第305話 外れて失って
「
「そう。能力犯罪者たちの間で呼ばれてた彼女の愛称」
「愛ではないだろう…」
志津香によると才洲は同期の中でも知力・体力ともにトップレベルで、さらに能力によって相手を細かく分解、無力化していく様から付いた異名が“解体屋”なんだとか。
【外れスキル】 人や物体を任意の箇所で
元通りくっつけたり別のものとくっつける事もできるという。
当時の彼女は専ら『高速で敵に突っ込んでいきバラバラにして殺さず無力化する』という戦法で数々の功績をあげていた。
「そんなイケイケな感じだったのか」
「グイグイ周りを引っ張ってくタイプだった。いつも彼女の周りには人が沢山いた」
「ってことは、今の志津香みたいな感じかー」
「それは、そう」
ノッてくれた志津香を右ひじで軽く小突く。すると志津香も嬉しそうに笑った。
てか、1台のベンチプレスマシンに身を寄せ合って座る俺たちヤバくね?
…まあいいか。
今は才洲の話だ。
「で、そんなヒエラルキー上位の才洲は”ある任務の失敗“によって能力が使えなくなるとあったけど、性格が変わった原因もそれなのか?」
「そう」
「ヤバい敵に遭遇して戦意喪失しちまったとか? いやでもそれじゃ『失敗で』とは言わないか…」
「公表されている情報だと、彼女は任務中に誤って味方を攻撃したって」
「味方を攻撃…」
才洲は複数人で挑む任務でもイケイケだった。
イケイケ過ぎて前に出て、結果味方の持ち場を侵してしまい、そして
『何で俺を攻撃してんだァァァァー!?』
味方に能力を当ててしまうという、過ちを犯してしまった。
後ろから味方職員の右手と右足を外したらしいが、それ自体は問題ではなかった。彼女の能力は殺傷能力が低く、多少食らったところで命の危険はない。
問題はその味方が攻撃を受けたのが、『今まさに交戦中だった』ことにある。
右側の手足を失い、バランスと平静さも失ってしまった職員は敵の攻撃を躱せずダメージを負ってしまう。
才洲がすぐさまフォローに入れれば良かったのだが、彼女もまた動揺しそれどころではなく、他の仲間が援護に来るまで二人は敵の攻撃を受け続けた。
「……その同僚は今も生きてるのか?」
「生きてる。でも才洲さんが能力を使えなくなったから、手足は今も外れたまま」
「なんと…」
ダメージでも、傷でもない。同僚の手足は才洲の能力による効果で、ただ“外れただけ”
ただ外れているだけだから、治療も何もない。これが彼女の能力の恐ろしいところだ。
そして自身の慢心のせいで仲間を殺しかけた罪によって、彼女は能力を失った。
だからもう、その同僚の腕をくっつけてやれる奴はいない。くっつけてやれる奴は…な。
「その同僚は今どこにいんの?」
「たぶん、特対のどこか関連施設にいる」
「そか」
そのあたりは駒込さんパワーだな。あとで聞いてみよう。
「ありがとな、志津香。参考になったよ」
「ん。良かった」
俺は資料以上の情報を提供してくれた志津香に礼を言う。
彼女のお陰で才洲更生には少しだけ光明が差したような気がする。上手く行くかは俺次第だが。
「このあとどうするんだ」
「特に。明日まで空いてる」
「じゃあ一緒に体動かしてくか」
志津香に予定を尋ねると空いているとのことで、運動をしようと提案したところコクリと頷く。
そして珍しく向こうからリクエストを申し出た。
「苦手な技があるから、その練習に付き合ってほしい」
「お、いいね。じゃあ下に行こうか」
俺は彼女の苦手克服のため、トレーニングエリアからひとつ下の武道場エリアへと足を運んだ。
そういえば以前も一緒に来たんだよな。懐かしい。
俺たちはいくつかある練習スペースの中で、柔道ゾーンへと移動したのだが…
「………あの、志津香さん?」
「なに?」
「先程から寝技ばかりなんですがそれは…」
「にがて」
そりゃ苦手だろうね。
志津香の袈裟固め、全然キマってないもんよ。
これじゃただ俺の上に上半身を乗せた志津香が抱きついているだけだ。
「あのな。袈裟固めはもっとこう相手の首の下に入れた手をグッと…」
「むずかしい」
「いつからそんな不器用になったんだい」
教えても実践する気がない。
これくらいなら特対で習ってそうなものだが。
「…今度のコレはなんだい?」
「裸絞」
裸絞も柔道などで使われる、道着を使わず腕だけで相手を絞める技である。
が、絞まってない…! 肝心の腕が、首にかかっていない。
これではただ後ろから抱きしめているだけ。相手になんのダメージもないのだ。
「あの、全然絞まってないんだけど…。これじゃただの“あすなろ抱き”だぞ」
「そう?」
「これじゃ相手を恋には落とせても、意識は落とせないんだぞ」
「
「なんて?」
「むずかしい」
先程から志津香の技よりも周りからの視線のほうが痛いぜ。
だがこのあとも志津香の弱点克服と称したよくわからない戯れは続いたのだった。
そしてあっという間に夕食の時間となり、俺は志津香を連れて食堂へと向かう。
