第313話 B 真里亜ルート 『ソクバク』
「ん…」
意識が覚醒を始める。黒い視界に薄っすらと光が差し始めた。
しかし、朝のベッドでの目覚めほどスッキリしない。
まるでパソコンを強制シャットダウンした後のような…疲れすぎてソファで変な体勢のまま眠ってしまったときのような…
意識が落ちる前と今とで記憶が繋がらない、そんな気持ち悪さが襲っていた。
「痛っつ…! なんだぁ…」
ゆっくりと覚醒し始めた俺を強引に現実に引き戻すのは、後頭部の痛み。痛覚機能を取り戻した脳に原因不明の鈍痛が容赦なく降り掛かってきた。
そしてこの痛みが、俺がここにいるキッカケであろうことを思い出す。確か殴られたんだ、最後に。
しかし思い出せるのはそこまで。確証もないし何もわかっていないのと変わらないな。
「イテテ…」
とにかく俺は少しでもその痛みを和らげるため患部をさすろうとしたが、そこで別の違和感にも気付くことになった。
「うお…手錠? と、鎖が、ベッドにか。足もかよ…」
誰もいないのに思わず細かい描写説明をしてしまうくらい、突然の状況に驚く俺。
だが無理もない。今俺は両手両足に1つずつ手錠がはめられ、そこから伸びた鎖が自分が寝ているベッドの端にしっかりと括り付けられていた。
しかもその手錠も警官が使っているような細いものではなく、鉄でできたリストバンドみたいな形の、中世の拷問器具に取り付けられているようなしっかりしたヤツだった。
「…つか地味に恥ずいわ」
俺は大の字、もといエックスのような体勢を余儀なくされていたのだ。
シチュエーション的には“人体実験”という言葉が似合う。まさかもう弄くられた後とかじゃないよな…
確認しようにも身動きが取れないんじゃどうしょうもない。
「しかし、何もないな、この部屋」
取れるアクションが極端に制限された事で、俺は観察に専念することが出来た。
改めて周りを見てみると、窓も何もないコンクリートの壁に覆われた10畳ほどの空間。
自分が拘束されているベッド。そして学校の一人用机くらいの大きさの木の机と椅子。
ここにあるのはそれだけだった。
CB討伐作戦で入った拷問部屋のような、俺をどうこうするような道具は一見するとどこにもない。
かといって正面の扉から持って入ってくればいいだけなので、安心材料というほどでも無いが。
今にも部屋に『イーっ!』って叫びながらマスクをかぶった連中が大挙したりして―――
「起きましたか、兄さん」
「……………………真里亜」
黒マスク集団ではなく、扉から現れたのは真里亜だった。
手にはお盆を持ち、その上に何かを乗せているようだ。
とても助けに来たような感じじゃあないな…
「まだ起きてなかったら目覚めのキスが待っていたのに」
お盆を近くの机に置くと、人差し指を唇に当ててそんな事をいう。
随分と楽しそうに、浮足立っている様子で。
「そりゃあ残念だ。惜しいことをしたね」
「でしょう?」
「相手が真里亜じゃなけりゃ入ってくるとこからTake2をお願いしてたところだ」
「…………………………………………はぁ」
俺の言葉に怒るかと思ったら、盛大に溜め息を吐かれる。
「随分と落ち着いているようですが、自分の置かれた状況分かってますか?」
「酷いことされるんだろ? エロ同人みたいに」
「エロ同人で済めばいいですけどね」
それより上があんの?!
もしや足の先から輪切りにして、ホルマリンに漬けて額縁に入れられるんじゃ…
「冗談ですよ」
思わずブルっちまう程の邪悪な想像をしている俺に、真里亜はクスリと笑う。
良かった、そんな酷いことする妹は居なかったんだね。俺を縛り付けているけど。
「ここからは純愛ルートですよ。ここで素敵な家庭を築いてエンディングです」
「Oh…」
どう見ても監禁ルートな、それは。
スチル回収の為に仕方なく選ぶやつだ(※個人差があります)
「これじゃ学校に通えないんだけど。もしかしてリモート?」
「もう必要ありません。私が一生面倒見ますから。それに学校には兄さんにたかる蝿が多いので、不衛生ですから」
「蝿って…」
もしかして他の女生徒のことを言ってるのか…?
