第304話 駒込班

「はぁ…」


 寂しい会議室に俺の溜息が響く。

 自分の置かれた状況が思ったよりも酷く、体内に溜まった鬱憤を排出するしかなかったのだ。

 “自分の”というのは正確じゃないな。正しくは“俺と駒込さんの”置かれた状況が、聞いてた話よりもずっと悪い。

 俺と駒込さんの間で交わされた『インターン生たちのチームに入り彼らをサポートする代わりに、戦力となりそうな人材を借りる』という取り決めは、早くも暗雲が立ち込めていた。



『おい、さっきの言葉忘れてねーだろな。来いよ、ボコボコにしてやる』


 数分前。

 俺が挨拶しようと部屋に入ると、入れ替わるようにヤンチャそうな男が部屋を出ていった。

 赤い色のソフトモヒカン、耳にはピアスが2つずつ。タッパはあるが線は細く、匂いから日常的にタバコも吸っている。

 特対よりもクラブの方がよっぽど似合いそうな男が挑発すると、それに乗っかって黒髪ショートボブの女も部屋を出ていく。


『いいでしょう。吠え面をかくといいです』


 こちらはいかにも優等生そうな見た目だが、同時に融通がきかなさそうである。

 先程会話をちらっと聞いただけだが、ゴーイングマイウェイでかつ挑発に乗りやすい。

 今も赤髪と戦うべく足早に廊下を進む。


『ちょっと! 二人共、能力を使用しての無許可の私闘は処罰の対象ですよ!』


 そんな駒込さんの言葉も聞こえているんだかいないんだか…二人の姿はどんどん小さくなっていった。

 少なくとも心には全く響いていないようだ。


『ああもう…! スミマセン塚田さん、私は二人を止めに行くので…』

『俺のことは気にせず行っちゃってください』

『申し訳ないです。また夕飯の時にお声がけしますから、では…!』


 そう言って聞かん坊たちの後を追う駒込さんなのであった。


『さて、それじゃ引率者も行っちゃったし、僕も部屋で休もうかな。アイテテ…』


 次に中年男性が立ち上がると、ゆっくりと歩き始め出口へと向かった。

 ガタイは良いが、結構歳いってるよな。つか職員じゃなかったのか…

 それに腰痛が酷いのか、腰を押さえながら非常にゆっくりとした足取りだ。


 これでよく特対入りを志願したな…。

 美咲のように能力の強さが相当なのか?

