会”。その中でも能力者集団である特対を管理するための部署、それが”特殊公安部“だ。

 少数精鋭ゆえ、個々の能力の質・身体能力・知能などが特対職員とは比べ物にならないレベルであること等々。


「で、俺を狙っているのがその特公の中でも上位に君臨する能力者だ…と言ったら、水無雲はどうする?」


 降りるなら今だぞと暗に伝えている。

 敵は特公のトップエリートだけではない。そいつが選りすぐった優秀な“組織”だ。

 本来は『乗りかかった船』という理由だけで手を出してはいけない案件である。


「もちろんその特公の職員をやるのは俺だし、向こうも俺を狙っている。けど、いつ俺の周りに危害を加えようとするかは分からないからな。よく考えて―――」

「構いませんよ」

「…早いな」


 しっかり考えて答えを出させようとする俺に対し、水無雲はあっけなく乗ってきた。

 あまりにも、簡単すぎるな。


「竜胆さんも、その事を分かった上で塚田さんに協力しているんですよね?」

「ああ。志津香には前に話した。その上で…いや、だからこそ昨晩のように見張ってくれてたんだろう」


 先日の居酒屋で志津香には、俺が駒込さんの手伝いで特対へ行くという上辺の嘘がバレていたことが分かった。

 そこで協力するようお願いをしたら、彼女は快く引き受けてくれたのだ。

 相手が強敵だということは承知の上で。


「竜胆さんが塚田さんを手伝うなら、私はその竜胆さんを手伝いますよ」

「危険な相手だ。志津香とか関係なく、自分のことを考えて決めてくれ」

「もちろんこれは自分のためです」


 志津香を手伝うのは自分のためだと言い切る水無雲。

 その意志は固そうに見える。何がそこまで彼女を動かすのかは不明…ということもない。

 負い目から転じた崇拝、盲信…とかそんな感じか。

 冷静さを欠いているようには見えないから当面は問題ないだろうけど、近くにいる間は極力気にかけておく必要があるかもな。


「分かった。じゃあ、引き続き志津香を頼むな。結構無茶するかもだから」

「重々承知していますし、塚田さんが言えたことではないかと」

「違いない」


 チクリと刺してくる水無雲。杭だけでなく針も使えるのか。

 ともかく、これでこのまま話を進めることができるな。



「さて、じゃあ本題ですが」

「やっとかよ。今のところリスクの話しかされてないからな」

「確かにそうですね。じゃあここからが本題」


 時間がないと言いつつ、まだるっこし過ぎたな。


「特公のエリートと俺はお互いがお互いを狙っています。向こうは怨恨で俺の命を。俺は“依頼”でヤツの身柄を」

「依頼だと? 誰が何で、そんなエリート様をお前に狩らせるんだよ」


 もっともな感想を述べる四十万さんに、俺は言葉を続けた。


「ソイツを狩る依頼が出された理由から話すと、規則を破ったからです」

「規則…ですか?」

「そう。ソイツは自分の王国を作るために、特公の機密情報を持ち出してせっせと仲間集めをしている。立派な違反行為だ。それがある人物に知られ、処罰を下すために動き出したっていうのがキッカケだ」

「ふむ…」

「で、俺は縁があってソイツを始末する処刑人に選ばれたってワケだ。ま、いくつかあるプランのうちの一つだろうがな」


 俺が都合よく狙われてくれているおかげで倒す大義名分も十分あると判断した”汐入部長“の采配。まあこれは廿六木の策略なのだが。

 もしダメなら別のやつが別の理由で処しに行く。ただの駒の一つ。

 だが今は最前線にいる。俺としてもこれに乗っからない手はない。


「…まさか、お前にその特公職員を始末するよう命じたのって」


 少しの間考えを巡らせ沈黙していた四十万さんが口を開く。

 自身の回答の答え合わせを要求するようにこちらを見る。

 まあここまでヒントが出れば回答に辿り着くのは容易であろうが。


「そうです。俺の依頼主は、特公部長をしている汐入という人物です。身内の恥が明るみに出る前に削除するためにね」

「部長さん…」


 ボソッと役職を呟く水無雲。

 驚いているのか感心しているのか、その感情は読み取れない。

 俺は引き続き四十万さんにプレゼンを続ける。大詰めの部分を。


「この依頼が達成されれば当然報告に行きますが、その時は当然協力者の話をさせてもらいますよ。それが今回の報酬、特公部長とのコネクションが俺から四十万さんへの贈り物です」