仮にも同じ学校の生徒に向かって蝿なんて…
「つか何日も登校しなかったら、学校の教員も黙ってなくね?」
「それなら大丈夫です。兄さんは別の学校に転校したことにしますから」
「えぇー…」
それ絶対怪しまれるぞ。真里亜が。
「親父とおふくろは? 流石に厳しいだろ」
「そうですね…。流石に自宅地下室に一生入れないワケにはいきませんからね」
「…ここ自宅の地下にあんの?」
「はい。防音室という名の倉庫ですけど。父さんが音楽をやりたくて作ったそうですよ」
だから真里亜一人でも気絶した俺を運べたのか。
気絶した俺を外の倉庫などに運び出すのは単独では難しいし、かといって俺の監禁という私的な犯罪行為に協力者を用意するのはリスキーだ。
真里亜がそんなことをするとは考えづらかった。
だが自宅の地下室なら一人でも何とか運搬できる距離だ。相当重かっただろうが。
「まあ二人に関しては考え中です。まだ帰ってくるまでに1年くらいありますし。兄さんがそれまでに心変わりしなければ、その時は……その時考えます」
意味深な間を置く真里亜。
俺が一緒になることを選ばなければ消すもやむなしといったところか。
随分とこっちの真里亜はサイ&コな人格になっちまったもんだ。
「兄さんが私と添い遂げてくれれば、誰も不幸になりませんからね。そこのとこをお忘れなく」
「誰も…ね」
ならどうして、俺は殴られて縛られているんだろうな。
本当は分かってるくせに、そう思いたいだけなんだ、きっと…
「まあいいです。それよりお腹が空いてきたでしょう。夕飯にしましょうか」
そういうと真里亜は机の上に置かれたお皿を少しだけ傾けて、寝ている俺にも見えるようにしてくれた。
「今日の夕飯はアジフライです」
「…ああ」
さっきから部屋中に匂いが充満してるもんなぁ…
俺の大好物だし間違えるハズがない。
アジフライと麻婆豆腐は、食うものに迷ったら選ぶ鉄板メニューだ。外さない、全幅の信頼をおいている。
だからこんな状況でも、食欲が出てきてしまうってもんだ。
腹具合からして、最後に真里亜と会話してから丸一日は経っていないハズだ。そして夕飯だという真里亜の言葉。
おそらく今は夜の8時くらいかな。
残念なことに、定期的に連絡を取り合うヤツはいない。
だから俺が何の反応も示さないことに疑問を持ってもらえるとしても、あと最低でも14、5時間は要するだろう。
ここで夕食を拒否し我慢比べを開始しても、俺に有利な事は何もないな。
「うまそうだな」
「でしょう? 兄さんの大好物ですから、気合入れて作りました」
微笑みながら話す真里亜。
こんな状況じゃなければと、とても残念に思うよ。
「じゃあ、この手錠外してくれないか? これじゃ食いづらいからさ。流石に」
手足を引っ張られる形での拘束。
これではイヌ食いスタイルですら不可能だ。
しかし俺の要求に対し真里亜は
「その必要はありませんよ、兄さん」
と拒否したのだった。
「必要はない…っておい」
俺が聞くよりも早く、真里亜はお盆の上の皿からアジフライを箸で摘むと、それを口に運んだ。
一口、二口と食べるたびに衣のサクサクとした音が咀嚼音と共に聞こえる。
聴力を強化せずとも上手に揚がったのが分かった。
同時に、これが俺に対する攻撃だということもな。
「……………随分と酷い拷問を思いつくもんだ。確かにただ単に飯抜きにされるよりもよっぽど―――ンムっ!」
話している途中で口に何かが触れた。それは真里亜の口だ。
真里亜が自分の口と俺の口をくっつけて、そこから飯を流し込んできている。
いわゆる口移しの状態だ。
「んぐ…ン…んちゅ…んむ……」
「ぐ…」
これ以上口への侵入をさせまいと舌で抵抗するも、真里亜は舌に舌を絡ませて押し返してきた。
そして真里亜の舌を噛みちぎるわけにもいかない俺は、抵抗むなしく咀嚼したアジフライを流し込まれるのである。
お互いの口から飯が消えてもしばらく口内を侵され続けたが…
「はぁ…はぁ…。どうですか、兄さん。美味しかったですか?」
「………アジフライの食感が損なわれるから駄目だな」
「……よくもまだそんな事が言えますね。でもまだご飯は沢山ありますから。たっぷりと味わってくださいね?」
こうして、白米から味噌汁から漬物に至るまで全て真里亜の口経由で摂取することになった。
こんな上級プレイをどこで覚えたのかと。
しかも飯関係なく、途中でちょくちょくスーパードレインタイムが始まる。
必死に俺の口から何かを貪り続ける真里亜。俺はそれにただ耐える他なかった。
「では、また明日の朝来ますね」
真里亜は空になった食器を乗せたお盆を持って部屋から去ろうとするので、急いで声をかける。
「ちょいまち! 便所は?」
「片付けるのでそのまましてください。それが嫌なら我慢してくださいね」
「我慢て…いつまでだよ……」
「さぁ? 兄さんの気が変わればすぐにでも」
くそ…とんでもないことを言いやがる。
確かに妹に下の世話をさせる状況が続くのは飯を抜かれるよりも遥かにしんどいかもな。
「ではまた明日の朝…」
そういって真里亜が部屋から出ていくと、Xの字で寝る俺だけが残され再び部屋は静寂に包まれた。
鼻にはアジフライの匂いと、それを食べさせた真里亜の匂いが残っている。
まさか我が妹がこんな凶行に出るとはな…。
キッカケとか、経緯とか色々とあるんだろう。
しかしぽっと出の俺にはそれが分からない。
コウリャクのゴールに向かっているのか
それとも間違えてしまったのか
そもそも最初からゴールなんて無くて、こうやって俺をメンタルブレイクするのがこの能力の真価か…?
