第311話 A なごみルート 『コクハク』

「あれー、塚田くんじゃん」

「おう」


 昼休み。

 購買部でコッペパンを要求してきた帰りに、外で食べることに決めて下駄箱を訪れた俺はなごみに出くわした。

 彼女も昼ごはんか、とも思ったが弁当らしき物を持っていない。

 というか、今しがた外から戻ってきたように見える。


「塚田くんはこれからお昼?」

「おう、ちょっと外でな…。そういうそっちは、外にいたのか?」

「んー…まあね。……もしかして気になる?」


 悪戯っぽい笑みを見せるなごみ。

 これは俺をからかう時の表情だな。


「まあ、気になると言えば嘘になるな…」

「…ふふ。そこまで言うならしょうがないわね」


 あれ…


「コレよコレ」


 楽しそうにしながら、なごみは後ろ手に持っていたモノを取り出しこちらに見せる。

 そこには、ハガキよりも少し大きいサイズの封筒があった。これは、まあアレだな。


「ラブレターか?」

「あたりー♪」


 つまり、今まで呼び出されて告白を受けていたということだろう。

 それなら外から帰ってきたのも納得。場所はベタな体育館裏かな?


「あれあれ…もしかしてもしかして、結果も気になる感じー?」


 物凄いテンション高くそんな事を言うなごみ。

 この感じだと普通はカップル成立して浮かれているようにも思えるが、そうじゃないハズ。

 俺に声をかけてきた時の表情は、なんというか”ホッとした“ような感じだったからな。

 告白をされる側がそんな表情はしないだろうと思う。


 さて…となると、どう返したもんかな…。


「そうだな。風祭が誰かと付き合うのか、興味はあるな」

「! そ、そうなんだ…。あ、ま、まあ、塚田くんには縁のないアレだもんねー」


 ナチュラルに失礼なことを言うなごみ。

 本当のことっていうのは一番言っちゃいけないんだぞ。

 まあこのまま彼女のサンドバッグというのも癪なので、俺は軽く見栄を張ってみることにする。

 すぐにバレるんだけどな。


「縁がないね…」

「そうそう! 去年1年間も浮いた話ひとつ―――」

「ところが、そうでもないのさ…」

「え……………………………」


 一転攻勢。

 マウントからのタコ殴りを続けていた相手からの思わぬカウンターに、なごみも驚きの表情を―――てかスゲエ顔だな…

 そんな驚くなよ。流石に傷つく。


「…証拠を見せてやるよ。待っててくれ」


 気を取り直し、俺は自分の下駄箱まで歩みを進める。

 同じクラスのなごみとは下駄箱の位置も近いので、彼女は移動せずとも俺の“証拠”を拝むことが出来た。


「多分いくつか…あった。ホレ」

「………嘘」


 俺は案の定自分の下駄箱に入れられていた封筒を取り出すと、枚数がわかりやすいように少しずらしてなごみに見せた。

 紛うことなきラブレターの数々を。ただし、宛先は俺にじゃないが。


「ホレホレ、どうよ」


 上手いこと宛先が見えないよう隠しながら、5枚の封筒をパタパタとあおいでアピールする。

 なお、俺の方からはバッチリ『塚田真里亜さまへ』という文字が見えていた。

 そう、新学年が始まって少しすると、容量オーバーで下駄箱に入りきらなかった”真里亜宛て“のラブレターが俺の所に入れられるようになったのだ。

 つまり、俺の下駄箱は真里亜のスペアとして存在していた。


「……そんな」


 俺の封筒の枚数を見て未だに信じられないといった表情のなごみ。

 その表情が見られただけでも良しとしよう。そろそろネタバラシしようか。


「バカにしすぎなんだよなー、風祭は…」

「………さ…を…された」

「んー?」


 何やらブツブツと言っているがよく聞こえなかったので、俺は彼女に宛名が見えるように見せた。

 やがてそれを視界に捉えたなごみは、ゆっくりとこちらを見る。


「……は?」

「モテモテなんだよなー。俺の妹は」

「っ――――――――!!」


 見る見る顔を真赤にするなごみ。

 俺は同時に外履きを出しておいたので、即座に履き替えると


「じゃーなー!」


