第318話 伝授

「協力者は四十万さんでしたか」

「ああ」


 メッセージの相手を確認した水無雲はなるほどと納得した様子だ。

 この状況で頼りになる相手といえば特対の偉い人だからな。相手予想の選択肢くらいには入っていただろう。


「てっきり鬼島さんかと思っていましたが、予想が外れました」

「惜しいな」

「もしかして、四十万さんがここ最近どんどん出世しているのって、塚田さんが一枚噛んでるからだったりします?」

「まさか。そりゃあの人の実力だろ」

「そうですか…」


 思いっきりメールに『美味しい話』とか書いてあるけど、俺は誤魔化してみた。一応俺が居ないことになってる案件もあるからな。

 それに実力が確かなのは間違いない。統率力もあるし、能力も見せてもらったが、かなり強かった。

 やられたら解除する術などなさそうだ。


 そして俺の言葉を受け入れる水無雲。

 多分…いや絶対信じていないが、まあ今はどうでも良い。時間が惜しいからな。

 今回の案件、四十万さんは百パー頼みを聞いてくれるとは限らない。


 これまでは四十万さんに“特対内部での地位確立”という明確な目標があった。が、今は役職的にも部下からの信頼という点でもかなり盤石だし、“これ以上”となるとただ功績を上げるだけでは無理だろう。


 さらなる活躍をすれば衛藤さんや鬼島さんと入れ替わることができるか? あの部長と入れ替われるか?

 答えは否だ。

 だから俺から提供できるものはこれまでのような”手柄“では足りない。

 差し出すのは”コネクション“…。特公部長からの勅令に貢献したという事実が四十万さんへの対価だ。

 果たして気に入ってくれるだろうか…。流石に存在を知らないなんてことはないと思うが、果たして。



「今から行っていいらしいから、水無雲」

「はい」

「付き合ってもらえるか?」

「勿論ですよ」


 四十万さんとの約束を取り付けた俺は端末をポケットにしまう。

 そして俺の誘いに二つ返事の水無雲。彼女がいないと箱が解除できないからな。

 あとは志津香だが…


「あの、志津香さん…」

「なに?」

「君はどうしてパジャマなんだい?」


 そう。

 彼女は水無雲と俺の部屋の前に居るときから、パジャマ姿だったのだ。

 淡い緑色の生地に白い水玉模様のとても可愛らしいパジャマ。すごく似合っているのだが、それで本部の廊下を出歩くのはどうなん? とは思ったさ、ええ。

 もちろん心の中では最初に突っ込んだ。『何でやねん』とか『パジャマやないかい』とか。

 でも隣に水無雲もいたし、何か指摘する雰囲気でもなかったからスルーしてきた。


「? 寝るから」

「ああ、そう…」


 キョトンとした様子で答える志津香。

 そんな当たり前のことを聞いてどうしたの? と表情が語っている。

 いや、俺がおかしいのか…?


