第306話 系統と型

『それは“空間系”“強制型”の能力者ですね』


 先日、殺し屋の一人にこんな能力者がいたという話を駒込さんにしたときだった。

 彼の口から聞き慣れない言葉が飛び出し、逆に話をしていた俺の興味が引かれることに。

 しかもあまりにもサラリと言うものだから、俺が止めないと流れてしまいそうな程だ。


『空間系…というのは…?』

『あ、スミマセン…。空間系っていうのは特対で分類している能力系統の名称ですね。管理や分析、敵組織の能力者対策なんかに用いられるんですが…』


 無意識に専門用語を使っていた事を指摘され苦笑する駒込さん。

 そしてそういったカテゴライズや系統分類が嫌いじゃない俺は、自分の話など最早どうでも良くなり駒込さんに先を促した。


『その話、もう少し詳しく』

『詳しくですか…? そうですね…』


 掘り下げられた駒込さんは天を仰ぎ、何から話したら良いのやら…といった感じで考え始める。

 確かに“特対で使われる分類だ”と言えばそれ以上でもそれ以下でもない。かといって1から説明しろと言われれば膨大な情報量になってしまう。

 俺は我ながら雑な振りをしたなと反省していたが、駒込さんがいい感じにまとめた例を聞かせてくれた。


『例えば、今塚田さんが仰っていた“急に草原に連れてこられた”とか、“夏なのに猛吹雪の場所に連れてこられた”といったシチュエーションにあったとしますね』

『はい』

『そんな時我々は、自分が受けているであろう能力を大きく3つに分けて考察します。この3つというのが、我々が共通認識している“系統”となりますね』


 駒込さんが親指と小指以外の3本の指を立てて解説する。

 なるほど、職員同士が同じ定規を持っていれば情報共有や対策の話が容易になるというわけか。

 これこれこういう能力で〜とゼロから話すよりも、〇〇系〇〇型〇〇! と端的にまとめた方が良い状況もあるだろう。


『さっきの空間系はまさにその系統というわけですか』

『はい。系統は大分類にあたり、炎熱系や空間系や治療系など、ここだけでも無数に存在します。さらにここから型などが派生していき、多種多様な能力を分類していくんですよ』

『ほうほう』

『で、さっきの塚田さんのシチュエーションの場合、“転移系”“空間系”“催眠系”の3つのどれかを受けたと予想します』


 今度は指を薬指から1つずつ折り畳んでいき、それぞれに対応した系統の名称を教えてくれる。

 そしてその3つは、俺でも何となく内容が想像できるものだった。


『転移系はそのまま、どこかに飛ばされたと警戒する事ですね。ただ先程の話では、クリスマスにそんな草原は国内にはないですし。海外にはあるかもしれませんが、わざわざそんな所に転移させて肉弾戦を挑む…というのはあまりにも非効率なので一旦除外しました』


 確かに駒込さんの言う通り、海外の好きな場所に転移できるのなら、火山でも深海でもいくらでも危険な場所に飛ばせばいいハズだ。あるいはそれが無理なら、建物の沢山ある場所で待ち伏せとか。

 それをあんな開けた場所で、正々堂々って…。こちらを舐めていたとしてもお粗末すぎる。

 特別な縛りやポリシーでもない限り、転移系の線はないかもな。


『次に“催眠系”ですが…』

『そもそも草原も殺し屋たちも嘘だというケースですか』

『そうです。ただ催眠系は、予兆として意識の混濁や強烈な睡魔に襲われるといった症状が出ます。なので“突然目の前に変な光景が広がる”感覚ではないかなと』

『なるほど』

『それに、催眠で飛ばされた世界の敵にしては殺し屋たちも弱すぎますし。普通なら精神が壊れるくらいキツイ体験を強いられるのがこの系統の特徴でもありますから』


 催眠系による攻撃は、ある程度経験があればそれが現実か嘘か分かるのだという。

 駒込さん曰く、結果論ではあるものの草原への入り方やアッサリ三人を倒せたという事実が、比較的なんでもありな催眠世界の出来事としては弱いようだ。


『そうなると可能性が高いのが、先程言っていた空間系だと?』

『はい。この系統は自分の意のままに操ることのできる空間を形成するのに長けた能力者です。そして塚田さんの対峙した相手は、自分の空間に対象を強制的に飛ばすことができる』

『だから“強制型”と…』


 気付いたらそこにいた。ただの路地裏から草原。

 どこかに入った瞬間というよりかは相手が展開した途端だった。


『他にも空間系“誘導型”というのがあって、それは対象が一定の場所に足を踏み入れた時などに発動するタイプですね』

『へぇ』


 そのタイプを聞いて、真っ先に【手の中】の女を思い出した。(名前は忘れたが)