駒込さんも含め他の知り合いはみな都合がつかず、夕食は志津香と二人でとることに。
おふざけっぽくはあったが、何やかんや体を動かしたことが功を奏し俺は注文した天ぷらそば(かやくご飯付き)をベストなコンディションで平らげることが出来たのだった。
舞茸の天ぷら、美味しゅうございました…。
「ふー、食った食った」
時刻は20:30
夕食を終えて一旦自室へと戻った俺は、背中からベッドにダイブし天井を見上げていた。
満腹の中、明日から始まる本格的なミッションについて寝転がりながら考えてみる。
元1課のエリート、ヘルニアおじさん、やんちゃ坊主、生真面目ガール。
彼らを更生させ、特対に貢献するよう指導する…。いくつか取っ掛かりのようなものは見つかったが、短期間に全員となると『かなりの荒療治』も必要となるな。
「…眠くなってきたな」
今朝の戦闘や特公部長との接見、これから解決すべき問題への懸念と程よい運動…そして満腹感。
これらが睡魔を急激に成長させ、寝転がった俺に襲いかかる。
「……せめて、照明…だけでも」
歯磨きはしたし、シャワーも飯の前に済ませた。(出来れば湯船に浸かりたいが)
明日は9時集合で、モーニングコールを7時に頼んである。
このあと誰かと駄弁ろうかとか思ったけど、それは諦めよう。
そうなると唯一の心残りは部屋の明かりがつけっぱなしな事だけだが…
「無理だ、眠い」
どうせ途中で起きるだろうと思い、俺は睡魔に抗うのを止めて眠りについた。
明日のことは明日考えよう…。明日の俺、よろしく――――
_________
「…さん。……いさん!」
まどろみの中、微かに俺を呼ぶ声が聞こえる。
聞き慣れた女子の声。
モーニングコールって、こんなんだっけ…?
そんな事を覚醒しきっていない頭で考えながらゆっくり瞼を開けると、そこにはやはり見慣れた人物が居た。
「ま…りあ?」
「兄さん。ようやく起きたんですね…本当にもう……」
呆れたように笑う妹が居る。
見慣れない制服を身に纏い、今まで俺を起こしてくれていたようだ。
「…………………真里亜……どうしてここに…?」
「まだ寝ぼけているんですか? 入学式の設営があるから起こしてくれって頼んだのは兄さんじゃないですか。それで一緒に学校まで行こうって」
…………なに?
学校? 入学式? ワケが分からない…。
寝ぼけているどころか、頭の中は大混乱だ。
「入学式って、真里亜の大学のか…? 何で俺がその設営なんかに……」
「高等部の入学式ですよ、もう…。兄さんも今日から高等部2年なんですから、しっかりしてください」
「…は?」
真里亜が高1で、さらに俺が高2? 夢でも見ているのか…?
そう思い上半身を起こし周りを見回してみると、奇妙な違和感が俺を襲う。
この部屋…どこだ?
特対の部屋でないことは勿論だが、俺の実家の部屋とも違う。8畳間の空間。
だが、絶対に知らないハズなのに、置いてある家具や小物が“俺のセンス”なのが不気味で仕方なかった。
この部屋をあてがわれたらきっとこうしただろうな、という親近感が俺の心をざわつかせる。
何なんだ、この状況は。
(ユニ、琴夜)
しかも先程から、俺の中にいる二人の仲間と連絡が取れない。
彼女らとパスが途絶えているということが、今自分がどれだけヤバい状況なのかを測る物差し代わりとなっていた。
「じゃあ私は下に行きますから、兄さんも早く降りてきてくださいね。二度寝は駄目ですよ」
俺が頭の中を整理していると、真里亜が部屋から出ていこうとする。
俺は思わず
「待ってくれ!」
と呼び止めていた。
「まだ何か?」
「いや…」
正直頭の中はまだ全然整理できていない。
できていないが、今この瞬間、唯一の情報源とも言える真里亜をここで手放すわけにはいかないと、頭の中で警鐘が鳴っていた。
「………俺がまだ、寝ぼけていると思って…少しだけ俺の質問に答えてくれ。『何言ってんだコイツ』と思いながらでいいから…頼む」
俺は少しだけ性格の違う真里亜に頼む。
いつもなら俺の頼みはほぼ二つ返事。だが今は必死に頼んで、この状況に関する手がかりを得るために動いた。
すると真里亜は少しだけ考えて
「……仕方ないですね」
と応じてくれた。
「ありがとう…」
俺は少しだけ安心する。
知らない部屋。知らない状況。ちょっと知らない妹。
知らないだらけの中で手繰り寄せた糸を、一気に手繰り寄せる。
「…まず、今は何年何月何日なんだ…?」
「…2017年4月6日です」
2017年か…少し前だな。
そして冬ではなく季節は春。まさに入学式に相応しい時期というわけか。
「真里亜は今から高校の入学式で、2年生の俺はその準備で早く行くと?」
「そうですね。兄さん、生徒会の人たちに頼られているみたいですし」
「生徒会…」
俺の現役時代は関わりなんて無かったが…。
「親父とおふくろは?」
「海外赴任中ですよ」
「そうか…」
これは…ギャルゲだ。
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