第311話 B 真里亜ルート 『ドクセン』

 例えるなら、鷹森さんと黒瀬さんは”イチゴ“や“桃”のようなもの。

 見るからに美味しそうで、甘い匂いを放っている。見た目や性格、能力も優れた二人にピッタリの例えだと思う。

 だから彼らと親しい女子はもちろん、会話をしたことのない女子も、大半が彼らに惹かれる。


 例えるなら、兄さんは”ドリアン“のようなもの。

 見た目はトゲトゲしていて、とても美味しそうに見えない。(性格が刺々しいワケではないが)

 熟すと独特の匂いを放ち、苦手な人はとことん苦手。少なくとも若い人で『最も好きな果物はドリアン』だと言う人を私は見たことがない。


 ただ、年配の方でこの果物を好きな人は多い。

 近くのスーパーでも丸ごと買う人はいないが、熟して売り場に置けなくなったドリアンを小さく切ってパック詰めしたものは、年配客にすぐに売れるのだとか。果実担当の人が教えてくれた。

 兄さんも昔から教師や近隣の…とりわけおじさん連中にとても気に入られることが多かった。


 知る人ぞ知る、兄さんの魅力。

 私だけが独占する、天上の味。愉悦。

 なのに、気付かれはじめた…。元々の魅力を感じ取っていた生徒も僅かに居たが、それ以外の連中も注目しはじめてしまった。


 キッカケは、最近何故かやたらと休み時間に興じている、遊びのスポーツ。そこでの活躍だ。

 私は直接見たことないが、結構動けているらしい。

 以前から鷹森さんたちとよく行動を共にしていたので注目度は高かったものの、二人に囲まれて埋もれていた。

 だから、やる気を出してしまえば注目は集まってしまう。


「まるで蝿…ですね」


 少しいい匂いに転じた瞬間にたかってくる、鬱陶しい虫…

 本質など見ず、見た目さえ良ければ何でも良い【フォトジェニ写真蝿ック】たち。

 ああ…本当に…


「鬱陶しい…」


 ブンブンと…私の兄さんにたからないで欲しい―――














 _________


















「………………またですか…」


 朝。

 兄さんと一緒に登校した私は、自身の下駄箱の前でため息をつく。理由は、扉を開けた際に下駄箱から溢れて落ちた“複数の手紙”によるものだった。


「すごいな」


 近くに居た兄さんが下に落ちた封筒のひとつを拾い上げ、感嘆の声を漏らしながら私に差し出す。私宛てのラブレターが入った、白い封筒を。


「高等部に上がってからまた増えたんです。困ったものですよ…」

「うわー…言ってみてー」


 私は以前からこういった手紙を貰うことが多かった。

 うちの学校の下駄箱は中等部も高等部も、鍵付きの扉があるものの、家のポストみたいに扉上部が数センチほど空いているのだ。なのでここからちょっとした書類や小物を入れることができるようになっていた。

