第312話 A なごみルート 『サッソウ』

 キッカケは、中学生にしては鮮烈で過激だった。


 私は中2の時、所属していたテニス部で行われた”ある学校“との練習試合で、ボコボコに叩きのめされた。

 ”手も足も出ないくらいコテンパンに負けた“という比喩ではなく、怪我を負わされたのだ。


 相手は全中テニス常連校…の中でも、当時特にラフプレーが酷いことで有名な選手。

 その時はどうしてそんな強豪校がウチなんかとの練習試合を受けてくれたのだろうと思ったが、今にして思えば完全に勢い付けのためだったのだろう。

 監督もそれが分かっていて、それでも『何か少しでも得るものがあれば』と思ったのだろうが、私は見事に的にされたのだ。


 男子も女子も、レギュラーも控えも関係なく、適当に試合をしましょうというルールのもと偶々当たったのが私。

 女子の中では1番上手かった私も、パワーもスピードも段違いの相手に最初から防戦一方。そして徐々に体や足に向けて打球が飛んでくることが増えた。明らかにガラ空きのコートを狙わずに…だ。

 左右に揺さぶるところまでは一緒で、ジワジワ体力を削ってからの直接攻撃。


 相手も慣れているのか、ある程度偶然を装い全身を痛めつけてくる。巧妙に、しかし確実に肩や腕や脇腹にヒットさせて。

 最後はくるぶしに強い打球を受けて、走れなくなったところで試合終了した。

 きっと“最後に足に”という順番も予定通りなのだろうと感じる。


 口ばかりの謝罪をする相手の下卑た笑いを今でも覚えている。最低な男だなと思った。

 それでも故意ではなく不運な事故ということで監督は処理し練習試合は続行。私は女子マネージャーに支えられながら控室に運ばれた。



 女子マネージャーが怒りながら私に手当をしてくれ、誰もいない控室のベンチで安静にすること数十分。転機が訪れる。

 突然ドアを開けた女子マネージャーが血相を変えて室内に飛び込んできた。

 私は何事かと尋ねると『急いでコートに来てくれ』と言うので、松葉杖を使いながら移動するとそこには凄い光景が広がっていた。


 先程私にラフプレーを仕掛けてきた男子生徒が脇腹を押さえながらうずくまり、それを見下ろしている同じ部の塚田くんの姿があったのだ。

 お互いに睨み合い、今にも取っ組み合いの喧嘩が始まりそうな雰囲気。

 そんな時、先に口を開いたのは塚田くんだった。


『どうした? さっきはあんなに楽しそうだったろ。もっと楽しんでいけよ』

『クソが…』


 私への行為を責めるような口調の塚田くん。

 そしてそこからの試合戦闘は凄かった。

 お互い狙うのはコートよりも相手の顔や身体。ネット際ではプレーにかこつけてラケットによる鍔迫り合いが行われ、両校の監督やチームメイトから止められることがしばしば。


 しかし周りの静止を振り切り、二人は笑いながら攻撃を続けた。

 最後はコードボールを巡って猛ダッシュしたかと思えば、ボールには目もくれず頭突きを繰り出しダブルノックアウト…という壮絶な結末となった。


 その後二人はすぐさまウチの保健室に運ばれ、練習試合は中断。

 相手は主戦力の一人を潰され、こちらは私と塚田くんという主戦力ではないが二人の部員が潰れた。

 だが両校の監督はどちらも大事にしたくなかったのか、手打ちということでこの件を封殺し二人の試合は“無かったこと”になった。


 もちろんこの結論にウチの部員は猛反発したが仮に騒ぎ立てた場合、私のために怒ってくれた塚田くんは『強豪校のレギュラー選手をラフプレーで潰した悪い人間』という罪を背負いきっとロクな目に合わないと監督は言う。