 一目散に外へと飛び出していった。


「こらー!」


 後ろからなごみの声が聞こえてくる。

 どうやら追いかけてくることにしたらしいが、俺がギアを上げるとその距離はどんどん離れていく。


「何でそんな速いのよー!」


 全身で風を感じながらアスファルトの道を駆け抜けていくと、やがてなごみの声は聞こえなくなった。

 そして俺は駐輪場の方まで来てしまっていたようだ。

 見渡すと、スポーツタイプからママチャリまでバラエティに富んだ自転車がルーフの下に綺麗に並んでいる。

 車体の一部には学校指定のシールが貼られており、そのシールがない自転車はロックがかけられてしまうルールになっていた。


「もう少し家が離れてたら自転車通学もアリなんだけどなぁ…」


 この世界の自宅と高校は自転車を使うほど離れていないので中々申請する決断が下せず、あっという間に今年度の駐輪上限に達してしまった。

 まあ、賭けに負けてしまった俺が真里亜の許可を得られるとも思えないし、チャリ通は諦めよう。


 昼休みももうすぐ半分が過ぎようとしていたので、俺は駐輪場近くの自販機で飲み物を購入すると校舎の非常階段に腰掛け、要求してきたコッペパンの封を開封し口に運んだ。


「…ンまい」


 コッペパンの中身はバターピーナッツクリームだった。

 しかも甘いだけのペーストではなく、ピーナッツの粒が感じられる優しい甘さの方だった。

 仮想空間の購買のパンにしては“オツ”じゃないか…


 俺が絶品パンに舌鼓を打っていると、視界の端に”ある女子生徒“が映った。


「あれは…」


 後ろ姿しか分からなかったが、そこはかとなく“彼女”に似ているような気がした。


「いや、まさかな…」


 俺はすぐに考えを振り払う。

 この世界にも普通の人たちが沢山おり、知り合いよりも数は圧倒的に多いのだ。

 そんな中、後ろ姿だけで断定はできない。

 故人だし、何より今日まで出会わないなんてことはないだろう。


「ま、知り合いなら近いうちに会うだろうよ」


 俺は残りのパンを頬張りながら、そんな事を呟いた。
















 _________
















「告白ゲームぅ?」


 ある日の中休み。

 生憎の雨で外に遊びに行けなかった俺はトイレから教室に帰ると、黒ギャルからそんな摩訶不思議な遊びに誘われた。

 告白ゲーム…なんだろうか。

 音だけ聞くと何かをカミングアウトする遊びなのか?

 すると


「えー、つかっち知らないとかマ?」

「今Tik tacとかインストで流行ってるのに」

「いや、見てないし」


 白黒ギャルズからやたらと煽られる。

 なこと言われても、見てないもんは見てないし。


「告白ゲームってのは、男女が1対1でお互いに告白し合って、強めにリアクションしたほうが負けってゲームだよ」

「はぁー…。何が面白いのかわからんけど、そんなんが流行ってるんだ」


 まあ仲の良い男女グループでやりゃあ盛り上がるかもな。

 なんだってそうだけど。


「遠慮しとくよ」

「はぁ?! なんでだし」

「つまらなさそうだから」

「やれし!」


 白黒が断った俺を交互に攻める。何故そこまで食い下がるのか。

 やりたいやつは探せばいくらでもいるだろうし、わざわざルールすら知らん俺を誘わなくても。


「黒瀬、やる?」

「ああ、いいぞ! 暇だからな!」


 俺は身代わりに黒瀬を差し出そうとする。

 本人はやる気なのでこれで問題ないだろう。

 しかし


「黒瀬鷹森は駄目に決まってんじゃん!」


 と、白ギャルに断られてしまった。


「なんでだよ」

「二人は相手が直ぐに負けるからダメに決まってんじゃん!」

「……………いや、まあ」


 そうなんだろうけど、それを俺に断言するなよ。

 悲しくなるだろう。

 しかし俺が首を縦に振るまで収まらないムードだなこりゃ。

 仕方ない、遊びに付き合うか…


「分かったよ、やるよ」

「っし!」

「流石〜」


 俺が渋々承諾したことで喜ぶ白黒。マジで何なんだ…?