 私は連日、この隙間から思いを綴った文を入れられている。これまで誰一人として応じたことはないのに…懲りずに…。


 無下にゴミ箱に投入するわけにもいかず一先ず持って行く事にした私は、上履きに履きに替えると兄さんの下駄箱があるところまで移動した。


「うわ、やっぱりこっちにもあったか…」


 入り口とは反対側から兄さんの下駄箱に近付くと、自身の下駄箱から出てきたいくつもの封筒を見て面倒くさそうに漏らす兄さんの姿が。

 "やはり"こっちにもあった。


「ったく…人のを真里亜の予備みたいに使いやがって……」

「!」


 私の下駄箱に入りきらなかった手紙が兄さんのところに届く。よくある光景だ。

 だが、今日はそれだけではなかった。異物がひとつ、兄さんの下駄箱から落ちるのを私は見逃さない。


「くそー…こんなに入って―――」

「兄さん、私宛てですから、私が拾いますよ」

「え、いやそうだが…」

「いいから」


 そう言って私は強引に兄さんを下駄箱の前からどかし、下に落ちたものとまだ靴の上に乗っかっている封筒を回収する。

 大半は私にとって必要ないモノだが、今日は"本命"が一通あった。

 パステルピンクの封筒に入れられた、『兄さん宛て』と思しき手紙。こんなもの、渡すわけにはいかないのだ。


 ごく偶に現れる『物好き』の対応に今日も追われる私なのだった。
















_________












「なぁ塚田ー」

「んー?」

「お前の妹モテモテだなー」


 クラスメイトとの何気ない会話の中でふと、妹の話が出てくる。

 モテモテ…今更他人に言われるまでもない評価だが、何か改めて俺に伝えるような事でもあったのだろうか。


「どうした急に?」

「いやさ、さっき第2体育館の裏で2年の女子に呼び出されてたみたいでさ。男子からモテてるのは知ってたけど、まさか女子からもとはな…って思ってさ」


 確かに女子から告白されるってのは相当なもんだが、少しおかしいな。

 真里亜は男子からの呼び出しには一切応じていない。にも関わらず女子からだけ律儀に呼び出しに応じたりするだろうか。


「果たし状とかじゃねーの?」

「いやぁー、少なくとも妹ちゃんを待ってる間の相手はそんな感じじゃなかったぞ?」

「随分よく見てたな」

「あー…たまたまな? あっこの自販機にしか売ってない飲み物が好きでな」


 ちょっとキョドっている。

 半分は本当。おそらく飲み物を買いに行ったらたまたまその場面に遭遇したとか、そんなところだろう。

 まああえて深堀りするのは野暮だな。健全な高校生たるもの、告白シーンを見たいと思うのは当然だ。


「“ゴキゲン”とかいう炭酸飲料だっけ?」

「そそ。そしたら緊張した様子の女子がいてよ。しかもやってきたのは妹ちゃんで。その時点で帰ってきちまった」

「なるほどね…」

「いや、マジよマジ」


 一部始終を見ることはしなかったわけだ。紳士じゃん。

 まあ結果は聞くまでもないことだからいいんだけどね。


「つかさ、お前もよくあんな妹ちゃんと一緒に住んでて平気でいられるよなー」

「あのなぁ…」


 話題を変えたいのか、突然そんなことを言い出す。


「いや、彼女は我が校期待のルーキーなワケよ。容姿端麗・品行方正・文武両道! 水鳥会長に勝るとも劣らない完璧超人と同棲って、ヤバヤバでしょ」

「まあ、唯一の欠点は俺が兄貴ってことくらいだな」


 軽く茶化してみる。正直この手の話題はコメントに困るんだよな。

 だから対策も立ててあるんだが…。


「ところで話は変わるが」

「ん?」

「お前の母ちゃんをこの前スーパーで見かけたんだが(嘘)」

「ああ、そう?」

「胸も尻もでかくて堪らないよな。一緒に住んでるんなら、今度下着の一つでもパクってきてくれないか? 金なら払うからさ」

「………おま、やめろよそういう冗談。サブイボ出てきちまったじゃねーか」

「だから、さっきのはそういう事言われた感覚なワケよ。俺にとってはな」

「あー………」


 いくら血は繋がってなくとも、やはり真里亜が生まれた時から面倒を見ている俺としては、スタイルがどうとか顔がどうと言われても返しづらい。

 頭が良いとか、体育祭活躍してたねと言われる分には嬉しいんだがな。


 その辺の妙な感覚を伝えるには、男子なら母ちゃんのスタイルを褒めるのがいい。

 止めて! って大抵音を上げる。


「ワリ…。気持ち悪かったか」


 俺の言葉に素直に謝罪する生徒。

 分かってくれたなら問題なし。


「いや、いいさ。まあ妹の活躍を聞く分には素直に嬉しいからな。容姿の部分に関してだけ控えてくれればそれで」

「ああ」


 これにてこの話題は終了。

 そう思った矢先―――


「兄さん」


 御本人が登場してしまった。


「真里亜」

「今なにか私の話をしていたようですが?」

「ああ。真里亜は可愛いなって話してたんだよ」


 折角終わりかけた話を蒸し返したくはないので、適当に誤魔化すことに。

 だが真里亜には全く効いていないようだ。


「また適当な事ばかり言って」

「本当さ。兄としては真里亜以上に完璧な恋人が見つけられるか不安だなって、彼にグチを聞いてもらってたのさ」

「あ…どもッス」


 先程まで話していた彼にも少しパスを回す。こんな事になってしまった責任の一端もあるからな。

 だが、真里亜はそんなこと聞く余裕もないくらい表情が巌しかった。


「真里亜…? 怖い顔してどうかしたか?」

「っ…。何でもありません。恋人探しに現を抜かしている兄に言葉を失っただけです」

「いや…でもホラ。先の話とはいえ、結婚は当人同士じゃなくて家族同士の付き合いになるワケだからさ。真里亜と仲良くやれてお眼鏡にかなう相手ってのもなかなかに―――」


 言い終わるよりも先に俺の腕を掴み、どこかへ連れて行こうとする真里亜。

 別に力が強いというワケではないので痛みはないのだが、様子のおかしい真里亜が気になるのだった。


「ちょちょちょ…どこ行くん?」


 そしてそのまま廊下へと連れられ、人気のないところへと来る。


「………なんだよ、こんな所に連れてきて」

「……………今日の夕飯、何が良いですか?」

「はぁ?」


 こんな所に連れてきて聞くことがそれかい。

 先程からほんと変だな。

 まあ答えるけど。


「じゃあ、回鍋肉と湯豆腐を…」

「分かりました。それでは」


 そういって階段を降りて自分の教室に戻ろうとする真里亜。

 マジでコレだけのために?


「あ、そうだ。真里亜」

「なんですか?」

「今朝の手紙さ…返事するのか?」


 さっきの話が気になりなんとなく聞いてしまう。

 そう、些細な好奇心。女子に呼ばれたら行くのかという、意外な行動。

 その理由を少しでも探れればと、そう思ったのだが…


「誰にも返事はしませんよ? あの量をいちいち相手していたらキリがないですからね」

「……………そうか」


 真里亜は、何かを隠していた。

 その嘘が自分の為なのか、それとも他の誰かの為なのか

 今はまだ分からない。



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