 アイツは俺といのりと愛と白縫の四人をホテルの部屋に閉じ込めるように能力を使っていたな。

 あれは空間系誘導型に当てはまりそうだ。


『でも、それなら強制型の方が強くないですか? 殺し屋の時は抵抗する間もなく飛ばされましたし、俺』

『ところが、2つのタイプも一長一短あるんです』


 まあ、そうだよな。

 これじゃ誘導型があまりにも不憫だ。


『例えば強制型にはどんな弱点が?』

『強制型は相手を自分の空間に引き込むのに多くのパワーを使うので、空間にそこまで大掛かりな事を仕込んだりすることができないんです。それと“術者自身が空間内にいなくてはいけない”みたいな縛りがあることも』

『あー…』


 確かに殺し屋の女の空間は、ただの草原だった。

 地面がせり上がってきたりだとか、隕石が落ちてくるとか、そういうプラスαみたいなのはなかったな。

 術者を霧化しなかったのも、そういう縛りか。


『対して誘導型は、対象を一定の場所まで自力で誘導する必要がありますが、その分空間内に強力な仕掛けを用意したり、空間外から色々と攻撃できたりすることが多いです』


 これも【手の中】の女に当てはまる。

 ヤツと酸素を操る女は、ホテルの部屋の外から俺たちを攻撃してきた。

 こちらが死んだふりをしてからようやく姿を表し、白縫の中の輝石を取りに来たのだ。

 輝石の存在は伏せられていたので、厳密には白縫の死体を…だが。

 駒込さんの話す誘導型のケースから外れない内容だったことを思い出した。


 そしてここまでの説明で、駒込さんが思わず呟いた理由にも納得がいった。


『特対職員はさっきみたいに状況から瞬時に系統を分析して対策を立ててるってワケなんですね』

『あはは…その通りです』


 少し照れくさそうに笑う駒込さん。

 職員は相手の能力をノンビリと分析していられない状況がしょっちゅう来る。だから無意識に考えるよう癖がついているんだ。

 一種の職業病か。

 しかしその考察の早さこそが、生き残るための大切な要素の一つだと理解できる。


『空間系強制型なら本体を探す、催眠系なら動揺せずにやり過ごす…みたいなことがすぐにできる人が生き残るわけですね』

『そうですね。特に我々は班で動くことが多いので、仲間が消えたとか突然倒れたといった場合には、適切な対処ができる人がいるとそれだけで班の生存率がグッと上がります』

『だから駒込さんのように、優秀な人ほど系統がパッと出てくるんですね』


 俺の茶化しに、止めてくださいと困り顔の駒込さん。

 しかし雑談程度の情報量でしっかり分析出来ているあたり、流石は踏んできた場数が違うなと俺の中で駒込さんの評価が更に上がる。


『ただですね、これはあくまで“統計”であって“真実ではない”ので、油断は禁物なんですよね』

『真実ではない…?』


 駒込さんの変わった言い回しに、思わず聞き返す。

 するとすぐに続きを聞かせてくれた。


『特対では能力の研究が日夜行われていて、歴史の長さもありかなりの情報が蓄積されてきました。ですが能力というのは“授かり物”という側面が強く、完全解明が出来ていません。あくまで我々能力者は貰ったものを磨いているに過ぎないんですよ』

『ふむ…』

『つまり、この世には空間の外から攻撃できる強制型能力者がいるかもしれない…というわけです』

『あぁ…』


 こういう能力はこういう強みと弱みがある。だからこうすれば優位に戦いを進められる…

 みたいなセオリーは、長い特対の歴史の中で積み上げられた情報を元にしているだけで、この世の真実ではないと語る駒込さん。


『あくまで知識は参考程度にしておかないと、予想外のことでパニックになってしまいますからね』

『…肝に銘じておきます』

『私も、油断しないようにします』


 駒込さんのお陰で、俺の中にひとつノウハウが蓄積される。

 彼の凄いところは、決して先人たちの教えを盲信せず、目で見たもの・体験したことを元に自分で判断しようとしているところだ。

 きっと彼には“想定通り”となった時の弛緩や、“想定外”となった時の硬直は少ないのだろう。














 _________















「ありがとう…。真里亜のお陰で目が覚めたよ」

「なら良かったです。そしたら朝ごはんできていますから、早く顔を洗って降りてきてくださいね」


 見知らぬ部屋で妹との質疑応答に一区切りがついた頃、俺は真里亜に礼を言う。

 今の自分の状況や、この世界の情報が多少なりとも掴めたからだ。

 真里亜は話が終わると部屋を出ていく。降りてこいというのだから、ここは二階でリビングは一階にあるのだろう。

 三階建て…じゃないよな? あとで家の中を探検しないとな。


 真里亜から聞かされた話の内容は信じられないものであったが、なんとか冷静にそれを受け止め咀嚼することができた。

 きっと駒込さんの話を聞いていなかったら、すぐにでも敵本体を探しに飛び出していたことだろう。だから彼には感謝だ。


「…はぁ」


 ベッドに座ったまま、勉強机の横にある姿見に目をやる。

 するとそこには上下紺色のジャージを着た、高校生くらいの頃の俺が写っていたのだった。

 鍛えた肉体はどこかへ消え、ちょっと背の高い高校生がこちらを見ている。(確か高2の時の身長は180センチくらいだったかな)


