第310話 B 真里亜ルート 『ジュウデン』
一人目の攻略、の分岐
どちらから見てもOKです。どっちかだけ見ても話は分かりますよ。
仮想現実でやりたい放題です。(私が)
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家の階段を静かにゆっくりと上がる。たまに木を踏みしめた時のギッという音がするが、大した音量ではない。
人が…ましてや閉じきった部屋の中にいる人間が目を覚ますことは決して無いだろう。
時刻はまだ朝の6時半。兄さんが目覚まし時計のアラームを仕掛けた時間まで30分ほどある。
私はさらにその30分前には起きて、自分の身支度と二人分の朝食の支度を終えていた。
全ては今から行う“充電”のための些細な準備だ。辛いとか、大変だと感じたことはない。
例えばデートの前の洋服選びとか、あるいは男子ならテレビゲームをする前のセッティングとか…。先程までの30分はそれに該当する。
洋服を決めきれない時や、箱から沢山の機器を取り出す際の大変さはあっても、それが苦痛で仕方がない人間はほとんど居ないハズ。口では面倒と言いながらも、贅沢な手間を噛み締めている。
多分に漏れず、私の支度もそれに該当するのだ。これから行う事のための必要な要素でしかない。
てまをかんじたことはない…。
「…ふぅ」
兄さんの部屋の扉をそっと開けて中へと入ると、軽く息を吐く。
開ける時以上に閉める時に細心の注意を払い、ドアノブは常に回しっぱなしで。閉じきった時にようやく手を離せる。
我が家は私の部屋以外カギが付いていないので入ることは容易い。
もちろん普段はちゃんとノックをし、部屋の主に入室の許可を取っている。だが朝だけはそうもいかない。
無礼な妹をどうか許してほしい。
兄さんを起こすことなく部屋へと入った私は、まず最初に勉強机の上にある目覚まし時計のアラームを切ることから始める。
予定よりも早く仕掛けていたり、いつ誤作動で鳴り出すかわからない。そうなればこの状況を言い逃れるのは難しいだろう。
故に時計の停止は最優先事項なのだ。
「…さん」
時計を止め振り返ると、私の兄である塚田卓也が規則的な寝息を立てている。
その安らかな表情に、思わず名前を呼びかける。兄さんではなく、卓也さん…と。
誰もいないところでしか呼べない愛しい名前。堂々と呼べたらどんなに幸せか。
そんな”もしも“の想像もそこそこに、私は兄の眠るベッドの横に膝をつく。
幸いなことにベッドの高さも大きさもそこまでではないので、片膝立ちで身を乗り出せば中心で眠る兄さんの顔まで余裕で届いた。
兄さんの左側に片膝立ちした私は片方の手をベッドに置き、それを支えに身を乗り出す。
そして私は、兄さんの唇に自分の唇を近づけ、習慣となっている"充電"を開始したのであった。
「ちゅ…んむっ……ぁむ…ンふっ……」
静かな部屋に、二人の息遣いと水音だけが響く。
やっていることは、意識の無い兄さんの口内を一方的に蹂躙していく酷い行為。
キッカケは些細なことだった。リビングのソファで寝ている兄さんの唇をつい味わってしまい、そのまま覚醒。
以降、隙を見つけてはこうして甘美な楽園の味を貪っているというワケである。
もちろん最初の方は躊躇いもあった。本人に無許可でなんて…と。
だがそれも今は昔。なんなら突発的な行為ではなく、しっかりとお膳立てをしてコトに臨む。
気付いたのだが、これをすると朝から非常に調子が良く、塚田真里亜のパフォーマンスが120%発揮できるのだ。
逆にしないとどこか物足りなさを感じ、集中力も散漫。優秀な兄さんの妹ではいられなくなる。
恐らく、アニナミン欠乏症だ、
考えてみて欲しい。スマホを充電するのに後ろめたさを感じる人間など存在するだろうか…いや、ない。
この行為は必要なルーティンの一種だと確信している。
「はぁ…」
息継ぎのため一旦口を離すと、お互いの唇の間に逆放物線の水のアーチがかかる。
兄さんはここまでしても、一向に起きる様子がない。それでこそ『今までの兄さん』だった。
一度寝てしまうと大抵のことでは目を覚まさず、されるがまま。今もそうだ。
でもここ最近変化があった。
兄さんが起きれない理由を『目覚ましが止まっていた』と言ったのだ。
今までは目覚ましなんかじゃ決して起きなかったのに…。
ところが、私がアラームを止めるまで1週間近くも自力で起きてきた。しかもそれが"あたかも今までそうしてきたかのように"だ。
一体どういう心境の変化だろうと、私の頭の中を言いようのない"妙さ"が支配する。
「…んちゅっ、あむ…ンん……っふ…!」
再充電にかかる。
色々と奇妙な感覚はあれど、今は短い時間を無駄にしたくなかった。
目覚ましでは起きるのに、妹にここまでされても全く起きない駄目な兄さん。
たまに息苦しそうに身をよじるのを見ると、得も言われぬ満足感がお腹の中を電気となって駆け巡る。
私のせいで苦しいんだ。私が兄さんの感情を動かしているんだ…と。
興奮して思わず上に乗っかりたくなるのを我慢する。
流石にそんな事をすれば起きてしまう。そんな事をすれば…どうなるのだろう。
目を覚ました兄さんは笑って私のことを受け入れてくれるだろうか。それとも強く拒絶するだろうか。
結果は…分からない。受け入れてくれる勝算もないし、かと言って嫌われる場面のイメージも出来ない。
「っぷは…」
そんなスリルのある賭けに身を投じたくなるが、今は我慢する。
まだ早い。まだ二人だけでは生きていけない。
しかしゆっくりしていると虫がたかる。もどかしいな。
腰を据えて待つべきという意志と、早く食べてしまいたいという欲求がせめぎあい、やがて机の上の時計が“鳴るべき時間”を指し示すとニュートラルに切り替わる。
充電時間の終わり―――
我慢の始まり―――
「―――さん! 兄さん―――さい! 兄さん!」
「ん………………………」
声をかけ続け、ゆすり続けると、ようやく兄さんは重い瞼を開く。
寝癖とはだけたパジャマ。だらしない姿も愛おしい。
私だけの特権。独占欲が満たされる。
「……またヨダレ垂らしてますよ?」
「あぁ、スマンスマン…」
指摘されると、兄さんは袖で口を拭う。
30分近く吸収して、注入したその液体は、どっちのものなんでしょうね…。
事情を知らない兄さんを見ながら、私はそんな事を考え楽しんでいた。
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