「…はぁ」
青春のリプレイだとはしゃいでいた俺は、やはり『能力による攻撃』だということを改めて感じる。
そして大きな溜め息をひとつ。
幸いにも便意はまだない。今のうちに作戦を立てないといけない。
嘘でも愛を囁いて開放してもらうのもアリだが、愛の証明としてキス以上の何かを要求してきそうだな。
それはイヤだ…
考えろ…俺…
しばらく真里亜を出し抜く算段を考えたり手錠や鎖が外れないか試してみたが、光明が見えることはなかった。
そして満腹感からくる眠気が軽くおそってきたタイミングで、この地下室の照明がパッと消える。
時間式なのか真里亜が手動で消したのかは不明だが、どうやら俺の活動時間はここまでのようだった。
「何ともムーディーだな」
メインの照明が消えても、部屋は薄っすらと明るい。それは部屋の四隅にあるオレンジ色の電球のおかげだ。
しかしこのぼうっと明るい状況が、逆に俺の眠気を加速させるのだった。
「寝るか…」
日常から非日常へ一気に変わった、その長い一日が終わろうとしている。
果たしてこの状況はいつまで続くのか。終わりなんてくるのか…。この世界に飛ばされた当初の緊張感を取り戻してきたな。
やっぱり、緩みすぎていた。もっと警戒しないといけなかったんだ。
「よしっ」
手錠のせいで頬は叩けないが、気持ちを新たに明日からこの状況を打破するため眠ることにする。
余計な体力と精神力の消耗があってはならないからな。
「さて、そうと決まれば寝―――」
「…」
「なん―――!」
それは、そこにいた。
暗くてよく見えないが、全身を覆うほどの黒のコートに身を包んだ人物。
フードを被りマスクをしているため見える部分はほぼ無い。
小柄で線の細いスタイルは恐らく女性。
真里亜とも違う謎の人物が、扉を開けていつの間にか部屋に入ってきていた。
そしてその人物は一言も発さずに俺の方へと近づくと、黒塗りのアーミーナイフを取り出し、そして…
「…ガハっ!!」
俺の腹へ深々と突き立てるのだった。
「……ごほっ」
黒フードは俺を刺すとそのまま部屋を出ていってしまった。
何のコミュニケーションもなく、ただ粛々と俺に致命傷を負わせ、消える。
無駄のないその行動は一見するとプロの殺し屋のようだが、止めを刺さない辺りは少し違う。
そう、どちらかと言うと機械に近い。
俺の腹にナイフを刺すという目的を果たしたから速やかに去る。そういうプログラムだ。
自分で言ってて奇妙だが、そんな風に思えた。
何故とか、どうやってここに来たとか、そんな疑問の答えははもう分からない。
今はただ自分の体から溢れ出る、温かく赤い色をしたライフの行方を見届ける他ないのだ。
数分もしない内に足音が聞こえてきて、開きっぱなしの扉から覗かせた真里亜の表情はひどく焦っていた。
そして近くまで来て『どうして』とか『誰が』とか『死なないで』と言っているが、まるで水中で声を聞くみたいに遠い。遠くて、曇っている。
この世界で死んだらどうなるのだろうとか、そんなことを考えていたら意識はあっという間に落ち…
俺は突然の死を迎えたのだった。
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