 顔をペタペタ触ってみると、若干現実よりもハリがあるように思えた。

 そのまま頬を引っ張ると、ちゃんと痛い。

 肉体の変化に加え、目を覚ます直前の記憶が特対の自室で眠りについたということから、どうやら俺は“催眠系”能力にかかってしまったようだ。


『催眠系で作られた世界に倒すべき敵本体はいない』とは駒込さんの言葉だ。

 この世界は俺の脳に形成された仮想空間で、言わば夢を見ている状態だという。

 だからこの中に敵はわざわざ登場しないし、したとしても脱出に影響することはまずないらしい。


 セオリーにのっとるなら、『誰かに現実世界で起こしてもらう』か、『この催眠の“達成条件”をクリアする』のが脱出方法である。

 しかし前者は人頼みだし、後者はそもそもあるかどうかも分からない。

 だから今は慌てず騒がず、情報収集に努めるのがベターなのだ。

 そもそも能力が使えないし、できることもそうない。


 気になる点があるとすれば、触感や痛覚があるにも関わらず拷問や地獄みたいなシチュエーションではなく何故学園モノみたいことをしているのか…ということだ。

 術者の狙いは俺の精神的な死ではないのか? それとも他の罠があるのか。

 これでは後鳥羽の刺客かどうかも断定できない。


 それと、左手の甲にアザのようなものがあり、よく見ると『コウリャクシロ』と殴り書きしているようにも思える。

 攻略…状況的には、誰かと恋仲になれと言うことだよな。それが罠なのかヒントなのか、今はまだ分からない。


「……………腹減ってるな」


 記憶ではつい先程志津香と食堂で食べたばかりなのに、高校生の俺は空腹だった。

 なので色々な疑問は一旦置いておいて、一先ず朝食をとるため支度して真里亜の待つ1階へと降りることにした。



「お、目玉焼きにトーストだ」


 リビングに降りるとパンの焼ける香ばしい香りが鼻孔をくすぐる。テーブルには白い皿の上に乗せられた目玉焼き・トースト・ベーコンが。

 Theモーニングといった感じのメンツ。ささやかだが、贅沢な食卓だ。

 台所を見てみると、そこでは俺を起こすために調理を中断していたらしい真里亜が飲み物の準備をしてくれていた。


「何か手伝うことある?」

「では、この牛乳を2つ、テーブルまで運んでください。私はフォークを持っていくので」

「了解」


 何もかも任せきりでは申し訳ないと思い手伝いを申し出たところ、真里亜は俺に大役を任せてくれる。

 フォークとコップなんて同時に運べるだろうに…催眠世界でも出来た娘だよホント。

 多分これが現実世界での傍から見た真里亜なのだろうな。

 何でも卒なくこなす優等生で、気遣いができて優しい。隙のない完璧超人。

 家での真里亜を知っていると忘れそうになるが、本来は俺とは住む世界が違うレベルの人種なんだよな。


「……私の顔に何か付いてますか?」


 トーストをかじっていた真里亜が俺からの視線に気付き訪ねてきた。

 ここで俺は、普段は言えないようなセリフを言ってみることにする。


「カワイイ目と鼻と口が付いてるな」


 普段の真里亜ならギャーギャーはしゃいで面倒くさいことになること間違いないようなセリフだが、果たして…


「…馬鹿なこと言ってないで食べてください。はい、塩コショウ」

「お、おう。サンキュ」


 素晴らしい反応だ。この絶妙な距離感、グッドだよ…!

 現実とは違うキャラクターなのに、俺の目玉焼きにかける調味料を把握している真里亜に感心しつつも、朝のひとときは流れていった。


 そして、入学式で新入生代表として挨拶をする真里亜の『練習がしたい』という申し出により、俺たち二人は早めに家を出ることにした。


「……わからん」


 真里亜と並んで歩く学校への道すがら、俺はボソリと呟いた。

 流れる景色に見覚えがない。きっと真里亜がいなければ校舎にたどり着くことができない。

 ある意味どこにでもありそうな住宅街。それ故に早めに覚えないと、一人で動く時に詰むなと感じたのだった。


「新入生といっても、通う場所にほとんど変化がないので新鮮味に欠けますね」

「あー…かもな」

「兄さんはもう5年目ですけど、飽きたりはしないんですか?」

「あー、まあ違う道とか通ると意外に新しい発見があったりするからな」

「なるほど。でも寄り道は程々にしてくださいね」


 俺は真里亜にありもしない経験談を聞かせたりした。

 初見の道でマンネリもクソも無いのだが、これ以上この世界から浮いて変な現象が起きるのは避けたい。

 そのため適当に話を合わせながら歩いていたところ―――


「………っと」

「痛っ」


 曲がり角から飛び出してきた“誰か”とぶつかった。


「ちょっと、どこ見て……って、アンタか」

「…………大月」


 そこには、真里亜と同じ制服に身を包んだ、大月渚の姿があった。


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