 正直、四十万さんの立場で特公部長と繋がることがどれほどのメリットになるかは推し量れない。

 全くないことはないと思いたいが、協力を惜しまなくなるほどの価値があるのかどうかは不明だ。

 俺は四十万さんにとってのお宝であってほしいと願いながら彼の反応を待つ。

 すると…


「フッ…」


 少しの笑いのあと、四十万さんは椅子にガッツリともたれかかったかと思えばクルリと180度回転した。丁度俺たちに背を向けるようにして。


「ハッハッハッハッ!」


 その直後聞こえたのは彼の高笑いだった。

 何事かと見合う俺と水無雲。


「勘弁してくれよ」


 そしてそんなことを言う四十万さん。

 俺も、隣りにいる水無雲も、協力は得られないかと思ったが―――


「何でお前の持ってくるエサはいつもそんなに美味そうなんだよオイ! 他のモン食えなくなっちまうぞ!」


 再び椅子を回転させこちらを向いた四十万さんは、とても悪い笑顔を浮かべていた。

 それはもう、とても悪い笑顔。


「そんなに美味しそうですか?」

「当たり前だろ。これまでひた隠しにされてきた、特対の中でもごく一部の人間しか知らない組織の、それもトップとのコネクションだぞ。これを美味くないと言うなら、もう食えるもんは残ってねえよ」


 確かに能力が公表された今もなお、この組織の存在は明るみになっていない。

 管轄の違いなのか、それとも絶対に明かせないような何かがあるのか。

 ともかく入ることも知ることも難しい組織の、しかも最高責任者との繋がりを持ってきた俺が四十万さんにとっての幸運なら、今回もWin-Winな状態というワケだ。


「気に入っていただけたなら良かったです。その箱の処置、お願いできますか?」

「とりあえず今日伏見は俺に付きっきりでの訓練ってことにしとく。刺客の方は尋問だな」


 四十万さんがテキパキと段取りを教えてくれる。

 横浜の時も思ったが手際が非常に良い。やはり頼りになる。


「じゃあ俺は、このまま嘱託の仕事の方に向かいます。進展があったら教えてください」

「おう」

「水無雲はこのあとどうする?」

「私は自室で寝ます。こちらも徹夜だったので眠気が」


 志津香と一緒に俺を敵から守ってくれた。

 それも一晩中。眠いのは当然だ。


「ありがとな。この礼は必ずする」

「結構ですよ。私は―――」

「竜胆さんの為に―――だろ?」

「ムッ」


 水無雲の言葉を先回りして代わりに答えると、彼女はほっぺを少し膨らまして俺への抗議とした。

 だが構わずに言葉を続ける。


「俺が礼をしたいんだから受け取ってくれよ。志津香なら遠慮なく受け取ってくれるぞ」

「…分かりましたよ。期待しないで待ってます」


 憧れの存在を引き合いに出され早々に折れる水無雲。

 もう少し応酬を期待したのだが、まだまだ距離は遠いかもな。


「ホラ、用事が済んだなら飯でも睡眠でも行ってこい。時間なくなるぞ」

「おっと…じゃあお願いしますよ、四十万さん」


 ニヤリと笑う四十万さんに背を向けて退室する俺たち。

 そしてそのまま水無雲と別れ、俺は食堂に向かうことにした。

 特対にも後鳥羽の息のかかったヤツがいる。

 その事実は、俺に安易な仲間集めを抑制する効果をもたらした。

 戦力となりそうな能力者を集めつつ、敵は引き込まないようにしないとな。

 積極的に取り入ろうとするやつや、極端に胡散臭い偶然で寄ってくるやつなんかがいたら要注意だ。


「さて、朝飯はご飯にしようか、パンにしようか…」


 戦うには、まず腹ごしらえをしないとな。

 俺は納豆定食かトーストセット、どちらにしようかを食堂までの道すがら考えることに集中した。



























 _______




























「ッ―――!!!」


 卓也が気持ちの良い目覚めを迎えた一方で、逆に最悪の目覚めをした職員がひとり…

 駒込班の元1課職員、才洲 美怜だ。

 ある任務の失敗で能力と気力と権力と…もはや特対職員としての全てと言って差し支えないものを失い、今度はその職員という立場すら失いかけている。


「朝か…」


 布団から窓に目線を動かし、ようやく来た朝に安堵する才洲。窓からさす光は、繰り返される悪夢からの一時的な開放を意味しているからだ。

 しかし、あくまで一時的にだが。


「……はぁ」


 思わず漏れるため息も仕方がなかった。

 彼女は毎日同じ夢を見る。細部は違えど、流れは同じ。任務を失敗したあとから見るようになった悪夢。PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状が見られた。