 男は去り際に『宜しくね、お兄さん』と言い姿を消したのだった。



「はぁ…」


 寂しい会議室に俺の溜息が響く。

 自分の置かれた状況が思ったよりも酷く、体内に溜まった鬱憤を排出するしかなかったのだ。


「君は行かないの?」

「へぁっ!?」


 俺は会議室に唯一残った人間に声をかけた。

 おさげの女子はここを離れるでもなく、かと言って俺に話しかけるでもなく所在無げに立っている。

 だからこちらから話しかけたのだが…声をかけられた女子は必要以上にビクぅと体を揺らし変な返事をした。

 そして女子は少しの間目線を泳がせたのち


「あ…なたが、出たら…へ、部屋の掃除をするので…」


 と答えた。


「掃除ねぇ…そりゃあ、俺がいたら邪魔だわな」

「は…い。だからあなたも―――」

「丁度いいや。ちょっと話聞かせてよ」

「へ?」


 何が丁度良いのかはアレだが、俺はこの気弱な娘から情報を引き出すことに決めた。

 こういう娘は押しに弱いハズだしな。


「折角あいさつしようと思ったのに皆どっか行っちゃうしさ。これから同じチームメンバーとして仲良くやるためにも、頼むよ」


 会議室の適当な椅子に座ると、女子にも座るよう促した。

 こうなると掃除をしたい彼女としては困るだろう。

 切り抜けるには俺を強引に追い出すか、掃除を諦めて出ていくしかないが…果たして。


「………………………わ、わかりまし…た」


 長めに考えた彼女は、諦めたように俺の斜め前の席に座る。

 六つの椅子があるテーブルの対角線。これが二人の今の限界距離なのだった。


「ゴメンね。引き止めちゃって」

「い…いえ」


 とりあえず自己紹介をするため話しかけるのだが、彼女の方は目線を下にやったまま一向にこちらを見ない。

 終始キョドったような…何かに怯えているような、そんな様子だ。

 この態度は少し異常な気がするが、果たして…。


「もしかしたら聞いてるかもしれないけど、俺は君たちのチームメイトとして一緒に判定試験に臨む事になっている。塚田卓也だ、よろしく」

「あ、はい…。よ、よろしくお願いします…です」


 挨拶の言葉もたどたどしい。

 どうしてこんなにも緊張しているのだろうか。


「ポジションは、一応ヒーラーということになっている。まあ、面識もないヤツに命預けるのも不安だろうから、明日にでも実演して―――」

「し、知ってます」


 俺の実力を知ってもらうために明日野外でヒールを披露しようかと提案すると、それを遮るように彼女が話す。


「何を知ってるのかな…?」

「あ、アナタの実力を…です……」

「あぁ、そこは駒込さんから聞いてた?」

「いえ…」

「…?」


 中々正解に辿り着けない。向こうもこちらの反応を待つもんだから話が進まず、無駄な時間が流れる。

 出来ればちゃっちゃと話して欲しいのだが、焦るな俺。まだ相手の名前も聞き出せてないんだぞ。

 初対面で距離の詰め方を間違えると後々面倒になるからな。ここは待つんだ。


「なんで君は俺の能力のレベルを知ってるんだい? インターン生とは誰も面識は無いと思ったけど」

「ち、違います…」

「……違う、っていうと?」

「わ、私はイン…ターン生じゃ、ないです」


 まさかのそこが違うとな。


「インターン生じゃないの? 君」


 俺の確認に無言で頷く女子。


「君は一体何者なんだい?」

「わ、私は…」


 もどかしさを抑えて彼女の次の言葉を待つ。

 果たしてこの娘はどこで俺のことを知ったのか。インターン生ではなく何なのか。

 それが明らかになる。


「4課の、職員です…」

「4課ァ?」

「も、“元”1課の…」

「元1課…」


 彼女の語る正体に、俺は益々疑問符を増やすのであった。

















______________



















「うーん…」


 俺はベンチプレスマシンに寝そべりながら、スマホ代わりに配布される端末に表示された情報を見て唸っていた。

 時刻は16:40

 あれから元4課の【才洲(さいす) 美怜(みれい)】から情報を聞き出そうとしたが、諦めた。

 あまりにも進むのが遅いのと、まあ当然なのだが、俺に自らの深い話をするのを躊躇いまくっていたので、プランを変更することに。


 結局駒込さんに頼み、可能な範囲で彼女らの情報を端末に送ってもらうことにした。

 そして駒込さんから情報が送られてきたころ俺は特対の運動施設でトレッドミルをこなしており、そこからじっくり内容を確認するために空いているベンチプレスに移動した…というワケだ。


「クセが凄い」


 あらかた中身を確認した俺の感想はこれだった。

 四人の性格や性質などはまさに『落ちこぼれチーム』に相応しいものである。



 駒込班


火実ひみ 勝利かつとし

・21歳 男性 赤髪で、体にはピアスをはじめアクセサリーを多数つけている。態度は尊大で自信過剰。最低限のガイダンスには参加するものの、それ以外の訓練にはほぼ欠席。それらの態度は能力に絶対の自信を持つことに起因する。

・志望動機 運転免許を取得する費用で覚醒サービスを受け能力者となる。異能力庁で出た能力判定は『A+』(SよりのA)

・能力 ※直接話します


瀑布川たきがわ 美乃利みのり

・18歳 女性 真面目な性格で、訓練にも手を抜かない優等生。だが自分が間違っていると思ったことは断固受け入れなかったり、空気を読むといったことが苦手で周囲の和に迎合できない。火実とは普段から度々衝突する。