「じゃあ相手は…なごみんねー」

「へぇ…」

「し、シカタナイワネー」


 ピンポイント指名されるなごみ。

 そしてロボットのような動きを見せる彼女に違和感ありありだ。


「なんか…どうした?」

「な、なにがや?」

「がや…」


 死ぬほどぎこちない割に対戦相手を拒否しない。

『軽く弄んでやろうかしら』という、いつもの余裕も見えない。

 端的に、変だ。

 まあやるというのならやりますけども。


「じゃ、じゃあ私からね!」

「お、おう」


 たかが遊びにしてはやけに気合が入っている。それに緊張している様子だ。

 一体どうしたというのか。

 そんなことを考えているうちに、白ギャルから開始の合図が。

 集中せねば。


「つ、塚田くん………しゅ、好き…デス」

「おお…」


 徐々に声が小さくなっていく。最後の方は殆ど聞こえなかった。

 だが顔を赤くして、精一杯の勇気を振り絞りました感がとても良い。目線も少し逸らしたり、上目遣いしたりがGOODだ。

 普段のイケイケな感じとのギャップだろうか、照れている態度が何倍にも攻撃力を高めていた。


 俺が思わず感嘆の声を漏らすと、言い終えたなごみが


「ど、どう…? 私の勝ちでしょ?」


 と判定を黒ギャルに求めた。しかし―――


「うーん…まだ弱いっしょ。感心してただけだし」


 ギャルは先攻に軍配を上げなかった。

 その判定になごみは『えー』と物言いしそうな感じだったが、それをおさえ俺の出番が回ってくる。


「次、つかっちねー」

「オシ…」


 気合一閃。

 盛り上がり的にはサラッとジャブを打つべきなんだろうけど、折角こちらを意識させるチャンスだ。

 狙うは一撃必殺。


「なー審判」

「んー? どしたん?」


 告白前に、1個確認。


「告白する時相手の肩とか手に触れるのは、アリ?」


 そのSNS動画を見てないから分からないが、もし許されるのなら、より強力な一撃を入れられる。

 そう感じた俺は確認をすることにした。


「つかっち……。…それは”アリ“だ(面白そうだから)」

「え…いや……。何勝手に決めてんのよ」


 俺と審判との勝手な取り決めに、流石に異議申し立てをするなごみ。

 ズルいだの不公平だの、先攻を譲ったというのにブーブーと不平不満を垂れている。

 そしてその熱は対戦相手である俺にも飛び火してきた。


「大体触れるって何よ…。そんなやらしーこと考えてたの? 分かった、ドサクサに紛れて―――」

「―――!」


 こちらを指さしてきたので、俺は黙ってその手を取り、握った。


「???????!!?」


 突然の出来事に目を見開くなごみ。しかしもう遅い。

 俺のターン!


「なごみ!」

「???!?!!????!」

「愛してる!! お前に夢中だ!!!!」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」


 爆撃のように相手に好意を伝える。火薬の代わりにパッションを込めた言葉の爆弾。

 こんなの、現実世界でもやったことがない。いや、むしろ仮想世界だからこその大胆な行動だ。

 そして俺に手を掴まれ、ほぼゼロ距離で受けてしまったなごみはどうだろう? この距離ならバリアは張れないが、果たして…


「ぇ…ぁ…」


 見ると、かすかに呻き声を発しながらこちらを目をぱちぱちとさせながら見るなごみ。

 顔どころか手まで真っ赤で熱を帯びてきている。

 そんな熱い手をゆっくりと離すと、なごみは自由になった両手で顔を覆い、うつむいてしまった。

 耳まで真っ赤で、一見すると泣いているように見えなくもない状況だ。

 俺は審判に目配せし、進行を促した。


「な、なごみん…? えーと…なごみんの負け…かな?」


 反応こそ落ち着いているが、あんだけ照れてしまっては負けでも仕方ないだろう。

 審判の黒ギャルは困ったようにゆっくりと聞いた。


「……………………風邪ひいた」

「いや嘘つけ!!」


 その赤面の理由をそれで誤魔化そうとしてるのか…

 ある意味面白いが、流石の友達の黒ギャルも鋭いツッコミをあびせた。


「朝から予感はしてた…」

「いやそんな追加情報はええねん! 『あーなら顔赤なるかー。ほな次いこかー』って行かれへん行かれへん!」


 顔を押さえたまま無理筋な言い訳を続けるなごみと、激しく関西弁で突っ込む黒ギャル。

 そして勝敗が決しないまま次の授業を告げるチャイムが始まってしまった。

 こうして人生初の告白ゲームは幕を閉じたのだが…


「おーい、風祭どうしたー? ずっと顔を押さえて、具合でも悪いのかー?」


 次の授業を担当する教師が、顔を押さえたまま座るなごみを妙に思う事になるのであった。


「塚田はなんか知ってるか?」

「………あー…風邪だそうです」

「なら保健室行けよ」


 この日はずっと機能停止していたなごみ。

 ていうか、こっちの世界のなごみって、弱くね…?

 まあ、キャラ変は色々とされているからそういうもんなのかもな…。



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