 まず夢は戦いの最中から始まる。特対の任務の最中だ。

 シチュエーションは、敵がいて、仲間がやられかけている。

 急げば助けることのできる距離。才洲は手を伸ばし能力を発動させようとする。


 そして毎回不発に終わる。


 どんなに念じても何も起こらない。これまでただの一度として発動したことはなかった。

 直後、敵の攻撃により仲間ごとやられて夢の中の人生は幕を閉じる。

 炎だったり氷だったり雷だったり。圧死だったり焼死だったり溺死だったり。

 バリエーション豊かな死に際が用意されていた。


 スクリーニング技術を利用して何度も嫌な体験の記憶だけを消すよう試みたが、結局毎晩の夢で強制的に思い出させられて失敗に終わる。

 医療班によると、強烈な"精神的自傷"作用が働いているという判断だ。

 自分で自分を許せるようになればあるいは…という見解だが、実際は分からない。


「シャワー…浴びなきゃ」


 のそのそと起き上がると、ゆっくりと空虚な表情でベッドから降りる才洲。その姿はまるでゾンビのようだ。

 一糸まとわぬ姿で部屋を徘徊する彼女は別に裸族というわけではない。

 毎回大量の寝汗をかく為いつからか寝間着を止め、それぞれ上下のベッドの間にタオルを挟み寝るようになった。だから目覚めはいつも全裸である。


「…はぁ」


 バスルームに移動した彼女はそのまま頭からシャワーの水をかぶる。

 やがて水滴は体を伝い足元へと落ちていく。彼女の傷一つない肢体に潤いを与えながら。

 肌は白く、傷もシミもない。全体的に引き締まり出るところは出ている、理想のボディとはこのことだろうという身体。

 いつでも戦場死地に向かえるよう鍛え続けて、いつも直前で気分が悪くなり断念している為このような状態となった。

 モデルとしては満点だが…


「あと少し…」


 体を洗うわけでもなく、しばらくシャワーを浴び続けるだけの時間。

 彼女の心はもう壊れかけている。

 毎日繰り返し見る悪夢に、じっくり、ゆっくりと心が壊されていく。

 だが数年も繰り返し悪夢を見てもなおここまで意識を保っているのは、むしろ称賛に値すると言えるだろう。


 しかしそれももうすぐ終わると、本人も自覚している。

 迫るインターン生の実力測定試験。ここで能力を示せなければ、インターン生が本所属になる可能性は低い…と皆には説明されていた。

 そこに自分が混ぜられたということは、つまりは特対からの“最後通告”だと解釈している。


 だが彼女に特対へアピールする気はなく、このまま去ろうとしていた。

 去ればこの悪夢から解放されるかもしれない…と蜘蛛の糸よりもか細い希望に賭けている。

 班員が将来有望でやる気に満ちあふれた若者であれば才洲も多少の後ろめたさも感じるところだが、一緒に過ごす限りその心配も無い。


 能力頼りの自意識過剰男に、自尊心だけ高い空回り勘違い女。

 腰痛持ちの英雄気取り中年に、戦場に行く事すらできない欠陥品。

 こんなクズだらけのメンツなら間違っても良い評価など貰えないだろうと、才洲は確信していた。

 班長の駒込は優秀だが、彼が当日試験に参加するわけではないので問題ない。

 誰もやりたがらないクズへ引導を渡す役を押しつけられたのだろうと、軽く同情していた。


 ひとつ気がかりなのは、駒込の連れてきた男。

 数ヶ月前の大規模作戦時にひと暴れした嘱託職員 塚田卓也がまたしてもやってきていたのだ。

 今回もヒーラーとして班に参加すのだが、大規模作戦時の実績と、昨日の様子に才洲は違和感を覚えていた。


「あの人は…本当にヒーラーなのかな……」


 それは卓也の見た目の話をしているのではない。

 一応CB討伐作戦の正式な報告書に目を通していた才洲は、彼が関わったとされる作戦のちょっとした不審な点が頭から離れずにいたのだ。


「炎使いは竜胆さんに瞬殺されるかな…。それにCBのボスは鷹森さんにやられたってあるけど…そうかな?」


 誰もいない浴室でボソボソと呟く才洲。今更、改めて大規模作戦の事を脳内で振り返る。

 上北沢討伐に関しては、若干の違和感程度だ。実際に見たわけではないので何とも言えないが、討伐したとされる美咲・光輝の各地点での動きからすると、上北沢討伐までほんの僅かな"タイムラグ"がある気がしている。

 例えば、二人が上北沢のもとに駆け付けた時には『誰かが倒していた』となると、その差も埋まる。


 炎使いの方は特に顕著で、直前に班員を庇って致命傷を負った志津香が卓也に治療され返り討ちにするまでの流れがおかしい。

 炎使いとの相性でいえば不利だが、それを覆すだけの実力は志津香には十分にあると感じている。

 が、治療されたとある"炎のドーム内"での決着は一瞬だった。そこが不思議でならない。

 どんな植物でどんな攻撃を繰り出せば相手の陣地内で瞬殺できるのか…。直接聞いてみたいが、それほど仲良くないし自分にそんな資格はないと思っている才洲。


「どうせ無理…だよね」


 卓也の"凄腕のヒーラー"という実績と肩書に気持ち悪さを感じながらも、それでも自分達おちこぼれを引き上げることなどできないと言い聞かせる。

 他人のいう事を聞かない、受け入れない、取り付く島もない。

 そんな連中を数日でどうにかできる人なんているハズもないと強く思いながら、シャワータイムを終える才洲なのであった。


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