・志望動機 公表後に能力が自然覚醒し、特対に入職することが使命だと悟ったとのこと。

・能力 火実に同じ


皆川みなかわ 明宏あきひろ

・47歳 男性 元は特別救助隊として活躍していた消防官。実戦と訓練により鍛えられ、体力・気力・精神力などあらゆる面で非常に優れていた。あるとき椎間板ヘルニアを発症しそのまま前線を退く。しかし少し前に能力が自然覚醒したことで再び使命感に燃え特対入りを志願した。激しい運動はできないため、能力の訓練だけ真面目に参加する。

・志望動機 市民の安全を守りたいから。

・能力 他と同じ


才洲さいす 美怜みれい

・22歳 女性 特対4課職員 元は1課の職員だったが『ある任務の失敗』により能力を使えなくなる。泉気は出ているため4課に在籍しているが、闘えるようなメンタルではなくなってしまい今回の判定試験に参加させられることになった。これは特対からの“最後通告”である。

・能力 元は【外れスキルセパレートハンド】という『物体を自由な形で着脱可能にさせる』能力を持っていた。




 以上



 要約すると俺のチームメイトは、“強いけど足並みを揃えられない男女”に“ヘルニア持ちのおっさん”に“過去の失敗のせいで戦えなくなった女の子”だった。

 能力を見ないことには判断しかねるが、恐らくこのままでは試験はボロボロ。彼らは正式採用されずにここを去る。

 それくらいなら別にどうってことないが、この結果が駒込さんの査定に及ぼす影響は少なくないだろう。


『あんなチームなんだから仕方ないね』と思ってくれるだろうか。それは分からない。

 だが駒込さんが助けてくれと手を伸ばしてきて、俺がその手を取ったからには力になりたい。

 いや、絶対になるんだ。


「……よし!」


 俺は気合を口に出し、端末の画面を消す。

 チームメイトを、強力な兵士とはいかないまでも、せめて真面目に訓練を受ける職員にする。

 そのためには心を入れ替えさせ“判定試験”を突破させなければならない。


「頑張るぞい」

「なにを?」

「うぉ…志津香か」


 俺のベンチプレスマシンの横には、いつの間にかトレーニングウェア姿の志津香が立っていた。

 チームメイトの事に夢中で気付かなかったな。


「志津香は…夜勤明けだったな、そういえば」

「そう」


 昨日の夜、彼女の仕事中に一緒に飯を食ったんだもんな。

 俺の行きつけの居酒屋で。


「隣、座るね」

「うぐっ…」


 志津香は隣に座ると言いながら、まだベンチプレスマシンに寝そべっている俺の腹の上に座る。

 ボケがバイオレンスになってないかい…?


「重いんだけど…」

「レディに対して失礼」

「人の上に座るのは失礼じゃないのか…?」

「外ではそうなのね」

「そんなに世間知らずじゃないだろう」


 人の上に座ってもいい常識って、ピースはどんな教育してんだよ。


「冗談」


 そういうと俺の上からスッと立ち上がる志津香。

 俺も起き上がりベンチに座ると、そのすぐ横に志津香が腰掛けた。

 右半身に志津香が密着し、俺の鼻に何やら良い匂いがしてくる。

 これは…コロンか何かか?

 そんなのつけるようになったんだな。


「どうしたの?」

「や、なんか志津香からいい匂いがするなって」

「そう。実はお風呂に1週間入ってない」

「人をくさフェチにすんな」


 滅茶苦茶ボケを重ねてくるな。


「それより、さっきから何を見てたの?」


 漫才の時間が終わったらしい志津香が、先程まで俺の見ていた端末に興味を示す。

 別段隠す必要もない…というか丁度よいので志津香に才洲の事を聞いてみるか。


「今回俺がここでやる仕事についての資料を見てたんだよ」

「そう」

「ところでさ、志津香。才洲美怜って職員知ってる?」

「もちろん。有名人」

「あ、やっぱり?」


 あんな態度じゃ目立つよな。


「中々目も合わせてくれないから、大変だよな」

「それは今の話。昔は違う」

「え…?」

「昔の彼女はもっと活発だった」


 俺の知る才洲と志津香の知る才洲では、かなりキャラクターに乖離があるようだった。



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