 先に仕掛けてきたのは相手だし理不尽だと誰もが思ったが、相手の知名度や、私と塚田くん二人の今後がかかっているということもあり、皆それ以上動くことはできなかった。


 そして直後に塚田くんは部を辞め、中等部にいる間は私と話すことは無かった。

 次に再開したのは高等部1年で同じクラスになった時だ。

 以前の人となりは実はよく知らなかったのだが、すっかりおとなしい”省エネチック“な印象に様変わりしていた。

 だけど、私を庇って戦ってくれた時の、あの獰猛な目が忘れられず…。気付けばちょっかいをかけるようになってしまっていたのだ。


 この気持ちの正体が分からないまま、月日は流れる。















 _________














「なー、いつまでそうしてんのー? なごみん」

「そうだよー。ウチらもそろそろ帰りたいんだけどー?」


 告白ゲームを行った日の放課後。

 教室には白黒ギャルと風祭なごみの三人が残されていた。

 結局あれからなごみはずっと顔を上げることなく、みんなに心配されたり気味悪がられたりしながら授業をやり過ごすことになった。

 そして彼女たち以外誰も居なくなった教室でなごみを介助(?)するため自主的に残ったギャルたちが声をかけ続けているのだが、一向にこちらの世界に戻ってこないので困り果てているのである。


「はー…折角ウチらが意識させようと思ったのに、まさかこんな強烈なカウンターをもらうとはねー。やられたわ」


 黒ギャルが適当な机に腰掛けながら反省の弁を吐く。

 その意見に、同じく彼女の近くの机に腰掛けた白ギャルが同意した。


「いやほんそれ。つかあんなの1ターン目に使う技じゃないっしょ。最後のトドメじゃんな」

「それなー。動画見ろし」


 彼女たちは告白ゲームにおいて掟破り級の技を卓也が最初の手番で繰り出したことに憤慨している。

 しかし告白ゲームの様子を映した動画はおろか存在さえも知らない卓也にセオリーを求めるのは無理な話であり、彼女らもそれが分かっているので本気で怒ってはいなかった。

 ただ流れ的に自分たちが面倒見ざるを得ないなごみがいつまでもダウンしているため、その原因に少しでも文句を言いたかったのだ。


「ゲームに誘ったまでは良かったんだけどねー。まさかあんなに男気溢れるヤツとはなー」

「つかぶっちゃけアタシもあんなんやられたらノーリアクションは無理だわ」

「いや、それはそう」


 二人はなごみの気持ちに気付き、今回このような形でアシストをしていた。

 そこまでは良かったのだが、再起不能になったなごみを見て早期の解決は諦め感想戦に入ることに。

 となると当然話題は見事なOTKワンターンキルを果たした卓也を称える流れとなる。

 そして自分もやられていたらタダでは済まなかった、で二人の意見は一致したのだった。


「てかさ、あの熱意は絶対好きでしょ」

「わかる。演技であれは無理っしょ」

「だよねー。あーあ、カレもクラスで1、2を争う人気者に惚れるなんて可哀想にねー」

「ねー」


 二人はなごみを蘇生させるため、大げさに話す。

 卓也の方にも多少はなごみに気があるかも、くらいに感じているが、大分誇張していた。

 これで気を良くして目覚めてくれたらと、淡い期待を込めて…

 すると


「ふふふ…」

「うぉっ!?」

「復活してる!」


 いつの間にか顔を上げ二人のギャルを見ていたなごみ。

 その様子に驚きの声が上げるも、なごみはそれどころでは無かった。


「そうよね…あの感じ……もうベタ惚れよね」

「なごみん…」


 あまりの単純さに思わず憐みの視線を向ける白ギャル。

 悪い男に強引に迫られたら簡単に惚れて体を許しそうな、そんな気さえする。普段のキャラとはあまりにもかけ離れた純情な中身。

 これならいっそ、真面目そうな卓也が本気で貰ってくれた方が良いと思った。


「絶対好きよね…あのテンションは……ね!?」

「こえーし…」

「これは最早両お…私にゾッコンよね……ふふふ」

「あーね…」


 かろうじてキャラをキープしているのが逆に可哀想な様子。

 白黒ギャルはさっさと元気になった彼女を見送り、自分達も帰りたいと願っていた。

 ところが、さらに来客がやって来るのであった。


「お、いたいた。風祭…と二人も居たのか」

「つっ…つつつつつつつつかかかかかかかかわくぇdrftgyふじこl」

「げ…つかっち……」

「げってなんだよ、げって。まあいいや」


 面倒くさくなりそうな予感に思わず眉を顰める二人。

 しかしそんなこと気にする様子もなく卓也はマイペースに話を進める。


「な…なんのよ用なのよ」

「俺と付き合ってくれ、風祭」


「………………えええええええええええええええ!!」


 サラッと、爆弾発言。


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