「じゃあ俺と水無雲は四十万さんとこに行くから志津香は自室―――なぜ俺のベッドに入る……」


 まだ俺が話している最中だというのに、彼女はベットをめくり自然な動きで入り込んだ。

 顔だけは掛け布団から覗かせてこちらを見ている。これで照れくさそうにしていたら、それなんてエロg…いや何でもない。


「いや、自分の部屋にも寝床があるでしょうが。そっち行きなさいよ…」

「ここがいい」

「ここって…俺は今日は多分忙しくなるから、一緒にいてやれないぞ?」

「いい」

「あのなぁ…」


 中々折れない志津香。

 珍しいこともあったもんだ。


「ちょっと塚田さん。こんな格好で竜胆さんを部屋に帰すおつもりですか?」


 俺と志津香の会話に入ってくる水無雲。

 どうやらスタンス的には志津香サイドのようだが。


「こんな格好でここまで来ただろうが」

「さっきまでは廊下を歩く人は居ませんでしたが、もうこの時間ですと食堂なんかに行く人がチラホラ現れますよ」


 確かにそうだ。

 5時台より6時台の方が活動している人の割合は高い。


「もし今から自室に戻らせて、途中で人に会ったらどうするんです? 質問されてしまいますよ。『竜胆さん。どうしてパジャマ姿で廊下を歩いているんですか?』」

「卓也が(自分の部屋のベッドでは)私を寝かせてくれなかった」

「いや、端折り過ぎー」


 それじゃもう完全に事後やん。誤解を生むやん。

 誤訳だけに、事後what?(ジゴワット)って感じジャン。

 国語のテストの問題文ばりに大事な箇所空欄やん。


「私は卓也のせいで一晩中寝られなかった」

「正しく話すねー」


 端折ってはないけど確実に誤解を生むねー。

 英語のテストの問題文ばりに丁寧な日本語話すやん。


「……分かったよ。使っていいから、あらぬ誤解を招くのはやめてくれ」

「わかった」


 俺は折れて、自室での睡眠の許可を志津香に出した。

 こんな朝帰りの時間にその格好で帰られ、道すがら先程のコメントは流石にマズイ。

 そう思った俺は諦めるしかなかったのだ。


「話が長引いたらここには戻ってこれないかもしれないから、気が済んだら帰るんだぞ?」


 頷く志津香。オートロックだから、こういうときは便利だな。

 しかし俺の朝大浴場が…昨晩シャワー浴びておいて良かった。


「じゃあ行ってくるな」

「ゆっくり休んでくださいね、竜胆さん」

「行ってらっしゃい。今夜はカレーよ」

「食堂のな」


 抑揚のない声でボケる志津香を置いて四十万さんのもとへ向かう俺と水無雲。

 さて、スムーズに進めばよいのだが…



「塚田さん」


 四十万さんに指定された部屋に行く道すがら、水無雲が突然話しかけてきた。

 沈黙は苦手だが何を話してよいのか探りかねていた俺は、渡りに船と内心安堵しながら応じることに。


「どうした?」

「どうやったら竜胆さんともっと仲良くなれますか?」

「え…」


 予想外の質問。それは志津香と仲良くなる方法の要求だった。

 正直、今回志津香が誰かを頼ったという事が既に驚きではあるのだが(失礼)、水無雲はそれ以上の親密な関係を望んでいるようだ。


 仲良くなる方法か。

 正直志津香は出会って2日目の朝からフレンドリーな感じだった記憶がある。

 感情が読みづらいだけで、とっつきにくい性格をしているわけではない。

 それは水無雲も分かっているだろう。


「何かありませんか?」


 彼女の表情は真剣だ。

 先程までの俺を試すような笑みではなく、本気で志津香ともっと仲良くなる方法を探している。

 であれば、俺もはぐらかすわけにはいかないな。


「………ある」

「ほんとですか?」

「ああ。その方法を伝授する前にひとつテストをしたい」

「テスト…ですか?」


 俺の言葉に少し意外そうな顔を見せる水無雲。

 そりゃそうだ。志津香と仲良くなるのにテストを出してくるって、俺は何様なんだってことになる。

 しかしこれは必要なことなんだ。特に水無雲にとってはな。


「分かりました。出題をお願いします」

「よし、じゃあ問題な。歩いていたらいきなり志津香が『水無雲さん。私のお母さんが好きな朝ごはんがあるんだけどそれの名前を忘れたらしくて、色々聞いたんだけど分からないんだよね』と話してきました」

「あ、それ前に似たようなこと聞かれました」


 あったんかい。

 やはり志津香は仲良くなるためにとりあえずネタを振るのか。

 そして振られた元ネタを知らない人からしたら、彼女への『近寄り難さ』をさらに加速させてしまうことになる。

 悪循環…というほどでもないか。本人がそれほど気にしていないみたいだし。

 まあ志津香の分析よりも今は水無雲のことか。


「そんときは何て返したの?」

「えーと、そういう時ってありますよね…とかそんなことを言ったと思います」

「0点」

「え」


 厳しいことを言うが、その返しは志津香検定0点だ。

 そんなネタ振りを急にする方もする方だが。


「答えはなんだったんですか?」

「ほんならちょっと一緒に考えてあげるから どんな特徴ゆうてたかってのを教えてみてよー」

「関西弁…急に」

「いや、実はコレな―――」


 俺は水無雲に解説をしてあげた。

 かつて歴代最高得点で漫才コンテストを優勝した二人組のことを。

 そして彼らの作り上げた最高のネタのテンプレートを、丁寧に。


「なるほど…テレビを見ないので知りませんでした」

「志津香はお笑い結構好きだから、視聴覚室にあるビデオとか見ておくといいかもな」


 まあ、勉強のためにお笑いの映像を見るやつなんて同業者くらいなもんだけどな、普通。


「ということは、私はこれまで竜胆さんのパスをスルーし続けていたかもしれないんですね…」

「かもね」


 とにかく志津香は細かくボケたりする。

 スルーしている可能性もあるし、最初の何回かで見切りをつけてネタ振りすらされていない可能性もあるな。

 そしてその事実に少し暗い表情を見せる水無雲。

 己の無力さを噛み締めている様子だ。


「じゃあもう、これ以上仲を深めることはできないんですか?」

「いや、まだチャンスはある」

「ほんとですか? それはどうやって…」

「こっちがネタを振る」


 引いてダメなら押してみろ。


「…ネタ振りって、具体的にはどうすれば?」

「まあベタなところで行くとだな…。朝、志津香に挨拶したあとに『竜胆さん。私コンビニ店員に一回なってみたかったんです。お客さんやってもらっていいですか?』と聞く」


 シチュエーション漫才ではお馴染みの導入だ。

 ボケがやりたい職業の人を演じ、ツッコミがその無茶苦茶な相手に鋭くツッコむ。

 ベタと言えばそうだが、王道とも言えるだろう。


「えーと…それを言うと竜胆さんはどうリアクションしますかね」


 引っかかりながらもなんとか話を先に進めようとする水無雲。

 偉いぞ。というか、こんな序盤で躓いてしまっては志津香を倒すのなんて夢のまた夢だ。


「『分かった』と言ったあと水無雲から軽く距離を取って、その後『ウィーン』って言って近づいてくるな」

「ウィーン?」

「自動ドアな」

「ああ…」


 俺は顔の前で扉が開くようなジェスチャーをして見せる。

 すると水無雲は入店したという事を理解した。


「それでその後は?」

「まあそこからは自由にボケてくれていいんだが、それだと酷だからベタなところで『ヘイラッシャイ! 今日は良いカレイが入ってるよ!!』とか言えば」

「なるほど。『寿司屋か』とツッコませるんですね」

「そうだ。それを受けて水無雲はすぐに『ヘイ、カレイパン焼き立て一丁!』と差し出す」

「確かに最近レジ横のホットスナックコーナーにありますよね、カレーパン」


 ボケを伝授したら妙に納得されてしまった。

『感心』は笑いには繋がりにくいのだが、まあ志津香相手なら突っ込んでくれるだろう。


「すると志津香は『コンビニ店員だった』と言う。そしたら次に―――」


 四十万さんの部屋に着くまでに、俺は水無雲に志津香が喜びそうなネタ振りやボケ・ツッコミを伝授したのだった。

 まあ、伝授というか俺もただのお笑いファンなんだけどな。


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